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日常2『国王様とテンプレ』

 ――聖教国家カテドラル


 世界最大の信者数を持つ宗教《リーネア教》の総本山であり、この世界の主神たる二大神の一柱"天皇神リーネア"の直系である人物が、代々"聖帝"と呼ばれる統治者を務める王政国家だ。

 そして俺は現在、その《カテドラル》の王都にあたる都市"聖都"のカフェで昼食を食べている。確か街の名前は《聖都【センディアス】》とかだったような気がするが、まぁどうでも良い。


 さて、何故俺がこんな場所にいるのかだが、特に理由もなくただの息抜きだったりする。仕事に忙殺されたり1000度超の紅茶で火傷したりした日から一夜明け、今日の公務は昨日よりも幾分少なかった。

 なので、ちょっと本気を出して午前中に書類仕事は全て終わらせ、昼食ついでに出て来たという訳だ。本当ならアリシアも連れて来たかったのだが、せっかくだから部屋の掃除をしたいと断られてしまった。残念。


「しかし、相変わらず綺麗な街並みだねぇ」


 最後の一口になったサンドイッチを飲み込んだ俺は、至って普通の温度で淹れられた紅茶を飲みつつ、窓の外へと目を遣る。


 白い建材で統一された建物に、同じく白い建材で整備された大通り。まさしく白亜の街並み、"聖都"という名に相応しい美しさだ。


 俺が国王を務める《アルカディア》の王都にあたる都市、"天都エリュシオン"も整備された非常に美しい街並みだが、それに勝るとも劣らない美しさがある。勿論、俺の国が負ける気はしないが。


「んぁ?あれは……」


 と、視界に入ったとある人影に気を取られ、思わず声を出してしまう。紅茶を一口飲んで心を落ち着かせ、改めて確認するものの、


「やっぱり、セレナだよな」


 フードを深々と被っているため、トレードマークである豪奢な白金の長髪や美貌は見えないが、纏う神々しい聖気までは誤魔化せない。

 どこからどう見ても、今代聖帝"セレナ・エーベルング・カテドラル"だ。


 以前会食で顔を合わせたのは確か半年ほど前、流石年頃の女の子は成長が速い。何処のとは言わないが。


「しかし、何してんだ?」


 所謂お忍びとでも言うやつだろうか。しかし、聖帝であり、年若い女性でもあるセレナが、護衛も付けずに街中をうろうろするのはあまりよろしくないように思う。

 国王の身でありながら、護衛も付けずに他国で呑気に飯食ってる俺が言えた義理じゃないが。具体的には言えた義理じゃない度数120突破で言えた義理じゃない。言えた義理じゃない度数とは、今俺が考えた曖昧な数値だ。具体的じゃないじゃねぇか。


 などと、心の中で俺が戯言をほざいている間にも、彼女はこちらに気付かずカフェの前をとことこ小走りに通り過ぎて行った。可愛い。


「可愛い、けど、なんか焦ってるか?」


 紅茶片手に可愛さを堪能しつつ、彼女の足運びに若干の焦りを感じ取る。

 そして一つの事実を思い出した。


「そういやあいつ、極度の方向音痴だったな……」


 足運びの焦りと迷い、そしてしきりにキョロキョロしていることから、方向音痴が治っている可能性は皆無だろう。後キョロキョロ可愛い。


「あ、そっちは路地裏っすよ先輩」


 言ってる間にも、迷子聖帝セレナは、キョロキョロしつつ路地裏の方へと入っていった。

 ちなみに彼女は現在16歳、聖帝歴は3年、俺は572歳であり、国王歴は457年であるから、俺の方が色々先輩だ。どうでも良いな。


「仕方ない、か」


 残った紅茶を一気に飲み干し、会計をちゃちゃっと済ませて店を出る。彼女とは個人的に友好的な関係を築けていると思っているし、外交的にも《アルカディア》と《カテドラル》は同盟国、そして何より、可愛い女の子が1人路地裏に入って行くのを見過ごすわけにはいかない。

 如何に《カテドラル》の治安が良くても、路地裏ってのは割りと危険が一杯なのだから。


「――止めて下さい!!」


「あー……」


 言ってる側から、セレナの切羽詰まった声が聞こえて来た。一応気配は正確に捉えているから問題は無いんだが、一応急ごう。油断大敵、だ。


「そこまでだ!!――あ」


「ぐぁ!?」


 路地裏を軽く走り抜け、角を曲がって颯爽と現場に到着。そのまま勢い余って、セレナを囲んでいた男たちの1人に激突。


「ってぇ……てめぇ!何しやがる!!」


「あぁすまん、でもまぁ囲い突破できたし、結果オーライだな!!はっはっはっ!!」


 和服の袖口から扇子を取り出し、バッっと広げて適当に高笑い。こういう相手には第一印象ってのが大事だ。余裕の態度を見せつけておけば、勝手に警戒してくれて何かと楽なのである。


