センター失格と言われた私、最後列から歌った一曲で、沈黙した会場ごと未来を変える
「あなた、次のライブから後列ね」
事務所の会議室で、プロデューサーはそう言った。
私――星宮莉音は、すぐには返事ができなかった。
耳に入った言葉が、頭の中で意味になるまでに、少し時間がかかった。
後列。
それは、ただ立ち位置が変わるという意味じゃない。
私たちルミナスコードにとって、ステージの前と後ろには、はっきりとした差がある。
カメラに抜かれる回数。
ファンの視線。
歌割り。
名前を呼ばれる声。
全部が違う。
「……理由を聞いてもいいですか」
自分でも驚くくらい、声が低かった。
プロデューサーは、机の上の資料から目を上げた。
「華がない」
短い言葉だった。
誰かが息を呑んだ。
それが誰だったのか、分からなかった。
もしかしたら、私自身だったのかもしれない。
「歌は悪くない。ダンスも崩れない。努力してるのも知ってる」
プロデューサーは淡々と言った。
「でも、お前は全部が正しい。正しすぎる」
「……正しい?」
「ミスをしないように踊ってる。外さないように歌ってる。嫌われないように笑ってる」
胸の奥を、細い針で刺された気がした。
「アイドルは、答案用紙じゃない。百点に近いだけじゃ、客は金を払わない」
私は膝の上で拳を握った。
「次の新曲、センターは美桜でいく」
隣に座っていた美桜が、びくっと肩を揺らした。
「……私、ですか」
「ああ」
「でも、莉音が……」
「美桜」
プロデューサーの声が少しだけ鋭くなった。
「お前には、見た瞬間に客が心配する弱さがある。放っておけない危うさがある。今のルミナスコードに必要なのは、それだ」
美桜は唇を噛んだ。
嬉しいくせに。
そう思った瞬間、自分の中で何かが濁った。
嬉しいくせに、傷ついた顔をするな。
私の場所を取ったくせに。
そんなことを思った。
思ってしまった。
「頑張ります」
美桜の声は震えていた。
その震えさえ、きっと“守ってあげたい”になるのだと思った。
私は笑った。
笑ったつもりだった。
たぶん、口角だけが上がっていた。
「……分かりました」
それ以上、何かを言ったら、声が割れそうだった。
会議室を出た瞬間、廊下の壁に手をついた。
足に力が入らない。
華がない。
正しすぎる。
嫌われないように笑ってる。
違う。
違う、と思いたかった。
でも、言い返せなかった。
だって私はずっと、そうしてきた。
歌詞を間違えないように。
振りを乱さないように。
メンバーの邪魔をしないように。
ファンにがっかりされないように。
スタッフに迷惑をかけないように。
ちゃんとした子でいようとした。
いい子でいようとした。
そうすれば、いつか見つけてもらえると思っていた。
でも、見つけてもらえなかった。
「莉音」
背後から、美桜の声がした。
私は振り返らなかった。
「ごめんね」
その一言で、胃の奥がぎゅっと縮んだ。
謝らないで。
そう言うべきだと分かっていた。
美桜は悪くない。
選んだのはプロデューサーだ。
センターを任された美桜だって苦しい。
そんな綺麗な言葉なら、いくらでも並べられる。
でも、喉の奥にあったのは違った。
同情するな。
私を、負けた人みたいに見るな。
「……美桜は悪くないよ」
やっと出した声は、自分でも嫌になるくらい優しかった。
美桜が泣きそうな顔をする。
「でも、私……莉音の場所を取ったみたいで」
爪が、手のひらに食い込んだ。
取ったんだよ。
そう言いそうになった。
一年間、私はあの場所に立つためにやってきた。
誰よりも早くレッスン場に来た。
誰よりも遅く帰った。
喉を潰しかけても、笑って歌った。
足の皮が剥けても、テーピングで隠した。
それを。
たった一言で。
華がない。
そう言われて、下げられた。
