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アリアは身悶えた

 風呂上りに部屋へと戻りながらアリアは考える。結局湯船では思いつかなかった、布に魔術を縫いつける方法を。そのために、もう一度作成の工程を頭の中で整理する。

 現状最も再現率が高いのは、刺繍するときに歌った歌を歌い、青と緑の精霊にそれぞれの糸を撫でさせたものだ。別の歌を歌いながら同じ手順で縫ったものとも明らかに違う。今後は歌に着目して再現作業を進めていくべきだろう。


 あの場でまだ再現できていない部分は、縫い上げたクロスに即座に刺繍を施すことと、縫い上げる前に精霊にクロスの前を飛び回らせること、だろうか。次の機会にはまず縫い上げたクロスにすぐ刺繍を施すという手順を試してみることに決める。

 そして、歌だ。クロスを縫っていたときに歌っていたのは、森で水場に向かう狩人の歌だったはずである。そこではたと気付くのは、どちらかというと歌の並びが逆ではないか、という所だ。

 クロス、刺繍の土台を縫うときに水に関係しそうな歌を歌い、その刺繍を入れる時には服を縫い上げる歌を歌っている。この思い付きをすぐにでも試したいとところではあるが、残念ながら部屋に戻っても布がない。一度クレアの部屋に余った布でもないかと訪ねるべきだろうか? 一旦結論を保留しておき、思いつきだけを頭に焼き付けておく。


 アリアは一度思考を破棄して一つ息を吐く。

 何故だか自分の手を取って先を行くニウニの姿を見つめた。エモニにアリアの方が姉のようだと言われたことを気にしているのだろうか? 精神年齢からすればそうなって当然ではある。ただ、そんな事情をニウニは当然知らない。

 思えばニウニに隠していることは多い。話しても信じられない部類の話も多いし、話してはまずいことも多いのだ。もちろんそこに後ろめたさを感じない訳でもないが、だからと言って他言してはいけない秘密を打ち明け、余計な負担を掛ける訳にもいかないだろう。

 ふとカナルのことを思い返す。恐らくは、自分と同じ転生者であろう。そしてどうやら相手もそれを疑っているような素振りがある。

 いずれカナルは転生のことを問い質してくるだろうか? だがそれをすれば自身が転生者だと告白するようなものでもある。今しばらく、最低でもアリアという少女が信頼に値する人物だと確信を持つまでそのような行動に出ることもないだろう。

 アリアはこの思考を棚上げした。カナルとこの秘密を共有した後、それでもニウニに打ち明けることをせずにいられるだろうか? そんな疑問が少し脳裏を掠めてしまったから。


 自分はどうすべきなのだろうか? 情報が足りないなどと逃げの姿勢で臨んできた命題である。決着など付けようもないその思索へとアリアは思考を伸ばした。

 立場や状況に応じて決めてきたもの。それは極限られた方向での答えでしかないだろう。奴隷からの開放まで、五年と見積もった期間で短期的に目標を見定めたに過ぎない決定である。悪く言えば、それまでのその場しのぎ。問題の先送りだ。

 では、その後はどうするのか? アリアという個人は何を求めて、何を成そうというのだろうか? 人生における目標。自分にとってそれはどこにあるだろうか?


 アリアは最も益体もない類の自己分析を始めそうになって、一度意識を引き戻した。今、この場という足場すら覚束無いというのにその先などを見据えて何になるだろうか?

 人生における目標(そんなもの)など、万全と時が満ちれば自ずと見えてくるものだ。何一つ急ぐ必要など無い。急ぐとしても、それを直接考えるなど愚の骨頂でしかないのだ。


 アリアが意識して深く呼吸すると、そろそろ部屋の前に到達しようかという頃だった。ニウニに握られた左手を見て、右手で懐から鍵を取り出す。

 鍵穴に鍵を差し込みながら今の時間へと考えを向けた。夕食まではあと一時間というところだろうか。鍵を開け、それを懐に仕舞いこむとニウニが空いた左手でドアを開いた。

 そのままニウニに連れ込まれるような形で部屋に入る。部屋を出る前に燈したランプの光は、何事もなく部屋を照らしていた。

「おかえり」

「ただいま」

 数体の珠に囲まれた白い精霊の声に言葉を返す。珠の状態の精霊は言葉を発さない。人語を話すほどに自我が固まっていないのだろう。

 ではどうやって彼らと話していたのだろうか? ふと気になって尋ねてみることにする。

「その子たちとはどうやって話すの?」

「こうやって話すの」

 白は近くにいた赤い珠の精霊に手を触れた。ただそれだけである。

「……どうやって話してるのかよく分からない」

「イメージとか、感情とか、そういうのを交換するんだよ。それで会話するの」

 魔術を使うときにイメージを乗せて魔力を渡すのと同じようなものだろうか? もしそうなら、魔術を使うときにはこちらから一方的に語りかけているようなものである。仮に彼らのイメージを読み取ることができれば会話ができるだろうか? 考えていると、白が口を開いた。

