番外編 【特別講義】アルカディア流・生存と効率の絶対教本
季節は夏から秋へと移ろい始めていたが、東京の熱気は冷めることを知らない。
むしろ、その熱源はダンジョンゲート周辺から、ある一つの場所に集約されつつあった。
港区ミッドタウン・タワー。
世界最強のギルド「アルカディア」が拠点を構える、この摩天楼の一角にある大会議ホール。
普段は企業の株主総会や国際会議に使われる、その広大な空間は、今、定員を遥かに超える一〇〇〇人以上の探索者たちで埋め尽くされていた。
彼らの目は一様に真剣であり、手にはメモ帳やタブレット、そして録音機器が握られている。
彼らがここに集まった理由は、ただ一つ。
本日開催される、『アルカディア主催・第一回公式初心者講習会』を受講するためだ。
受講料は五万円。
決して安くない金額だが、チケットは販売開始から、わずか数秒で完売した。
なぜなら、講師を務めるのが、あの八代匠の薫陶を受けた「アルカディアの主力メンバー」たちだからだ。
壇上の照明が点灯する。
ざわめきが、波が引くように静まり返る。
ステージ中央に立ったのは、頼りなげな青年――ではなく、数多の修羅場を潜り抜け、今や「第三部隊」の長として、数百人の部下を率いる男、結城旭だった。
「――えー、本日はお集まりいただき、ありがとうございます」
旭の声がマイクを通して、ホールに響く。
かつてはブラックギルドを追放され、おどおどしていた彼の姿は、もうない。
その背中には、彼を信じてついてくる仲間たちの「絆」という名のバフがかかっている。
「これより、初心者講習会を始めます。
講師を務めさせていただきます、アルカディア第三部隊長の結城です。
そして特別講師として、当ギルドのトップチームから、田中さん、リンさん、乃愛さんにお越しいただきました」
紹介と共に、三人の英雄がステージに現れる。
「鉄壁の要塞」田中。
「神速の双剣」リン。
「殲滅の賢者」乃愛。
会場からどよめきと、割れんばかりの拍手が巻き起こる。
彼らは現代のスターだ。
だが彼らは、愛想を振りまくために来たのではない。
これから戦場へ向かう雛鳥たちに、生き残るための「武器」を授けるために来たのだ。
◇
「さて、前置きはこれくらいにして、早速始めましょう」
旭が手元のクリッカーを押し、背後の巨大スクリーンにスライドを表示させる。
そこに映し出されたタイトルはシンプルだ。
『死なないための準備 ~装備とポーションとスキルジェム~』。
「まず、ダンジョンに潜る前に用意すべき『三種の神器』があります。
それは、『装備』『ポーション』『スキルジェム』です。
『そんなの知ってるよ』と思った方。……本当に理解していますか?」
旭の言葉に、会場の空気が引き締まる。
「まずは『装備』について。
ここからは、当ギルドが誇るメインタンク、田中さんに解説をお願いします」
バトンタッチを受け、田中が重厚な足取りで前に出た。
彼が身につけているのは、伝説のセット装備【深淵の守護者】シリーズだ。
その威圧感だけで、説得力が違う。
「えー、田中です。
私からは、『身を守るための装備構成』についてお話しします」
田中は自身の体を指し示した。
「皆さんは、自分がいくつの装備を身につけられるか、正確に把握していますか?
右手、左手、鎧……それだけじゃありません。
正解は、『合計10部位』です」
スクリーンに人型のシルエットが表示され、10箇所のスロットが光る。
1.メインハンド(武器)
2.オフハンド(盾、または二刀流武器)
3.頭部(兜、帽子)
4.胴体(鎧、ローブ)
5.手(籠手、グローブ)
6.足(靴、ブーツ)
7.首
8.指輪1(リング)
9.指輪2(リング)
10.腰
「この10箇所、全て埋めていますか?
『指輪なんて飾りだろ』とか、『ベルトはズボンが落ちなきゃいい』なんて思っていませんか?
