第47話 徘徊する死体と景観条例、あるいは未来の暗殺者たちへの通行手形
霞が関合同庁舎。
この重厚な鉄筋コンクリートの建物に足を運ぶのも、ここ最近ですっかり慣れてしまった。
前回は「探索者の命の値段」を決めるためのシビアな会議だったが、今日の議題はもっと低俗で、しかし一般市民にとっては切実な問題らしい。
有識者会議の席に着くと、配られた資料の表紙にはこう書かれていた。
『特殊召喚スキル(ミニオン)の公共空間における規制に関する検討会』。
「……また面倒な話を」
俺はため息をつき、出された温いお茶を啜った。
要するに「街中でゾンビや骸骨を連れ歩くな」というクレーム処理だ。
◇
「――先日、渋谷区のコンビニエンスストアにおいて、骸骨を連れた探索者が入店し、他の客が悲鳴を上げて逃げ出すという騒ぎがありました」
司会の役人が深刻な顔で、プロジェクターに画像を映し出す。
そこには、おにぎりコーナーの前で虚無の眼窩を晒して立っている、全身骨だらけのスケルトンの姿があった。
シュールだ。
だが一般人からすれば、ホラー以外の何物でもない。
「またこちらは地下鉄車内でのトラブルです。
『腐敗したゾンビ』を使役する探索者が乗車し、その異臭と見た目のグロテスクさにより、車両全体がパニックに陥りました。
嘔吐する乗客も多数出たとの報告が上がっています」
次のスライドはさらに酷かった。
肉が腐り落ち、ウジが湧いている(ように見える)ゾンビが、つり革につかまっている図だ。
これは確かにキツイ。
いくらダンジョンが日常になったとはいえ、生理的な嫌悪感までは麻痺していない。
「このように!
一部の魔法使い――いわゆる『死霊術師』系統のスキルを持つ探索者による、配慮を欠いた行動が社会問題化しています!
即刻、規制すべきです!」
市民代表として参加しているPTAの役員らしき女性が、金切り声を上げた。
「子供の教育に悪いです!
あんな死体が公園を歩いているなんて信じられません!
トラウマになったら、どう責任を取ってくれるんですか!」
「まあまあ、落ち着いてください……」
役人がなだめるが、会議室の空気は完全に「ネクロマンサー排斥」一色だ。
当然だろう。
誰だって、食事中に隣の席にゾンビが座るのを歓迎するはずがない。
俺は頬杖をつきながら、心の中で「あー、はいはい」と呟いていた。
これは『ダンジョン・フロンティア(ダンフロ)』の歴史においても、必ず通る道だ。
通称「アンデッド排除令」。
どうでもいいイベントに見えて、実は世界観の設定的にかなり重要な分岐点となる出来事である。
ネクロマンサーというジョブは、ゲーム内でも賛否両論だった。
「ミニオン(手下)」を召喚して自動で戦わせるスタイルは、操作が楽でソロでも生存率が高い。
だから一定の人気がある。
だが、そのヴィジュアルは最悪だ。
単なる「動く死体」や「汚れた骨」にしか見えない。
ただのグロ画像だ。
「……八代さん。
探索者の代表として、ご意見を伺いたいのですが」
また俺に振られた。
俺はこの会議の「権威付け」として呼ばれているだけなのだが、発言しないわけにもいかない。
「そうですねぇ……。
個人的には、食事中に腐った肉の臭いを嗅がされるのは御免です。
規制には賛成ですよ」
俺が無難な回答をすると、市民代表たちが「ほら、ご覧なさい!」と勢いづく。
「ですが、彼ら(ネクロマンサー)にも言い分はあるでしょう。
召喚にはマナと触媒が必要です。
一度消してしまうと、再召喚するのにコストがかかる。
だから『出しっぱなし』にしておきたい。
それが彼らの経済合理性です」
「金のために、他人に迷惑をかけていいと言うんですか!」
「いいえ、言っていません。
ただ、理由があると言っているだけです。
……それに、解決策なら既にシステム側に用意されていますよ」
俺はさらりと言った。
「『影収納』です」
会議室が静まり返る。
役人が不思議そうな顔をした。
「影……収納ですか?」
「ええ。
ネクロマンサー系統のスキルツリーには、使役しているミニオンを一時的に『術者の影』の中に格納するパッシブスキルが存在します。
これを習得していれば、街中では影の中に隠しておき、ダンジョンに入ってから展開することができる。
再召喚のコストもかかりません」
これはゲーム的な「利便性(QoL)」のための機能だ。
狭い通路でミニオンが邪魔になって通れない、という事態を防ぐために実装されたシステムである。
「おお……!
