第四話
びっくりな誤字を修正しています。
現れた男の背後からは、女性も二人顔を出す。ボブカットの赤毛に茶色の目の少女と、金髪を高い位置で括って灰青色の目を持つ少女だ。いずれも瞳の色からして人間で、だが服装は村人などとは程遠い。特に男は腰に剣を佩いていて、剣を生業とするであろうことが知れた。彼が騎士か何かである以上、女性陣も力ない人間だとは思えない。武器こそ見えないが、恐らく魔術師か何かだろうと見当をつける。
腕の中のインゲを守るようにぎゅっと抱きしめながら、今の状況をひっくり返す方法をヴィルダーは必死に考える。
アリエラ達は人間達の村にどのように攻撃を仕掛けるかでまだ話し合っている最中。ヴィルダーがここで人間達と対峙していることすら気がついてくれているかどうか。それまでヴィルダーは目の前の三人からインゲを守りきらなければならない。
幸いというのか、向こうもヴィルダーの姿に目を丸くしている。もしかするとヴィルダーのことを魔王と知っている人間で、警戒してくれているのかもしれない、と一瞬期待が過ぎる。ヴィルダーに今戦闘力がないことに気づかれなければ、このまま逃げ通せるのではないかと思ったのだが、そうは問屋が卸さなかった。
「ヴィルダー・レーマン! こんなところにいましたの?」
金髪の女がそう声を発したからだ。怒った口調のそこには、同時にどこか嘲るような響きが込められている。それは魔王を警戒しているというよりは、姿を晦ましていた魔王を見つけて挑発しているようにすら思えた。
そういえば、ヴィルダーは魔王と勇者の直接対決の折りに傷ついたのだ、とアリエラは言っていたはずだ。ならば彼らは勇者一行で、ヴィルダーが大怪我を負っていたのを知っていたのでは。勇者の方も大きなダメージを受けたといっていたが、三人を見る限り大きな怪我は残っていないように見える。ヴィルダーが回復をするくらいだ。彼らとて流石に身体が癒えるということか。
だとしたら彼らはもう見つけた魔王を逃がしてくれやしないだろう。勇者一行が魔王をわざわざ見逃すとは到底思えなかった。ヴィルダーに勝ち目はない。
ならばせめてインゲだけは、とヴィルダーは考える。たまたまこの場にいただけの少女だ。巻き込むのは余りに可哀想だ。彼らが見逃してくれるとは思えないが、せめて逃げる時間だけは稼いでやらなければならないだろう。
そう考え、インゲを抱いたまま後ろを向いてから、彼女を抱きしめていた手を離す。
「逃げろ、いいな」
言い含めると、悲しそうな顔をインゲが見せるものだから、ほら早く、と背を押して急かしてやる。
何とか村の方へとインゲが駆けだしたのを確認してから人間達の方を振り返ると、三人の表情はそれぞれ先ほどとは打って変わっていた。先程ヴィルダーの名を呼んだ女はあからさまに顔を顰め、赤毛の少女はショックを受けたような顔をしている。
何故そんな顔をするのか分からず、困惑するヴィルダーに、茶髪の男がやはり困惑した顔で叫んだ。
「なんで子供を庇う!」
そこに何故か糾弾するような響きを感じて、ヴィルダーは訝しむ。普通自分の敵が子供を庇ってそんな声を出すだろうか。寧ろ相手はその分守る戦いを強いられ弱体化するのだから、彼らにしてみれば好都合ではないのだろうか。
「俺をどうこうするのに、インゲは関係ないだろう」
それでもそう返せば、信じられないとばかりの顔をする茶髪の男。
「お前をどうこうする? 何を言ってる?」
首を横に振って口にする男に、ヴィルダーは言い知れない不安を覚えた。ヴィルダーと彼らの認識に何か大きな齟齬があるのではないか。つまり――何かが間違っているのではないか、という予感だ。
そしてそれは現実のものとなる。
「確かに魔族でも子供をどうにかするのは可哀想だが、その子供は魔族でお前は――勇者だろう、ヴィル?」
その言葉に周囲の音が全て消えた。それは勿論ヴィルダーの錯覚だったのだろうが、目の前が真っ暗になるというのはまさにこのことだと思った。
――ヴィルダーが、魔王ではなく勇者?
不意にヴィルダーは先日のインゲとのやり取りを思い出した。
『お兄さんは私達の敵? 味方?』
そのときはてっきりインゲがゲルトルーデの言葉を分からなかったのだろうと思ったものだが、もしそれが、ヴィルダーが魔族でないと知っていたからの問いだとしたら。
或いはすぐ傍の村で、村人たちはヴィルダーを観察してはいなかったか。あれは魔王が珍しかったからではなく、別の何かがあったのではないのか。
さっきだって、インゲは何を言おうとしていた。人間の悪口を言って、ヴィルダーの顔色を窺ったのは何故だ。
気が付きたくないのに、思考はどんどん今までのおかしな点を上げ連ねていく。ヴィルダーが気づかないふりをしたり、無理やり納得していたことを。
ヴィルダーは滞在していたあの屋敷で鏡を一度も見たことがなかった。それが『ヴィルダーが魔族でないこと』を確認させないためだとしたら。ヴィルダーが赤い瞳を持っていないからだとしたら。或いはアリエラが何か隠している風だったのは。ホフマンが随分とヴィルダーを気に入らない様子だったのは。