「こうやってちょっとずつ覚えていくんだよ。それで、気付いたらなりたい自分になってるの」

 抽象的な白の言葉にアリアは少し混乱した。だが、大まかには理解できる。精霊たちは成長するために会話をするようだ。ただ、そうなると疑問も生まれる。

 アリアは疑問に感じたことをそのまま尋ねることにした。

「それだと、私が歌ってる間に急に四人とも人の形になったのはなんで?」

「アリアの歌って、魔力に歌のイメージが乗ってるからじゃないかな」

「魔力に? 私が歌ってるときって何か出てるの?」

 自分でも気付きもしなかったことを言われ、アリアは思わず聞き返す。歌っているときに魔力を込めているつもりなど一切なかったし、魔力を使っているような感覚もしていなかったのだ。

「気付いてなかったの? アリアの歌声、魔力が乗ってるよ。私はアリアの歌、好きだな。人間が感じる感じだと『美味しい』って言うんだっけ?」

「ニウ、気付いてた?」

 アリアは魔力を感知しているだろうニウニに言葉を投げる。もし彼女が気付いていたなら、クレアも気付いている可能性が高い。

 気付いていて黙っていたなら何か思惑があるはずだ。まずはその有無から確かめるつもりでアリアは尋ねたのだが。

「気付かなかった」

 僅かに困惑した様子で耳を傾げながら表情を変えるニウニの姿に嘘の気配はない。それを見ると同時に、アリアは一つ疑問が生まれるのを感じ取る。

 アリアは探るように白へと尋ねた。

「……本当なの?」

「ほんとだよ。エモニの歌にも魔力が乗ってたけど、あっちは『気持ち良い』が近いと思う」

 アリアの疑念は更に深まる。もしそれで精霊が急成長を遂げたのなら……。

「なら、なんで四人だけ人の形になったのかな?」

 何故、急成長を遂げた精霊が四人だけなのか。変化までにかかった時間を考えれば、少なくともあと四人は成長してもおかしくはないのだ。

 そんなアリアの言葉に、白は澱みなく答える。

「美味しかったから、私たち四人でほとんど食べちゃったからね」

 白の言葉を聞いて、アリアはまたも難しく考える意味について考えを巡らせることになった。


「えっと、つまり四人だけが成長したのは四人が一番近くにいたから、ってことで良いの?」

 アリアは気を取り直して白に聞き取りを行う。

「うん。多分私が入ってなかったら違うもう一人が成長してたと思うよ」

 アリアの歌声と共に放たれる魔力の量は、概ね四人で吸収するペースと同量のようだ。

 逆に考えれば、四人がいない場で(みだ)りに歌えば、いない人数の分だけ新たに人の形をした精霊を生み出すことになってしまう。

 精霊を成長させる。これには戦場に出すより余程価値があるのではないか? アリアは考えを巡らせる。

 この屋敷から逃亡する必要をなくす方法。もはやここから逃げ出すという手段が物理的にも精神的にも現実的でなくなってきている今、その代替手段が必要だ。

 精霊を成長させる力はその手段足り得るだろうか? アリアにはまだ足りないのではないかという疑念を拭い去るだけの根拠がなかった。

 魔術を込めた道具の生成と違い、どうやら精霊の成長にはこれといった手順が必要ないのだ。これこそ今回のような偶発的な発生も十二分に考えられるし、それを目撃した人物がいれば研究も容易だろうから。

 歌にしたって、アリアだけでなくエモニも魔力を乗せることができていたようなのだ。極限られた人にのみ行える技術だなどと考えることはできない。

 そこで自分の思考に違和感を感じた。エモニも歌声に魔力を乗せることができていた、というところだろうか。

 少し考えを巡らせ、気付く。

「エモニさんの歌の分は食べ切れたの?」

「ほとんど食べられなかった。あのまま何曲か歌ってたらエモニ似の子も出てたんじゃないかな」

「……そう」

 幸いもう少しすれば夕食である。その後アリアの部屋かエモニの部屋で釘を刺しておいた方が良いだろうと頭に焼き付けておく。

 既に青い精霊に強請(ねだ)られて数人の人型精霊を量産したあとかもしれないと考えると溜め息を吐きたくなった。


 一通り考えを巡らせ、アリアはまだ違和感が残っていることに戸惑いを覚えた。本末転倒という言葉が頭を掠め、エモニについての思考を一つ掘り下げる。

 エモニの歌声には魔力が通っているという白の言葉。歌っていたのは、縫い物をしていたときである。そこでようやく気付く。

 何故、エモニのクロスに魔力を通した感覚が他の二人が縫ったクロスと同じなのか。違いは土台を縫っているときだったから、だろうか? そう考えても違和感が拭えない。

 アリアが歌いながら縫ったクロスは、他のクロスとは魔力を流す感触が違った。だがエモニが縫ったクロスは他のクロスと同じ感触で魔力が抜けていくのだ。それは、何故だ?