「テメェ何者――」


「御劔さん!!」


 狙い通り警戒心を露にしつつ発せられた男の声を、涼しげで美しい女性の声がバッサリ遮った。言わずもがな、声の主はセレナであり、やはりチンピラとは格が違うから発言重要度も違うのだと訳の分からない事を考えてみたり。


「よぉ、久しぶりだなセレナ。お困りの様だったから助けに来たぜ」


「はい、ありがとうございます!!」


 こちらに顔を向けてくれたお陰で見えたフードの中で、彼女は満面の笑みを浮かべていた。生来の美貌と相まってとてつもなく輝いて見える。後光さえ差してきそうだ。


「おい!!何者かって聞いてんだよ!!無視すんじゃねぇ!!」


「む」


「ひぅ……」


 人がせっかくセレナの可愛さを堪能してたというのにうるさいやつだ。それといきなり大きな声を出すからセレナが怖がってんじゃねぇかバカ野郎。


「何者かって言えば、通りすがりの国王様だが……」


「あぁん!?」


 怖……。


「いやまぁ、俺が何者かなんてどうだって良いんだ。とりあえず今は退いてくれないかね。成功報酬と自分の命、どちらが大切かの分別位付くだろう?傭兵さん」


「――ッ」


 特に"傭兵"の部分を強調した俺の言葉に、セレナを囲んでいた3人の男全員が息を呑む。よくよく見ると、チンピラにしては装備や纏う力場が立派過ぎると思っての発言だったが、どうやらビンゴのようだ。

 大方、セレナの暗殺か誘拐を敵対国の有力者にでも依頼されたんだろう。

 ちなみに傭兵ってのは、要人の護衛や戦争時の臨時戦力として雇って貰う事で生計を立ててる奴らの事だ。"傭兵ギルド"に所属すればだれでもなる事が出来る。似た様な職業に"冒険者"があるが、その辺の差異やら関係はまた追々と。

 今はまぁ、傭兵と冒険者は犬猿の仲だとだけ言っておこう。


「――邪魔するってぇのか?」


「あぁ、勿論するさ。この子は聖帝で、それ以前に可愛い女の子だ。害を加えさせるわけにはいかない。まぁぶっちゃけ、俺が邪魔する必要あるかは疑問だが」


「あん?どういうことだ」


「気にするな」


 どうやら、傭兵さん達は依頼人からあまり情報を貰っていないようだ。

 現在俺の後ろに隠れている聖帝セレナ・エーベルング・カテドラルは、最初に言った通り"リーネアの直系"であり、それは紛れもない事実だ。《リーネア》と飯行った時直接聞いたことだから間違いない。

 そして"リーネア直系"であるからには、人間とは有する力の量と質が根本から違う。

 【聖術】【法術】【神術】といった神聖系術式に関する素養は桁違いであり、尚且つ彼女は歴代最高クラスの素養をもつと謳われる天才少女だ。


 何が言いたいかというと、ぶっちゃけセレナは滅茶苦茶強い。如何に争いで身を立てる傭兵といえども、たった3人では木端の様にやられるのオチだろう。上位ランカーの傭兵なら別だが、今目の前にいる3人にはせいぜい一流と呼ばれる程度の実力しか無い様だし。


「まぁとにかく、退いた方が賢明だぞ。少なくとも俺は、お前ら3人を刹那に殺せる位には強い」


 もっと言えば"目の前の3人は死んだ"と意識するだけで殺せちゃうぐらいには余裕で強いのだが、まぁそこまで言う必要はないだろう。


「はっ、退いてくれと言われて簡単に退くと思ってんのか?傭兵舐めてんじゃねぇぞ兄ちゃん」


 予想通りではあるが、やはり簡単には退いてくれないらしい。

 まぁ、武装した傭兵3人に対して、こっちは武装もしてない男と美少女の2人組だもんなぁ。そりゃ退かないわ。


「そもそもこっちには、依頼主から前払いで貰った《天雷纏う陽剣(グロム・アルバ)》があるんだ。金貨50枚は下らねぇ"希少(レア)級"の迷宮ドロップ品。お前らなんか一振りで肉片になるんだぜ?」


「へぇ……」


 さっきからこちらと話をしているリーダー格っぽい傭兵が、腰の鞘から剣を抜き放つ。

 現れたのは、全体的に鋭利で緻密な意匠が凝らされた一振りの長剣。白銀の剣身は薄青い煌めきを纏い、その表面を時折走るのは玲瓏な輝きを宿す蒼の天雷。金色の鍔、純白の柄と相まって、芸術品としても余裕で通用しそうな逸品だ。


 あれは一般に"迷宮ドロップ品"と呼ばれる物で、世界各地に自然生成された、生成手順など全てが謎に包まれた世界の神秘"迷宮(ダンジョン)"から手に入れる事が出来る。

 "迷宮(ダンジョン)"内部に存在する宝箱から手に入れられるのだが、その宝箱の設置経路も謎に包まれているため、人造の武具などとは区別されているのだ。


 《天雷纏う陽剣(グロム・アルバ)》はランクとしては"希少(レア)級"、全10位階中8位階目とかなり下位に分類される魔剣だが、それでも人間相手には余りある力を持つ。

