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記憶喪失の俺が魔王!?  作者: 野山日夏
第二章 活動
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第四話

視点はヴィルダーに戻って、魔王らしいことを始めてみる日。

 ぐぅ、とヴィルダーは伸びをする。そうすれば椅子に座ったまま何時間もいたせいで強張っていた身体にも血が巡り、すぅと通る感覚がする。そうして再度ヴィルダーは己が目を通していた紙へと視線を走らせる。

 魔王領の今年の財政などについて延々と述べられたその紙の下の方には、流麗なサインがなされている。アリエラの名でされたそれは、アリエラがヴィルダーの代理として今執務をしているからとのことだった。

 記憶を全て忘れてしまったヴィルダーに、魔王の執務を少しずつ覚えてもらうから、と言い出したのはアリエラだ。ヴィルダーも、自分のすべきことを自分が忘れてしまい、そのせいでアリエラに負担がかかっているというのでは、早く自身だけで政務を執れるようにならなければと思うのは当然。

 そうして手始めに渡されたのがこの書類の束。日にちは一月ほど前のもので、もう処理してしまったから要らないのだとアリエラは言っていた。

『もっと最近のを渡せたらいいのだけれど、それは流石に必要な部署に回したり早く処理をしたりしなければならないので難しいのです。ですけれど、あんまり古いものも最近のこの国の現状を理解するのにはもう情報が遅すぎるでしょう』

 そんなことをすっかり困り切った顔で言われてしまったものだから、ヴィルダーはそんなことを言わせてしまった自分が申し訳なくなったくらいだ。ヴィルダーが不甲斐なくてアリエラに迷惑をかけてしまっているというのに、その上更にアリエラに謝られることなどあるはずがない。

『大丈夫だ。それよりも本当にすまん』

 頭を勢いよく下げれば、返事がない。少し不安になって頭を下げたまま目だけでアリエラの表情を確認してみたヴィルダーは、ぽかんとした表情で暫くヴィルダーを見ていたアリエラが笑みを見せるその瞬間を目の当たりにした。

 ふわりと大輪の花が咲くようなそれに目を奪われる。この上ないほど美しい容姿をしたアリエラの笑みというのは強烈な破壊力を伴っているのだとヴィルダーは思い知った。

『好きでやっていることですわ』

 立場からすればヴィルダーの方が傅かれる立場のはずであるとか、そもそもヴィルダーが全て記憶を無くしているからこの少女が正面に立って執務を取っているのではないか、とかそういう正論はそのとき全てヴィルダーの頭から抜け落ちていて。

 ただ、ああ、この美しい人の力になりたいのだとヴィルダーは思ったのだ――。

 そんなことを思い出してしまい、ヴィルダーは頭を横に振った。なるべく早く仕事を覚えなければならないのに、そんな風に過去へと意識をやっていてはいつまで経っても勉強が終わらなくなる。

 思いながら、書類の本文を見る。先程見ていた、財政関係について書かれたものだ。今日から内容は財政へと入ったが、昨日までは人間と魔族の大戦の戦況を見ていたものだから、それと合わせて考える。

 随分と大きな金額が使われている。日にちからしてヴィルダーが怪我をしたばかりの頃だろう。どうやらヴィルダーがここにいるのにかかっている諸経費などのようだった。勿論全てがヴィルダーのけがなどにかかっている訳ではないだろうが、ヴィルダーが療養していることで戦闘などでもおされ気味であったことは他の書類から知っている。魔族の被害もヴィルダーが怪我をする少し前あたりからずっと増えていた様子だった。そうして見ると、その支出の大きさに自分が早く回復することがどれほど重要かを思い知る。

 とはいえ、身体の不調など、体力や戦闘能力が多少落ちただろうこと以外に特筆することもないのだが。

 ここ数日この調子で役目を終えた書類から、国内や国外の情勢を学んでいる。おかげで文字を読むことには随分と慣れ、以前は魔族図鑑のような図の大きな物でも眠くなってしまっていたのがまるで嘘のようだ。尤も、その頃はまだ体力が十二分に回復していなかったというのも大きな理由としてあげることが出来るのだろう。

 以前のことをあげて、今回ヴィルダーにそんなことが出来るのかと嘲笑った青髪の少女のことを思い出せば胸がすっとした。最初のうちはヴィルダーの手際の悪さを馬鹿にして詰っていたゲルトルーデも、昨日今日とヴィルダーに対して何一つケチをつけられずにいる。悔しそうな顔をするものだから、ふふん、と鼻で笑ってやればむっとした表情を見せるものだから面白い。

「ヴィルダー様、調子はどうですか?」

 ダーレに声をかけられてヴィルダーは書類を繰る手を止めた。書類と格闘を始めたのはまだ朝も早いうちだったが、ダーレが声をかけてくるのは昼も過ぎた頃だ。今日もそのくらいの時間だろうと窓の外を見れば、予想通りの時間帯。既に太陽はてっぺんから随分とずれた位置にいる。

「順調だ」

 答えながらヴィルダーは席を立った。ダーレがやってくる用事は、そろそろ昼食を取れというもの。今日の昼食は外に出ていたアリエラも城内に戻ってきて摂るはずだから、この食事は二人揃ってのものだろう。

 まだアリエラに随分と負担をかけてしまっている感は否めないが、この調子で政務への理解を進めれば、いずれはアリエラの負担をもっと軽くすることが出来るはずだ。ヴィルダーのことをあれほど心配してくれる彼女に報いることが出来るそのときをただひたすらヴィルダーは心待ちにしている。

「今日の昼食はなんだ?」

「アスパラガスを中心に、似合いそうなもの、ですかね?」

 ダーレの言葉に苦笑する。それではアスパラガスが使われているということ以外は料理の内容が何も見えてこない紹介だ。せめて肉料理か魚料理かくらいは言ってくれてもいいものを。まぁ、それを指摘すれば、ダーレのことだから、

『ではヴィルダー様が説明して下さい』

 などと言いかねないので指摘はしない。というより初日に突っ込んで痛い目はもう見た。病人食くらいならまだしも、王室で出される真っ当な食事の形容力などヴィルダーにはないようだ。

 そういう知識が自分の中にまるでないことを思い知る度記憶を無くす以前に自分がどうしていたのか非常に心配になるが、まぁそういう知識ごときっとアリエラを庇ったそのときに頭の中から吹っ飛んだのだろう。ますます、ヴィルダーの中で記憶をなくす前の自分と現在の自分の差異にがっかりとさせられる。

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