それは大きな間違いです」
田中は力を込めて言った。
「特にアクセサリー類……指輪2つと首輪、そしてベルト。
これらは防御力(アーマー値)こそ低いですが、HPや耐性を稼ぐための『最重要パーツ』です。
アルカディア流の装備選びの鉄則は、こうです。
『攻撃ステータスよりも、まずは耐性とライフを確保しろ』」
会場のメモを取る音が、雨音のように響く。
「例えば、攻撃力が50上がる指輪と、火炎耐性が30%上がる指輪があったとします。
初心者の皆さんは、迷わず攻撃力を選びがちです。
ですが、ダンジョンで死ぬ原因の第一位は、『属性攻撃による即死』です。
耐性がなければ、ファイアボール一発で炭になります。
ですが耐性を75%(キャップ)まで積めば、4分の1のダメージで済む。
つまり、生存時間が4倍になるんです」
田中の説明は具体的で、実体験に基づいているため、重みがある。
「10部位すべてを使って、パズルを組み立てるんです。
頭で火耐性を稼ぎ、指輪で氷耐性を稼ぎ、胴体でHPを盛る。
攻撃ステータスを伸ばすのは、死なない体が出来上がってからです。
生きていれば、いつか敵は倒せます。
でも死んだら、そこで終わりですからね」
◇
「田中さん、ありがとうございました。
次は、生命線となる『ポーション』についてです。
これについては、スピードスターのリンさんにお願いしましょう」
旭の紹介で、リンが軽やかにステージ中央へ躍り出た。
彼女の腰には、色とりどりの液体が入ったフラスコが、ジャラジャラと吊り下げられている。
「はーい、リンでーす!
みんな、ポーション飲んでる?
ケチって、死にかけてない?」
彼女の明るい口調に、会場の空気が少し和らぐ。
「さて基本中の基本だけど、ポーションには『ライフ(HP)』と『マナ(MP)』の二種類があります。
赤いのがライフ、青いのがマナね。
グレードによって回復量は違うけど、初心者のうちは『巨大なライフフラスコ』あたりを持っておけば安心かな」
リンは腰から赤いフラスコを取り出し、観客に見せた。
「でね、ここからが重要!
未だに勘違いしてる人がいるんだけど……ポーションは『使い捨て』じゃありません!
本体は、この『瓶』の方なの!」
彼女はフラスコを振ってみせた。
「中身の液体は、ダンジョン内でモンスターを倒した時や、ポータルを潜った時に、空気中の魔素を吸収して『自動補給』されます。
つまり、実質飲み放題!
だから『もったいない』なんて思わずに、ちょっとでもHPが減ったらガブガブ飲んで!
死んだら、ポーションも飲めないよ?」
会場のあちこちから、「へぇー」という声が漏れる。
やはり、使い捨てだと思って温存してしまう初心者は多いのだ。
「それと裏技……っていうか常識なんだけど。
ポーションが尽きたら、どうする?
『歩いて回復を待つ』? ブブーッ、不正解!
正解は、『ポータルの巻物を使って、一度入り口に戻る』です!」
リンはビシッと指を立てた。
「ポータルをくぐれば、フラスコの中身は一瞬で満タンになります。
だからピンチになったら、迷わずポータル!
初心者は、『困ったら、とりあえずポータルで逃げる』!
これをテストに出すから、覚えておいてね!」
逃げるは恥だが役に立つ、どころではない。
逃げることこそが、最強の生存戦略なのだ。
「さて、ここまでは基本の『回復フラスコ』の話。
でもね、上級者を目指すなら、回復以外の『ユーティリティ・フラスコ』を使いこなさなきゃダメ!」
リンは腰のベルトから、赤や青とは違う色のフラスコを次々と取り出した。
「ポーションには、飲むだけで一時的にステータスを爆上げしてくれる、ドーピングアイテムがあるの。
代表的なものを紹介するわね」
スクリーンに、美しいフラスコの画像と効果一覧が表示される。
1.ダイヤモンドフラスコ
効果:クリティカル率が100%増加する。
解説:火力を出したいなら、これ! 会心の一撃が出まくるよ!
2.ルビーフラスコ
効果:火炎耐性+40%、火炎耐性の最大値+5%。
解説:火を吹くドラゴンと戦う時の必需品! これ飲んでれば熱くない!
