戦姫は悲劇を繰り返さない
※一度見た方へ
操作を間違えて作品を消してしまったので設定などが細かに変わってますが、昨日投稿したものと同じです。
『どうやら私は死んだ後異世界とやらに転移したらしい。』
目が覚めたら、石造りの建物に横たわっていた。
(傷がない。)
服には大量に血の跡がある。それは、私が最後の敵との激闘で攻撃をかわせなかった時のもの。腹に穴が空いたり、腕が片方飛んでいったり、身体には致命傷になりそうなものが溢れていたのに、今その傷は見当たらない。なんなら、爪のあたりの逆剥けや、少し気になっていた髪の毛の枝毛という細かなところまで無くなり治っている。なのに、あの傷は現実だぞとでもいうように血はこびり付いている。
とにかく、傷がないならこれ幸いと立ち上がり寝ていたところを見れば、見たことのない魔法陣が描かれていた。
そこでようやく私は、近くに居た人の気配に気づいた。
(敵影4。それぞれ所持している武器は⋯⋯、全部種類違うな。近・中・遠距離、どれにも対応している。連携を取れるのか。私の武器⋯⋯っは、幸運にも使い慣れた武器がある。とりあえずは様子を見るか。)
「やはり来てしまいましたか。」
男は私を睨んだ。
「魔法陣の魔力が変な動きをしていたからまさかとは思いましたが、はぁ。」
男たちの心底嫌そうな表情で理解して2人目から聞き流したが、コイツらはどうやら対面0秒から私が嫌いなようだ。
「なにか言ったらどうなんです?あ、すみませんね、私たちに察する能力が無くて。私たちは言われないと分からないのですよ。何をお望みですか?前の異世界人みたいに仲間同士で殺し合いでも望みます?それともここから遠く離れた北の極寒の地に軽装備で赴き、理不尽な期日で希少な魔物の毛皮でも取ってこいと?」
(なんだそれは、ひどすぎるだろ)
異世界人⋯、私が魔法陣の上で寝ていたところを含め考えるに、この魔法陣が異なる世界の人を呼び寄せるのだろうか。今の場合は私のことをそれと指していた。コイツラを信じるならばここは私がいた世界ではない。そして、私の前に来たその異世界人とやらは、かなり最悪な部類の人間だった。そして、同じく異世界人の私は問答無用で嫌われてる、と。
「あなたたち異世界人はいつもそうだ。優れた力があるのに努力を怠り、私たちを好き放題嘲るだけ。」
「なんでアイツ等が無償で異世界人に仕えると思われてんだ。」
「俺等は雇われの傭兵であって、執事じゃねぇんだぞ。」
「自分で何かしてみろっつの」
(どこも一緒か。)
相手のことを知ろうとせずに責めるなんて愚の骨頂。そんな簡単で当たり前のことを忘れるほどに、目の前の男たちは精神がやられている。自分たちこそが被害者だからと、自分を守るために持っていたはずの防御の盾は他者を傷つける矛へと変わり、被害者は加害者に。
「俺等は、異世界人なんか望んでいない。」
「⋯⋯、望んでいない異世界人?好き勝手に言っていろ。同じように私も勝手にしてるから。」
私が初めて声を出したからか、私が笑っているからか、彼らは目を見開いた。
「さて、最初は水浴びだな。私の血で汚れたこの服も洗わないとだ。あ、でも、何をするにしてもこんな居心地の悪い空間から出ないといけないな。貴様らの視界から私が消えた方が全員のためだろう。外への出方分からないのだがこの壁壊してもいいか?良いよな?この世界の人たちはこれ、というより、この部屋があるから苦しんでいるのだろう?」
後ろを振り向き壁を見る。軍服(に手を突っ込んだふりをして密かに展開させた空間魔法)の中から長年大切に手入れしながら使い続けていた武器を抜き、魔力を込めて一振すれば、それは攻撃するために形を取る。
「ありがとう。沈黙は肯定と同義だ!!遠慮なく自分で何かしてみるぞ!!」
そして腕を振り上げた時だった。
「ブハッ!!」
「?」
私は後ろを向いた。気づかなかったが、4人以外にも後ろに1人、男がいたようだ。私がいるのは扉の正面、つまり最奥の壁、対して男はこの部屋唯一の出入り口である扉の横の壁にもたれかかっている。頭には目まで覆い隠すバンダナをしていて、褐色の肌。私の元いた世界でいうところの砂漠の民族のような服を着ている。体つきも無駄なく筋肉がついており多分、いや、確実にこの部屋にいる相手側の中では一番に強い。
