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センター失格と言われた私、最後列から歌った一曲で、沈黙した会場ごと未来を変える

作者: 磯辺
掲載日:2026/05/28

「あなた、次のライブから後列ね」


事務所の会議室で、プロデューサーはそう言った。


私――星宮莉音(ほしみやりおん)は、すぐには返事ができなかった。


耳に入った言葉が、頭の中で意味になるまでに、少し時間がかかった。


後列。


それは、ただ立ち位置が変わるという意味じゃない。


私たちルミナスコードにとって、ステージの前と後ろには、はっきりとした差がある。


カメラに抜かれる回数。

ファンの視線。

歌割り。

名前を呼ばれる声。


全部が違う。


「……理由を聞いてもいいですか」


自分でも驚くくらい、声が低かった。


プロデューサーは、机の上の資料から目を上げた。


「華がない」


短い言葉だった。


誰かが息を呑んだ。


それが誰だったのか、分からなかった。


もしかしたら、私自身だったのかもしれない。


「歌は悪くない。ダンスも崩れない。努力してるのも知ってる」


プロデューサーは淡々と言った。


「でも、お前は全部が正しい。正しすぎる」


「……正しい?」


「ミスをしないように踊ってる。外さないように歌ってる。嫌われないように笑ってる」


胸の奥を、細い針で刺された気がした。


「アイドルは、答案用紙じゃない。百点に近いだけじゃ、客は金を払わない」


私は膝の上で拳を握った。


「次の新曲、センターは美桜(みお)でいく」


隣に座っていた美桜が、びくっと肩を揺らした。


「……私、ですか」


「ああ」


「でも、莉音が……」


「美桜」


プロデューサーの声が少しだけ鋭くなった。


「お前には、見た瞬間に客が心配する弱さがある。放っておけない危うさがある。今のルミナスコードに必要なのは、それだ」


美桜は唇を噛んだ。


嬉しいくせに。


そう思った瞬間、自分の中で何かが濁った。


嬉しいくせに、傷ついた顔をするな。


私の場所を取ったくせに。


そんなことを思った。


思ってしまった。


「頑張ります」


美桜の声は震えていた。


その震えさえ、きっと“守ってあげたい”になるのだと思った。


私は笑った。


笑ったつもりだった。


たぶん、口角だけが上がっていた。


「……分かりました」


それ以上、何かを言ったら、声が割れそうだった。


会議室を出た瞬間、廊下の壁に手をついた。


足に力が入らない。


華がない。


正しすぎる。


嫌われないように笑ってる。


違う。


違う、と思いたかった。


でも、言い返せなかった。


だって私はずっと、そうしてきた。


歌詞を間違えないように。

振りを乱さないように。

メンバーの邪魔をしないように。

ファンにがっかりされないように。

スタッフに迷惑をかけないように。


ちゃんとした子でいようとした。


いい子でいようとした。


そうすれば、いつか見つけてもらえると思っていた。


でも、見つけてもらえなかった。


「莉音」


背後から、美桜の声がした。


私は振り返らなかった。


「ごめんね」


その一言で、胃の奥がぎゅっと縮んだ。


謝らないで。


そう言うべきだと分かっていた。


美桜は悪くない。

選んだのはプロデューサーだ。

センターを任された美桜だって苦しい。


そんな綺麗な言葉なら、いくらでも並べられる。


でも、喉の奥にあったのは違った。


同情するな。


私を、負けた人みたいに見るな。


「……美桜は悪くないよ」


やっと出した声は、自分でも嫌になるくらい優しかった。