3.サファイアフラスコ
効果:冷気耐性+40%、冷気耐性の最大値+5%。
解説:凍結防止にも役立つ、クールな一本。
4.トパーズフラスコ
効果:電撃耐性+40%、電撃耐性の最大値+5%。
解説:ビリビリする攻撃もへっちゃら!
「属性耐性の最大値+5%っていうのがミソね。
普段75%カットのところを、80%カットにできる。
たった5%? ノンノン。被ダメージで言えば、20%も減る計算になるのよ」
リンが得意げに解説する。
そして声を一段張り上げた。
「で! 初心者の皆さんに、私が個人的に『絶対に持っておけ』とオススメするのが、次の3つ!」
ドンとスライドが切り替わる。
【オススメ1:水銀のフラスコ】
効果:移動スピード40%増加。
リンのコメント:「足の速さは命の速さ! 逃げる時も、敵に近づく時も、移動が速いだけで世界が変わるわ。これ無しじゃ、ダンジョン歩けない体になっちゃうかも?」
【オススメ2:アメジストフラスコ】
効果:混沌耐性+35%。
リンのコメント:「カオス属性は防具で稼ぎにくいのに、食らうと毒みたいにHPを直接削ってくる、厄介な攻撃。このフラスコ一本で対策できるなら、安いもんでしょ?」
【オススメ3:シルバーフラスコ】
効果:『猛攻』を付与する。
(移動速度、攻撃速度、詠唱速度が全て20%増加)
リンのコメント:「全部、速くなる! 単純に強い! 水銀フラスコと合わせて使えば、あなたは風になれるわ!」
「この3つは、どんな職種の人でも腐らない、鉄板フラスコよ。
お店で見かけたら、迷わずゲットしてね!」
◇
「リンさん、熱い解説ありがとうございました。
さて、ここで少しテクニカルな話をしましょう。
『ポーションを飲むのが面倒くさい』『戦闘中に飲むのを忘れてしまう』。
そんな悩みを持つ方への解決策です」
旭がバトンを渡したのは、知性派の乃愛だ。
彼女は眼鏡の位置を直し、教鞭を握った。
まるで大学の講義のような雰囲気が漂う。
「皆さん、こんにちは。乃愛です。
私からは、『ポーションの自動化』について、お話しします」
会場がざわつく。
自動化? そんなことができるのか?
「リンさんが紹介したユーティリティ・フラスコ。
効果は強力ですが、効果時間は5秒~8秒程度と短めです。
戦闘中、絶え間なく効果を維持しようとすれば、数秒おきにベルトの瓶をあおらなければなりません。
……ハッキリ言って、邪魔ですよね?」
参加者たちが頷く。
剣を振るいながら、ジュースを飲むようなものだ。隙だらけになる。
「そこで登場するのが、このアイテムです」
乃愛がスクリーンに映し出したのは、淡い光を放つ宝珠だった。
【注入のオーブ】
「これはフラスコに、特殊な『エンチャント(付与効果)』を与えるための消費アイテムです。
これを使うことで、フラスコに『特定の条件を満たした時、自動で使用される』というプログラムを組み込むことができます」
「ええっ!?」
「飲んでないのに、飲んだことになるのか!?」
驚きの声が上がる。
それは魔法というより、プログラミングに近い概念だ。
「例えば、『チャージが満タンになったら使用する』というエンチャント。
これを水銀フラスコやシルバーフラスコに付けておけば、どうなるでしょう?
敵を倒して、フラスコの中身が溜まった瞬間、勝手に発動します。
つまり、敵を倒し続けている限り、皆さんは『勝手に加速し続ける』状態になります。
飲む必要すらありません」
「すすげぇ……」
「そんな便利な機能があったなんて……」
「他にも、『毒状態になった時に使用する』『出血した時に使用する』という条件設定も可能です。
これをアメジストフラスコや、状態異常回復効果のあるフラスコに付けておく。
そうすれば、毒の罠を踏んだ瞬間に、反射神経に関係なく自動で解毒されます。
まさに『命を守る自動防衛システム』です」
乃愛はポインターで強く示した。
「上級者は、ほぼ全員がこの『自動化』を行っています。
ユーティリティ・フラスコは、手動で飲むものではありません。
装備の一部として、勝手に発動させるものです。
オーブは少し高価ですが、快適性と生存率を考えれば、絶対に投資すべきポイントですよ」
◇
「乃愛さん、ありがとうございました。
さて、装備で守りを固め、ポーションで身体を強化しました。
最後に必要なのは……『攻撃手段』です」
旭が再び前に出る。
彼は懐から、キラキラと輝く宝石のようなものを取り出した。
赤、緑、青。
色とりどりの結晶体。
「『スキルジェム』です。
未だに武器をただ振り回して、『素殴り』をしている方……いませんよね?
