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時と世界を越えた魔法剣士  作者: 甘党代表
最強の魔法剣士
12/14

拳帝の意思を継ぐ者

難産だった……!

 パリン、と見上げた夜空に亀裂が入る。ここら一帯を覆っていた結界が、崩れたのだ。


 術式の消滅を確認して、ぐったりしているウサギちゃんを背負い直す。腰の慣れ親しんだ重みと、背中にかかるわずかな暖かさが心地いい。


 聞こえてくるのは、突如として消え去ったウサギちゃん(神)を探す住人たちの声。戦いを挑んでから大分時間が経っているようで、水平線にはわずかに朝日が顔を出している。




「ふぅ、行こうか」




 目指すは、ルクレール魔法大国へと向かったシルヴィアたちとの合流だ。海岸線に沿って歩けば、定期船を出している港にたどり着けるかもしれない。


 本当はここで船を調達したかったけど、この状況じゃ無理っぽいし。


 ……当初の目的はアーガルド王国だったのに。一体いつになったら到着することやら。


 ざわつきが怒声に変わり始めた頃、僕はウサギちゃんを背負い、港町アーセナルに背を向けた。






 *****






 アーセナルを出発して1週間。海岸線に沿って北上していき、途中見つけた街や村で補給をしながら旅を続ける。


 ウサギちゃんも3日くらいで全快し、今では元気に走り回っているよ。


 欠伸をしていると、ウサギちゃんがこちらに走り寄ってくる。右拳を引き、全身を弓のようにしならせ、踏み込んだ左足で地面を砕いて……。




「だりゃあっ!!」


「虚実織り交ぜない拳打は致命的な隙だよ。もっとフェイントとか入れないと」


「え……んぎゃっ!?」




 ほら、走りすぎて足が縺れてしまったみたいだねはっはっは。


 ………………いや、散々殴られた腹いせじゃないデスヨ?


 ウサギちゃんは格闘家として、高水準の能力を持っていることが分かった。ただし、"この時代の人間にしては"という言葉がつくが。


 バーンの嵐のような攻撃に比べれば、そよ風と形容してもいいかもしれない。あの時代は、そんな『超一流』と呼ばれるやつらがごろごろいた。


 ということで、そのバーンから直々に格闘術の手ほどきを受けた僕は、当然ウサギちゃんよりも強いわけで。


 地面に転がったまま、ウサギちゃんが恨めしそうにこちらを見ている。可愛い。




「ちっくしょう……なんで魔術師なのに格闘がこんなに強いんだよ……」


「ウサギちゃんが弱いんじゃない?」


「あたしは一応ランクBのベテランだっての!」


「ランクが高いからって、それは強さには関係ないだろうが。そんな気持ちが慢心を生むんだよ。僕なんかほら、ランクEだぜ?」


「それは"師匠"がおかしいんだよ!!」




 ……はい、ウサギちゃんの格闘術のお師匠をすることになりました。


 僕はまだまだバーンにも勝てない錬度だけれど、さすがに今のウサギちゃんに教えられるくらいには強い、はず。


 剣に魔法にと何でもありのパーティー内決戦では、勝率6割と結構強かったんだぜ。キランッ。




「でも実際、自分のランクが高いからといって驕るのは弱者の証拠だよ。ウサギちゃん、強くなりたいんなら、驕りは捨てろ。相手が自分より弱く思えても、絶対に侮ることだけはするな」


「うぐっ……分かったよ」


「よろしい。ほら、今日は終わりにしよう。晩御飯ができてるよ」


「……いつの間に作ったんだ?」


「組み手中に」


「ば、化け物だ……」




 魔法でちょちょいとね。いやあ、生活密着型魔法も開発しといてよかった。時間がないときとかは、手間が省けていいね。


 街道の脇にテントを張り、焚き火でスープを暖める。固めのパンと一緒に、簡素な食事を終えた。


 基本的に、僕はウサギちゃんがテントで寝た後、外の見張りをしている。半分寝た状態で休み、何か起こったらすぐ覚醒出来るように訓練した僕は、見張りとしてはかなり優秀だ。


 漫画の世界でもあるまいし、「はっ、人の気配!?」みたいにキュピーンと起きるなんて事はできません。だって、どんなに鍛えても人間だもの。寝ている間は無防備なのです。


 ウサギちゃんを弟子に取るきっかけとなったのは、ウサギちゃんが目を覚ました日の夜。僕が月を見て、ミュールを思い出しているときのことだった。






 ◆◇◆◇◆◇◆






「月が綺麗だなぁ……」


「なに黄昏てんだよ」


「……う、ウサギちゃん?早く寝ないと明日も早いよ?」


「うるせぇな、あたしだってちょっと眠れないときだってあるんだよ」




 やばい、黄昏てるところ見られた。超絶恥ずかしい。


 ウサギちゃんは呆れた顔でテントから這い出し、僕の隣に座った。さっぱりと切った肩口までの茶髪は、月明かりにキラキラと光っている。性格をあらわすかのような釣り目気味の瞳は、眠気からかウルッとしていて、思わずドキッとしてしまう色気がある。


 そのまましばらく、2人で月を眺めて。不意にウサギちゃんは、口を開いた。小柄な体躯に似合わないハスキーな声が、妙に耳元で鮮明に聞こえる。




「神を……殺したんだよな、あたしたち」


「うん、僕1人でね」


「これから追われるかもな、あたしたち」


「うん、僕1人がね」


「……それでもあたしは、神と戦い続けるぜ」


「前回戦ったのって僕だけじゃ……」




 ドガッ、バゴッ、ボカッ!!