 考えられることの一つとして、歌声に魔力が乗っていたところで糸に魔力を込められる訳ではないということ。ただこの場合、では自分が歌いながら縫うときにはエモニと一体何が違うのかという疑問が残る。

 他には、糸に込めた魔力で自分とは違う結果を導き出した場合、だろうか。こちらの方がしっくり来るような気がして、アリアは白に尋ねる。

「エモニさんが歌いながら縫ったクロスって、私のと違ったよね?」

「違ったね。あのクロス、周りから魔力を集めてたよ」

 アリアは白の言葉に絶句した。

「でも、魔力を込めた時には他のクロスと変わらなかったよ?」

「魔力ってね、人から出てるのはその人のイメージが乗ってるの。そういうイメージをはじいてたんだと思うよ」

 魔力をはじく、その言葉を元にエモニのクロスに魔力を込めた時のことを思い出す。

 はじく、という言葉には違和感があるが、確かに吸収されずに抜け落ちるような感覚で、小細工のないクロスへと魔力を込めた感覚と違和感なく同じだった。


 再度思考を深めようとしたアリアの目にニウニの姿が映る。なんとなく難しい顔をしながら自分と精霊を見比べているニウニ。アリアはこの部屋に入ってからほとんど相手をしていなかったことに思い至り声を掛けた。

「ニウ、どうしたの?」

「……なんでもない」

 ニウニはそう言いながらアリアから目を逸らす。耳が所在もなさそうに揺れる。その様子を見て白がニウニの頭に飛び乗った。

「あー、ごめんね? 大丈夫だよ、独り占めなんてしないから」

「え……」

 唐突にそんなことを言った白にニウニの動きが止まり、耳が跳ね起きる。図星を突かれた硬直、だろうか?

「隠しても無駄だよ? 魔力がそう言ってるもん」

 そして今度はアリアが一瞬動きを止めた。

「ニウ、魔力、あったの?」

「つ、使えないよ?」

 ニウニが自分に返した言葉は魔術を使えないという意味だろうかと考え、アリアは納得した。

 ニウニは魔力を感知できる。その感覚は、自分自身が魔力を持っていたからこそ身に付いたものなのだろう、と。

 同時に、現代日本の知識を持っている自分では忘れそうになるが、魔術を扱うにはこの世界では高水準の知識と情報を処理する能力が必要なのだ。

 ニウニに失礼ではあるのだが、教育などから縁遠い印象を受ける彼女には確かに荷が勝ちすぎるだろうとアリアは考えた。


「教えようか?」

 部屋に戻りランプに火を燈したとき、ニウニが羨ましそうに声を上げたことをアリアは覚えている。

 ニウニが魔力を持っているのなら、本人が望むのなら、魔術を教えよう。そんなことを思いながらアリアは口を開いた。

 そしてその言葉にニウニは呆気に取られている。

「いいの?」

「いいよ、減る物じゃないし。……ああでも、クレアさんにちゃんと教えてもらった方が良いかも。私と一緒にね?」

 気安く教えるなどと口にしたものの、アリアは自分も魔術の基礎を知らないのだと思い出した。

 単に使うだけなら確かにアリアでも教えることはできるだろう。だがどうせ学ぶなら、基礎からしっかりと積み上げた方が良い。

 クレアなら、きちんと魔術を学んでいる。根拠のない確信ではあるが、アリアはその確信を何一つ疑おうとは思わなかった。

「リアも?」

「うん。私も使えるけど、ちゃんと魔術のこと知ってる訳じゃないからね」

 三つの頃から学んだものとはまた違うこの世界の高等教育。それに興味がないと言えば嘘になるが、ニウニのためになるだろうという想いを抱いているのも紛れもない真実だ。

「クレアさん、教えてくれるかな?」

「ダメかもしれないけど、一度は頼んでみようよ。もしかしたら引き受けてくれるかもしれないし」

 アリアはどうにも不安がっているらしいニウニに苦笑しながら背中を押す。

 当たって砕けたとしても、最悪アリア自身がニウニに魔術を教えれば良い。砕けた場合に受ける傷もないのだ。

 ニウニが望むのなら、アリアはいくらだって魔術を教えるつもりである。ついでにクレアから頼まれたことも教える腹積もりではあるのだが。どちらも、決してニウニに悪い結果を(もたら)すことはないだろうから。

「ダメなら私が教えれば良いし、ね? 頼むだけ頼んでみよう」

「……うん」

 ゆっくりと頷いたニウニに、アリアも頷きを返した。


 ふとアリアは思う。何故自分はこんなにもニウニに肩入れしているのだろうか? 確かに一月の間をほとんど共に過ごした仲であるし、情が湧かない訳もない。だが、それだけだろうか?


 アリアはニウニについて考える。

 世話の焼ける少女。それが今なお最も強い印象である。だが、目を離す気にもなれない。彼女が失敗すればフォローしたくなるし、彼女が上手くできればなんだか褒めたくなってしまう。

 そして思い至るのは、どうやら自分はこの少女に相当依存してしまっているらしいという事実。

 年上の妹、とでも言うのだろうか? いつの間にか、家族に向けるような愛情を僅かに抱き始めている自分に気付く。

 そんな感情が無性にむず痒く思えて、アリアはなんとなく笑顔を浮かべていた。それに気付いて、胸中一人身悶える。

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