日常4『国王様と学院視察』
「アリシア、この後の予定は?」
手慰みに取り出した扇子を弄びつつ、書類片手に控えていたアリシアに声を掛ける。
書類仕事は今しがた終了し、今日残すのは謁見や会食などの公務だけだ。
「この後残っているのは、王都内の学院視察のみです。他には何も無かったのですが、先程セレナ聖下から夕食のお誘いが」
「ふむ……とりあえずセレナには、ありがたくお邪魔させてもらうと返事しといてくれ」
「畏まりました」
こちらから出向くといったのに、速攻で誘ってくるとは。嬉しいには嬉しいが、その唯我独尊な姿勢は、流石生まれながらの王者である。しかし、そんなに俺と飯が食いたかったのだろうか、それとも、ただ単に速くお礼をしたかっただけだろうか。セレナの律義な性格的に後者っぽいな。
「それじゃあ、夜に予定も出来たし、ちゃちゃっと視察終わらせちゃいますか」
「畏まりました。すぐに馬車を用意させます」
「あい」
「――あ、そうそう、和服の良し悪しを理解できる人がそうそういるとは思えませんが、それ部屋着なんですから、ちゃんと公務用の和服に着替えといて下さいね」
「……あい」
わざわざ着替えるのか……とても、面倒だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「着いたー!!」
馬車が止まると同時に扉を豪快にぶち開け、外に飛び出て伸びをする。移動時間僅か20分程度とはいえ、馬車の中はなんか独特の閉塞感があるのだ。別に狭い訳じゃないんだが、なんでだろう。
「騒がないで下さい、いくら裏口といってもあまり大声出すと目立ちますよ」
と、俺に続く様に馬車から降りたアリシアが、相変わらずの無表情で注意してくる。馬車から降りる仕草だけでも凄く絵になるんだから、やはり美人というのは得だな。
「……じろじろ見て、なんですか?」
「いや、なんでも無い」
「?変な御劔様ですね」
「はっはっはっ」
「ほら、笑ってないで、行きますよ」
「おう――って、別に手は引かなくてもいいから!!俺は子供か!!」
「はいはい」
こいつ、手を放しやがれねぇ!!いや、すべすべしてて綺麗なアリシアの手を握れるのは嬉しいんだが、流石にこれは恥ずかしいぞ。
「し、しかし、もう何度も来てるが、やはりここは裏口とは思えない位豪華な造りだな?」
「何を突然、どうしたんですか?」
「いや、恥ずかしさを紛らわすためにだな……」
「見てる人がいる訳でも無いのに、ヘタレですね」
「悪かったな!!」
「――あのー、お2人共、私の事忘れてませんか?」
「「あ」」
いつも通り他愛もない掛けあいをしていた俺とアリシアだが、背後から響いた女性の美しい声に、その動きをピタリと止めた。
振り返るとそこに立っていたのは、黒と白を基調とした、清楚で落ち着いた作りのメイド服を身に纏う1人の女性。
街を歩けば誰もが一度は目を奪われるだろう美しい顔立ちに、スラリとした手足、水が流れるように腰まで伸びた流麗な蒼髪と、清楚なメイド服をグイグイと押し上げる母性の塊が特徴的なメイドさんだ。
名を"セレナ・フランレーズ"、俺の専属メイドであると同時に、一夫多妻制が法的に認められているこの国で、アリシアと同じく俺と相思相愛になり、俺の妻となってくれた女性の1人なのだが……
「うぅ、その反応、やっぱり忘れてましたね?専属メイドなのに、私御劔様の専属メイドなのに!!」
彼女の美しい顔立ちの中でも、一際目を引く大きな蒼い瞳。深い海の様な美しさを宿したその蒼眼の淵に、見る見る涙が溢れ、今にも零れ落ちそうになる。
うん、涙目とても可愛い――じゃなくてじゃなくて。
「あぁー!!冗談だ!!忘れてないから!!泣くな!!泣くんじゃない!!」
こう見えて彼女はもう数千年の時を生きており、俺なんかより大分年上なのだが、かなりの泣き虫だ。まぁ、そこがまた可愛いんだが。
「うぅ、本当ですか?」
「当たり前だ、大切な人の事をそう忘れる訳無いだろう。そもそも、同じ馬車に乗ってきたわけだし。セレナがあまりに可愛いからちょっとからかっただけだ」
「そ、そうですよね!!そうだと思ってました!!」
「嘘付けよ」
「あう……」
しまった、つい突っ込んでしまった。俺は突っ込み気質なんだ!!だからそんな涙目で見つめないでくれ!!
「御劔様、またセレナ泣いちゃうじゃないですか。突っ込み気質なのは分かってますが、少しは自制して下さい。ほら、学院長を待たせてるんですから速く行きますよ。セレナもほら」
「あい……」
「はい……」
結局、俺もセレナもアリシアに手を引かれて学院長室まで連れて行かれた。この裏口は要人専用の裏口であり、学院長室までは直行できるので誰にも見られる事は無かったが、やはり恥ずかしいものだ。
「えへへー」
――まぁ、セレナが凄く嬉しそうなので良しとしよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――で?なんでこんな状況になってる訳よ?視察はどうしたー!!」
そんなこんなで、学院に到着してから約30分後。俺は、武器を構えた学生30人に囲まれ、"訓練用闘技場"の真ん中に立っていた。