第57話 星を継ぐ者たちの密約、あるいは守護者たちの結成
世界が「深淵の守護者」シリーズの話題で持ちきりになっている頃、俺は表舞台から姿を消し、地球上で最もセキュリティレベルが高いとされる場所――アメリカ某所にある地下シェルターの特別会議室にいた。
壁は防音どころか、魔力すら遮断する特殊合金製。
電子機器の持ち込みは一切禁止。
同席しているSPすらいない、完全なる密室。
この部屋にいるのは、たったの三人だけだ。
アメリカ合衆国大統領。
日本国内閣総理大臣。
そして、アルカディアの八代匠。
重苦しい沈黙が部屋を支配している。
世界の頂点に立つ二人の権力者が、固唾を飲んで俺を見つめていた。
彼らの顔には、これから語られる内容への緊張と、俺という未知の存在への信頼が入り混じっていた。
「……さて、忙しい中、こうして集まってもらったのには理由があります」
俺はミネラルウォーターを一口含み、喉を潤してから切り出した。
「いくつか、人類の存亡に関わる話をしなければなりません。
まずは以前から少し触れていた、『スタンピード(魔物の氾濫)』についてです」
大統領が眉を動かした。
彼は俺の以前の警告を覚えていたようだ。
「ミスター・ヤシロ。君は以前、それが起こる可能性があると言っていたな。君の『鑑定』能力で、その時期が分かったのか?」
「ええ。そろそろ準備が必要です」
俺はテーブルの上に世界地図を広げた。
そこには、ダンジョンが発生したものの政府の方針で封鎖されている国々が、赤くマーキングされている。
「ダンジョンというものは、生き物のようなものです。
内部で魔物が生成され続けますが、探索者がそれらを定期的に『間引き』しない場合、内部の魔素濃度が臨界点を超えます。
飽和したダンジョンはどうなるか?
……溢れるんですよ、外に」
総理大臣が息を呑んだ。
コップを持つ手が微かに震えている。
「溢れる……それはつまり、ダンジョンの外、我々の住む都市部に魔物が出てくるということかね!?」
「その通りです。これをスタンピードと呼びます」
俺は地図上の赤い国々を指でなぞった。
「アメリカや日本のように、国策としてダンジョン攻略を進めている国は安全です。内部の魔物は常に狩られ、バランスが保たれている。
ですが、それ以外の国――ダンジョンを危険視して封鎖し、誰も潜らせていない国々のF級ダンジョンは、今まさに限界を迎えようとしています」
「なんてことだ……!!」
大統領が拳をテーブルに叩きつけた。
「裏でこっそり潜っている一部の国を除けば、世界中のF級ダンジョンが一斉に火を噴くということか?
そうなれば、軍隊を持たない小国や、対応が遅れている地域は壊滅するぞ!」
「ええ。市民生活の真ん中に、ゴブリンやオークの群れが雪崩れ込んでくる。
まさに地獄絵図でしょうね」
俺は淡々と事実を告げた。
二人の顔面から血の気が引いていく。
世界のリーダーとして、自国民だけでなく他国の惨状を想像して戦慄しているのだ。
だが俺は、ここで不敵な笑みを浮かべてみせた。
「ですが、慌てる必要はありません。
相手は所詮、F級ダンジョンです」
「……なに?」
「F級から溢れるのは、せいぜいレベル1から5程度の雑魚ばかり。
今の我々からすれば、赤子の手をひねるようなものです」
俺は二人の顔を交互に見据え、力強く断言した。
「探索者を向かわせれば完封できます。
作戦はこうです。
現在、世界最強の戦力を誇るアメリカの600万人、そして日本の400万人――合計1000万人の探索者を総動員し、全世界に配備します」
「1000万人を……海外展開させるというのか!?」
「そうです。スタンピードが発生するその瞬間に、彼らを現地のダンジョン前に待機させておく。
溢れ出てきた魔物を、その場で殲滅するんです。
これは災害じゃない。
我々にとっては、向こうから勝手に出てきてくれる『ボーナスステージ』ですよ」
俺の言葉に、大統領と総理が顔を見合わせた。
危機を好機に変える。
その発想の転換に、彼らの政治家としての脳が高速で回転し始める。
「なるほどな……。
『スタンピードが起きる可能性がある』という情報をリークし、各国政府を説得、あるいは強硬手段を用いてでも探索者の入国と配備を認めさせる。
そして実際にスタンピードが起きた時、日米の探索者がそれを完璧に防いでみせると」
「ええ。このタイミングで、アメリカと日本が『世界を救った』という揺るぎない実績を作るんです」
俺は頷き、さらに畳み掛ける。
「そして、その実績を背景に新たな組織を設立します。
『国際公式探索者ギルド』。
アメリカと日本が主導し、世界各地のダンジョンを一元管理する機関です」
「国際公式探索者ギルド……」
総理が、その言葉を反芻する。
「そこは単なる互助組織ではありません。
ダンジョンの攻略権、資源の配分、そしてスタンピードの予知と防衛。
それら全てを握る、この世の全てに頂点する最強の組織でなければなりません!