美桜が泣きそうな顔をする。


「でも、私……莉音の場所を取ったみたいで」


爪が、手のひらに食い込んだ。


取ったんだよ。


そう言いそうになった。


一年間、私はあの場所に立つためにやってきた。


誰よりも早くレッスン場に来た。

誰よりも遅く帰った。

喉を潰しかけても、笑って歌った。

足の皮が剥けても、テーピングで隠した。


それを。


たった一言で。


華がない。


そう言われて、下げられた。


「違うよ」


私は言った。


「センターは、奪ったとか、奪われたとかじゃないから」


嘘だった。


少なくとも、今の私はそう思えていなかった。


美桜は私の顔を見た。


「莉音は、悔しくないの?」


悔しいに決まってる。


なんで美桜なの。


なんで私じゃないの。


私の一年は何だったの。


毎日積み上げてきたものは、そんなに簡単に“華がない”で終わるものだったの。


喉まで出かかった。


出したかった。


でも、出せなかった。


ここで言えば、私は本当に負けた気がした。


私は笑った。


今度こそ、かなり下手な笑い方だったと思う。


「悔しいよ」


美桜の目が揺れた。


「悔しくないわけないじゃん」


声が少し震えた。


「でも、美桜を嫌いになったら、もっと悔しいから」


それは綺麗な言葉じゃなかった。


半分は本当で、半分は嘘だった。


私はまだ、美桜を嫌いになりかけていた。


眩しくて。

危うくて。

選ばれて。

守られて。


その全部が、羨ましくて仕方なかった。


「だから、ちゃんと立って」


私は美桜を見た。


「私の代わりに立つなら、ちゃんと輝いて」


美桜は泣きそうな顔で頷いた。


その顔を見て、また嫌なことを思った。


泣きたいのは、こっちなのに。


 


新曲のタイトルは「夜明け前のシグナル」。


暗い曲だった。


誰にも見つけてもらえない夜。

努力が報われない朝。

それでも、まだ何かを信じてしまう歌。


皮肉だと思った。


私の立ち位置は最後列の端。


照明は薄い。

カメラもほとんど来ない。

サビ前の移動では、美桜を引き立てるために一歩下がる。


一歩下がる。


その振り付けを何度も繰り返すたびに、胸の奥が削られた。


全体練習のあと、私は毎日ひとりで残った。


鏡の前で踊る。


笑う。


歌う。


また笑う。


何度も繰り返しているうちに、自分の顔が分からなくなった。


これはアイドルの笑顔なのか。

それとも、負け犬が取り繕っている顔なのか。


「莉音、まだ残るの?」


美桜がレッスン場の入口に立っていた。


私はタオルで汗を拭いた。


「うん。ちょっとだけ」


「無理しないでね」


その言葉に、また黒いものが湧いた。


無理しなくていい子は、前に立てるんだ。


無理しても届かない私は、後ろに下げられるのに。


「美桜こそ、センターなんだから休みなよ」


思ったより刺のある声になった。


美桜が少しだけ黙る。


「……うん」


その沈黙で、私は自分がひどいことを言ったのだと分かった。


でも、謝れなかった。


謝ったら、また“いい子”に戻ってしまう気がした。


美桜が出ていったあと、私は鏡の中の自分を睨んだ。


最低だ。


そう思った。


でも、その最低な気持ちが、たしかに私の中にあった。


それをなかったことにして歌うくらいなら。


全部、曲に入れてやる。


悔しさも。

嫉妬も。

惨めさも。

美桜を嫌いになりかけた自分の汚さも。


全部。


この曲の主人公が、夜の底で拳を握っている子なら。


私は、その子を綺麗に歌わない。


泣きながら、歯を食いしばって、喉を削って歌う。


そう決めた。


 


