顕現する神と一時の別れ
ウサギちゃんのターン!!
時を越えて、この時代の人々と接するうちに思い至ったのは、全てが『弱い』ということだった。
腕自慢で方々に幅をきかせている町の荒くれ者たちも、名を上げて有名になったギルドの実力者も。ともすれば不意打ちは食らったものの、シルヴィアの手前かなり加減して(それでもなぜかかなり威力が上がっていたが)戦ったあの竜種も。
どれも本当に跡形も残らないほど滅ぼそうとすれば、1分もかからないだろうことは確信した。
だけど、この目の前の『モノ』は。
悠然と佇み、戦神のごとく威圧感を発する人ならざるモノは。
初めて相対したときの魔王を、彷彿とさせる。
僕1人では……勝てるビジョンが見えない。
「これは……ヤバイでしょ」
『汝、この時代の住人ではないな?何ゆえ、存在している』
「さあ、そればっかりは僕にも分からない……かな」
目の前に佇む人ならざるモノ……青の神族『アーセナル』は、僕のことを知っているようだ。
この町の名を冠す神は、僕の顔を覗き込む。青い瞳の奥に、かすかに感じる見覚えのある魔力。暗く深く、闇のような魔力だ。
確信した。コイツは……魔王の欠片だ。『神』だなんて人々を騙しているが、魔王本人と相対した僕には分かる。忘れようもない、底冷えするような冷たい魔力の持ち主は、間違いなく魔王。
恐らくあのとき、死の間際に砕け散った魔王の魂は、方々に散らばり眠りについたのだろう。そして二百年のときが経ち、目を覚ました欠片は神を名乗り、実質的にこの世界を手に入れた……ってところか。
「さて……いよいよマズイね。今度の敵は、世界ですか」
相手に気取られないように、ひっそりとため息をつく。今度は周りに目を向けてみて、やらなければよかったと後悔。
自称『神』を名乗るこいつを見る祭りの参加者たちは、すっかりこいつを崇拝しきっているようだった。
*****
神の降臨が始まる直前。僕とリッキー、シルヴィアは、数多く出された露店を巡っていた。シルヴィアは何かの果実を砂糖漬けにしたものを、リッキーは串に刺さった焼肉のようなものをそれぞれ頬張り、祭りを満喫しているようだ。
かく言う僕も、すっかり祭りの空気に中てられてか、すこし気分が高揚していたり。
不安に思っていた祭りの活気も、盛大とは言いがたいが、あの静かだった町のどこにこれほど多くの人々が住んでいたのかと疑問に思うほど賑わっている。
肉を焼くおっちゃんは声を張り上げて客を呼び込み、見世物として踊る妙齢の女性は腰をくねらせながら見物人に流し目を送る。ワイワイガヤガヤとごった返す港町は、夜の闇に負けないほどの明るさを放っていた。
「この祭りに参加したのは初めてだけど、すごい活気ね!」
「だな!おほっ、あのねーちゃん色っぺえ……脱げ脱げーッ!!」
「あぁっ、ほらリッキー前ちゃんと見なきゃ。すみません、すみません」
アホなことを抜かすリッキーだが、今日は無礼講ということなのかシルヴィアは特に何も言わず、見世物に目を輝かせている。
となると、ふらふらしているリッキーのお目付け役となるのは必然的に僕だった。
ざっと見回したところ、服装も何もかも統一性がなく、色々な国から見物人がやってきているらしい。ただ、少し聖職者の姿が多く見受けられるようだ。
「ねぇシルヴィア、神の降臨って、どんな意味があるの?」
「ん?んー、人々の信仰を絶やさないため、と言われているわ。人々が信仰を止めれば、神の力は劣っていく。それを防ぐため、神々は定期的に人々の前に姿を現し、簡単な奇跡でも起こして見せて、信仰を保っているらしいわね」
「なるほど、東方の諏訪大社的な感じか」
「東方?」
「あ、いやいやこっちの話」
と、軽く雑談しながら3人でうろついていると、前にここ数日で見慣れた後姿が。ふつふつと湧き上がってくる復讐心。
思えば、ここで悪戯心を出したのが、運の尽きだったかもしれない。後になって後悔した。
僕はいきなり猛ダッシュ。驚く2人を置いて、今までセーブしていた力も全て解放。文字通りの全力で人の間をすり抜ける。
そして目標である、特徴的な茶髪の小柄な女性のスカートを、思いっきり捲り上げた。
「ほっ!ん?ほほぅシマシマですか。ウサギちゃんも女の子らしい可愛い下着を」
「なっ、ななななっ!?」
「え、NaNaNaサマーガー〇?」
「なばばばば馬鹿野郎おおおおぉぉぉ!!」
「ごばはっ!!」
「変態っ!スケベっ!女の敵っ!」
「がはっ、ごほっ、げふっ」
~10分後~
「……(虫の息)」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
……さて、みなさん。いきなりの暴挙に、何をしているんだこのキチガイは、と思ったことでしょう。
返り討ち受けて撃沈だよ畜生っ!!
