少女マンガって無駄にエロい
主人公に迫る困難(笑)フラグ
500年。僕が魔王城から飛ばされて、それほどの年月が経った後にこの石碑は出来たらしい。ということは、今は少なくとも500年以上、もしかしたらもっと遠い年月が過ぎているのかもしれないのだ。
あまりのことの大きさに、眩暈が起きそうだ。みんなの元に帰るなんて、もう無理だと分かってしまったから。
これは……そう、初めて僕が、元の世界に帰れないと知ったときの絶望に近い。帰る場所がない。親にも、友にも会えない。こんな見知らぬ地にほっぽり出され、しばらくはワンワン泣いたっけ。
今回はもう、涙すら流れない。前回はライトたちという『居場所』があったが、今回はもう何一つとして残っていないのである。正真正銘の天涯孤独。夢も希望も、ありゃしない。
「……まずは情報収集、かな」
ともあれ、ここでずっと立ちすくんでいるわけにもいかないだろう。とにかく何かして、気を紛らわせなくては。
そしてしばらく旅人のフリをして、村人や冒険者から情報収集をする。ことここにいたって、ようやく身辺の状況を把握することができた。
曰く、現在はアーガルド暦からトゥグルス暦へと呼び名を改めており、今はトゥグルス暦54年であるということ。
曰く、ここ数年で大陸の勢力図は大幅に変わり、多くの国々が独裁国家であるトゥグルス帝国の傘下に堕ちつつあるということ。
曰く、トゥグルス帝国の影響で、世界中の治安が悪くなっていっているということ。
曰く、僕たちの始まりの地アーガルド王国は、滅亡の危機に立たされているということ。
……えぇっと、魔王の次は帝国ですか。
「あれ、僕ってもしかして、誰かの都合のいいように召喚されたのか?」
前回も、今回も。前回は、魔王という脅威に対抗する手段として。今回は、トゥグルス帝国という脅威に対抗する手段として。何か、人智を超えた存在によって、体のいい掃除屋にされているんじゃなかろうか。
「……なんてな。んなことあるわけねぇっつの」
今考えた、理屈も何も通らない、荒唐無稽な誇大妄想を脳裏に引っ込め、自嘲する。僕はあえて、これ以上考えるのをやめた。
とにかく当面の目標は、帝国がどんな理念の下にどんなことをしているのかを調べ、それが僕の許容できるものでなかった場合は……潰す。
アーガルド王国はどうやら、僕の親友が守ろうとした国のようだし、そう易々と滅ぼさせるわけにはいかないんだよね。
これでも最強の魔法剣士とか言われた身だし、個人の力で世界に劇的な影響を与えるほどではないにしろ、何らかのキッカケ程度にはなるはずだ。
よし、そうと決まれば、まず目指すはアーガルド王国。拠点はどこにでも必要だし、あの王国が現在どんな状況なのかも知りたい。
「そういえば、この大陸の南端に、港町があるって言ってたな」
ある村人から聞いた話だが、この大陸の南端にある港町で、近々祭りがあるらしい。なんでも開拓が完成した年から今まで続いているらしく、情報源の漁師風の男は嬉々として語ってくれた。なんでも、土地神様とやらが降臨するらしい、ありがたいお祭りなんだとか。
これは行ってみるしかないだろう。ちょうど通り道であるし、興味もひかれる。なにより土地神なんて胡散臭いものが本当にいるのかどうか、見ものだ。
ちなみに。
「クックック……」
黒マテリア、とかいいそうな笑い方で町を歩いていた僕が、『怪しい黒ずくめの男』と噂になっていたのは、完全に余談である。
***
くすんだ木の床、軋むカウンター、黄ばんだ依頼用紙の張り出された掲示板……!
「ここが、ギルド……!」
「おい兄ちゃん、邪魔だから入り口に突っ立ってんなよ」
「あ、すいません」
って言っても、ギルドだよギルド!ゲームや漫画の世界にしかなかった、いわゆる厨二の代名詞!
ギルド最強になったり、四天王的なのになったりって、ある意味憧れじゃんか!
