第48話 ランドセルと魔導書、あるいは義務教育という名のセーフティネット
霞が関合同庁舎。
この無機質な会議室の風景にも、いよいよ飽きが来ていた。
机に置かれたペットボトルのお茶、湿り気を帯びたおしぼり、そして眉間に皺を寄せたスーツ姿の官僚たち。
俺は「有識者」という名の、実質的な「政府公認・ダンジョン対策顧問」として、今日もこの席に座らされていた。
正式に役職を受けた覚えはないのだが、事あるごとに呼び出され、意見を求められ、それがそのまま国の政策になる。
これでは俺が日本を裏で操っているフィクサー(黒幕)みたいではないか。
まあ、当たらずとも遠からずだが。
「――では、本日の議題に移ります」
司会の役人が、重苦しい声で切り出した。
スクリーンに映し出されたタイトルは、『未成年者、特に義務教育課程在籍者のダンジョン立ち入りに関する規制について』。
「……また胃が痛くなりそうな話を」
俺は小さく息を吐いた。
前回は「企業のブラック労働」や「ゾンビの景観問題」だったが、今回はさらにデリケートな「子供」の話だ。
◇
「現状をご説明します」
文部科学省の担当官が、悲痛な面持ちで立ち上がった。
「現在、全国のダンジョンゲートにおいて、未成年者の出入りは事実上の『野放し』状態です。
ゲートには物理的なロック機構がなく、誰でも通過できてしまう。
その結果……小学生、中学生、高校生による探索行為が急増しており、それに伴う事故――死傷者数が無視できないレベルに達しています」
スクリーンにグラフが表示される。
右肩上がりの赤い線。
それはダンジョンで命を落とした、あるいは再起不能の怪我を負った子供たちの数だ。
「特に問題なのが小学生です。
彼らはゲーム感覚でゲートをくぐり、ゴブリンに遭遇し……そして帰らぬ人となる。
先週も都内の小学5年生のグループがF級ダンジョンで行方不明になりました。
遺体の一部とおぼしき衣服が発見されたのみです」
会議室が静まり返る。
重い。
あまりにも空気が重い。
大人が欲に駆られて死ぬのは自己責任で済ませられても、判断能力のない子供が犠牲になるのは、社会として許容できないラインだ。
「そもそも!
なぜ小学生ごときがダンジョンで活動できるのですか!?」
警察庁の代表が、苛立ちを隠さずに声を荒げた。
「身体能力的に無理でしょう!
ランドセルを背負った子供が剣を振るう? 鎧を着る?
重さで潰れるのがオチだ!
なのに現場からの報告では、『子供が大人顔負けの動きでモンスターを倒している』という目撃情報が相次いでいる。
一体どうなっているんですか!」
その矛先が、当然のように俺に向けられる。
俺は肩をすくめた。
「……『補正』ですよ」
「補正?」
「ええ。
ダンジョンの理は、地球の物理法則よりも優先されます。
レベルが上がれば筋力ステータスが向上する。
ステータスさえ高ければ、筋肉量が少ない子供の腕でも鉄の剣を小枝のように振り回せる。
それが、あの世界のルールです」
俺は淡々と説明した。
この世界において「見た目」と「強さ」は比例しない。
ボディビルダーよりも、レベル30のガリ勉中学生の方がベンチプレスで高重量を挙げられるのだ。
「それに、魔法職なら尚更です。
魔法の威力に身長や体重は関係ありません。
必要なのは魔力と、スキルの熟練度だけ。
むしろ固定観念に縛られていない子供の方が、魔法の習得が早いケースすらある」
「しかし……装備はどうなのです?