「違うよ」
私は言った。
「センターは、奪ったとか、奪われたとかじゃないから」
嘘だった。
少なくとも、今の私はそう思えていなかった。
美桜は私の顔を見た。
「莉音は、悔しくないの?」
悔しいに決まってる。
なんで美桜なの。
なんで私じゃないの。
私の一年は何だったの。
毎日積み上げてきたものは、そんなに簡単に“華がない”で終わるものだったの。
喉まで出かかった。
出したかった。
でも、出せなかった。
ここで言えば、私は本当に負けた気がした。
私は笑った。
今度こそ、かなり下手な笑い方だったと思う。
「悔しいよ」
美桜の目が揺れた。
「悔しくないわけないじゃん」
声が少し震えた。
「でも、美桜を嫌いになったら、もっと悔しいから」
それは綺麗な言葉じゃなかった。
半分は本当で、半分は嘘だった。
私はまだ、美桜を嫌いになりかけていた。
眩しくて。
危うくて。
選ばれて。
守られて。
その全部が、羨ましくて仕方なかった。
「だから、ちゃんと立って」
私は美桜を見た。
「私の代わりに立つなら、ちゃんと輝いて」
美桜は泣きそうな顔で頷いた。
その顔を見て、また嫌なことを思った。
泣きたいのは、こっちなのに。
新曲のタイトルは「夜明け前のシグナル」。
暗い曲だった。
誰にも見つけてもらえない夜。
努力が報われない朝。
それでも、まだ何かを信じてしまう歌。
皮肉だと思った。
私の立ち位置は最後列の端。
照明は薄い。
カメラもほとんど来ない。
サビ前の移動では、美桜を引き立てるために一歩下がる。
一歩下がる。
その振り付けを何度も繰り返すたびに、胸の奥が削られた。
全体練習のあと、私は毎日ひとりで残った。
鏡の前で踊る。
笑う。
歌う。
また笑う。
何度も繰り返しているうちに、自分の顔が分からなくなった。
これはアイドルの笑顔なのか。
それとも、負け犬が取り繕っている顔なのか。
「莉音、まだ残るの?」
美桜がレッスン場の入口に立っていた。
私はタオルで汗を拭いた。
「うん。ちょっとだけ」
「無理しないでね」
その言葉に、また黒いものが湧いた。
無理しなくていい子は、前に立てるんだ。
無理しても届かない私は、後ろに下げられるのに。
「美桜こそ、センターなんだから休みなよ」
思ったより刺のある声になった。
美桜が少しだけ黙る。
「……うん」
その沈黙で、私は自分がひどいことを言ったのだと分かった。
でも、謝れなかった。
謝ったら、また“いい子”に戻ってしまう気がした。
美桜が出ていったあと、私は鏡の中の自分を睨んだ。
最低だ。
そう思った。
でも、その最低な気持ちが、たしかに私の中にあった。
それをなかったことにして歌うくらいなら。
全部、曲に入れてやる。
悔しさも。
嫉妬も。
惨めさも。
美桜を嫌いになりかけた自分の汚さも。
全部。
この曲の主人公が、夜の底で拳を握っている子なら。
私は、その子を綺麗に歌わない。
泣きながら、歯を食いしばって、喉を削って歌う。
そう決めた。
新曲初披露の日。
会場は満員だった。
けれど、楽屋の空気は重かった。
最近、ルミナスコードの人気は伸び悩んでいた。
同期のグループは、もう大きな会場に進んでいる。
私たちはまだ、小さなライブハウスを埋めるので精一杯だった。
プロデューサーは、開演前に私たちを集めた。
「今日の新曲で跳ねなければ、次の予算は削られる」
誰も喋らなかった。
「綺麗にまとめるな。失敗を恐れるな。客は安全運転を見に来てるわけじゃない」
その言葉は、私に向けられている気がした。
美桜の手が震えていた。
私はそれを見た。
前なら、すぐ握っていたと思う。
大丈夫、と言っていたと思う。
でも今日は、少し遅れた。
その遅れが、自分でも嫌だった。
それでも私は、手を伸ばした。
美桜の指先は冷たかった。
