日常6『国王様と学院視察その3』
「何か弁解はありますか」
「いや、あのですね。意外と皆強かったので、ついついやる気を出してしまってですね」
「やる気を出すのは当たり前です。その上で指導するのが普通なんです馬鹿ですか馬鹿でしたね」
「うぅ、面目ない」
絶対零度の瞳でこちらを見てくるアリシアに、ぺこぺこ頭を下げる。今回の件は完全に俺のミスだ。
相手の生徒達が意外に強かったからと言って、無駄にはしゃいでやり過ぎてしまうとは、いくら最近公務ばかりでまともな戦闘をして無かったとはいえ情けない限りである。
「はぁ、もう過ぎた事を言っても仕方ありませんし、個別指導だけでもしっかりお願いします」
「了解っす」
模擬戦が速く終わり過ぎたおかげでまだまだ時間はあるし、本来なら軽くアドバイスして1時間程度で終わらせるつもりだった個別指導を、2時間位やっても良いだろう。
アリシアの言う通り"彼、彼女達"は、次代を担う将来有望な若者達なのだし、今後の国家安泰のためにも一肌脱ぐとしようか。
「よーし、個別指導を始めるぞ!整列してくれー」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――それじゃあ学院長、今後もよろしくお願いしますね」
「はい、今日はありがとうございました。またお会いできる時を楽しみにしております」
深々と頭を下げて見送ってくれる学院長に頭を下げ返し、アリシアとセレナを伴って学院長室を後にする。
あの後当初の予定をオーバーして3時間近くを個別指導に費やし、今度はやり過ぎですとアリシアに叱られてしまったりもしたが、なんとか無事視察は終了した。
時間が押しまくってたせいで常時小走り状態でイベントも何も無かったが、とりあえず皆活気に満ちて学校生活を楽しんでいるようだし、特に問題は無いだろう。
「今日校内で出会った生徒と城で話す事があったりするんだろうな、楽しみだ」
「視察の度に毎回それ言ってる気がしますが、私も毎度の如く言わせてもらいますと、国王たる御劔様と直接会話できる臣下なんて本当に一握りですよ」
「それでも、その一握りに入って来る生徒もきっといるだろ」
「その返しももうテンプレですね」
「そうだな」
本当にもう、テンプレだ。果たしてこの学院に視察に来るのはこれが何度目だったか。開校した当初は煌びやかで、新しい物の魅力に溢れていた校舎も、400年以上の時を経て随分と落ち着いた、趣のある様相に変わった。
自分の国で初めてできた学院だと騒ぎまくり、開校記念パーティーで苦笑しながらも付き合ってくれたアリシアと、徹夜で飲み明かしたのを思い出す。
「あの頃は、若かった……」
「何をいきなり意味不明な事を言ってるんですか」
「いや、昔の事を思い出してだな。そう言えば、あの頃はまだセレナはいなかったなぁ」
「え?何です?何の話です?とっても聞きたいです」
「あぁ、あれはな、昔々、もう450年程も前の話で――」
「そんなに昔じゃないですね」
「お、おう……」
なんという時間感覚、流石数千年を生きて無いぜ。ちなみにこの3人の中で人間は俺だけであり、アリシアもセレナも普通に生きてるだけじゃまずお目にかかれないような種族の存在達だ。もっとも、アルカディアにはそんな存在がごろごろいるので珍しくもなんともないのだが。
「それでそれで、450年ほど前に何があったんですか?」
「あぁ、450年程前に――」
「――良いからそれを渡せっつってんだよ!!」
「おぉふ……」
何だ、今日は喋りを邪魔されるデーか何かか。"邪魔されるでー"ってとっても方言っぽいな、どうでも良いな。
「あれは、カツアゲでしょうか?」
「なんという古典的な……」
「チャラチャラしてますね」
怒声がした方に眼をやれば、如何にも気弱そうな少年が、如何にも遊んでそうなチャラチャラ少年3人に囲まれているところだった。先程の言葉と相まってどう見てもカツアゲだろうが、ファンタジー世界といえど流石にカツアゲはもう古いぞ……
「というか、此処は要人専用通路じゃなかったのか」
「一応立ち入り禁止にはなってるはずですが、教師や生徒等の学院関係者は入ろうと思えば入れたと思いますよ。術式的な縛りがある訳ではありませんし。むしろ、人が寄り付かないという意味で不良達からしたら恰好の溜まり場なんじゃないでしょうか」
「それで良いのか要人専用通路……」
「まぁ、学院に来る要人は本人が強いか、強い護衛を連れてるかの2択ですからね」
「言われてみればそうだが、なんか納得いかない」
確かに俺らも強いし、ここを通りそうな俺の知り合いにも弱い奴はいない、というか皆単独で国落とし出来る実力がデフォだが、むぅ……
「それよりも、どうするんですか?助けるなら早くしないと、なんかもうポケットの中とかに手を入れられて見方によっては危ない絵柄に……」
「アリシアさん、普通に見ても危ない絵柄だと思います。カツアゲ的な意味で」
「うん、セレナはまともで何よりだ」
などと、俺らがいつも通りの掛けあいをしてる間にも状況は進行し、ポケットを弄られていた少年は遂に財布らしきものをチャラ男に抜き取られてしまった。
「ちっ、たったこれっぽっちか、シケてんな」
財布の中身を覗き、お決まりの台詞を口にするチャラ男――の唇を読んでアテレコするアリシア。
「……何言ってんだ、アリシア」
「アリシアさん、大丈夫ですか?熱でもあるんですか?」
「――申し訳ありません、少し調子に乗りました」
いまさら恥ずかしくなってきたのか、いつもの無表情を赤く染めて少し下を向くアリシア。意外とお茶目で可愛いところの多いアリシアだが、何故このタイミングでその可愛さを出してきたかは全く意味不明だ。
「うーん、まぁ、いいや、さっさと帰ろう」
「畏まりました」
「畏まりましたー」
会話中に止まっていた歩みを再開し、出口へ向かって歩き始める。ここは普通なら助けるべき場面なんだろうが、そんな必要は無い。何故なら――
「あの、それが無いと今月厳しいので、返して貰えないでしょうか?」
「あぁん!?ふざけてんじゃねぇぞ!!誰が返すかよ!!」
「う、うーん、それなら仕方ないですね、ちょっと強引なやり方になっちゃいますが」
「何をごちゃごちゃ言ってやがる!!もうお前に用は――」
「彼の者を拘束せよ《魔樹の抱擁》!!」
「うっ!?なんだこりゃぁ!?」
「さぁ、財布を返して下さい!!」
カツアゲされる側だったあの少年。模擬戦をした時に俺と戦った魔術師の少年だったからだ。魔術の腕は中々のものだったし、チャラ男の纏う力場や気を見るに、3人束になっても到底勝てないだろう。
という訳で、無駄なお節介は無用。さっさと帰って出掛ける準備をしなければ。
「さーて!この後はセレナと夕食だー!!」
「嬉しそうですね?」
「そりゃ嬉しいだろ、あんな美少女と飯が食えるんだぞ」
「妻2人を前にして他の女の子の事を堂々と褒めるとか、御劔様は相変わらず女たらしです」
「う、すまん」
「まぁ、そんな風に本音を隠さない所も好きなんですが」
「私もそうなんですけどね」
「え!?い、いきなり言われると恥ずかしいなおい!!」
なんて、不良の悲鳴をバックに惚気話を展開しながら、俺とアリシア、セレナは帰路に着いたのだった。
なんか、いまいちパッとしない話ばかりで申し訳ない。精進します。