もしいたら、それは今日で卒業してください。厳禁です」
旭の口調が少し厳しくなる。
「この世界において攻撃力とは、腕力のことではありません。
『スキルの倍率』のことです。
素殴りの威力倍率は100%。
ですがスキルジェムを使えば、最初から150%、200%の威力が出せます。
さらに範囲攻撃や特殊な効果も付随する。
使わない手はありません」
彼はジェムを掲げた。
「使い方は簡単です。
ステータス画面を開き、スロット(穴)に、このジェムを嵌め込むだけ。
それだけで、あなたの体は魔法や必殺技を放つ回路と繋がります。
現在は供給も安定しており、基本的な攻撃スキルなら1個10万円程度で購入できます。
F級魔石3個分です。
まずは、これを買いましょう。話はそれからです」
そして旭は、補足として成長システムについても触れた。
「レベルが上がると、皆さんは『強くなった』と感じるでしょう。
ですが、数字として何が貰えるのか、正確に知っていますか?
レベルアップ1回につき、
『ステータスポイント5』と『パッシブスキルポイント1』が手に入ります」
スクリーンに、巨大な星図のようなパッシブツリーが表示される。
「ステータスポイント(筋力・敏捷・知力)。
これは主に、『装備の要求値を満たすため』に使ってください。
強い鎧を着るには筋力が必要です。
強い杖を持つには知力が必要です。
むやみに振るのではなく、着たい装備に合わせて振るのがコツです」
「対して、パッシブスキルポイント。
これは、『キャラクターの個性を伸ばすため』に使います。
HPを増やす、剣の威力を上げる、魔法の範囲を広げる……。
この1ポイントの積み重ねが、あなただけの最強ビルドを作ります。
どのノード(星)を取ればいいか分からない?
そんな時は、アルカディアのブログを参考にしてください。
うちのマスターが夜なべして書いた『鉄板ビルド集』が載っていますから(笑)」
会場から笑いが起こる。
八代匠のブログは、今や彼らにとっての教科書だ。
「……さて、長くなりましたが、本日の講義は以上です」
旭は講義を締めくくった。
彼は会場の一人一人の目を見るように、ゆっくりと語りかける。
「どうですか?
今まで『なんとなく』でやっていたことが、クリアになったんじゃないでしょうか。
装備を整え、ポーションを自動化し、スキルをセットする。
これだけで、皆さんの生存率は劇的に上がります」
彼は力強く拳を握った。
「ダンジョンは危険です。
ですが、正しい知識と準備があれば、決して攻略不可能な場所ではありません。
どうか『安全重視』で。
生きて帰るまでが探索者の仕事です。
皆さんの武運を祈ります!」
「「「ありがとうございました!!!」」」
田中、リン、乃愛も並んで一礼する。
万雷の拍手が、ホールを包み込んだ。
受講生たちの顔には、来る時のような不安はなく、早くこの知識を試したいという希望と興奮が満ち溢れていた。
◇
その様子を、会場の最後列、関係者席の暗がりから見つめる男がいた。
八代匠だ。
彼は満足げにコーヒーを飲み干し、口元を緩めた。
「……よく育ったもんだ。
あいつらに任せておけば、日本の探索者のレベルは底上げされるだろうな」
これでまた市場が活性化する。
ポーションの売上が伸び、注入のオーブが高騰し、スキルジェムが取引される。
すべては、アルカディアの、そして俺の利益になる。
「さて、先生役は彼らに任せて……俺は『校長先生』として、次のビジネス(教材)でも用意するとしますか」
八代は音もなく席を立ち、影の中へと消えていった。
知識という種は撒かれた。
あとは、それが黄金の実をつけるのを待つだけだ。