「……大丈夫」
声に、自信はなかった。
美桜が私を見る。
「莉音」
「飛んでも、戻ればいい」
私は言った。
「止まったら、終わるから」
美桜は小さく頷いた。
照明が落ちる。
歓声が上がる。
一曲目。
二曲目。
三曲目。
ライブは順調だった。
でも、熱が足りなかった。
客席は盛り上がっている。
でも、爆発していない。
みんな待っている。
新曲を。
新しいセンターを。
私たちが変われるのかどうかを。
「次が、初披露の新曲です」
美桜がマイクを握った。
「私たちの、新しい一歩を聴いてください」
暗転。
イントロが流れる。
冷たいピアノの音。
私は最後列の端についた。
光の外側。
でも、そこから見えるものがあった。
美桜の肩が、思ったより大きく震えている。
客席の視線が、全部あの子に刺さっている。
センターは、眩しい場所じゃない。
燃やされる場所だ。
そう思った瞬間、美桜への嫉妬が、少しだけ形を変えた。
曲が始まる。
美桜の声が響いた。
綺麗だった。
でも、細い。
いつ切れてもおかしくない糸みたいな声だった。
私は後ろでハモりながら、その背中を見ていた。
頑張れ。
そう思った。
頑張れ。
私の場所を取ったなら。
私が欲しかった場所に立っているなら。
最後まで立っていて。
二番に入る直前。
美桜の声が消えた。
一瞬、マイクトラブルかと思った。
違った。
美桜の口が、開いたまま固まっている。
歌詞が出ていない。
オケだけが流れる。
客席のペンライトが揺れを失う。
最前列のファンが、小さく声を漏らした。
「え……?」
美桜の顔から血の気が引いた。
唇が震える。
次のフレーズも出ない。
メンバーの足が乱れた。
振りが半拍遅れる。
誰かのヒールが床を擦った。
ステージが、音を立てずに崩れていく。
美桜が息を吸った。
でも、歌じゃなかった。
浅い呼吸。
過呼吸みたいな、短く切れた息。
まずい。
そう思った。
このまま止まる。
曲が止まるんじゃない。
美桜が止まる。
グループが止まる。
客席が、「失敗」を見る顔になっていく。
その瞬間、私の中で、また黒い声がした。
ほら。
だから私の方がよかった。
私なら飛ばさなかった。
私なら、こんなところで止まらなかった。
最低だった。
でも、確かに思った。
次の瞬間、別の感情がそれを殴り飛ばした。
違う。
今それを思っている場合じゃない。
終わる。
ここで終わったら、私の一年も、美桜のセンターも、ルミナスコードも、全部まとめて笑いものになる。
そんなの、絶対に嫌だ。
私はフォーメーションを外れた。
決められた立ち位置から、一歩前に出る。
隣のメンバーが驚いて私を見た。
構わなかった。
ワイヤレスマイクの音量は、私のソロ以外ではかなり絞られている。
このまま最後列で歌っても、客席には届かない。
だから、走った。
振り付けを壊して、美桜の隣へ。
床を蹴る音が、自分でも分かった。
美桜の目が見開かれる。
私は歌い出しながら、美桜のマイクに手を添えた。
奪うというより、支えるように。
でも、かなり乱暴だったと思う。
「――誰にも名前を呼ばれない夜でも」
最初の声は、綺麗じゃなかった。
叫びに近かった。
喉の奥が擦れた。
息も足りていなかった。
でも、出た。
客席に、届いた。
オケだけが流れていた空白に、無理やり声を叩き込んだ。
美桜のマイクが私の声を拾う。
会場の空気が跳ねた。
メンバーたちが、一斉にこちらを見る。
振りはもう、少し崩れている。
予定通りじゃない。
綺麗じゃない。
でも、止まってはいない。
私は美桜の隣で歌った。
「――消えない光が、胸の奥にある」
美桜の手が震えていた。
マイクを握る指が白い。
私は歌いながら、美桜を睨むように見た。
戻ってこい。
そう思った。
助けてあげる、なんて綺麗な気持ちじゃなかった。
