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第9話 摩天楼の城塞と、一〇〇〇万の首飾り

 季節は巡り、ダンジョン出現から一ヶ月が経過しようとしていた。

 世界は相変わらず喧騒の中にあるが、人々は少しずつこの異常事態に順応し始めていた。

「ダンジョンがある日常」が、当たり前になりつつある。


 東京、港区。

 再開発エリアにそびえ立つガラス張りの超高層ビル、「ミッドタウン・タワー」。

 その高層階の一角に、俺は立っていた。


 足元には、まだ誰も踏んでいない真新しい、ふかふかの絨毯。

 鼻をくすぐる新築特有の建材と、高級な革の匂い。

 眼下には、かつて俺が満員電車に揺られて通っていた街が、ジオラマのように広がっている。


「……悪くない」


 俺は窓ガラスに手をつき、独りごちた。

 ここが今日から俺の城だ。

 ギルド『アルカディア』のメインオフィス兼、物流拠点。


 ここを借りるのには骨が折れた。

 本来、無職の個人が、こんな一等地のオフィスを借りることなど不可能だ。

 だが今の俺には、二つの強力な武器がある。


 一つは「金」。

 政府公認オークションでの転売……もとい、錬金術によって築き上げた、数億円規模のキャッシュだ。


 そしてもう一つは「コネ」だ。

 内閣官房の佐伯。

 あの古狸に、


「ギルドの拠点が欲しい。今後の協力関係のためにも、便宜を図ってくれ」


 と頼んだら、二日後にはこの物件の鍵が届いた。

 審査フリーパス。

 政府としても、重要参考人である俺を、目の届く場所に置いておきたいという思惑があるのだろう。


「広さは十分だな」


 俺は振り返り、広大なフロアを見渡した。

 百坪はあるだろうか。

 今はまだ、俺専用の巨大なデスクと応接セット、そしていくつかのキャビネットがあるだけの、ガランとした空間だ。


 だがここが、いずれ世界中の財宝と猛者たちが集う「聖地」になる。


「まずは、形から入るか」


 俺はスマホを取り出し、オフィスの写真を撮影した。

 窓からの絶景と、まだ何もないフロア。

 そしてX(旧Twitter)に投稿する。


『@Takumi_Yashiro

 【報告】

 ギルド「アルカディア」のオフィスを開設した。

 場所は港区。

 これからは、ここが拠点となる。


 ギルドメンバーへの連絡。

 今後、ドロップ品の納入や報酬の受け渡しは、ここで行う。

 アイテムボックスに入り切らない在庫も、ここに集積する。

「ギルド倉庫」の解禁だ。


 入室パスコードは、グループLINEで送る。

 コーヒーくらいなら出すぞ。』


 送信。

 即座に「いいね」の数が跳ね上がる。


「すげえ、マジで会社みたいになってきた」

「個人でここ借りるとか、何者?」


 というリプライが流れる。


 この「実体がある」という事実は、ギルドの信用度を劇的に高める。

 ただのネット上の集まりじゃない。

 資金力と組織力を持った、本物のプロ集団であるというアピールだ。


「さてと……」


 俺は社長椅子に座り、PCを開いた。

 これからの運営計画を練る。


 今は俺一人で、事務作業も鑑定も、全部やっている。

 だが正直、手が回らなくなりつつある。

 メンバーも増えてきた。

 リン(神崎リン)をはじめ、S級、A級の有望株が十数名。


 彼らが毎日持ち帰るドロップ品の管理、

 オークションへの出品代行、

 報酬の分配。


 これらを一人でこなすのは、限界だ。


「早急に、事務職オペレーターを雇わないとな」


 戦闘力はいらない。

 口が堅くて、数字に強くて、俺の手足となって動ける事務員。

 鑑定スキルのない一般人でもいいが、できれば「倉庫管理」や「計算」に特化したスキル持ちがいいか。


 まあ、それは追々募集をかけるとして。


 今日はまず、この「倉庫」としての機能をテストしなければならない。

 俺はアイテムボックスを開き、中に入っていた大量の在庫を取り出した。


 加工済みのマジックアイテム、

 備蓄しておいたポーション、

 そして将来値上がりする予定の素材類。


 それらを壁際に設置した業務用スチールラックへと並べていく。


「壮観だな」


 ただの棚が、宝物庫に見える。

 ここにあるアイテムだけで、小さな国の軍事予算くらいの価値があるだろう。


 セキュリティは万全だ。

 ビルの警備システムに加え、俺が『結界石』を使って簡易的な防犯魔法をかけてある。

 泥棒が入っても、生きては出られない。


 その時、デスクに置いてあったスマホが震えた。

 ギルドメンバー専用のグループLINEの通知だ。


『>リン(カレン):

