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アリアと仕事仲間

 アリアは一度思考の前提条件を破棄した。前世で染み付いた常識というものを洗い流すために。魔力の計測で重要な点とは何か、それをテーマに思索する。

 つい今し方まで計測という単語から保有量の正確な数値こそが重要なのだと理解していた。自分の思考にミスリードされていた形だ。その誤解を認識し、魔力の量をどの精度で計測すれば目的が達成されるかを推測する。

 そのためにまず、計測の精度に応じて考えられる利用方法を考える。


 一つ目に、魔力の有無のみが重要な場合。魔力を持つ者と持たざる者の差分を拾い上げる。精霊を引き寄せるか否か、その点に集約するだろう。この場合、言葉は悪いが精霊に向けた生餌とするのであれば、魔力を持つ者を集めるだけで目的は達成される。

 ふとした思いつきで思考の切り口を変える。魔力を使い果たした場合にどうなるかを思い返した。まず集中力がやや乱れ、全身に軽い倦怠感が生まれる。少し意欲が低下する。食欲が増進され、睡眠欲が強くなる。では、魔力を持たない者は常にこの状況なのか? 仮にそうだとすれば、魔力を持つだけで他の者より僅かだが確実に能力の最低水準が高いことになる。

 生前と生後の記憶に残る限りの感覚を比較する。体格と性別が大きく変わった以外にこれといった違和感は存在しない。だが、そもそも生前に魔力を持っていなかったと断言できる根拠が存在しなかった。検証する方法もなく、この推測には仮説としての価値すら存在しないと断じ思考を次に送る。


 二つ目に、魔力が一定量を超えるかどうかが重要な場合。この場合には魔力を何らかの目的に使用する意図が存在するだろう。過去の推論から条件に見合う用途を摘み上げる。魔力の補充用途、外部的な魔術装置への魔力の供給用途、精霊に贈与する魔力の収集用途。

 自分の思考に感じた違和感を拾い上げる。外部的な魔術装置への魔力の供給用途、これは魔力が魔術を行使するためのものだという前提の下に考えられる利用方法の推測だった。だが、もし魔力を魔術以外の用途に使用できるならどうだろう。この思い付きを要情報収集として頭に強く焼き付ける。

 そもそもアリアが持つ魔力及び魔術の知識は対話が可能な精霊から授かったものだ。魔術や魔力に関する書物を手に入れる術がなく、人伝(ひとづて)に聞く事も(はばか)られたため、知識に偏りがあると判断すべきだろう。同じくこのことも頭に焼き付けておく。


 三つ目に、魔力の所持量がどの程度なのかという精度での計測が必要な場合。当初想定した計測とはこれをより高精度で行うものだった。だが、そこまでの精度で計測したところでそれぞれに適した用途など思いつきようがないのだ。現状思いついている用途であれば、その分岐は先の二つの推測で概ね完了している。まして、当初想定したようにその量を数値化などしてどうなる? 個人差の具体化以外に利便性は存在しない。

 ふと思考にノイズが走った。個人差と外部的な魔術装置という単語が結び付けられる。更にそのノイズは使用人に任されている仕事という記憶の範囲にまで及んだ。使用人に支給される仕事道具に補助的な魔術が施されていた場合どうなるかという疑問が浮かび上がる。その場合、魔力の量がその個人に可能な仕事の範囲を変動させるのではないか? 魔力の利用方法の可能性として新たに頭に焼き付ける。

 当初こそ戦闘を目的とした装置を想定していたが、何もそこに固執する意味はない。より平和的な利用方法も考えられなくはないのだ。


 ここまで思考して、アリアは再度自分の不明を強く認識した。より広い視野を持ち、より本質的に物事を考えなければならないと頭に強く焼き付ける。


 次に計測手段に関する思い込みを正す。

 正確に計測するという観念から、何かしらの機材による計測だと思い込んでいた。だが先ほど考えたように、精度の高い計測にそれ程のメリットは存在しないのだ。そうなれば、ニウニが持っているような感覚で人が計測する方法も考えられるのではないかと思いなおす。

 アリアには自分の体外にある魔力の感知はできない。そのため具体的な計測方法までは分からないが、ニウニが多少なりとも体外の魔力の流れを感知できることを知っている。魔力自体を知覚できる人物がいたとしても何ら不思議はないのだ。