「何?」
「いや、おもしれぇなお前。」
「おい、ゼヴァン」
彼はニヤニヤと笑みを浮かべながら私に近づいてくる。仲間は男が自分のことを気にせずまっすぐ歩いてくると察すると共に一歩後ろへ下がった。そうして開けられた道を当然のように進み、あっという間に男は私の目の前に立った。
「気に入った。水浴びだったか?風呂に案内してやるよ。ついてこい。」
「そんなにあからさまに殺気を放っておいて気に入った?面白い冗談だな。川や井戸じゃなくて風呂でしっかり水浴びできるのは嬉しいからついて行く。」
「へぇ、殺気も感じ取れんのか。」
男は頭を掻くとジリジリと肌を刺すようだった殺気を収めた。どうやら試されていたらしい。
(この男、ゼヴァンだったか。仲間を無視して私に好意的な態度を取るなんて、一体何のつもりだ?)
✴✴✴
あれから数カ月が経った。
私はまだアイツラの住まう館に居座っている。なぜ逃げないかと言うと⋯⋯
「今日は勝ったほうが晩飯の肉を譲るでどうだ。」
「いいだろう。その勝負に勝って今夜のゼヴァンの肉をもらってやろうじゃないか。」
「28勝27敗37引き分け。このまま勝ち越してぇな。」
「いや、私が勝つさ。」
見ての通り、ゼヴァンとの勝負が楽しすぎたからだな。
この世界に来た翌日、朝食を食べたあと腹ごなしで各々武器の手入れをしていた。そのうち、どちらともなく互いに剣を向け、そしてそのまま手合わせが始まった。結果はほかの傭兵の人から怒られたことによる引き分け。その日から場所を変え、賭けるものの内容を変えて毎日毎日ひたすらに勝負し合っている。
「ゼヴァン、ツィーシェに負けんなよー!!傭兵団トップの実力を見せつけてやれー!!」
「ツィーシェおねぇちゃんがんばってー!!」
ちなみに横で応援の声をかけている2人はビリーとパッジ。ビリーは荷物管理担当、パッジは団長に拾われた孤児らしく、みんなの癒し担当らしい。最初は2人にも警戒されていたが、今ではご飯に誘ってくれる。とても気さくな人物だ。
「早くコイン落とせ。」
「わかってる。」
ゼヴァンに急かされながらコインを宙に投げる。コインはくるくると回転しながら宙を舞い、地面に落ちた。
「…。」
「…。」
剣と柄の長いハンマーがぶつかる。ジリジリとした刺激が手を襲い、ツィーシェは剣を握り直した。
「しっかしあの二人、いつもは饒舌なのに戦いになると急に黙り込むの地味に怖いんだけど。」
「ねーねー!!がんばれー!!」
ハンマーが足に向かってくるのを飛び退き躱す。横からの攻撃は大剣で防ぐ。隙を見て攻撃を仕掛けてもそこに刃が届く頃には避けられている。後ろに回られ、攻撃を避けきれずに受けるが、なんとか持ちこたえて逆にまた攻撃をする。相手に微々たる攻撃を加え……。
ジリジリとダメージを積み重ねていく。
手合わせは、同程度の力量の者たちが互いを高め合うためのものだと知っているからだ。
ちなみに、これが戦場だったら爆弾投げたり不意打ちかけたりして短期決戦に持ち込んでいる。
(魔物との争いのないこの世界で、どうしたらこれほどの力を手に入れられるのか。)
「仕事だゼヴァン。ビリーにパッジ、……異世界人も。」
ゼヴァンは舌打ちをするとハンマーを手放した。終了の合図だった。
「俺に仕事持ってくるってこたぁ、遠出か?」
「国の使節団が魔族領に出向く。我々は護衛だそうだ。」
「へぇ~、魔族領ねぇ。なあ、行く途中は倒した敵の強さで勝負するぞ。」
「いいだろう。」
「とにかく準備をしろ。出発は明日だ。」
「ひぇー。なんでいつもいつも前日なんだよ!!荷物係の気持ちにもなってくれよぉ!!」
✴✴✴
使節団一行の魔王城までの旅は存外安全なものだった。魔物というよりか盗賊のほうが遭遇率高かったな。
「人族よ。はるばる魔王城までやってきたこと、褒めてやる。ずっと魔導の鏡で見ておったぞ。先触れもなくやってきたのだ。余程大事な用なのだろう?」
(なんで、コイツがここに居るんだ。こいつは……、私と相討ちになったはずだろう?)