新曲初披露の日。


会場は満員だった。


けれど、楽屋の空気は重かった。


最近、ルミナスコードの人気は伸び悩んでいた。


同期のグループは、もう大きな会場に進んでいる。

私たちはまだ、小さなライブハウスを埋めるので精一杯だった。


プロデューサーは、開演前に私たちを集めた。


「今日の新曲で跳ねなければ、次の予算は削られる」


誰も喋らなかった。


「綺麗にまとめるな。失敗を恐れるな。客は安全運転を見に来てるわけじゃない」


その言葉は、私に向けられている気がした。


美桜の手が震えていた。


私はそれを見た。


前なら、すぐ握っていたと思う。


大丈夫、と言っていたと思う。


でも今日は、少し遅れた。


その遅れが、自分でも嫌だった。


それでも私は、手を伸ばした。


美桜の指先は冷たかった。


「……大丈夫」


声に、自信はなかった。


美桜が私を見る。


「莉音」


「飛んでも、戻ればいい」


私は言った。


「止まったら、終わるから」


美桜は小さく頷いた。


照明が落ちる。


歓声が上がる。


一曲目。

二曲目。

三曲目。


ライブは順調だった。


でも、熱が足りなかった。


客席は盛り上がっている。

でも、爆発していない。


みんな待っている。


新曲を。

新しいセンターを。

私たちが変われるのかどうかを。


「次が、初披露の新曲です」


美桜がマイクを握った。


「私たちの、新しい一歩を聴いてください」


暗転。


イントロが流れる。


冷たいピアノの音。


私は最後列の端についた。


光の外側。


でも、そこから見えるものがあった。


美桜の肩が、思ったより大きく震えている。


客席の視線が、全部あの子に刺さっている。


センターは、眩しい場所じゃない。


燃やされる場所だ。


そう思った瞬間、美桜への嫉妬が、少しだけ形を変えた。


曲が始まる。


美桜の声が響いた。


綺麗だった。


でも、細い。


いつ切れてもおかしくない糸みたいな声だった。


私は後ろでハモりながら、その背中を見ていた。


頑張れ。


そう思った。


頑張れ。


私の場所を取ったなら。


私が欲しかった場所に立っているなら。


最後まで立っていて。


二番に入る直前。


美桜の声が消えた。


一瞬、マイクトラブルかと思った。


違った。


美桜の口が、開いたまま固まっている。


歌詞が出ていない。


オケだけが流れる。


客席のペンライトが揺れを失う。


最前列のファンが、小さく声を漏らした。


「え……?」


美桜の顔から血の気が引いた。


唇が震える。


次のフレーズも出ない。


メンバーの足が乱れた。


振りが半拍遅れる。


誰かのヒールが床を擦った。


ステージが、音を立てずに崩れていく。


美桜が息を吸った。


でも、歌じゃなかった。


浅い呼吸。


過呼吸みたいな、短く切れた息。


まずい。


そう思った。


このまま止まる。


曲が止まるんじゃない。


美桜が止まる。


グループが止まる。


客席が、「失敗」を見る顔になっていく。


その瞬間、私の中で、また黒い声がした。


ほら。


だから私の方がよかった。


私なら飛ばさなかった。


私なら、こんなところで止まらなかった。


最低だった。


でも、確かに思った。


次の瞬間、別の感情がそれを殴り飛ばした。


違う。


今それを思っている場合じゃない。


終わる。


ここで終わったら、私の一年も、美桜のセンターも、ルミナスコードも、全部まとめて笑いものになる。


そんなの、絶対に嫌だ。


私はフォーメーションを外れた。


決められた立ち位置から、一歩前に出る。


隣のメンバーが驚いて私を見た。


構わなかった。


ワイヤレスマイクの音量は、私のソロ以外ではかなり絞られている。


このまま最後列で歌っても、客席には届かない。