 もし機材ではなく人が魔力の計測を行っているのであれば、計測者は恐らくクレアだろうと結論付ける。同時に、もしそうなら既に魔力の計測は完了しているだろうと付け加えて頭に焼き付けた。


 アリアは思考を破棄して顔を上げる。見れば新人と思われる二人の少女を伴ったクレアが普通の話し声の届く範囲にまで足を進めていた。周囲では既に朝食に手を付け始めている使用人たちの姿がある。

 食事に手を伸ばそうとしているニウニを手で制してアリアが椅子から立ち上がろうとする。そのアリアをクレアが声で制した。

「アリアさん、座ったままでも構いませんよ。ルイナさん、カナルさん、ここが貴女たちテーブルです。しばらくはここで食事を取ることになるでしょう。覚えておきなさいね」

「わかりました」

「覚えました」

 クレアは手でそっと二人に着席を促す。二人はテーブルに食事のトレイを置いてクレアに向き直る。

「これから一月の間、貴女たち六人には共に仕事を学んでもらいます。ですが、今は食事を楽しみなさい。親睦を深めるのも良いでしょう」

 この世界の一ヶ月は六週間、36日である。二ヶ月ごとにどの月でもない祭日を挟み、十ヶ月で一年と数える。つまり、一年は365日、うるう年の類は存在しない。

 祭日には言葉通りに祭りが催される。この日の使用人の仕事は志願制であり、志願すれば次の月の給金が倍になると教えられた。そのため、毎回半数程度の使用人が居残りを選択するそうだ。ただし五度目の祭日、つまり年末年始に当たる日に限っては全ての使用人に休暇がだされるらしい。

「はい。案内してくださって、ありがとうございました」

「ありがとうございます」

 ルイナとカナルがクレアに一礼する。それを見届け、クレアも礼を返し、自らのテーブルへと戻っていった。それを見て、ルイナとカナルも席に着く。


 椅子に座ってそこに座る四人に目をやった後、少女が口を開いた。

「ええっと、カナルです。お待たせしてしまいましたか?」

 珍しい紫の精霊を連れた少女、カナルが精霊を肩に乗せたまま自己紹介をする。アリアはなんとなく、その精霊が自分を見つめているような気がした。

「ルイナです」

 背に白い羽を持つ少女、ルイナも続けざまに名乗る。

「アリアです。そんなことありませんよ、これからよろしくお願いしますね」

 紫の精霊がカナルの背から飛び立ち、アリアの肩へと移動する。アリアはそれを目で追わないよう注意しながら名乗った。ニウニにも目配せする。

「ニウニです」

「エモニです」

「ホズンです」

 エモニとホズンもあとに続いて名乗る。

 全員の自己紹介を聞き、アリアは軽くそれぞれの人柄を推測する。

 カナルの態度に悪い点はない。ただ彼女の言うとおり、時間ぎりぎりにやってきている点は僅かに悪い印象を持たせてしまう恐れもある。

 次にルイナは可能な限り手早く行動を済ませようとしている素振りが見える。もしくは、最小限の労力以上を使う気がないという態度にも見える。カナルの印象からすると、ルイナのお守りで遅くなった可能性を考慮しておくべきだろうか。

 エモニからはどう自己紹介すべきかという点に不安を持っているような印象を受けた。自分に自信がない、というところだろうか。

 ホズンはニウニと同じく早く朝食を食べたいという空気を放っている。ニウニを制す自分の素振りを見て一応我慢はしているようだが、状況に即した態度というものを学ぶ必要がありそうだと評価した。そわそわと落ち着きなく身震いする二人の耳を眺めながら、胸中で溜め息を吐く。


「それじゃ、いただきましょうか」

 これ以上待ったをかける意味もなく、カナル以外にそういった合図を出せそうな者もいないと判断してアリアが朝食の開始を宣言する。カナルに任せると、食事より会話を優先しそうだという気配があったからだ。