部屋の最奥から放たれる威圧に使節団の人間は冷や汗を垂らした。傭兵団のメンバーも身体に力を入れ直している。……、ゼヴァン以外は。
だがツィーシェにはそんなことどうでもよかった。
目の前にいるのが死んだはずの魔王だということのほうが重要だった。
(なんで生きているんだ。灰になり身体が失くなるのを見届けたはずだ。そもそもここは異世界じゃなかったのか。)
ふと、ツィーシェは戦場の記憶が蘇った。
✴✴✴
『南の魔族領に面したどこかの国がなんやかんやあって魔王を怒らせ戦争になったらしい。その国だけでドンパチしてたらいいのになぜか戦場がどんどん北上して来て、ついにこの国も巻き込まれた。』
『騎士、冒険者、傭兵、国の総力を挙げて魔物と対峙するも、こちらが劣勢だ。』
『国は泣く泣く志願兵を募った。そして集まったのがここに居るお前らだ。』
騎士団の団長、魔法師団の団長が直々に説明を行った伝説とも言われる第1期志願兵試験。
そう。きっかけはただの飛び火だったのだ。
✴✴
『魔王、なぜあなたはこんなことをするんだ。』
『ふん。貴様らがそれを言うか。古の勇者が命を懸けて結び、長きにわたり守られてきた不干渉の条約を破り、我が妃に贈り物と称して毒を盛り暗殺したのはそちらだ。』
『……、そう、なのか。』
『初めはその国を滅ぼすだけでよかった。だが、次第にこう思うようになった。』
✴✴✴
『「貴様ら人族は一度、礼儀とやらを学び直したほうが良いのでは?」 とな。』
「!?」
意識が現実に戻り顔を上げると、魔王は快活に笑っていた。
「冗談だ。使節団の者よ、今日はもう夜も更けておる。会談の場は後日用意しよう。今宵は来賓棟にて休まれよ。」
私はただ、混乱することしかできなかった。
✴
「ゼヴァン。」
「ぁ?」
部屋に案内され、夕食に案内されと慌ただしく過ごし、ようやく自由な時間が訪れたのは日をまたいだ頃だった。私はノックをし、部屋に入る。
ゼヴァンはベッドの上でくつろいでいたようだった。
「夜更けにすまない。」
「なんだ?怖くて一人じゃ寝れねぇってか?」
「違う。」
「じゃあなんでそんな震えてんだ?あ、震えてんのはマオーサマに謁見してからずっとだな?」
「……、気づいてたのか?」
いつものようにギャンギャン言わないのが不自然だったからか、ゼヴァンは起きてあぐらを組み座ると頬杖をついた。
「ゼヴァンに聞きたいことがある。この大陸で……、この世界で最も有名な宗教を聞いてもいいだろうか。」
「は?」
このとき、私は頭のどこかで理解していた。
「俺は英雄なんて拝まねぇから名前しか知らねぇが、四贄教ってのが一番デカい宗教だ。」
「……。魔王の妃は、ご存命だろうか。」
「お前、死にてぇの?」
ゼヴァンの言葉が当然だ。今の私は人の家に無断で侵入して、『おまえの奥さんもう死んでる?』って言ってるようなもの。死にたいと思われるほうが普通だろう。
「大事な質問なんだ。答えてくれ。」
「……、死んだって話は聞かねぇ。」
「最後に。今日は何月何日だ。」
「風吹の月2日」
(やっぱり……、ここは異世界なんかじゃなかったんだな。)
「ゼヴァン。どうやら私は異世界人とやらではなかったらしい。ここからだいぶ北上したところにある小さな国の、7年後に19歳になる人間だ。」
「あ?最初の頃今19って言ってたろ。7歳上にサバ読んでましたって?」
「違う。私は過去に……!?」
急に首を絞められるような感覚に襲われ私は数歩後ずさる。
「おい、大丈夫か?」
「……」
「おーい?」
