第101話:胃袋に咲く無色のスポンジ
「……アリス、聞こえる? 私の脳内QOL防衛ガイドライン(三大欲求部門)が、前回の『地獄のミル(第100話仕様)』での激しい有酸素運動による空腹シグナルを検知して、お腹の底からグゥゥゥゥと悲痛なサイレンを鳴らし続けているわ……!」
「聞こえるわエレン。というか、共有されている私の大脳皮質も、運動によるグリコーゲンの枯渇を補おうとして、今すぐあの『極上醤油ラーメン(第57話仕様)』を洗面器一杯にすするビジョンをリピート再生しているわ。だけど、ここで炭水化物を大量摂取したら、さっき消費したトリグリセリド(中性脂肪)が倍になってリバウンドするわね。でも、美味しい麺類をすするのを諦めるなんて……人生の完全敗北よ!」
シルバーストーンQOL巨大観光特区のリビング。
冷風ドライコタツ(第65話仕様)の中で、汗をかいてすっきりしたお揃いのツルツルお肌(第76話仕様)を寄せ合いながら、銀髪の双子は激しいテレパシー(専用回線)を交わしていた。
前世は三十代の理科教師、成瀬健一。
どれだけダイエット中であろうとも、食の快楽(QOL)を1ミリグラムも妥協しないのが、趣味人としての絶対的な美学。
「なら、答えは一つよ。カロリー実質ゼロ、糖質ゼロでありながら、胃の中で50倍に膨張し、極上のラーメンスープを完璧に絡め取る『ハニカムミクロ多孔質コンニャク麺』をDIYするのよ!」
アリス(理論・設計・分子化学担当)が脳内の黒板に、高分子多糖類の架橋結合モデルを書き殴る。
「コンニャクイモの主成分は、β-1,4-グルコマンナンという難消化性のヘテロ多糖よ。このままではただの粘り気のある水溶性食物繊維だけど、隣領の塩湖(第56話仕様)から手に入れたアルカリ(消石灰=水酸化カルシウムCa(OH)₂)をハックして pHを11~ 12の強アルカリ性に傾ければ、アセチル基が脱落して水素結合が緊密になり、強固な網目構造(熱不可逆性三次元ゲル)へ架橋結合(ゲル化)するわ!」
「最高よアリス! 物理で胃袋をハックするのね! だったら、私の『超精密魔力クラフト・3次元高速ホイップ(120,000 rpm)』で、コンニャク粉を完全に糊化させて、極上の弾力を生み出してあげる!」
エレン(実技・精密加工・物理演算担当)の指先から、バチバチと頼もしい魔力放電が散る。
一人が「高分子架橋・内分泌系満腹シグナル制御」、一人が「超高速ナノ攪拌&からくり製麺カット(ハード)」。
双子の超絶同調により、台所のテーブルの上で、奇跡のダイエットフード開発がスタートした。
エレンは、内なべに水を張り、コンニャク芋の粉末(第56話仕様で採取した乾燥球茎)を投入。
「エレン、まずは粉末が十分に吸水して膨潤するまで、摂氏40℃」の魔力定温でキープしながら、完全に均一なゾル状態になるまで攪拌して!」
「任せなさいお姉ちゃん! 『人間超高速ホイップミキサー(3,600 rpm)』!」
エレンの右手が残像となって動き、木べら(魔力強化仕様)でグレーのドロドロとした液体の塊を高速で練り上げていく。アリスが共有視界でゲルの「粘度変化」をリアルタイムで光学スキャンする。
「粘度、目標値に到達! ここで、消石灰の水溶液(温水)を投入しなさい! 一分子のムラも作らないように、今度は驚異の『120,000 rpm(?)』の極限魔力ホイップで、一気にアルカリを均一拡散するのよ!」
「うおおおおお! 私の魔力攪拌、最大出力!!」
バチバチバチバチバチッ!!!!
