幕間一
再び全力で主役顔で出てくる勇者一行。
酒屋に入ってすぐ、ハインツはカウンターを陣取って酒を頼んだ。情報収集にはやはり冒険者や何やらの集まる酒場が一番だとハインツは思っている。だから、町に着いたときには必ず酒屋に入ることにしていた。勿論ハインツが酒を好きというのも大いにあるのだが。
受け取ったぬるい酒を呷る。先程漸くこの町に着いたということで、疲れ切った我が身に酒は染みいるように入っていく。やはり動いた後の酒はうまいと思いながら、周囲を見る。まだ日が暮れるより少し前ということもあって、人は少ない。魔族の活動が活発で、この辺りはまだ魔族からの攻撃をあまり受けないとはいえ、余り出歩く人が多くないのも理由の一つかもしれない。これでは話相手もマスターくらいしかいなさそうだ。
一人酒よりは複数で飲む方が楽しいのだがなぁ、と思いながら、消えた勇者を思い出す。こういうときに勇者が入れば、相槌だけであれ話相手になってくれるのに。勇者は単独行動が多いが、その場にいるときは一緒に酒場に引きずり込んだものだ。
流石に仲間のカトリーヌとメリーは宿に置いてきている。旅を始めたばかりの頃、余り仲間の性格を理解していなかったせいでひと悶着を起こしてからは、ハインツは二人を宿に残して出来る限り一人か或いは勇者と共に店に入るようにしていた。
いや、別にメリーは率先して厄介事を持ちこんだ訳ではないのだが。それは寧ろカトリーヌの方であった。
『何故わたくしが下々と同じ酒を口にしなければならないのです』
店内の空気がカトリーヌの発言でがくっと冷えた気がした。そりゃ誰だってカトリーヌの高飛車な言い方には馬鹿にされたと思うだろう。後から分かったことだが、本人は自分が王女という身分にあるのを当然と思っているからそういう発言が出るのだが。別に相手を馬鹿にしているのではなく、純粋に身分差を口にしているのに過ぎないのだ。主従がはっきり分かれる環境で生まれ育った彼女には、自分が民と同じ位置に立たなければならないのが理解できないのだろう。
そんなことを素で言ってしまえるカトリーヌに、そのとき初めて彼女の本性を見た気がしたハインツがどれほど驚いたことか。優秀な神官で勇者一行に随行するとして紹介された彼女が、王の前では猫を被っていたのだとどうして気づけただろう。
『姫、ここがそういうお店だからですよぅ』
メリーが横から口を出す。彼女のことだから、別にいやみだとかそういうのではなく単純に指摘してみただけなのだろう。そしてそれ自体は悪いことではないのだが、そのメリーの言葉にカトリーヌの発言で気分を害した男達のテンションが上がる。
『君可愛いねぇ』
『お酒好き?』
『はい? ええと、』
声を掛けられて、困った様子でそのときメリーは勇者を見た。後でハインツが察したところによれば、どうやら勇者にその頃から惚れていたらしいメリーだ。勇者にどうしたらいいか問おうとしたのだろう、だがこの勇者も勇者で余り他人には興味がないらしくメリーからの視線についぞ気づかなかったのだったか。
その間にメリーに寄りつく男は増え、それを見て自分の美貌に絶対の自信を持つカトリーヌが機嫌を悪くし――。
その辺りまで思い出したところでハインツは頭を振った。それ以降は思い出すだけで気分が悪くなりそうだ。主に地獄絵図的な意味で。カトリーヌもメリーも悪い人間ではないのだが、無自覚に騒ぎを引き起こしてしまう辺り、ハインツの胃を破壊しにかかっているような気がしないでもない。
そんな風に思考に浸っている間に、日は暮れたようで少しずつ店の中の人口は増えてくる。男も女も関係なく好きに飲んでいる中で、比較的ハインツに近い位置の男達の会話が耳に届いた。
「そういや知ってるか? ライヒと魔族がやりあってる村、あるだろ?」
「ああ、あそこな。怖いよなぁ。何お前行ったことあるの?」
「いや俺そっちから避難してきたんだよ」
「避難? なんかやばそうだなおい」
耳に入った情報に、ハインツは酒の追加を頼んだ。さも自分は酒を目当てにこの場にいるのだという体を装いながら、意識だけをその会話に向ける。どうやら二人は最近、もしかしたら今日にもたまたま会って一緒に酒を呑んでいるだけの関係らしい。
こういうとき、自身が勇者一行だからと話を聞きに行くのは逆効果だ。彼らは自分の知っている情報のうち、勇者に話すと都合がいい情報、悪い情報を勝手に取捨選択してしまう。自分達に都合が悪い情報を隠されては、こちらの行動に支障をきたすことにもなる。そういうわけで、ハインツは大抵彼らの会話を第三者として聞くことになる。
時には堂々と会話に入り込むこともあるが、相手によってはやたらと強い酒を飲まされたり初対面の相手に絡まれたりとうまくいかないこともあるので余り取りたい手段ではない。勿論うまくいくことの方が多いのだが、不思議なことに大抵の場合嫌な記憶ばかりが後々まで残るのである。