と、表面上泣きながら、手の中のものを確認する。
「……魔力触媒、か……」
「あ゛あ!?」
「……(死んだフリ)」
ウサギちゃんの穿いているスカートの端に、クリップのようなものがついていたのだ。それこそが、この魔力触媒。基本的な使い道は、使用者の魔力を込め、その在り処を使用者に指し示すもの。重要な物品の紛失を防ぐため、使われていた。
しかし、明らかにこの魔力触媒は他所とつながっている。僕がいた時代ではあまりなかったけれど、発信機としても使えるから、人間に使って居場所を特定なんてこともできるんだよね。
後はこのままやり過ごすだけだけど、当のウサギちゃんは周囲の目を確認した後、予想外にも僕にこっそりと耳打ちしてきた。
「……このサーチャー、あたしは気付いてたんだぜ」
「……マジでか」
「何が目的かは知らないけど、おびき出して吐かせようと思ってたんだ。邪魔しやがって、こうなったらてめぇにも手伝ってもらうぞ」
「……了解」
本当に予想外だ。ウサギちゃんはなかなかにキレ者だった。
あと、この時代ではサーチャーなんて洒落た名前がついてるのか。一瞬何のことか分からなかったけど、魔力触媒のことだと話の流れから察した。
ウサギちゃんと助け起こされた僕は、人目を避けるように裏路地へその身を滑り込ませる。用心のために魔力を薄く放出して、追っ手がないことを確認すると、ウサギちゃんに目で大丈夫だとサインを出した。
「っはー。ホントどうなることかと思ったぜ」
「ごめん、ウサギちゃんが危険かと」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ。臨時でギルドの受付を依頼されて手伝ってるけど、あたしはランクBのベテランだぜ?」
「悪かったよ。ところで、これを仕掛けた犯人に心当たりは?」
「全くねぇ……って言いたいとこだが、そうとも言えねぇな。おそらくは、この町の住人だろう」
町の住人……?ただの住人が、そこそこの冒険者であるウサギちゃんに気取られずに、仕掛けなんか施せるだろうか。
「住人?」
「多分、祭りに紛れてやられた。この町の住人、全員グルだろうからな。さすがのあたしでも、四六時中気を張ってるわけにはいかねぇよ」
「全員……ッ!?ていうか、ウサギちゃんは何したのさ」
「何もしてねぇよ。ただ、『神』への供物にしようって腹積もりだろう。この町ときたら、雰囲気から住民に至るまで、何もかもが薄気味わりぃぜ」
「ってことは、その臨時の『依頼』も、罠の可能性は高いね。最初からこの町の住民たちは、ターゲットをウサギちゃん1人に絞ってたのか」
そう考えると、さっきまで普通だと思っていた何もかもが不気味に感じるのだから不思議だ。
今思えば、祭りが始まる前の静けさと、始まった後の賑わいのギャップは不自然。よくよく思い出すと、住民たちの表情はいずれも作り物染みていて、人間味があったのはウサギちゃんだけだった気がする。
「っと、今ここであたしからサーチャーが離れるのはマズイから、てめぇには来てもらったわけだ。下手すると、てめぇの仲間も危ないからな」
「この町に居る以上、リッキーとシルヴィアは人質……か」
「そういうこった。あと少しで『神』の降臨が始まる。そろそろ連中がアクション起こしてくるだろうが……っと、言ってる間においでなすったぜ」
ウサギちゃんが目をやるほうに体ごと向けると、路地の奥から、受付であの丁寧な対応をしてくれた屈強な女性を先頭に、数人の男が現れる。
全員が全員能面のような無表情で、感情が抜け落ちた人形のようだ。
少し目を凝らすと、魔力の糸が、目の前の人々の頭から伸びているのが見えた。
「抵抗は無駄です。神の儀式がもうじき開始しますので、速やかに連行させていただきます」
「ウサギちゃん、この人たち操られてるよ」
「まともじゃないことくらい、見りゃわかるぜ。さて、どうするかね……」
「抵抗は無駄です。神の儀式がもうじき開始しますので、速やかに連行させていただきます」
「うげ、これは無限ループの予感」
無表情で同じ言葉を繰り返す屈強な男性たちと、より屈強な女性。これに勝るホラーは、たぶんない。ちょっとちびったかも。
「仕方ねぇ。おい、ヘタレド変態」
「ヘタっ……!?てかド変態!?」
「わざわざめくる必要のなかったスカートめくっただろ。十分ド変態だ」
「……っ!(言い返せない)」
「まぁ、そのことは後でたっぷり制裁を加えるとして……あたしはわざとつかまるから、てめぇはさっさと仲間の安全を確保してこい」
「そ、それは!」
「見捨てろなんて言ってねぇよ!あたしが儀式でやられる前に、なんとか助けろよな」
「……分かった、必ず!」
これ以上、時間を無駄に出来ない。これは僕のミスだ。