ここで負けるな。
私を押しのけて前に立ったなら、ここで折れるな。
戻ってこい、美桜。
あんたが立たなきゃ、私の悔しさまで無駄になる。
美桜の目に、涙が浮かんだ。
私は次のフレーズを少しだけ強く歌った。
「――震える手でも、朝を探してる」
本来は、美桜が歌うはずだった場所。
私は半分だけ歌って、マイクを押し返した。
美桜の唇が震える。
一瞬、また止まりかけた。
でも。
「――朝を、探してる」
美桜の声が戻った。
掠れていた。
綺麗じゃなかった。
でも、戻った。
その瞬間、後ろのメンバーが声を重ねた。
一人。
また一人。
崩れたフォーメーションを、全員が身体で直していく。
誰かが一歩詰める。
誰かが手を伸ばす。
誰かが笑う。
誰かが客席を煽る。
予定された演出じゃない。
照明も追いついていない。
白光なんて、都合よく私を抜かない。
むしろ、私は半分影の中にいた。
それでも、客席の視線がこちらに集まっているのが分かった。
光じゃない。
視線が熱かった。
ラスサビ前。
本来、私には一小節だけのソロがある。
私は自分の立ち位置に戻りきれていなかった。
息も乱れていた。
喉も痛い。
でも、マイクを握った。
今までの全部が、胸の奥で暴れていた。
華がないと言われたこと。
美桜を妬んだこと。
いい子のふりをしていたこと。
それでも、このグループを終わらせたくなかったこと。
全部、吐き出した。
「――夜明けは、選ばれた誰かだけのものじゃない」
声が割れた。
ほんの少し。
でも、その割れた声に、客席が反応した。
歓声が起きた。
ペンライトが跳ねる。
小さなライブハウスの空気が、ようやく燃えた。
美桜がセンターで歌っている。
私は、その少し斜め後ろで歌っている。
悔しさは消えていなかった。
嫉妬も、たぶん消えていなかった。
でも、不思議だった。
今は、その全部が声になっていた。
綺麗な感情だけじゃ、人の胸は刺せないのかもしれない。
曲が終わった。
一秒の静寂。
今度の沈黙は、失敗の沈黙じゃなかった。
誰もが息を呑んでいた。
次の瞬間。
拍手と歓声が、壁みたいに押し寄せた。
「莉音!」
誰かが叫んだ。
「美桜!」
別の誰かが叫んだ。
「ルミナスコード!」
その声を聞いた瞬間、膝が抜けそうになった。
私は笑った。
でも、泣きそうでもあった。
美桜が隣で泣いていた。
私はその横顔を見て、まだ少しだけ思った。
ずるい。
泣いても絵になるんだ。
そう思って、それから、自分で小さく笑った。
最低だな、私。
でも、それでいい。
私は今日、最低な自分ごと歌った。
ライブ後、控室に戻ると、美桜が私の前に立った。
「莉音」
目が赤かった。
「ごめん」
また謝るのか、と思った。
私はタオルで汗を拭きながら、言った。
「何に?」
美桜が詰まる。
「歌詞、飛ばして……」
「それは最悪だった」
控室が静かになった。
美桜が目を見開く。
私は続けた。
「正直、終わったと思った。なんで今日なのって思った。なんでセンターなのにって思った」
美桜の顔が歪んだ。
言い過ぎたかもしれない。
でも、止めなかった。
「でも、戻ってきた」
私は美桜を見た。
「戻ってきたから、最後まで行けた」
美桜の目から、ぼろっと涙が落ちた。
「怖かった」
「うん」
「歌詞が、真っ白になって……客席が全部、敵みたいに見えて……」
「うん」
「莉音が来てくれなかったら、私……」
「私も、たぶん一生後悔してた」
美桜が顔を上げる。
私は少しだけ笑った。
「助けたかっただけじゃないよ」
言ってから、少し迷った。
でも、言った。
「ここで終わられたら、私の悔しさまで行き場がなくなると思った」
美桜は黙って聞いていた。
「美桜のこと、羨ましかった。嫌いになりそうだった。なんであんたなんだろうって、何回も思った」