大人のサイズの鎧など、着られないでしょう」
「それも、システムが解決してくれます」
俺は手元の資料を指差した。
「ダンジョン産の装備アイテムには、基本的に『自動サイズ調整』の機能が備わっています。
ドロップした直後は大人のサイズに見えても、装備しようとする者の体格に合わせて、瞬時に縮小・変形するんです。
だから、身長130センチの小学生でも、フルプレートメイルをジャストサイズで着こなせる」
これはゲーム時代からの仕様だ。
『ダンジョン・フロンティア』ではキャラメイクで身長や体格を自由にいじれた。
小柄な体格だと人間用の装備を使えないと不便だから、全ての装備は全種族対応になっていたのだ。
その親切設計が現実世界では、「子供を戦場に送り出すハードルを下げる」という最悪の形で機能している。
「なんという……」
警察庁の男が絶句した。
物理的な制約がない。
つまり、ゲートさえくぐってしまえば子供は「小さな戦士」になれてしまう。
「ゲームの中なら、微笑ましい話なんですけどね」
俺は内心で独りごちた。
かつての『ダンフロ』でも、小学生アバターや、あえて幼い容姿で巨大な武器を振り回す「ロリ・ショタ」ビルドは人気だった。
「へー、すごいね」で済む話だ。
だが現実は違う。
血が出る。
痛みが走る。
四肢が飛び散る。
そんな場所に分別もつかない子供がいる光景は、正直言ってドン引きだ。
(俺だって、小学生探索者なんて見たくない。
PTSD製造機になるだけだ。
それに、義務教育も終えていないガキが命のやり取りをして金を稼ぐ?
教育上、最悪すぎるだろ)
俺の倫理観は、そこまで麻痺していない。
まずは学校に行け。
漢字を覚えろ。
分数の計算をしろ。
ゴブリンの首を狩るのは、それからでも遅くない。
「……結論として、文科省としては『未成年者のダンジョン立ち入り全面禁止』を提案します」
担当官が強く言い放った。
「18歳未満、あるいは高校在学中の生徒の立ち入りを法的に禁止し、ゲート前で年齢確認を徹底する。
違反者は補導し、親権者への指導を行う。
これしかありません」
会議室の空気が「賛成」に傾く。
人道的に考えれば、それが正解だ。
誰も子供の死体など見たくない。
「ちょっと待ってください」
俺は手を挙げた。
その場の空気を、あえて止める。
「八代さん?
まさか反対されるのですか?
あなたも先ほど、小学生探索者には否定的だったじゃないですか」
「ええ、心情的にはドン引きですよ。
ランドセルにポーション詰めて登校する小学生なんて、世紀末もいいところだ」
俺は苦笑いしながら、しかし視線は鋭く官僚たちを見渡した。
「ですが、『全面禁止』は悪手です。
二つの理由から」
俺は指を二本立てた。
「一つ。
今、現にダンジョンに潜っている子供たちの中には、既に一定のレベルに達し、生活費を稼いでいる者がいるという事実です。
貧困家庭の子供が、親に代わって食い扶持を稼いでいるケースもある。
それを一方的に取り上げれば、彼らは裏口――違法なゲートや未管理の野良ダンジョンへ潜るようになります。
それは今より、さらに危険だ」
「そ、それは……福祉で対応すべき問題で……」
「福祉が追いついていないから潜っているんでしょう。
そして、もう一つの理由。
こっちの方が重要です」
俺は声を一段低くした。
「『才能の損失』です」
スクリーンを操作し、あるデータを表示させる。
それはユニークスキルの発現年齢分布図だ。
「ユニークスキル、特に強力な戦闘系スキルは、思春期前後の若年層に発現しやすい傾向があります。
心が柔軟で、世界の変化に適応しやすい子供たちこそが、最強の兵士になる素質を秘めている」
これは残酷な真実だ。
頭の固い大人よりも、ゲーム慣れした子供の方がスキルの飲み込みが早い。
事実、SNSで話題になっている「神童」と呼ばれる探索者の中には、大人顔負けのユニークスキルを持っている小学生もいる。
「もし、この中に『S級スキル』を持つ子供がいたら?
将来、スタンピードが起きた時に人類を救うかもしれない英雄の卵を、年齢という理由だけで腐らせることになる。
それは人類全体の損失です」
俺の言葉に、国防関係の役人がハッとした表情をする。
彼らにとって戦力は、喉から手が出るほど欲しいリソースだ。
「……では、どうしろと?