 リーダー! 大変! ニュース見ました!?』


『>タンク役の田中:

 これヤバいですね……ついに来たか』


『>魔術師見習い:

 オークションサイトが重くて開きません!』


 メンバーたちが騒いでいる。

 俺は眉をひそめた。


 何かトラブルか?

 それとも、誰かが事故にでも遭ったか?


『>俺:

 どうした? 何があった?』


『>リン(カレン):

 出品ですよ! 公式オークションに、初の「ユニークアイテム」が出ました!』


「……!」


 俺の目が鋭くなった。

 ユニークアイテム。

 オレンジ色の名前を持つ、固有の銘入り装備。


 ついに来たか。


 俺はPCのブラウザを立ち上げ、政府公認オークションサイトにアクセスした。

 トップページにデカデカと、特集バナーが貼られている。


『緊急出品! 世界初! ユニーク等級アイテム確認!』


 俺はそのバナーをクリックした。

 アクセス集中のせいか、読み込みに数秒かかった。


 表示された商品ページ。

 そこには神々しい銀色の首輪の写真が掲載されていた。


「……ふむ」


 俺は詳細データに目を走らせる。

 出品者は匿名。

 だが、おそらく運の良いソロ探索者か、あるいは自衛隊の精鋭部隊だろう。


 発見場所は「D級ダンジョン」あたりか。

 時期的には妥当だ。


 一ヶ月。

 トップ層がF級を卒業し、D級に挑み始める頃合い。

 ドロップテーブルにユニークが混ざり始める時期だ。


 俺はモニターに表示されたテキストを読み上げた。


【アイテム名:清純の元素ピュア・エレメント

【種別:首輪】

【レアリティ:ユニーク】


【効果】

 ・全耐性 +5%

 ・最大HP +40

 ・このアイテムにLv10の【元素の盾】スキルが付与される。


【スキル詳細:元素の盾】

 ・周囲の味方の火氷雷属性耐性を+26%するオーラを展開する。


【フレーバーテキスト】

 王も英雄も神々でさえも、皆等しくこの小さな光から始まった。

 恐れることはない。

 その一歩は祝福されている。


「……本物だな」


 間違いない。

 俺が以前クラフト素材として使った、『清純の元素』そのものだ。


 俺は背もたれに体重を預け、天井を仰いで笑った。


「シナリオ通りだ」


 完璧なタイミングでの登場だ。

 このアイテムは序盤の「最強防御アクセサリ」として知られている。

 特に【元素の盾】の効果は絶大だ。

 これさえあれば、魔法攻撃主体のボス戦がヌルゲーになる。


 だが、このアイテムには「致命的な欠点」がある。

 説明文には書かれていない(あるいは、まだ誰も気づいていない)仕様。


 それは「マナの予約コスト」だ。

【元素の盾】を展開するためには、最大マナの50%を占有し続けなければならない。

 マナが半分になる。

 これは魔法職にとっては死活問題だし、戦士職にとってもスキル使用の制限になる重い足かせだ。


 だからこそ俺は『元素の円環(指輪)』と合成し、コストをゼロにした『清純の光輪ピュア・ヘイロー』を作ったのだ。

 今オークションに出ているこれは、その「素材」であり、

「劣化版」に過ぎない。


 だが世間は、それを知らない。

 画面上の入札価格は、狂ったように跳ね上がっていた。


『現在価格:1,000,000円』

『入札件数:58件』


 F5キーを押して更新する。


『現在価格:3,500,000円』

『現在価格:5,000,000円』


 止まらない。

 日本中の金持ち、大企業、そして政府が殴り合っている。


「世界初のユニーク」という称号。

 そして「全耐性アップ」という分かりやすい強さ。

 一千万円までは行くだろう。


「……1,000万円か」


 俺はコーヒーを淹れにキッチンへ向かった。

 エスプレッソマシンの音が、静かなオフィスに響く。


 1,000万円。

 大金だ。

 だが今の俺にとっては、それほど驚く額ではない。


 俺が量産して配った『清純の光輪』は、これの上位互換だ。

 もしあれを市場に出せば、億の値がつくだろう。


「ふぅ……」