一刻も早く、リッキーとシルヴィアを確保して、ウサギちゃんを助けなければ。
もう、目立ちたくないとか言ってる場合じゃない、よな……。
ウサギちゃんに一礼した後、僕は砲弾のように裏路地を飛び出した。
*****
程なくして、リッキーとシルヴィアは見つかった。想定していた限り、限りなく最悪に近い状況で、だが。
「あ、リツ!どうなってんだよコレ!意味分かんねぇ!!」
「いきなり町の人たちに拘束されて、何が起こってるの……?」
「無実です~!!助けてくださ~い!!私はただの商人なんです~!!」
駆けつけた僕を待っていたのは、手首に手錠をはめられた、リッキー、シルヴィア、そしてこの町で別れたマーカスさんだった。
彼らの周りには、不気味な静けさを保った住民たち。よく見れば、さっきまで屋台を広げていたおっちゃんも、踊り子をしていたお姉さんも、みんながみんな能面のような無表情をしている。手にはそれぞれ、包丁や農具などで武装しており、農民一揆でも起こしそうな出で立ちと言えるだろう。
おそらく、この人たちはみんな、『神』とやらに操られているのだろう。これでいよいよ、本当に神なのかどうか、怪しくなってきた。
「せいっ!」
ひとまず、手近の住民の腹を殴って昏倒させる。それを皮切りに、大勢の住民が僕に向けて警戒してきた。一斉に何の感情も映さない瞳に注目されるのは、心臓に悪いね。
頭を狙って農具を振りかぶってきた人には、手にハイキックを決めて取り落とさせた後、腹を殴打して気絶させる。どこからか飛んできた包丁をシルヴァリオンを一瞬だけ抜いて切り伏せ、殴りかかってきた人にはその力を利用して投げ飛ばす。
手加減しているとはいえ、所詮は操られた自我のない人形のようなもの。ほとんどの住民を昏倒させるのに、それほど時間はかからなかった。
リッキーたち3人を拘束している手錠を魔法でこじ開け、ようやく彼らを解放する。
「ま、魔術師が体術だけで……非常識だわ」
「やっぱり、俺の見る目は確かだったな」
「おぉ、ありがたい助かりました!して、これはどうなっているのですかな?」
三者三様の反応を返しながら周りの把握を努める。あらかたのことを説明し、ウサギちゃんの救出に急ごうとするが……
「あ、じゃあ、私も……」
「いや、今回はかなり大物っぽい。はっきり言うと、足手まといだ。だから、三人はなんとかこの町から脱出を」
「おい!お前言うようになったじゃねぇか。こいつらはともかく、俺様が足手まといだと!?」
「ああ、そう言ってるんだよ『リッキー』。正直、キミらを守りながら相手にできるかなんて、分からない。今回の敵は、この町全てだ。キミは、それを敵に回せるって言うのか?」
「ぐっ……」
「……行こう。確かに、私たちじゃリツの足手まといだわ」
俯きながら、一言。シルヴィアは沈んだ様子で、言った。
それは、直に僕の実力を、一部とはいえ目の当たりにしたシルヴィアだからこその判断だったんだろう。これには、僕も感謝しなければならない。
ちなみに、マーカスさんはそのたるんだ腹を震わせながら、終始オロオロしていた。
「でも、リツ。必ず生き残るのよ。私、ルクレール魔法大国の王立魔法学院に向かうから。これが終わったら、会いに来て」
「えっと、僕の目的地とはだいぶ違うような……」
「ふざけないで。勝手な単独行動を取る以上、無事だって言うことくらい確認させなさいよ。これでも、私たちはパーティなんだから」
「あれ、いつの間に!?」
「返事は!?」
「ハイッ!!」
満足そうによろしい、と頷くシルヴィア。あれ、僕もキミも、リッキーが「パーティ組もうぜ!」って言ったとき、ボロクソに否定しなかったっけ?
リッキーも、なんだか微妙な顔してるし。すごい強引だなぁ、シルヴィアは。
もう一度「いいわねっ!?」と釘を刺した後、シルヴィアたち3人は、定期船が出ている町へ旅立った。まぁ、これは一時の別れだと思うし、いつかみんなとも再会できるだろう。
さて、ウサギちゃんを助けなければ。そう思って踵を返した瞬間、海から立ち上る魔力の奔流。
その覚えのある魔力を見た瞬間、僕はそちらへと走り出していた。
自称神様が現れるシーンは次回!って言っても、冒頭で色々ネタバレしちゃったね!
神様の容姿とか、そう言うのについても次回!これは意図的に隠したよ!
とにかく色々な疑問は次回!
……いや、説明が面倒なわけじゃないですよ?そんなわけないじゃないですかハハハ
とにもかくにも、リッキーとシルヴィア(ついでにマーカスさん)離脱。
少しの間ですが、出てきません。
いや、この人たちは今後も出てきますので、ご安心を。
これからしばらくは、おふざけ抜きです。リツ君、存分にカッコつけます。
そして、自分の厨二くさい姿を思い出して悶絶するでしょうw
それでは、また自戒!じゃなかった、次回!!