情報収集でたまたま耳に入れた情報で、ギルドというものがあることを知った。ギルドとは依頼を民間人や国、政府が持っていき、ギルド所属の冒険者や旅人が報酬と引き換えに依頼を請け負うというものである。
ギルドが規定している難易度などにも分けられ、無茶な依頼はよほど名の知れた人物でなければ請け負えない場合もあるらしい。
なんとまあ、僕が飛ばされたウン百年の間に、画期的なシステムが出来たこと。僕らの時代だと、依頼とかそう言うのは行きずりの冒険者に、ってのが主流だったからねぇ。実際に、僕らはその依頼などをこなして生きていたわけだし。
「すみませーん、登録お願いします」
「かしこまりました。ではここに、氏名・年齢・クラス・特殊技能を記入してください」
「了解です」
受付の女の子が、書類を渡してくる。前掛けのよく似合う、素朴な女の子だ。とりあえず必要事項を記入して、受付に返すと、書類は受付の持つ水晶に吸い込まれていってしまった。
ちなみにクラスとは、戦闘スタイルのようなものである。僕だったら魔法剣士だが、今回は魔導師にする。あまり手の内を見せないほうがいい気がするのだ。
「はい、ありがとうございます、リツ様ですね。登録完了いたしました。それにしても蒼空の魔剣士様と同じ名前とは、ご両親は大層英雄譚がお好きなのでしょうね」
「あ、あはは……あまり僕は英雄譚には詳しくありませんので、そこらへんはよく分からないですね」
「えぇ!?蒼空の魔剣士様を知らないのですか!?」
と、そこで受付嬢は、ギルド中の視線を集めていることに気づく。あまりに大きな声を出していたため、注目されてしまったんだろう。
赤くなって小さくなる受付嬢に、小声で続きを促す。自分の知らないところで出来上がった虚像に、興味を抱いたのだ。
なにより僕はその蒼空の魔剣士(笑)本人である。厨二な二つ名を命名したド畜生は誰なのか、絶対に突き止めてやる。
「えっと、蒼空の魔剣士様は、世にも珍しい黒髪黒目でして……って、リツ様も同じ特徴ですね!」
「いや、まぁ……いいから続けて!」
「あ、はい。多種多様な魔法を操り、近距離では蒼く光る魔剣であらゆる敵を切り伏せたと聞きます」
「うんうん」
「最終決戦の折には、自滅する魔王にトドメを刺し、自らを犠牲にして世界が滅びるのを防いだのだそうです」
「うんうん」
「一方で、女性関係には碌な目にあったことがなく」
「うんう……う?」
「癒しの姫巫女様に求婚してこっぴどく振られ、『もう女なんて信じない』と当時親友であった紅剣の勇者様に熱き想いを」
「 ち ょ っ と 待 て 」
おいコラ、どこのどいつだこんなデマ流したの。絶対に見つけ出して生まれてきたことを後悔させてやる。
ってか、まず何でウェンディに僕が求婚せにゃならんのだ!そして何でライトに熱いパトスを感じなければならんのだ!
僕が好きなのはミュール!そうだ、ミュールはどうなったんだろう!?
「あの、黄昏の大魔導師……様はどうなったんですか?」
「……?あ、ファンなんですか?そうですよね、同じ魔導師だし、憧れちゃいますよね!」
「あ、うん。そうなんだ」
そっか、大魔導師とか言われるほどだし、世界の魔法を生業とする人たちからは尊敬されているのも当たり前か。もし僕が、その黄昏の大魔導師の弟子だと知ったら、みんなどう思うんだろう。
「黄昏の大魔導師様は、どうやら蒼空の魔剣士様の魔法の師匠だったらしくてですね。それはもう、長い間彼が亡くなったことを哀しんだようです」
「……そっか」
ミュールは、哀しんでくれたのか。いや、哀しませちゃったのか。本当に悪いことをしたなあ。でも、心の隅に悲しんでくれて嬉しいと思う歪んだ自分がいる。それを自覚して、少し惨めになった。
「そして彼女は彼を失った孤独を埋めるため、鉄腕の拳帝と毎夜毎夜ただれたカンケイを……」
「うおおおおいッッッ!!!」
「あ、これはこの前読んだ女性向け小説『汚された大魔導師』のワンシーンでした!」
「う、うおおぉぉぉい……」
やめろよ!マジでやめろよ!よりによって相手がバーンとか、洒落になんねえよ!!てかそれ、本当に女性向けなんですか!?
「事実は分かりませんが、一説では隠れ里で引きこもって怪しい実験を繰り返し、いつの間にか跡形もなく消え去ったそうです。遺体は見つかっていないものの、死んでしまったと言われていますね」
「え、そうか……」
……やっぱり、そうなのか。一度エルフの隠れ里を探してみるのもいいかもしれない。ミュールの痕跡が、辿れるかもしれないから。
と、だいぶ時間をとってしまった。結局真実は分からずじまいだが、まぁ、有意義な時間ではあった。なんだか散々な目にあった気がしないでもないが。
教えてくれてありがとう、と受付嬢に一礼し、掲示板の方へ足を向ける。その際、発行されたギルドカードというものをもらった。ランクは最低のE。今回は様子見で、隊商の護衛かなんかをやろう。
ちょうど港町方面へ行く隊商は……お?
『護衛依頼!
港町アーセナルへの護衛をお願いしたい。物資は食べ物や反物など、温度の変化に弱いものが多い。そのため、魔導師を求めている。
請け負ってもらえる方は、宿屋「水鳥」へと足を運んでもらいたい。
人数・・・4人まで
クラス・・・魔導師
ランク・・・D
報酬・・・50ベヘモス銀貨
依頼人・・・宿屋「水鳥」に宿泊中、マーカス』
ふーん、護衛ね。隊商ではなく、個人の商人か。なんとなく、金払いがよさそうな気がする。
それにしても、ベヘモス……?バハムトではなくって?
その後僕は、もう一度あの受付嬢の下へ行き、硬貨について説明を受けるのだった。なんだかやるせねぇ。
回収は名も無き受付嬢でしたw
そして隠れ里への訪問フラグ。
次回はどんな不幸がリツに降りかかるのか……乞うご期待!