 といっても――


「その程度の武器でどうにかなる、と?」


「――ッ!?」


「その程度の武器、俺にとっては木の枝と大した変わりは無い」


 紡ぐ言葉に、初めて敵意を乗せる。じゃれついてきた赤子に、大人が意識を向ける程度の、そんなレベルの意識。

 だが、傭兵達は現在、魔王にでも睨まれた様な威圧感を全身に受けているだろう。彼我の力量差は、それほどまでに圧倒的なのだ。


「くっ……」


「力量差は分かったと思うが、それでもまだ退かないのなら……」


 言葉と同時に、空間系統の収納術式を発動。眼前の空間が水面の様に揺らぎ、そこから剣と刀の柄が、それぞれ一振りずつ姿を顕す。

 それだけで、周囲の空気がガラリと変わった。未だ見えるのは柄の部分のみ、刀剣の本命というべき刃は微塵も姿を見せていない。

 にもかかわらずこれほど圧倒的な力を放つという事は、そのまま、その刀剣が持つ圧倒的な力の一端を示していて――


「迷宮ドロップ品、《神霊剣【天叢雲(あまのむらくも)】》に《神霊刀【天羽々斬(あめのはばきり)》】》だ。ランクはどちらも最高位の"神宝遺産(アーティファクト)級"。一振りでこの大陸ごとお前らを消し飛ばせる神造の大業物だ。さぁ、これが最後のチャンス。退くのなら此処は見逃すが、向かって来るのならこの二振り、抜かせてもらう」


 駄目押しに、僅かに殺気を相手に向けてそう宣言する。最早この場に、傭兵が勝てる可能性は絶無。それどころか、このままだと冥府へ一直線だ。


「くそ、一体何者なんだ……」


「だから言っただろう。通りすがりの国王様だ。さぁ、どうするんだ?退くのか、退かないのか」


「っ……分かった、分かったよ。俺らも命は惜しい、此処は退かせてもらう。――ちっ、ついてないぜ」


 悪態を吐きながらも剣を納め、背を向け去っていく傭兵達。

 粗暴で気性の荒い奴が多いと評判の傭兵だが、仮にも社会人であり、命と仕事、どちらが大事か位の判断は殆どの奴が冷静にできる。


「あの……」


「ん?」


 と、俺が相手を圧倒し始めた辺りから、目をキラキラ輝かせて事の行方を見守っていたセレナが、和服の裾をちょこちょこ引っ張りながら声を掛けて来た。なんだその仕草、上目遣いと相まって超かわいいぞ。


「私は駆け引きとか良く分かりませんけれど、捕えなくてよろしかったのですか?」


「あー、問題無い。どうせあいつらは雇われてるだけだし、捕えるだけ無駄だ。黒幕については俺がどうにかしておくさ」


「??」


「はは、気にするな」


 アルカディアが誇る最強の暗殺部隊《終天極》を用いて黒幕は暗殺させるのだが、そこまで言う必要はないだろう。そもそも《終天極》の存在自体極秘だし。


「ってか、そろそろ帰らないと昼からの公務に遅れるなこりゃ」


 懐から懐中時計を取り出し時間を確認すると、昼休憩は残り2分程しか無かった。遠く離れた自国への帰路は転移系統の魔術で一瞬だが、それでもこれ以上長居をする訳にはいかない。主に、時間に超厳しいアリシアに叱られる的な意味で。


「え、もう帰られてしまうんですか?せめて何かお礼を……」


 うぉぉ、その上目遣い+涙目のコンボはテンプレだが破壊力抜群だぞ。だが負けるな俺!ここで負ければアリシアから破壊力抜群なグーパンチを貰う事になる!!


「いや、すまんが今日は時間がないんだ。また後日、改めて"聖帝宮(ホーリーパレス)"にお邪魔するぜ」


「そうですか……残念ですが、その日を楽しみにして待ってます」


 良し勝った!!誘惑に打ち勝ったぞ!!


「あぁ、それじゃあ"聖帝宮(ホーリーパレス)"まで転移魔法で送ろう。今日の事は他の奴らには内緒にしといてやるが、あまり勝手に宮殿を抜け出すなよ?」


「う、勝手に出て来たってなんで知ってるんですか」


「気付くに決まってるだろう。お忍びだったとしても、普通は護衛の1人2人ついてるもんだ」


「御劔さんはいつも護衛付けてないじゃないですか……」


「俺は強いから良いんだよ。さぁ、行くぞ」




 ――こうして御劔はセレナを宮殿まで送り届け、"お忍びで街を歩いている途中に路地裏に迷い込んでしまい悪漢に襲われている姫様を助ける"というテンプレイベントを終えたのだった。




「ただい――」


「30秒の遅刻です」


「ぎゃあああ!?」


 ちなみにその後、昼休憩を30秒オーバーした御劔は時間に超厳しいアリシアから、破壊力抜群のグーパンチを食らったのだが、それはまた別のお話。




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