だから、走った。


振り付けを壊して、美桜の隣へ。


床を蹴る音が、自分でも分かった。


美桜の目が見開かれる。


私は歌い出しながら、美桜のマイクに手を添えた。


奪うというより、支えるように。


でも、かなり乱暴だったと思う。


「――誰にも名前を呼ばれない夜でも」


最初の声は、綺麗じゃなかった。


叫びに近かった。


喉の奥が擦れた。


息も足りていなかった。


でも、出た。


客席に、届いた。


オケだけが流れていた空白に、無理やり声を叩き込んだ。


美桜のマイクが私の声を拾う。


会場の空気が跳ねた。


メンバーたちが、一斉にこちらを見る。


振りはもう、少し崩れている。


予定通りじゃない。


綺麗じゃない。


でも、止まってはいない。


私は美桜の隣で歌った。


「――消えない光が、胸の奥にある」


美桜の手が震えていた。


マイクを握る指が白い。


私は歌いながら、美桜を睨むように見た。


戻ってこい。


そう思った。


助けてあげる、なんて綺麗な気持ちじゃなかった。


ここで負けるな。


私を押しのけて前に立ったなら、ここで折れるな。


戻ってこい、美桜。


あんたが立たなきゃ、私の悔しさまで無駄になる。


美桜の目に、涙が浮かんだ。


私は次のフレーズを少しだけ強く歌った。


「――震える手でも、朝を探してる」


本来は、美桜が歌うはずだった場所。


私は半分だけ歌って、マイクを押し返した。


美桜の唇が震える。


一瞬、また止まりかけた。


でも。


「――朝を、探してる」


美桜の声が戻った。


掠れていた。


綺麗じゃなかった。


でも、戻った。


その瞬間、後ろのメンバーが声を重ねた。


一人。

また一人。


崩れたフォーメーションを、全員が身体で直していく。


誰かが一歩詰める。

誰かが手を伸ばす。

誰かが笑う。

誰かが客席を煽る。


予定された演出じゃない。


照明も追いついていない。


白光なんて、都合よく私を抜かない。


むしろ、私は半分影の中にいた。


それでも、客席の視線がこちらに集まっているのが分かった。


光じゃない。


視線が熱かった。


ラスサビ前。


本来、私には一小節だけのソロがある。


私は自分の立ち位置に戻りきれていなかった。


息も乱れていた。


喉も痛い。


でも、マイクを握った。


今までの全部が、胸の奥で暴れていた。


華がないと言われたこと。

美桜を妬んだこと。

いい子のふりをしていたこと。

それでも、このグループを終わらせたくなかったこと。


全部、吐き出した。


「――夜明けは、選ばれた誰かだけのものじゃない」


声が割れた。


ほんの少し。


でも、その割れた声に、客席が反応した。


歓声が起きた。


ペンライトが跳ねる。


小さなライブハウスの空気が、ようやく燃えた。


美桜がセンターで歌っている。


私は、その少し斜め後ろで歌っている。


悔しさは消えていなかった。


嫉妬も、たぶん消えていなかった。


でも、不思議だった。


今は、その全部が声になっていた。


綺麗な感情だけじゃ、人の胸は刺せないのかもしれない。


曲が終わった。


一秒の静寂。


今度の沈黙は、失敗の沈黙じゃなかった。


誰もが息を呑んでいた。


次の瞬間。


拍手と歓声が、壁みたいに押し寄せた。


「莉音!」


誰かが叫んだ。


「美桜!」


別の誰かが叫んだ。


「ルミナスコード!」


その声を聞いた瞬間、膝が抜けそうになった。


私は笑った。


でも、泣きそうでもあった。


美桜が隣で泣いていた。


私はその横顔を見て、まだ少しだけ思った。


ずるい。


泣いても絵になるんだ。


そう思って、それから、自分で小さく笑った。


最低だな、私。


でも、それでいい。


私は今日、最低な自分ごと歌った。


 