国連よりも強く、軍隊よりも迅速に動ける、地球防衛機構としての側面を持たせるのです」
壮大な構想だ。
だが今の我々には、それを実現するだけの力と金(魔石)がある。
日米が手を組み、1000万人の探索者を動かせば、世界中のどの国も文句は言えない。
大統領が深く椅子に背を預けた。
彼の眼光は鋭く、俺の真意を探るように光っている。
「……素晴らしい提案だ、ミスター・ヤシロ。
君の言う通りにすれば、世界の治安は守られ、日米のリーダーシップは盤石なものになるだろう。
だが」
彼は言葉を切り、俺の目を真っ直ぐに見た。
「わざわざそんな国家を超越した強大な組織を設立するということは……まだ何かあるのかね?
単なるF級のスタンピード対策だけなら、ここまでの組織図は必要ないはずだ」
さすがは大統領だ。勘が鋭い。
俺は表情を引き締めた。
ここからが本番だ。政治や利権の話ではない。
もっと根源的な、この世界の「理」に関わる話をする。
「……ええ。ご明察です」
俺の声色が変わり、室内の空気が一段と冷え込んだのを察したのか、二人の背筋が伸びる。
俺はこれまで誰にも――アルカディアのメンバーにすら話していない、深淵の知識を口にした。
「F級のスタンピードなど、序章に過ぎません。
全世界の探索者を総動員しても倒せない『ワールドボス』クラスの出現。
上位ダンジョンからの氾濫。
そして何より……『アーティファクト』の存在です」
「アーティファクト?」
「はい。日本やアメリカのダンジョンの隠しエリア、あるいは今後開放される深層から産出される古代の遺物です。
これらは、ただの便利な魔法道具ではありません。
ダンジョンの神秘は、人間の想像を遥かに超えます……」
俺は記憶にある、いくつかの「禁忌」に触れるアイテムを挙げた。
「例えば、星の軌道をずらし、物理的に大陸一つを消し飛ばす『聖剣』。
あらゆる因果律を無視し、投げれば必ず心臓を貫く『槍』。
死者を蘇生させ、アンデッドの軍団を作り上げる『冥府の鈴』。
魂そのものに命令を刻み込み、所有者が永遠に民衆を統治することを可能にする『王冠』。
そして、時を支配し、過去改変すら可能にする『時計』……」
語るたびに、二人の顔色が蒼白になっていく。
それは兵器の範疇を超えている。
核兵器すら児戯に思えるほどの、神の権能そのものだ。
「そんなものが……実在するというのか?」
総理の声が掠れる。
「実在します。そしてそれらは、遠くない未来、地上に現れるでしょう。
もしそんなものがテロリストや悪意ある独裁者の手に渡ったら?
あるいは制御不能になって暴走したら?
国家という枠組みなど、一瞬で崩壊します」
俺はさらに言葉を重ねる。
「そして、それらを使用しても倒せない『敵』も存在します。
我々『秩序』側の勢力には、敵が多すぎるのです。
ダンジョンの奥底に潜む邪神、異次元からの侵略者、あるいはシステムそのものの歪み……。
なんとかして、この世界の秩序を保つ必要があります」
俺はテーブルに手をつき、身を乗り出した。
「これは全て秘密です。
一般市民が知れば、パニックどころか発狂して、社会が崩壊するでしょう。
だからこそ、力ある組織が必要なんです」
俺は二人の目を見て、真摯に訴えかけた。
「大統領、総理。
貴方達はいずれ、任期を終えて引退するでしょう。
ですが引退して、『はいさようなら』では困るのです。
貴方達には、これから設立する『国際公式探索者ギルド』のトップとして、あるいは影の理事として、世界の安定を守り続けてもらう必要があります」
これは政治家への依頼ではない。
同じ秘密を共有し、同じ絶望的な未来に立ち向かう「同志」への勧誘だ。
「俺も協力します。俺の知識、俺の力、すべてを提供します。
だから……なんとかこの世界を保ちましょう。
人間の尊厳と日常を守るために」
長い長い沈黙が降りた。
空調の音すら聞こえない静寂の中、二人の指導者は何かを噛み締めるように目を閉じていた。
彼らが背負っているのは、自国の国益だけではない。
これからは地球という星そのものの命運を背負うことになるのだ。
やがて大統領が、ゆっくりと目を開けた。
その瞳に迷いはなかった。
「……分かった。大切な話をありがとう、ミスター・ヤシロ」
彼は立ち上がり、俺に右手を差し出した。
その手は大きく、熱かった。
「全面協力しよう。
合衆国の全力を挙げて、その計画を遂行する。
私は……いや我々は、国家の枠を超えて、この世界を維持する『守護者』となることを神に誓おう」
総理もまた、決意に満ちた表情で立ち上がり、俺の手を、そして大統領の手を握りしめた。
「日本も同じです。
この美しい世界を、理不尽な力で終わらせるわけにはいかない。
八代君、君が背負っていた重荷を、これからは我々も分かち合おう」
三つの手が重なり合う。
それは歴史の教科書には決して載らない。
しかし人類史上で最も重要な同盟が結ばれた瞬間だった。
「ありがとうございます……!」
俺は頭を下げた。
これで勝てる。
来るべき破滅の未来に対して、人類は初めて「対抗策」を手に入れたのだ。
密室での会議は終わりを告げた。
だが俺たちの戦いは、ここからが本番だ。
世界を巻き込む大芝居――「スタンピード迎撃作戦」と「ギルド設立」。
その準備に向けて、俺たちは動き出した。
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