控室の空気が張り詰める。
美桜は泣いたまま、逃げなかった。
「でも、ステージで止まってる美桜を見たら、腹が立った」
「……腹が?」
「うん」
私は頷いた。
「私が欲しかった場所で、勝手に折れないでって思った」
美桜の唇が震えた。
それから、彼女は泣きながら笑った。
「莉音、怖い」
「知ってる」
「でも……ありがとう」
私は返事をしなかった。
ありがとう、と言われていいのか分からなかった。
その時、控室の扉が開いた。
プロデューサーが立っていた。
いつもの無表情だった。
でも、目だけが少し違っていた。
「星宮」
「はい」
「今日のあれは、事故だ」
いきなりそう言われて、私は背筋を伸ばした。
「勝手にフォーメーションを外れた。マイクの使い方も危なかった。下手すれば、もっと崩れてた」
「……すみません」
「謝るな。事実を言ってる」
プロデューサーは腕を組んだ。
「でも、止めなかったのは正解だ」
控室の空気が少し動いた。
「星宮。お前は今まで、ミスをしないために歌ってた」
私は黙っていた。
「今日、初めてミスごと客にぶつけた。声は荒かった。振りも崩れた。なのに、客はそっちを見た」
プロデューサーは私を見た。
「それが、お前に足りなかったものだ」
胸の奥が、痛いくらいに熱くなった。
褒められているのか。
叱られているのか。
分からなかった。
たぶん、両方だった。
「華がないと言ったことは、撤回しない」
美桜が息を呑んだ。
私は顔を上げた。
プロデューサーは続けた。
「少なくとも、今までのお前にはなかった」
その言葉は痛かった。
でも、前よりは刺さり方が違った。
「ただ、今日のお前は違った」
プロデューサーは資料を一枚、机に置いた。
「次のライブ、構成を変える。星宮のソロを増やす」
メンバーたちがざわめいた。
美桜が泣きながら笑った。
私は資料を見た。
そこには、私の名前が増えていた。
ずっと欲しかったものだった。
喉の奥が熱くなる。
でも、すぐには喜べなかった。
今日のステージを思い出した。
美桜が止まったこと。
私が走ったこと。
メンバー全員が崩れた振りを繋ぎ直したこと。
あれは、私ひとりの手柄じゃない。
でも、ここで綺麗に「全員の見せ場をください」と言うのも違う気がした。
そんな聖人みたいな気分ではなかった。
私は、私のソロが欲しい。
もっと歌いたい。
もっと見られたい。
見つけられたい。
その気持ちは確かにあった。
だから、私は言った。
「ソロは、欲しいです」
控室が静かになった。
「私は、もっと歌いたい。今日みたいに、一瞬だけじゃなくて、ちゃんと見られたいです」
プロデューサーの目が細くなる。
「正直でいい」
「でも」
私は続けた。
「私だけ増やしても、たぶん次で終わります」
プロデューサーは黙っていた。
「今日、客が沸いたのは、私が歌ったからだけじゃないです。美桜が戻ったからです。みんなが崩れたところから立て直したからです」
私はメンバーたちを見た。
「ルミナスコードは、七人が綺麗に並んでる時より、七人で必死に支えた時の方が、たぶん強いです」
プロデューサーは少しだけ笑った。
鼻で笑うような、でも馬鹿にしているわけではない笑い方だった。
「お前はまだ、自分のことだけ考えてりゃいいんだよ」
私は言葉に詰まった。
プロデューサーは資料を手に取った。
「全員の見せ場なんて、簡単に言うな。見せ場を増やせば散る。散れば曲が死ぬ。客は優しい学芸会を見に来てるんじゃない」
その声には、冷たさがあった。
でも、前のような乱暴さではなかった。
「七人で光りたいなら、七人分の理由を作れ。客が目を離せなくなる理由を」
私は黙って頷いた。
「星宮」
「はい」
「欲しがれ。まずはそこからだ」
プロデューサーはそう言って、控室を出ていった。
