家庭教師
勉強ができない私のために、勝手にお母さんが家庭教師を就けたというのを聞いたのは、その人がくる直前だった。
「えー、なんでそんな要らないことするよ」
「だって、こうでもしないと、あんた、勉強しないじゃない」
お母さんにおこっていても仕方ない。
なにせ、あと数分で来るという約束になっているそうだ。
部屋へとあわてて戻り簡単に片づけをする。
「誰が来るんだっての、まったく」
悪態をつきながらも、見える範囲は綺麗にした。
見えないところは、きっと見ないだろうから問題はないはずだ。
ピンポーンとインターホンの音が聞こえると、すぐにお母さんが玄関扉を開ける音がする。
「いらっしゃい。こちらですよ」
「御邪魔します」
その声に、なんとなく聞き覚えがある。
「…やあ、さっきぶりだね」
村見先輩だった。
同じ高校の、同じ部活で一つ上の学年にいる先輩だ。
お母さんがいなくなった部屋の中で、気まずい沈黙が流れる。
「…まあ、頼まれたものは仕方ない。さっそく始めようか」
「はい」
先輩に促されるままに、私は教科書を開いた。
こうなっては仕方ない、後は、できる限り先輩と一緒にいられることを楽しまないと。
2時間で、先輩は帰ることになっていたらしい。
「じゃあ、また…えっと」
「明日、ですよ」
私は精いっぱいの笑顔で、先輩を見送った。
先輩は同じように微笑み返してくれて、言ってくれた。
「ああ、また明日」
扉は、ゆっくりと閉まった。