ライブ後、控室に戻ると、美桜が私の前に立った。


「莉音」


目が赤かった。


「ごめん」


また謝るのか、と思った。


私はタオルで汗を拭きながら、言った。


「何に?」


美桜が詰まる。


「歌詞、飛ばして……」


「それは最悪だった」


控室が静かになった。


美桜が目を見開く。


私は続けた。


「正直、終わったと思った。なんで今日なのって思った。なんでセンターなのにって思った」


美桜の顔が歪んだ。


言い過ぎたかもしれない。


でも、止めなかった。


「でも、戻ってきた」


私は美桜を見た。


「戻ってきたから、最後まで行けた」


美桜の目から、ぼろっと涙が落ちた。


「怖かった」


「うん」


「歌詞が、真っ白になって……客席が全部、敵みたいに見えて……」


「うん」


「莉音が来てくれなかったら、私……」


「私も、たぶん一生後悔してた」


美桜が顔を上げる。


私は少しだけ笑った。


「助けたかっただけじゃないよ」


言ってから、少し迷った。


でも、言った。


「ここで終わられたら、私の悔しさまで行き場がなくなると思った」


美桜は黙って聞いていた。


「美桜のこと、羨ましかった。嫌いになりそうだった。なんであんたなんだろうって、何回も思った」


控室の空気が張り詰める。


美桜は泣いたまま、逃げなかった。


「でも、ステージで止まってる美桜を見たら、腹が立った」


「……腹が?」


「うん」


私は頷いた。


「私が欲しかった場所で、勝手に折れないでって思った」


美桜の唇が震えた。


それから、彼女は泣きながら笑った。


「莉音、怖い」


「知ってる」


「でも……ありがとう」


私は返事をしなかった。


ありがとう、と言われていいのか分からなかった。


その時、控室の扉が開いた。


プロデューサーが立っていた。


いつもの無表情だった。


でも、目だけが少し違っていた。


「星宮」


「はい」


「今日のあれは、事故だ」


いきなりそう言われて、私は背筋を伸ばした。


「勝手にフォーメーションを外れた。マイクの使い方も危なかった。下手すれば、もっと崩れてた」


「……すみません」


「謝るな。事実を言ってる」


プロデューサーは腕を組んだ。


「でも、止めなかったのは正解だ」


控室の空気が少し動いた。


「星宮。お前は今まで、ミスをしないために歌ってた」


私は黙っていた。


「今日、初めてミスごと客にぶつけた。声は荒かった。振りも崩れた。なのに、客はそっちを見た」


プロデューサーは私を見た。


「それが、お前に足りなかったものだ」


胸の奥が、痛いくらいに熱くなった。


褒められているのか。

叱られているのか。

分からなかった。


たぶん、両方だった。


「華がないと言ったことは、撤回しない」


美桜が息を呑んだ。


私は顔を上げた。


プロデューサーは続けた。


「少なくとも、今までのお前にはなかった」


その言葉は痛かった。


でも、前よりは刺さり方が違った。


「ただ、今日のお前は違った」


プロデューサーは資料を一枚、机に置いた。


「次のライブ、構成を変える。星宮のソロを増やす」


メンバーたちがざわめいた。


美桜が泣きながら笑った。


私は資料を見た。


そこには、私の名前が増えていた。


ずっと欲しかったものだった。


喉の奥が熱くなる。


でも、すぐには喜べなかった。


今日のステージを思い出した。


美桜が止まったこと。

私が走ったこと。

メンバー全員が崩れた振りを繋ぎ直したこと。


あれは、私ひとりの手柄じゃない。


でも、ここで綺麗に「全員の見せ場をください」と言うのも違う気がした。


そんな聖人みたいな気分ではなかった。


私は、私のソロが欲しい。


もっと歌いたい。


もっと見られたい。


見つけられたい。


その気持ちは確かにあった。


だから、私は言った。


「ソロは、欲しいです」


控室が静かになった。


「私は、もっと歌いたい。今日みたいに、一瞬だけじゃなくて、ちゃんと見られたいです」


プロデューサーの目が細くなる。


「正直でいい」


「でも」


私は続けた。


「私だけ増やしても、たぶん次で終わります」


プロデューサーは黙っていた。


「今日、客が沸いたのは、私が歌ったからだけじゃないです。美桜が戻ったからです。みんなが崩れたところから立て直したからです」


私はメンバーたちを見た。


「ルミナスコードは、七人が綺麗に並んでる時より、七人で必死に支えた時の方が、たぶん強いです」


プロデューサーは少しだけ笑った。


鼻で笑うような、でも馬鹿にしているわけではない笑い方だった。