 ~ Take2 ~




「神を……殺したんだよな、あたしたち」


「ソウデスネ」


「これから追われるかもな、あたしたち」


「ソウデスネ」


「それでも……それでもあたしは、神と戦い続ける!あんな理不尽は、絶対に見逃せないぜ!」


「……ウサギちゃん、女優になった方がいいんじゃない?」


「だから、手を貸してくれないか?あたしたちの世界は、神なんかに好きにさせない。あたしたちの力で、神からこの世界を取り戻してやる!!」


「話を聞かないところとか、バーンみたいだよね」




 ふう、と一息。本当に、なんだかこの子がバーンに見えてきた。あの脳筋のバカのろくでなしと一緒にするのはかわいそうだけど、あいつが魔王城突入前夜に語った言葉と、ウサギちゃんの語った言葉は酷似しているのだ。




『俺は今まで、自分の腕を磨くことにしか感心がなかった。ライトほどお人好しじゃねぇし、ウィンディほどみんなのためにできることはねえ。ミュールは世界のために魔王を止めるって目的があったし、俺たちの中じゃ一番弱かったリツでさえ、誰かを守るために強くなった。それに比べて俺は、自分のために、ひたすら自分のために何も考えず戦ってきたんだ。でも不思議だぜ……あんな禍々しい城を見ているとさ、別の気持ちが涌いてくんだよ。魔王なんかに、俺たちの世界を好きにさせたくないって、な。だからさ、みんな。手を貸してくれねえか?俺の、俺たちの世界を……取り戻すんだ』




 口下手なバーンが、必死に紡いだ言葉だった。要領を得ない、たどたどしい彼らしい言葉だったけど。僕らの心は、1つになったんだ。


 今、ウサギちゃんは世界の秘密に気付き、何とかしようともがいている。光を、その胸に抱いて。今は小さな光だけれど、これから先、大きく大きく成長していくことだろう。もっともっと、強く光っていくだろう。


 ふと、この子にバーンの技術を教えたらどうだろうと思った。彼と同じ格闘家のウサギちゃんだ。僕と違って才能もある。




「……?どうしたんだよ」




 突然立ち上がり、街道脇の原っぱへと歩いていく僕に、ウサギちゃんは怪訝そうな声を上げる。慌ててついてきたウサギちゃんに、僕は掌底を突き出した。




「……ッ!?」




 ウサギちゃんは反応できずに、目を驚愕で見開く。僕はウサギちゃんの額の1ミリ前で、掌底を止めた。拳圧で、ぶわりと前髪が浮き上がる。


 自分の置かれた状況を遅れて理解したウサギちゃんは、ドッと汗を噴出し、腰を抜かして肩で息をした。顔を蒼白にし、ガクガクと震えている。


 当たり前だ。明確な死をイメージしてしまった分、恐怖はより鮮明に全身を縛り付ける。




「はっ、はっ、はっ……!」


「キミは、弱い」




 あの自称神。さすがは魔王の魂の欠片。800年もの間力を蓄え続けただけはある。


 事実、なぜか能力が底上げされているらしい僕でも、それなりに苦戦したのだ。もっと強い神なんてほかにもウジャウジャといるだろうし、これから戦いは苦しくなるはずだ。


 そんな中、今のウサギちゃんのような中途半端な強さでは、すぐに死んでしまうだろう。




「あの神は末端の方だろう。実力的にも、強くはなかった。でも、末端の神ですらキミじゃ勝てなかった」


「……ッ(ぎりっ)」


「たしかにキミは強いほうなんだろうさ。でもね、魔術師の僕に、格闘で地に這い蹲らせられて、それで神に勝てると思ってるの?」




 ……笑わせるなよ。


 出来る限り冷たく言ってみる。ここで心が折れるようなら、この子は戦うべき人間ではなかったのだ。


 悔し涙を流しながらこちらを見上げるウサギちゃんは、歯を食いしばって僕をにらみつけた。地面に染みが広がっていく。失禁してしまったらしい。


 だけど、僕は笑わないし彼女は恥じない。生命原初の恐怖を味わったんだ。当たり前だろう。


 ひざをガクガクと震わせて何とか立ち、ウサギちゃんは僕に、深く深く頭を下げた。




「稽古を……稽古をつけてください…………!」




 こうして、僕の最初の弟子は、屈辱と無力感と自身への怒りに燃えて、拳を握る覚悟をした。






 ◆◇◆◇◆◇◆






「可愛いなあもう」


「ふがっ……むにゃむにゃ」




 いびきをかいてグースカ眠る愛弟子の頭を撫でながら、数日前の出来事を思い返す。旅をしながら修行をつける毎日のうちで、だんだんとウサギちゃんが妹のように思えてきてしまったのだ。


 恋慕ではないが、愛情が芽生えてしまったのは事実なのでしかたない。急激に自分が老けたように感じる。


 目と鼻の先には新しい港町ヴィクサス。ここ野営地点から、明るい光がキラキラと遠目に望める。ついに、この因縁の大陸から旅立つのだ。




「ぐがぁ……師匠コロス」


「ど、どんな夢を見ているんだろう」

はい、というわけです。

なんとも泥臭い、汚泥にまみれた立ち上がりを見せたウサギちゃん。

一度屈辱を味わった人間は強いですよね?いままでとはちょっと違う雰囲気にさせていただきました。


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