放置すれば死ぬ。
禁止すれば戦力が育たない。
ジレンマじゃないですか」
「折衷案を引きましょう」
俺は提案した。
あちらを立てればこちらが立たぬなら、新しいルールを作ればいい。
「まず、無条件での入場は禁止する。
これは当然です。
その上で特例として、『学生探索者ライセンス』を発行するんです」
「学生ライセンス……?」
「ええ。
取得条件は二つ。
一つは『親権者の同意書』の提出。
親が責任を持って許可した場合のみ活動を認める。
これで、勝手に潜って死んだ場合の責任の所在を、はっきりさせます」
政府は「責任」という言葉に弱い。
親がGOサインを出したなら、国は知らんと言える余地ができる。
「そして、もう一つ。
これが一番重要ですが……『学校への出席』を義務付けること」
俺はホワイトボードに大きく書いた。
【文武両道】。
「ダンジョンに潜りたければ、学校に行け。
成績で赤点を取るな。
出席日数を確保しろ。
それを守れないなら、ライセンスを剥奪(BAN)する」
「……なるほど!」
文科省の担当官が膝を打った。
「それなら不登校になってダンジョンに入り浸る子供を、学校に戻せる!
『潜りたければ勉強しろ』という人参になるわけですね!」
「その通りです。
ダンジョンは逃げ場じゃない。
社会人になるための訓練の場であり、部活動の延長線上にあるものだと定義するんです」
俺は続けた。
「さらに彼らには『講習会』の受講を必須にします。
安全管理、魔物の知識、撤退の判断。
これらを座学で叩き込み、試験に合格した者だけを通す。
そうすれば無知なまま突っ込んで死ぬ小学生は、激減するでしょう」
これは未来への投資だ。
ただの子供を戦士として教育するシステム(カリキュラム)を、公教育の中に組み込む。
いずれ設立されるであろう「探索者専門学校」への布石でもある。
「……良いですね。
保護者の許可。
学業の両立。
そして事前講習。
これなら世論の理解も得られそうです」
場の空気がまとまった。
「禁止」ではなく「管理」へ。
これが大人のやり方だ。
「今戦える子供たちは貴重です。
彼らの中には、俺を超える逸材がいるかもしれない。
その芽を摘むのではなく、正しくガイドラインを引いて伸ばすべきです」
俺は力説した。
本音を言えば、小学生が戦場に出るなんて狂っている。
だが世界が狂ってしまった以上、適応するしかない。
スタンピードが世界を蹂躙する時、今ランドセルを背負っている彼らが最前線に立つ主力になるのだから。
「それに……」
俺は少し意地悪く笑った。
「親の許可が必要となれば、親御さんも真剣になりますよ。
『うちの子が稼いでくる数百万』と『命のリスク』を天秤にかけることになる。
それでも行かせると決めたなら、親もしっかり装備を買い与えるでしょう。
結果として、生存率は上がるはずです」
親の欲目を逆手に取る。
「うちの子は才能があるから!」と信じ込む親は、先行投資を惜しまない。
それは巡り巡って、俺の店の売上にも貢献するだろう。
「……決まりですね」
司会が締めくくった。
「『未成年者ダンジョン活動適正化法案』。
親権者の同意と、学業の履修を条件としたライセンス制の導入。
直ちに取り掛かります」
「よろしくお願いします。
ああ、それと……」
俺は最後に付け加えた。
「ライセンス証のデザイン、少し格好良くしてやってください。
子供はそういうのでモチベーションが上がる生き物ですから」
◇
会議室を出ると、廊下の窓から下校中の子供たちの姿が見えた。
黄色い帽子を被った小学生の列。
その中の一人が、木の棒を剣のように振り回して遊んでいる。
数ヶ月後、その「ごっこ遊び」は本物の剣と魔法を使った「実戦」に変わる。
許可証という名の免罪符を、首から下げて。
「……せいぜい長生きしてくれよ」
俺は呟いた。
彼らは「黄金世代」になるか、それともダンジョンに飲み込まれた「喪失の世代」になるか。
それは俺たちが、どういうレールを敷いてやるかにかかっている。
とりあえず俺にできることは、高性能な防具を開発し、カタログに載せておくことくらいだ。
「入学祝いにミスリルアーマーを!」なんてキャッチコピーが流行る未来を想像して、俺は少しだけ複雑な気分で苦笑した。
最後までお付き合いいただき感謝します。
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