エピローグ≒プロローグ
熱いパトスを止められませんでした。
剣を握る腕は重く、前を見据える目には力がない。僕はそのことを自覚しながらも、5年を共に生き抜いた相棒をしっかりと握りなおした。と、すぐ隣から勇ましい声が聞こえる。親友であり勇者のライトだ。赤い髪を自身の血でさらに赤く染め、その端正な顔立ちも泥と血にまみれている。
「リツ!魔力はまだ大丈夫か!?」
「あぁ、まだいける!魔法剣は、さすがに連発できないけど」
「なら、俺に『ブースト』と『フレイムエンチャント』をかけてくれ!これでトドメをさす!」
「……わかった!『ブースト』『フレイムエンチャント』」
強化系の『ブースト』と、属性付与の『フレイムエンチャント』をライトにかけると、彼はすぐさま走り出した。後ろで気を失い、ぐったりとしている法術士のウェンディを見て逡巡した直後、僕もライトの後を追う。
ここは魔王城の玉座の間。数々の戦いを潜り抜けてきた僕たちの、旅の終着点とも言えるだろう。その終着点では、黒いマントで身を包んだ銀髪で青白い肌の男が、仁王立ちしている。
魔王シェイド。5年前に僕らの世界を混沌に陥れた、魔族の王だ。人間の領土に侵攻してきて、略奪の限りを尽くしている。その魔王を討伐するのが、僕らの役目なのだ。勇者であるライトには、魔王との並々ならぬ因縁があるらしい。
「愚かな人間どもよ……我に逆らったこと、後悔するがいい!」
「後悔するのはそっちだ!俺は……俺の信念を貫く!!うおおおおぉぉぉ!!」
ライトが握っていた剣を一閃させる。魔王も手に持った漆黒の剣で、タイミングをあわせて受け流す。そのやり取りは十数合におよび、一層激しさを増していった。僕はライトの助けになるよう、防御力強化魔法の『シールド』、速度強化の『イベイジョン』を彼にかけた。
ふと、ライトが魔王の振った剣に合わせて、こちらまで飛び下がった。入れ替わりに僕が、剣を携えて魔王へ挑む。
「くらえっ、『フレイムベイン』!」
「ぬっ!」
炎の槍を射出する『フレイムベイン』を発動させ、気を逸らさせた瞬間に一閃。時折魔法を織り交ぜながら、魔王と切り結んでいく。この世界に『堕とされて』5年、今じゃ世界でも最強に名を連ねるほどの魔法剣士となったんだ。魔王の攻撃はすさまじいものがあるけれど、僕だって負けてはいない。
魔王を挟んで僕とライトが攻撃を仕掛ける。ライトの持つ聖剣『グランシャリオ』の赤い残像と、僕の持つ魔剣『シルヴァリオ』の青い残像が激しくダンスし、魔王を追い詰める。青白く神秘的な魔王の相貌に、焦りがにじみ出てきた。
「でやああぁぁ!!」
「出でよ、神のいかずち……!!」
それからどれくらい経っただろうか、ライトの剣がついに、魔王の右腕を斬り飛ばす。その痛みにひるんだ隙を見逃さず、僕は僕だけの必殺技、『魔法剣』を発動した。全魔力をこめた、大盤振る舞いだ。
「これで最後だ、魔法剣『インデグニション』……!!」
「ぐっ、そんな……そんなバカな!ぐああぁぁぁ!!」
昔ハマッた某RPGの技名をもとに作った技だったけど、まさか魔王まで乗ってくれるとは……ッ!いや、まぁ魔王も乗ったわけじゃないんだろうけれど。
顔は大真面目に、思考は馬鹿なことで埋め尽くしながら、雷光を纏った魔剣で魔王を貫く。一瞬の硬直の後、魔王は鮮血を口から零し、倒れ伏した。
「……やった」
「や、やったじゃないかリツ!俺は、俺たちは勝ったんだ!!」
「魔王に……魔王に勝った!!」
喜びが、全身を満たしていく。魔王討伐を心に決めてから苦節5年、様々な修羅場を越えて、ついに終わった。勇者のライト、後ろで気絶している法術士のウェンディ。この城の魔力駆動炉を止めに行った闘士のバーンと魔術師のミュール。長かった5人の旅は、これで終わったんだ。
「おーい!魔力駆動炉は止めてきたぞ!」
「やっぱり爆破術式が込められていたわ。大陸ごとぶっ飛ばすつもりだったみたい」
ライトと共に気絶したウェンディを介抱しているうちに、バーンとミュールが戻ってきた。見たところ2人には大きな怪我もなく、僕はそっと安堵の息をつく。バーンがその自慢の筋肉を盛り上がらせながら、自分の武勇伝を語っているのを尻目に、ミュールは僕に歩み寄ってくる。トレードマークのとんがり帽子が、やや煤けて見えた。
「お疲れ様。そっちもずいぶん派手にやられたわね」
「かなり手ごわかったからね。まぁ、なんとか無事ではあるかな。魔力もからっぽ」
「フフン、この大魔導師ミュール様が居たら、一瞬だったのにね~?」
「ははー、御見それしました」
「ぷっ、なにそれ」
今まで激戦を繰り広げていたとは思えないほど、和やかな空気が広がる。心地いい、仲間たちとの談笑。そのためか、僕らは気づけなかった。魔王にまだ、意識があったということに。
「……ッ!?」
最初に気づいたのは、僕。長年の相棒『シルヴァリオ』を鞘から抜いて、走り出す。仲間たちは目を丸くして僕の突然の行動を見つめるが、すぐに魔王のしようとしていることに気がつき、顔を青ざめさせた。
魔王の体が、目に見えるほどの膨大な魔力を取り込んでいく。暴発すれば大陸どころか、世界すら危ういだろう。
玉座に座り、眠ったように目を閉じる魔王。彼はその血濡れの体を媒体に、何かとんでもないものを召喚しようとしている。『召喚』の魔方陣が組みあがり、むせ返るほどの瘴気が辺りを満たした。
「がはっ……冥界の、王よ……彼の者らに、恐怖を……絶望を……」
「チッ、間に合えええええぇぇ!!」
後ろから、僕の名を叫ぶみんなの声が聞こえたが、構っちゃいられない。僕は最後の力を振り絞り、咆哮と共に魔方陣へと剣を突き立てた。
キイイィィィンッ。
世界は色を、音を、匂いを、感覚を、失くす。この感じは、人生で2度目だ。召喚は無事に止まったみたいだけど、僕の体は消え去っていく。
もう会えない。悟った僕は、仲間たちの顔を見つめる。気絶しているウェンディ以外、みんな必死な顔でこちらに駆けてきている。
「さよなら、楽しかったよ」
笑顔で言えたのだろうか。声は震えていなかっただろうか。今はもう分からないが、上等な結果だったと思う。
こうして僕、葉山 律は、再び世界から姿を消した。