「………………、かハッ、ゲホッゲホッ」
ゼヴァンが倒れ込んだ私に近づくと横にかがんで背中を叩く。ゼヴァンは人にそんなことをする人物だと思っていなかったから驚いた。そして、驚いたからか呼吸もできるようになった。
(なるほど。他人に私が未来から来ましたよと言うことはできないらしい。)
「すまないゼヴァン。おさまった。」
「唾でも喉に詰まったのか?」
「いや、そうじゃない。」
(落ち着いて考えてみろ。あの魔王が人間を襲ってないところを見れば本当に妃はまだ死んでない。おそらく、この使節団の誰かが今から妃に毒を盛る。なら私がすることは一つ。)
「確認したかったのはそれだけだ。あと、私はこれから別行動をさせてもらう。数カ月世話になった。これからも元気にしてくれ。この使節団で何かあったときは西に向かったほうがいいと思う。」
「は?」
「お前と勝負するのは、楽しかった。」
私は部屋を出た。暗い廊下を歩き部屋に戻る。この世界に来たときの軍服に袖を通す。
(魔族との争いの火種。私はそれを断ち切る。今度こそ争いを終わらせる。いや、始めさせない。)
✴✴✴
1週間後、ようやく話し合いの場が用意された。最初の面会のときは居なかった妃も今日は参加している。我々傭兵団は人族側の壁に沿うように一列に並んで立ち、ひたすら会談の様子を見ておくしかない。
(全く、あの異世界人はどこまで俺等をおちょくればいいのか。そもそも、魔王城で消えるとは何事だ。スパイを送り込んだとか言って魔族と人間の戦争でも起こしたいのか。)
魔王があの女がいないことに興味を示さないから良かったものの…何かあったらどうしてくれるというのか。
「我が妃の回復を祝うために急いできてくれたこと、感謝しよう。まさか急ぐあまり伝令より早く着くとはな。」
「まことにすみませんでした。そして最後になりますが、長らく伏せっておられたお妃様の体調がご回復されたお祝いに僅かですが手土産を。」
「まぁ。」
「ほう?」
「こちら、お妃様のお好きなワインでございます。」
「確かに、これは親交のある人間の国からよく取り寄せているものだな。」
「陛下、今飲んでもよろしいでしょうか。」
「許可したい気持ちはあるがダメだ。そなたはまだ本調子ではないだろう。部屋でゆっくり飲みなさい。」
「はい。」
指示される前に魔王の従者がスッと出てきてワインボトルを回収して部屋から出ていく。
「人間の従者たちは視界が良好でなければならないので普段は目隠しを外させるのですが、魔族は違うのですか?」
「あぁ、目に状態異常を付与できる力を持つ者も居るからな。」
「なるほど。いやはや、あんなふうに空気の読める者がいるとは。私も侍従に欲しいくらいですな。」
「またまた。」
魔族側の扉の近くに居た1人も出ていく。この国に雇われてしばらく。何回かこうして会談の護衛にもなったこともある。だが、こうも出入りが活発な会談はあまり見たことがない。トラブルだろうか。
「団長、少し外す。」
「やめんかバカ。」
「トイレ。」
「……。」
ほら見たことか。隣の短気なゼヴァンが真似し始めるだろう。危険な場所に赴くときには重宝する人材なのは間違いないのだが他がな……。
見回せばピリリとした空気は無くなり、今は少し活気づいた謁見室。騒ぎ始める前にバレないように出すのもいいか。
「わかった。すぐ帰ってこいよ」
「……。」
出ていくのを見届け前を向き直す。
(……、まさか本気でトイレなのか?トイレって、ゼヴァンまさか来賓棟まで戻るつもりか?)