 コーヒーの香りを楽しみながら、俺は再びモニターの前に戻った。

 オークションは終了間際。

 価格は、ついに大台に乗った。


『落札価格:10,000,000円』

『落札者:JG_Procure』


 また政府か。

 まあ当然だろう。


 こんな強力なオーラアイテム、自衛隊の隊長クラスに持たせれば、部隊全員の生存率が上がる。

 一千万円で一部隊の命が買えるなら、安いものだ。


「シナリオ通り、相場が上がったな」


 これでユニークアイテムの底値フロアプライスが決まった。

「ユニーク=一千万円クラス」。

 この認識が広まれば、俺が今後放出する予定のアイテムも、強気な価格設定ができる。


 その時、LINEが再び鳴った。

 ギルドのメンバーたちが落札結果を見て、盛り上がっているようだ。


『>リン(カレン):

 うっわ、1000万で落札だって!

 政府、金持ちすぎw』


『>タンク役の田中:

 夢がありますねぇ……俺もいつかユニーク拾いたい』


『>魔術師見習い:

 でも、これ性能よく見たら……』


『>リン(カレン):

 そうなんだよねw

 これってさ、私たちがリーダーから貰ったやつの「劣化版」だよね?』


 おっ、気づいたか。

 俺はニヤリと笑い、チャットを眺める。


『>魔術師見習い:

 ですね。名前が似てますけど、こっちは「マナコスト減少」がついてない。

 これ、装備したらマナ半分減るやつですよ。魔法使いの私なら即死案件です』


『>リン(カレン):

 だよねーw

 私たちが着けてる『清純の光輪』は、マナ減らないもん。

 てことは世間が1000万出してありがたがってるアレより、私たちがタダで貰った装備の方が遥かに高性能ってこと?』


『>タンク役の田中:

 ……震えてきた。

 俺の首に1000万以上のマンションがぶら下がってるのと同じか』


『>リン(カレン):

 リーダーのユニークスキル、やばすぎです笑

 これ絶対に他言無用ですね。バレたら戦争になりますよ』


『>魔術師見習い:

 ギルメンの証が国宝級アイテムの上位互換とか……

 一生ついていきます、リーダー』


 メンバーたちは事の重大さを、正しく理解しているようだ。

「世界初」と騒がれているアイテムすら、ウチのギルドでは「下位素材」扱いに過ぎない。


 この優越感。

 そして「自分たちは選ばれた存在である」という強烈な帰属意識。

 これこそが、最強の組織を作るためのスパイスだ。


 俺はキーボードを叩き、メッセージを送った。


『>俺:

 分かっているならいい。

 その首輪は、ウチのギルドの「制服」みたいなもんだ。

 外に出回っている「未完成品」と一緒にするなよ。


 お前らが装備しているのは、俺が調整した「完成形」だ。

 1000万? 安すぎるな。

 お前らの命は、もっと高い。

 だから、死なずに稼いでこい。』


『>リン(カレン):

 うわー、リーダーかっこいいw

 了解です!

 今日もガンガン稼いで納品しますね!』


『>タンク役の田中:

 涙出てきました。倉庫に魔石満タンにして帰ります!』


 スマホを置き、俺は窓の外を見た。

 夕闇が迫り、東京の街に明かりが灯り始めている。

 その光の一つ一つが、俺の野望を照らすスポットライトのように見えた。


「さて、みんなのやる気も上がったことだし……」


 俺は倉庫の棚を見た。

 ここにはメンバーたちが持ち帰った大量のドロップ品が、集積されつつある。

 中には、まだ未鑑定の怪しいアイテムも混ざっているかもしれない。


 鑑定の時間だ。


 オフィスデビュー初日。

 幸先の良いスタートだ。


 ユニークアイテムの出現は、時代の変わり目を告げる鐘の音だ。

 ここから世界は加速する。


 そしてその最前線を走るのは、政府でも大企業でもない。

 ここ港区のオフィスに巣食う、俺たち「アルカディア」だ。


 俺は深く椅子に腰掛け、不敵な笑みを浮かべたまま、モニターの光に目を細めた。

最後までお付き合いいただき感謝します。


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