「お前はまだ、自分のことだけ考えてりゃいいんだよ」


私は言葉に詰まった。


プロデューサーは資料を手に取った。


「全員の見せ場なんて、簡単に言うな。見せ場を増やせば散る。散れば曲が死ぬ。客は優しい学芸会を見に来てるんじゃない」


その声には、冷たさがあった。


でも、前のような乱暴さではなかった。


「七人で光りたいなら、七人分の理由を作れ。客が目を離せなくなる理由を」


私は黙って頷いた。


「星宮」


「はい」


「欲しがれ。まずはそこからだ」


プロデューサーはそう言って、控室を出ていった。


扉が閉まる。


数秒後、外からスタッフと話す声が聞こえた。


「ラスサビ前、星宮を前に出す。ただし美桜のセンターは崩すな。二人で食い合う形にする」


私は息を止めた。


「他の五人も、ただの背景にはするな。二番以降、動線を組み直す。今日の事故を演出に変える」


その声は、さっきまでの冷たさとは違っていた。


プロの声だった。


私たちを商品として見ている声。


でも同時に、勝たせようとしている声でもあった。


美桜が小さく笑った。


「莉音、ソロ増えるね」


「うん」


「嬉しい?」


私は少し考えた。


「嬉しい」


ちゃんと言った。


「悔しいし、怖いし、美桜にもまだちょっと腹立ってるけど」


美桜が目を丸くする。


私は笑った。


「でも、嬉しい」


美桜も笑った。


「私も、莉音が隣に来るの、怖い」


「なんで」


「食われそうだから」


「食うつもりで歌うよ」


「じゃあ、私も負けない」


その言葉を聞いて、胸の奥が少しだけ軽くなった。


仲良しごっこじゃない。


綺麗な友情でもない。


でも、こっちの方が本当だと思った。


 


翌日。


ライブ映像はSNSで拡散された。


『最後列の子、マジで声で殴ってきた』

『美桜ちゃん歌詞飛んだけど、戻ったの偉すぎる』

『事故なのに事故で終わらせなかったのすごい』

『莉音ちゃん、あの声は綺麗とかじゃなくて刺さる』

『ルミナスコード、初めてちゃんと見た』

『最後列の子、名前知りたい』

『星宮莉音、見つけた』


見つけた。


その言葉を見て、私はスマホを握りしめた。


ずっと欲しかった言葉だった。


でも、思っていたより、甘くなかった。


見つけられるということは、見られるということだ。


いいところだけじゃない。

綺麗なところだけじゃない。

声が割れた瞬間も。

顔が歪んだ瞬間も。

必死で、美しくないところも。


全部。


私は画面を閉じた。


胸の奥には、まだ悔しさがあった。


美桜への嫉妬も、完全には消えていない。


でも、それでいいと思った。


消えないなら、歌えばいい。


醜いなら、隠さず燃やせばいい。


華なんて、最初から咲いているものだけじゃない。


泥の中で、見苦しくても、折れそうでも、それでも上を向くものだってある。


数週間後。


ルミナスコードは、初めて大きなホールでライブをすることになった。


本番直前、私はステージ袖で深呼吸をした。


客席には、数えきれないほどのペンライトが揺れている。


美桜が隣に立つ。


「莉音、緊張してる?」


「してる」


「私も」


「今日は飛ばさないでね」


「飛ばさない」


美桜は少し笑った。


「でも、もし飛んだら?」


私はマイクを握り直した。


「今度は、奪うんじゃなくて並ぶ」


美桜が私を見る。


「でも、私も譲らないよ」


「知ってる」


後ろに、メンバーたちが集まる。


七人で円陣を組んだ。


私はみんなの顔を見た。


誰も、完璧じゃない。


誰も、綺麗なだけじゃない。


焦っている。

怖がっている。

欲しがっている。

負けたくないと思っている。


だから、強い。


「行こう」


私は言った。


「綺麗に勝つんじゃなくて、ちゃんと燃えよう」


全員が頷いた。


「ルミナスコード!」


声が重なる。


「行くぞ!」


照明が落ちる。


歓声が上がる。


私はステージへ走り出した。


今日はセンターじゃない。


でも、もうそれだけで自分を測るのはやめた。


欲しい場所がある。


負けたくない相手がいる。


守りたいグループがある。


そして、歌いたい夜がある。


スポットライトの中へ。


歓声の中へ。


まだ見ぬ誰かの明日へ。


私はマイクを握る。


選ばれたから輝くんじゃない。


綺麗だから届くんじゃない。


悔しくても。

醜くても。

泣きそうでも。

それでも声を出した人間だけが、夜を裂ける。


夜明けは、誰かにもらうものじゃない。


自分たちの声で、奪いに行くものだ。

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