✴✴✴
「……。」
(この世界には12歳の私がいる。私は消えるべきだ。)
1週間、考えていたことだ。私が過去に戻ったなら、そのときの私がどこかで生きているはず、と。
(12才か。近所の酒場で見習いをし始めた頃かな。)
ツィーシェはワインボトルを開けて、そのまま飲み始める。
(魔王の妃が気に入った品。本来はさぞかし美味い酒だったであろうに。)
ゼヴァン達使節団一行と別れた私は一回目の時の記憶を頼りにあの隠し通路この隠し部屋を利用し使節団の団員が隠し持っていた毒入りワインの証拠を集めた。ただし送る品なだけあって警備もしっかりしている。私が事前に持ち去って使節団の奴らに騒がれてはまずい。だからこうして侍従に紛れ込んだわけだ。
「まぁこれで、お妃様が人間の手で死ぬことはないだろう。」
「貴様、何をしている。」
「!?」
後ろを振り返ると、会談の部屋を出る前に私を睨みつけていた従者がそこに居た。
「人間側から妃様に送られたものをたかが従者が飲むなど、許されることではないぞ。」
「許されたいとは思わないぞ。これが正しい道だ。」
「お前、メイド長に突き出してくれる」
「かまわない。突き出してくれ。」
「少しは反省の態度を見せんか!?」
「私を処罰するならとっとと処罰しろ。ほら、処罰しないのかい?」
「くっそ、生意気な!!」
「お前何言ってんの?」
「ゼヴァン?」
「貴様、人間側の使者の……。」
「この獲物俺に譲れ。」
「は?何を言う」
「死にたくないならさっさと失せろ。コイツ死神だぞ?」
「ヒュッ!?」
死神の恐ろしさは魔族にも有効なのだろうか。従者は私とゼヴァンを何回か見比べると走って去っていった。
「……。」
「あんた、ただうまい酒飲むためにあんなことしたわけじゃねぇだろうな?」
「久しぶりだなゼヴァン。元気だったか?」
「会話しろ会話。」
「そうだ。勝負しようゼヴァン」
「は?」
「結局あの日中断して以来勝負していないだろう。」
「……、そういえばそうだな。」
ゼヴァンは怪訝そうな目をこちらへと向けたが勝負に乗ってくれたらしい。
「コインが落ちたら勝負開始。いつも通りのルールでいこう。」
「あぁ。」
私はコインを宙に投げる。コインはくるくると回転しながら宙を舞い、そしてすぐに地面に落ちた。
ゼヴァンはいつも通りその手に握る得物で殴りかかってくる。
だから私はいつもと違う動きをしてみる。
「……はぁ!?」
武器を地面に落として両手を広げれば、拍子抜けしてバランスを崩したゼヴァンが飛び込んでくる。そこを逃さず、腕と胸ぐらを掴んで思い切り地面に叩きつけた。
「おい、何のつもりだ?」
「最初のルール決める時に格闘術を禁止されたわけじゃなかったからね。」
「チッ。」
「これで28勝28敗37引き分けだな。わっはっは!!」
私は力が抜けてゼヴァンの上に倒れ込んでしまった。いや、足がしびれて立っていられなくなったと言ったほうが正しいか。どうにか移動してゼヴァンの横に寝転がる。
