1:魔王さまと進路
勇者によって、魔王が倒された。
筋骨隆々、側頭部に長大な角が生えた禍々しき王は、今わの際にこう叫んだという。
「我は死なず! たとえ肉体が滅びようとも、何度でも蘇ろうぞ! そして必ずや、人の世を終わらせてみせる!」
黒い血を吐き、呪詛を吐き、魔王は絶命したと言い伝えられている。
そう、全ては昔話。
勇者の血統も薄まり、魔界と人間界を繋ぐ道も途絶え、残されたものは数多くの伝説と、魔導の技術のみ。
安寧とした世の中だが、人々が気付かぬだけで、黒き胎動は始まっていた。
有言実行の男として知られた魔王は、この平和ボケした人間界に転生していたのだ。
「マユコ・ナツメくん……一つ聞きたいんだけど」
シュタインベルガー市立魔導術式高等学校の教師は、老眼鏡を押し上げて目の前の教え子を見る。
赤い縁の眼鏡をかけた、長い黒髪の東洋人。
そして同高校の中でも、抜きんでて魔導学に精通した才女。それが夏芽 まゆ子を語る上で、もっとも大事な要素だろう。
当のまゆ子は眼鏡をかけた細面に、尊大な顔色を塗っている。
「何だ、申してみよ」
口調がどこぞの王様みたい、ということも、校内では有名である。これも、彼女を語る際に必ず上る逸話だ。
とはいえ、言葉遣いがおかしくとも、彼女はごく普通の少し地味な高校生……と、教師も思っていたのだが。
「マユコくん。いくらなんでも、これはないだろう」
今まで眺めていた進路希望用紙の上下をひっくり返し、向かいのまゆ子へ突き返す。
そこには、「第一希望:世界征服」と書かれていた。
もちろん書いたのはこの、偉そうなしゃべり方の優等生。
いや、優等生にして、魔王の生まれ変わりと語るが適切であろう。
そう。魔王は蘇ったのだ。この少女の肉体を拠り所として。
だから見た目は大人しそうな文学少女であるものの、中身はガチムチ魔王なのである。
魔王ことまゆ子は、返却された進路希望用紙を見下ろし、口をへの字に歪めた。
「何がいけないのだ。大望を抱くは愚か?」
「いや、駄目ではないよ……ただ、君、体力もないし、貧血気味だろう?」
腕を組んだまま、ぐ、とまゆ子が怯む。
教師は首を振り振り、吐息と共に続けた。
「可能かは別として、世界に羽ばたく夢はいいと思うよ。ただ君は、先に体を鍛えなさい」
「貴様……存外適切に、我の抱きし問題点を指摘するな」
「教師だからね。教えるのが仕事だから」
しかめっ面の偉そうな教え子へ、老教師は小さく苦笑した。
魔王は確かに、人知れず蘇った。冥府の役人を、川へ突き落して振り切り、記憶を抱いたまま現世へ舞い戻ったのだ。
だが残念ながら、生まれ変わる肉体までは選べなかった。
魔王は人間の女の子で、おまけに非力で運動音痴な体へと転生してしまっていた。
日ごろの行いの悪さが、こんなところで響いたのだろうか。