台所の奥から、不気味な遠心クラッシュ音が響き、ドロドロのゲルの塊がエレンの神速の指先によって高速回転を始める。
そこへ、アリスがニヤニヤしながら、消石灰の白い粉末をサラサラと投入。
アルカリ変性によってゲルは瞬時に強固な三次元網目構造へと固まり、チタン製内なべの中でぷるんぷるんのコンニャクブロックが誕生した。
「次は成形よ! からくり製麺カッター(第57話仕様)をハックして、表面に微細なハニカム状の吸水孔を刻み込みながら、極細の糸に切り出しなさい! これがスープを完璧に毛細管現象で絡め取る『ハニカムミクロ多孔質麺』になるわ!」
「オッケー! 削り出し、スリットカット完了!」
コンニャクはドラム型カッターを通り抜け、スープが完璧に絡みつく、美しい半透明の細麺となって「シュルルルルルッ!」と排出口から次々と吐き出されていった。
◇
「……ア、アリス様、エレン様。わたくし、もう限界ですわ……。お腹が空きすぎて、自慢のサウナハット(第51話仕様)を食べる夢を見ましたの……」
コタツ(冷却送風ドライモード)でスウェット姿のまま完全に溶けていた、アストレア公爵家の元堅物令嬢イゾルデ。
そして、隣でおでん(第71話仕様)の具材の残りを血走った目で探している、専属お庭番アルド。
二人は、台所から漂ってきた、第57話仕様の「極上醤油スープ」の、脳の理性をダイレクトにハッキングするあまりにも暴力的で香ばしい匂いに、よだれをダラダラと垂らしながらコタツの布団をギュッと抱きしめていた。
「あら、イゾルデ。お腹が空いたなら、この『極上醤油コンニャクラーメン』を食べなさい。今、エレンがハニカム多孔質スリットで完璧にスープが絡むように仕上げたばかりよ!」
アリスが、出来立てアツアツ、透明に透き通るコンニャク麺がたっぷり泳ぐラーメンの器を、コタツのテーブルにドンと置いた。
「い、嫌ですわ……! ラーメンだなんて、そんな高カロリーで油っこいものを夜食に食べたら、わたくしの聖騎士としての体脂肪率が、QOL大崩壊してしまいますわ!」
イゾルデが、涙を流しながらお箸を構えて震える。
「何を言ってるのよイゾルデ。この麺、カロリー実質【ゼロ】よ。食物繊維だけでできているから、どれだけすすっても太らない、完璧なダイエットフードなのよ!」
「えっ……? か、カロリー、ゼロ……!?」
イゾルデの目がキラリと輝いた。
「カロリーゼロなら、わたくしのお腹の尊厳は守られますわ! いただきます!」
ズズズッ……。
イゾルデが、待ちきれないとばかりに麺を勢いよくすする。
――サクサクッ、プリプリッ……ジュワァァァッ!!!
「QOL完全大崩壊(お腹いっぱい)ですぅぅぅぅぅん!!!???」
口に入れた瞬間、コンニャク特有のコシのある「プリプリ」とした心地よい食感の隙間から、
超極細のハニカム孔に吸い込まれていた極上の醤油スープと鶏ガラの旨味が、口の中で一気に大爆発を起こして溢れ出していった。
「な、何これぇぇぇ! 炭水化物の麺と変わらない満足感なのに、本当に口当たりが軽くて、お出汁がこれでもかと絡みつくわ! 美味しい、これなら何杯食べても、何十杯食べても、私の体重計は1グラムも増えないのね!?」
「その通りだべ、イゾルデ様! このプリプリ感、お腹の中で膨らんで(※グルコマンナンの特性です)、一瞬で満腹シグナルが脳に届くだべぇぇ!」
アルドも大はしゃぎでコンニャク麺を貪り食う。
だが、この「深夜のヘルシーラーメン会」は、ただ食べるだけでは終わらなかった。
「アリス様、エレン様! この最高に美味しくて太らないラーメンを前にして、ただだらだらするだけなんて、QOLへの深刻な冒涜ですわ! これを出しなさい!」
イゾルデが、スウェットの袖をまくり上げ、第32話で開発したカードゲーム(SSC)の束をコタツの上に叩きつけた。
「今夜は、この最後の一杯の替え玉、そして明日の『お掃除ロボのメンテナンスお休み権(第86話仕様)』を賭けて、アストレア公爵家の名誉をかけた『第一回シルバーストーン・コタツ・コンニャクデュエル大会』を開催しますわよ!!」
イゾルデがビール……ではなくハチミツレモネードをグイッと煽って宣言する。
「望むところだべ、イゾルデ様! 俺の『ハンス・ビートダウン(第32話仕様)』デッキで、その替え玉とお休み権は全部俺がいただくべ!」
アルドがサウナハットを揺らしながら手札を広げる。
「お父さんも混ぜておくれ! 娘たちのチャリの最高級パーツ(チタンボルト)を賭けて、このお父さんが無敗のプロデューサーとしての、至高のデッキ構築を見せてあげるよ!」
エドワードも、ウイスキー(第110話仕様)を握りしめて参戦。
「私のターン、ドロー! トラップカード発動よ!」「いや、それには『ピザ窯の烈火』でカウンターだべ!」
「ぎゃあああ! わたくしの替え玉がぁぁぁ!!」
深夜のシルバーストーン特区の屋敷から、夜な夜な響き渡る、大爆笑とカードを叩きつける「バチバチ!」という楽しげな大歓声。
そこには、かつての「没落の影」など微塵もなく、ただ、美味しいお酒と極上のコンニャク麺、そしてゲームに熱狂する、異世界で最も賑やかで温かい「お気軽コタツBar」の光景が広がっていた。
「「ふふふふ……」」
コタツの特等席で、お互いのさらさらツヤツヤの髪(第40話仕様)を優しく撫で合いながら、ハチミツレモネードを片手にその様子を眺める小さな双子。
「計画通り、ヘルシーラーメンとゲームで、今夜もみんなを完璧にコタツの底(だらだら仲間)に引きずり込めたわね、アリス」
「ええ、エレン。これでお使い(第92・93話仕様)も、お掃除(第86話)も、明日からはみんなもっと楽しそうに(QOLの高い状態で)バイトをこなしてくれるわ。科学と、私たちの趣味の完全勝利ね」
窓の外では、月明かりの下、ガシャガシャと走る木製のお掃除ロボ(第36話)が、静かに庭の雪を掃き清めながら、コタツから漏れ出る香ばしい醤油の匂いと笑い声を、優しく、そして最高にお気楽に、世界中に広げていくのだった。