「あ、指もヒリヒリしてきたな。一応戦場に出る前に訓練で毒の耐性をつけていたはずなのだが、どれほど強い毒なのだろうか。」
「毒ぅ?」
「このワインにはね、実は毒が仕込まれていたんだ。その毒を飲んだ妃は死んだ。それを嘆いた魔王は人間を滅ぼそうとして、人間に戦争を仕掛けた。」
「変なことを話す前に解毒薬を」
「周りの国はどんどん巻き込まれていって、ひたすら敵を倒すだけの地獄のような日常がやってくる。」
未来が変わったからか、首を絞めるような感覚が私を襲うことはもうなかった。
「小さな国に、名付けもされず親に捨てられた孤児がいた。懐事情と心の温かい街の人達に助けられてなんとか生きていた。でも、街が魔物に襲われて、その人たち全員が亡くなった。彼女は志願兵として前線で戦った。やがて彼女は戦場を駆ける戦姫として国中に知れ渡った。皆が戦姫の出自を哀れんだ。宝石やドレスを贈ってあげた。でも、誰一人として彼女の心から望むものを与えてはくれなかった。」
「望むものだぁ?ンなもん自分で手に入れりゃあいいじゃねえか。」
「それだけは、自分だけでは決して手に入れられないものなんだ。」
こんなつまらない語りを彼が大人しく聞くと思っていなかった。思い返せばいつもそうだった。細かなところに彼の人の良さがにじみ出ている。そんな彼の人柄を私は好んでいる。
「彼女は争いを終わらせた。彼女の命と引き換えに。確かに彼女は死んだ。でも、彼女はなぜか生きていた。知らない世界に来たと思ったんだ。そこで、彼女に……、私に、私が切望してやまなかったものをくれた人がいた。君だゼヴァン。君は名無しの私にツィーシェという名前をくれた。」
「…。」
顔を上げればゼヴァンは、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「どうした……あぁなるほど、麻痺毒で感覚がないのかと思ったらそもそも足が消えていってるんだな。ゼヴァンが変な顔をするのも納得だ。待てよ?じゃあわざわざ毒入りワインを私が飲む必要は無かったわけか。」
足の先から小さな光の粒子となり、パラパラと崩れ去っていく。
「急激に体力が吸われて…」
「黙れ。状況解説いらねぇから体力の温存をしろ。」
「おや?ゼヴァン、まさか驚いたのではなく怒ってるのかい?」
ゼヴァンは私を抱きかかえると魔王城の方角へ走り出す。
「私を助けようとか考えてくれているのか?ならやめてくれ。解毒できても身体が消える。何らかの方法で身体が消えなくなってもきっと失った部位は戻ってこない」
「黙れって言ったのが聞こえてねぇのか?」
聞いたことのない低い声。私は余程彼を怒らせたようだ。
「私は君に無駄な抵抗はよせと言っている。君こそ私の言ったことが聞こえていないじゃないか。」
彼が何にそんなに激しく怒るのかわからない。毒を飲んだこと?身体が消えること?彼の発言を無視したこと?同じ力量の人間が彼の前から消えること?
