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記憶喪失の俺が魔王!?  作者: 野山日夏
第一章 目覚め
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第八話

 日は変わり。相変わらずろくに離れることのできない寝台の上で、ヴィルダーはとんでもなく分厚い本を読む羽目になっていた。その分厚さたるや相当のもので、病床生活で筋肉もすっかり衰えた今のヴィルダーには持っているだけでもかなり負担となるがゆえ、その本はベッドに広げた状態で読むようにしている。

 肝心のその内容だが、端的に言ってしまえば魔族図鑑である。魔王として、魔王領に住まう魔族の大雑把な分布や生態などを纏めたその本を頭に入れる必要があるのだ。

 ただし。その必要性は事実だしヴィルダーもしっかりと理解しているのだが、それはそれとしてどうしてもヴィルダーの目線は文字の羅列を追っているうちにそもそもの内容理解を放棄してしまう。

 その辺りは最早適性の問題なのではなかろうか、とここ数日の経験を持ってヴィルダーは思い始めていた。アリエラに片端から様々なことの教授をされているが、そのどれもヴィルダーにその気があるにもかかわらずまともに聞けていないのである。ただ文字の立ち並ぶ様を眺めていると、当然のように今も眠気がその鎌首をもたげヴィルダーを眠りの世界へと誘いにくる。それに抗うほどの熱意も持てず、欲求の赴くままに

「くぁあ」

「煩い」

 そう人目も憚らず大きな欠伸を漏らしたヴィルダーに、すぐ横から冷たく罵声が吐き捨てられた。その言葉にヴィルダーはびくりと肩を震わせ、ベッドのすぐわきの椅子に腰かける人物へと視線を投げる。そこに座るは、献身的にヴィルダーの世話を焼いてくれる可愛らしいアリエラではなく、不機嫌を隠しもせずに顰め面をしているゲルトルーデで、ヴィルダーは万感の思いを込めてはぁ、と溜め息をついた。

 本当ならば今日もヴィルダーの勉学の世話をするのはアリエラのはずだった。王として絶対的に知識が不足しているヴィルダーに、忍耐強くアリエラは協力してくれているのだ。ヴィルダー自身も暇が潰せて万々歳である。

 だが、今日になってアリエラは何やら急に仕事が出来たらしく、申し訳なさそうな顔でヴィルダーに今日の勉強会の中止を告げた。

『すみません、ヴィルダー。どうしても私が城で処理をしなければならない仕事らしいので、今日は貴方の勉強を見られないのです』

 そのまま勉強会自体が流れるところだった。だが、そもそもヴィルダーがこんな屋敷で寝込んでいなければアリエラは今頃当然城にいてその降って湧いた仕事の処理も楽々こなしていただろうことを思えば、今日の勉強会をサボるなど論外である。寧ろ、早く仕事をこなせるようになるべきだろう。

『他の誰かに見てもらうってのはなしか?』

 そう思い提案すると、アリエラは驚いたような表情を作る。まん丸の目が顔から零れ落ちそうだ、などという感想を抱く。

『ゲルトルーデでしたら多分体が空いていますが、何故ですか? ヴィルダー』

 そこでゲルトルーデしか候補がないことに少し引っかかりを覚えはしたが、背に腹は代えられない。仕方がないと受け入れ、ヴィルダーはアリエラに答えを返す。

『早く俺も何とか自分で出来ることをしたいからさ』

 そうしてゲルトルーデに白羽の矢が立つに至った、ということだ。最初にゲルトルーデの名前を上げられたときから予想してはいたが、当然アリエラと二人揃って頼みに行ったときのゲルトルーデの嫌そうな顔ときたら、それはそれは記録しておきたいくらいにものすごい表情であったし、本当のところを言えばヴィルダーの方だって願い下げたいほどだった。

 だが、そこで負けてしまっては駄目だ、と自分を奮い立たせ。何とかアリエラを経由してゲルトルーデと勉強を始めるまでこぎつけた訳だが、やはり今日も勉強をしようと思ったこと自体が失敗だったのではないか、とヴィルダーは心の底から後悔していた。何しろ、ヴィルダーとゲルトルーデの相性は薄々感づいてはいたが、最悪、と評するしかないレベルだったのだ。それは単に会話の面だけでなく、勉強の教授の面でもはっきりと現れてしまっていた。

 例えば、アリエラは何も分かっていないことを前提に非常に分かりやすくヴィルダーに勉強を教えてくれるのだが、ゲルトルーデからはそんな気遣いが全く見受けられない。ただ時に文字を口でなぞり、時に視線で読めと訴えてくるだけなのだ。全く以て一人でいるのと変わらない。

 結局独学と違う点はといえば、ただ一点ヴィルダーが舟を漕ぎそうになる度にありったけの嫌味を込めて罵倒を浴びせられるだけである。勿論、悪いのは教えを乞うておいて眠気を隠そうともしないヴィルダーだから仕方がないことといえばそうなのかもしれないが。何となく理不尽な気がするのは、普段からゲルトルーデのヴィルダーに対する態度が明らかに悪いからであろうか。

 アリエラとはまた違った、氷のような、或いは尖った刃物のような美しさを持つ女だからこそ、余計にそれはヴィルダーの目には刺々しく映る訳で。抜き身の刃物のようなその視線に貫かれて、ヴィルダーは欠伸を何とか噛み殺した。それでも、ぎろりと睨みを利かされた。

 こうして理不尽な怒りを向けられる度、一体何故こんなに嫌われているのか、とヴィルダーは記憶にない過去の己に怒りを覚える。今回アリエラを経由したときに見たのだが、ゲルトルーデは恐ろしくアリエラには甘かった。

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