扉が閉まる。
数秒後、外からスタッフと話す声が聞こえた。
「ラスサビ前、星宮を前に出す。ただし美桜のセンターは崩すな。二人で食い合う形にする」
私は息を止めた。
「他の五人も、ただの背景にはするな。二番以降、動線を組み直す。今日の事故を演出に変える」
その声は、さっきまでの冷たさとは違っていた。
プロの声だった。
私たちを商品として見ている声。
でも同時に、勝たせようとしている声でもあった。
美桜が小さく笑った。
「莉音、ソロ増えるね」
「うん」
「嬉しい?」
私は少し考えた。
「嬉しい」
ちゃんと言った。
「悔しいし、怖いし、美桜にもまだちょっと腹立ってるけど」
美桜が目を丸くする。
私は笑った。
「でも、嬉しい」
美桜も笑った。
「私も、莉音が隣に来るの、怖い」
「なんで」
「食われそうだから」
「食うつもりで歌うよ」
「じゃあ、私も負けない」
その言葉を聞いて、胸の奥が少しだけ軽くなった。
仲良しごっこじゃない。
綺麗な友情でもない。
でも、こっちの方が本当だと思った。
翌日。
ライブ映像はSNSで拡散された。
『最後列の子、マジで声で殴ってきた』
『美桜ちゃん歌詞飛んだけど、戻ったの偉すぎる』
『事故なのに事故で終わらせなかったのすごい』
『莉音ちゃん、あの声は綺麗とかじゃなくて刺さる』
『ルミナスコード、初めてちゃんと見た』
『最後列の子、名前知りたい』
『星宮莉音、見つけた』
見つけた。
その言葉を見て、私はスマホを握りしめた。
ずっと欲しかった言葉だった。
でも、思っていたより、甘くなかった。
見つけられるということは、見られるということだ。
いいところだけじゃない。
綺麗なところだけじゃない。
声が割れた瞬間も。
顔が歪んだ瞬間も。
必死で、美しくないところも。
全部。
私は画面を閉じた。
胸の奥には、まだ悔しさがあった。
美桜への嫉妬も、完全には消えていない。
でも、それでいいと思った。
消えないなら、歌えばいい。
醜いなら、隠さず燃やせばいい。
華なんて、最初から咲いているものだけじゃない。
泥の中で、見苦しくても、折れそうでも、それでも上を向くものだってある。
数週間後。
ルミナスコードは、初めて大きなホールでライブをすることになった。
本番直前、私はステージ袖で深呼吸をした。
客席には、数えきれないほどのペンライトが揺れている。
美桜が隣に立つ。
「莉音、緊張してる?」
「してる」
「私も」
「今日は飛ばさないでね」
「飛ばさない」
美桜は少し笑った。
「でも、もし飛んだら?」
私はマイクを握り直した。
「今度は、奪うんじゃなくて並ぶ」
美桜が私を見る。
「でも、私も譲らないよ」
「知ってる」
後ろに、メンバーたちが集まる。
七人で円陣を組んだ。
私はみんなの顔を見た。
誰も、完璧じゃない。
誰も、綺麗なだけじゃない。
焦っている。
怖がっている。
欲しがっている。
負けたくないと思っている。
だから、強い。
「行こう」
私は言った。
「綺麗に勝つんじゃなくて、ちゃんと燃えよう」
全員が頷いた。
「ルミナスコード!」
声が重なる。
「行くぞ!」
照明が落ちる。
歓声が上がる。
私はステージへ走り出した。
今日はセンターじゃない。
でも、もうそれだけで自分を測るのはやめた。
欲しい場所がある。
負けたくない相手がいる。
守りたいグループがある。
そして、歌いたい夜がある。
スポットライトの中へ。
歓声の中へ。
まだ見ぬ誰かの明日へ。
私はマイクを握る。
選ばれたから輝くんじゃない。
綺麗だから届くんじゃない。
悔しくても。
醜くても。
泣きそうでも。
それでも声を出した人間だけが、夜を裂ける。
夜明けは、誰かにもらうものじゃない。
自分たちの声で、奪いに行くものだ。