悩む間にも私の身体の崩壊は進み、あっという間にへそから下が消えた。
「止まれゼヴァン。この状態で戻っても何も解決しない。分かってるだろう。」
「…。」
「黙り込まないでくれ。こんな状況だが、君が焦る程度に気に入られていたと知れて私は嬉しいぞ。」
「ぅるせぇ……。」
今度はひどく弱々しい声だった。
「安心しろ、ゼヴァン。私たちは元の日常に戻るだけだ。」
「この状況で何言ってんだ。」
「それに、私が消えても私は死んだわけじゃないからな。」
「は?」
「これは成仏だ。」
「やっぱ死んでんじゃねぇか。」
ゼヴァンはハァとため息をついてその場に座った。私の粘り勝ちのようだ。
「最期に君の目を見てみたい。」
「はぁ?」
「ダメだったか?」
「いや。いい。」
昔感覚を研ぎ澄ます訓練のために付けてたのを癖で続けてるだけだ。そう言いながら彼はバンダナを外した。
「お前の目はこんなにも綺麗なんだな。」
「…。」
私は彼の目元を指でなぞり、その指が消えていったことで本当に最期なのだと悟った。
「麻酔の効果、もしかしなくてもこの消滅現象に負けて消えたな。」
「…今更かよ。いつもの饒舌が消えてねぇ時点で気づけ。」
「私はまだまだ君と話したいから好都合だ。」
「そうかよ。」
視界がぼやけていく。
「君は結局私を名前で呼んでくれたりはしなかった。名前も、そのとき必要だったからてきとうに付けただけだったんだろう。でもね、私にとって名前をつけられるということは、存在を認められるのと同じことなんだよ。」
「……。」
「ありがとう、ゼヴァン。私は君と出会えて本当によかったと思うよ。」
「……。」
ゼヴァンが何かを言ったが、それが私に届くことはなかった。
✴✴✴
「嬢ちゃん、酒を頼む!!」
「俺にも!!」
「果実水が欲しいです……。」
「わかりました。少々お待ちください!!」
私は調理場に戻り注文を店主に伝え、次の机へと走った。
(隣国で発生した迷宮災害を数日で終結させたと言われる流れの傭兵団。そんな人たちが今この酒場にいるなんて信じられない……。)
彼らのリーダーが昼間に突然来て、「今夜店を貸し切っていいだろうか?それなりに払う。」といったそうな。前金を見た店主夫妻は大喜び。休みだった手伝いも呼び寄せて、近くの食材屋を走り回って、万全の準備を整え彼らを出迎えて、今に至る。
「お前さんこれを運んでおくれ!!」
「はい!!おかみさん今行きま、ギャー!!」
「ブハッ!!」
突然首根っこを掴まれ私は叫び声を上げた。自分よりも大きくてゴツゴツとしているその手を振りほどこうと頑張るものの、ひ弱な私が勝てるわけがなかった。
「やめてください!!」
「そうだぞゼヴァン。女の人に何してんだよ。」
「ゼヴァンさんに酔われると誰もとめられないんですよ!!」
「るっせぇな。外野は黙ってろ。ツィーシェ、お前なら簡単に振りほどけるだろ?」
「誰かと間違えてますよ?私はツィーシェでは……」
精一杯後ろを振り返り、私の首をつかんできた人を確認する。
頭には目まで覆い隠すバンダナ。褐色の肌。物語に出てくる砂漠の民族のような服。なじみの冒険者と比べると筋肉が目立つわけではないが、それでも十分がっしりしている。
「いや、ツィーシェはお前だ。」
私の言葉を遮るように重ねられるツィーシェという名前。それは私に無いはずの記憶を呼び起こした。
「おいゼヴァン。可憐な少女に何してくれるんだ。」
「思い出したならあとで勝負するぞ。」
「無理だ。」
「はぁ?」
「仕方ないだろう。今の私の体力はあの頃に比べると無いに等しいんだよ。なんせまともに鍛錬をしていないからな。」
記憶はその手の解き方を知っている。だが、肉体がそれについていけない。
「え、ゼヴァンさんこの嬢ちゃんと知り合いだったんですか。」
「パッジ、見てない間に立派になったな。」
「えぇ!?」
癖っ毛の金髪は短く整えられ、身長も私よりも大きくなったパッジは本当に私のことを覚えていないようだ。
(私も今の今まで忘れていたからな。逆に何でゼヴァンは私のことを覚えているんだ。)
「ちょいとお前さん、早くしてくれよ。」
「承知したぞ女将さん。」
「あんた急にどうしたんだい?」
「私はこれからツィーシェという名前を名乗ることにするよ。」
「急に何を言い出すんだい。」
「ゼヴァン。」
私は後ろを向いた。
「仕事のないときは鍛錬を積むことにする。前と同様に、それ以上に剣を振れるようになったとき…、そのときは勝負をしよう。私が勝ってやる。」
「ハッ」
彼の口が愉悦を示すように歪められた。
「待っててやる。だからもう消えんなよ。」
「……あぁ。」
ここまで読んでいただきありがとうございます。