 ニウニとホズンは待ってましたと言わんばかりに白身魚のムニエルへとナイフを走らせる。耳がぴんと張り詰めている。

「ニウ、慌てないの。野菜もちゃんと食べないとダメだよ?」

 アリアがパンを千切りながら嗜めた。カナルも同様にパンへと手を伸ばし、ルイナはスープを口に運んでいる。エモニはサラダの野菜を小さく齧っていた。

「わかってるよぅ」

 かちかちと音を立てていたニウニのナイフが少し大人しくなる。ホズンも同様だった。

 アリアは千切ったパンにハーブのパテを載せて口に入れる。バジルソースを爽やかにしたような味がした。ムニエルに乗せるのも良いだろうと評価する。

 紫の精霊が覗き込むようにアリアの眼前に迫った。アリアは味わうように目を閉じ、誤魔化す。よく噛み、精霊の音が頭上に移ったことを確認してから飲み込み目を開いた。

「アリアさん、いくつなの?」

 カナルが口を開く。

「先日九歳になりました。皆さんのお邪魔にならないように頑張ります」

「それだと私の方がお姉さんだね。私は今月で十一歳だよ。アリアちゃんしっかりしてそうだし、邪魔になんてならないよ」

 アリアが珍しく少し驚く素振りを見せる。自分以外に十二歳未満の使用人がいるとは思っていなかったのだ。タコ部屋でも十二歳未満の子供は数人の奴隷しかいなかった。そこで、そもそもこの四人をあの部屋で見たことがないと思い至る。自分がいた場所以外にも同じような場所があるのだろうと納得する。

 今回アリアがいた部屋から抜け出せたのはアリアとニウニの二人だけだ。アリアが入ってから三十日余りの間に、親元に帰る以外の方法であの部屋を抜け出した者は四人。内二人は就労経験のある少女だった。この二人はアリアと同じ奴隷商会で買い取られ、同時にあの部屋に入った謂わば同期のようなものである。年齢故の体力不足で出遅れた形だ。

 部屋を後にした日を思い返すと、先に出た四人は別のグループになったのだと思い至った。この屋敷のどこかにいるのだろうと軽く辺りを見回すが、人が多く、その中から見知った顔を探し当てることなどできそうにない。

 アリアは四人の顔を思い浮かべ、ふと気付く。部屋から出たのは二人ずつ、人と亜人という組み合わせだ。自分とニウニ、カナルとルイナ、エモニとホズン、先に部屋を出た四人。偶然だろうか? その全てが人と亜人という組み合わせになっている。そして、アンナとカロルもだ。

 そんなアリアの思惟を余所に状況は移ろっていく。アリアは考えながらもサラダを口に運んでいた。オイルとビネガー、そして塩だけで作られた少し酸味の強いドレッシングがよく絡んでいる。

「ニウニさんは?」

「あはひあ」

 ニウニはパンを齧りながら返事をしようとした。

「ニウ、食べながら喋らないの。カナルさん、ニウニは十二歳ですよ」

 アリアはニウニの粗相に思考を中断させられ、口に残るサラダの野菜を嚥下してから代わりに答える。人と亜人の組み合わせになにか意味があるのか、機会があれば調べようと頭に焼き付けておいた。

「おえん」

 なおもパンに齧りつくニウニにアリアは溜め息を漏らす。ニウニの耳が少し力をなくした。ムニエルを一口切り分けて口に運ぶ。トマトをベースにしたソースがパンを進ませる。

「仲、良いですね。以前から知り合いなんですか?」

 エモニが遠慮がちに会話に入ってきた。

「同じところから来たんです。ここでも同じ部屋になって、正直ほっとしてます」

「私たちも同じところから来たんですよ」

「もしかして、カナルさんとルイナさんもですか?」

 アリアがカナルに話を振った。奇しくも各部屋の人が代表している形で会話が進んでいく。亜人たちは食事に気を取られているか上の空という風である。

「うん、同じところから来たよ。ね? ルイナ」

「ええ、同じところから」

 ルイナはムニエルを全て一口サイズに切り分けながら答えた。見ればスープとサラダがなくなっている。ルイナは淡々と、何か他のことを考えているか、さもなくば何も考えていないような素振りで食事を済ませていく。


 アリアはスプーンでスープを掬い、口に運んだ。じっくりと煮込んだであろう琥珀色のコンソメスープをそっと味わう。コンソメは作り方こそ単純だが、非常に手間の掛かるスープだ。弱火で灰汁を出さないように煮詰めるか、強火で煮立てながらあらゆる手段で灰汁や油を取り除くか。使用人への料理だというのに随分と手の込んだ料理を作るものだと感心する。味も感動を覚える程に良くできていた。

「……美味しい」

 アリアは素直な感想を零す。この食堂の料理はどれもよくできている。

 同時にアリアは、先ほど模索した調理場に入る方法では足りないだろうと頭の中のメモを修正した。恐らくサラダですら、しばらく食材の運搬などを経験してものを見る目を養ってからでなければ任せてはもらえないように思われる。

「ほんとに、美味しいね」

 カナルがアリアの一言に追随する。

「うん。美味しい!」

 ニウニも声を上げ、一目でそれと分かる喜びの笑み湛える。

 アリアはそれに釣られて相好を崩すと、パンを一つまみ千切り口に運ぶ。ふと頭の上にいた紫の精霊がアリアの眼前を飛び回った。

「珍しい色、ですよね」

 エモニの声が四人の視線を集める。ホズンだけが食事を続けた。

「えっと、何がですか?」

 アリアは驚きに釣られそうになる表情を、咄嗟に不思議へと作り変える。

「その、さっきからアリアちゃんの周りを飛んでいる精霊です」

 アリアは表情を疑問と興味で上塗りして考えを巡らせる。エモニは人だ。恐らく魔力を持っているのだろう。そして、精霊を目にしているということは交信が可能だということ。つまり魔術師の資質を持っているということに他ならない。

 エモニの声に集まった視線の意味を噛み砕く。この中で、何人の目に精霊の姿が映っているのか。エモニの向こう、カナルとルイナの一瞬の驚愕を見逃してはいない。彼女達には、間違いなく見えているだろう。つまり、カナルにも魔術師の資質があるということ。自分は上手く隠せただろうかと不安が首をもたげた。

「見えるの?」

 ルイナがエモニに問いかけた。

「はい。小さい頃からずっと」

「どんな色なんですか?」

 アリアは惚けることにする。まだ身の振り方も決められていないような状態で魔術師の資質を開示する訳にはいかないからだ。

「紫ですね」

 今アリアの眼前を飛び回る精霊の色は間違いなく紫である。アリアはもう一つ惚けておくことにした。

「珍しいんですか?」

「はい。今まで見たことがありません」

 紫の精霊がエモニの方に飛んでいくのを見て、アリアは更に惚ける。わざとらしいかと思いもしたが、何かを探すように辺りに視線を送る。その後残念さを滲ませた表情を作り、エモニに視線を戻した。

「ここですよ。でも、見えない人の方が多いみたいなんです」

「そうなんですか」

 アリアは少し悲しげな表情を作りながら考える。確かに精霊を知覚できない者の方が圧倒的に多い。精霊を見ることができるのは、十人に一人だと聞いている。

 だがこの場では、少なくとも六人のうち四人が精霊の姿を見ることができるだろう。確率の偏りにしては少しできすぎているように思う。

 アリアの中でまた疑念が一つ大きくなっていく。公爵家はやはり魔術師の資質を見抜く何かしらの術を持っていると考えるべきではないか、と。

「すみません。余計なことを言ってしまいました」

 アリアが作った表情を、エモニが申し訳なさそうな顔で見つめ返す。アリアは表情に笑みを混ぜて返した。

「大丈夫です。気にしないでください」

 この話しはここで終わりだと言うようにスープを口に運びながら、アリアは考える。仮に使用人を召抱える基準が魔力の量でなく魔術師の資質なら、既に自分の資質も露見していることだろう。なら、今すべきことは何か、今できることは何か。順々に思いつくことを並べていく。

 一つ目は、使用人の採用基準は何かを探ること。

 二つ目は、公爵家が魔術師の資質を持つ者、あるいは魔力を持つ者をどう扱っているのか調べること。

 三つ目は、どうにか後ろ盾を得る手がないか探すこと。

 そのどれもが、まず情報を集めることを指し示している。先にタコ部屋を出た四人、彼女たちを探すことから始めるべきだろう。


 今日から仕事仲間になる相手が不意に漏らした情報を元に、アリアは行動の方針を固めた。

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