そんな機能があるのですか!」
役人の顔が明るくなった。
「ならば話は早い!
『公共の場においては、ミニオンを影に収納すること』を義務化すればいいのです!
これなら市民の目にも触れないし、探索者側のコストも無駄にならない!」
「素晴らしい解決策です!」
「さすが八代さん!」
会議室は一気に「解決ムード」に包まれた。
PTAの女性も「見えないなら、まあ……」と矛を収めかけている。
だが。
俺の内面では、冷ややかな思考が回っていた。
(……やれやれ。
これで『パンドラの箱』が開いちまったな)
彼らは知らないのだ。
この「影収納」という機能が孕んでいる、致命的なリスクを。
ゲームなら問題ない。
だが現実は違う。
「影の中に怪物を隠し持てる」ということは、どういうことか。
セキュリティチェックを、すり抜けられるということだ。
金属探知機にも引っかからない。
ボディチェックでも見つからない。
一見すると丸腰の人間が、実は影の中に武装した骸骨兵団を潜ませているかもしれないのだ。
(これ、暗殺(PK)に大活躍するんだよなぁ……)
俺は内心で苦笑した。
本来なら、グロテスクだろうが何だろうが、街中では「出しっぱなし」にさせた方が安全なのだ。
「あいつはゾンビを連れている」と一目で分かるから、周囲も警戒できる。
警察も職務質問できる。
だが「影にしまえ」と義務化することで、逆に「脅威の不可視化」を推奨することになる。
街中からゾンビの姿は消え、景観は守られるだろう。
その代わり、隣を歩いている優男が次の瞬間、影からゾンビを飛び出させてナイフで刺してくる――そんなテロが可能になる世界が到来する。
(将来、探索者学校が出来た時に、この件が校則で厳しく対立するんだよな。
『校内でのミニオン展開禁止』派と、『安全管理のために可視化しろ』派で。
そして結局、景観重視派が勝って、校内で暗殺事件が起きる……と)
そこまで分かっていて、なぜ俺は指摘しないのか。
理由は単純だ。
言っても無駄だからだ。
今の彼らにとっての最優先事項は「目の前の不快なゾンビを消すこと」であって、将来の漠然とした暗殺リスクなど想像もつかないだろう。
それに「影に隠しているかもしれないから、ネクロマンサーは全員要注意人物として扱え」なんて言えば、それこそ深刻な人権侵害(ジョブ差別)になる。
(まあ、俺には関係ないしな。
俺を暗殺しようとする馬鹿がいれば、影から出てきた瞬間に返り討ちにするだけだ)
俺は「どうでもいい」と結論づけた。
これは世界の理が決めた流れだ。
俺が口を挟んで止められるものではないし、止める義理もない。
「……では本日の結論として。
『指定区域内におけるミニオンスキルの顕現禁止、および影収納の義務化』。
これを条例として制定する方向で進めます。
違反者には罰金、およびライセンス停止の処分を検討します」
役人が高らかに宣言し、議事録に決定事項が書き込まれた。
「八代さん、本当にありがとうございました。
あなたの助言のおかげで、スムーズにまとまりましたよ」
「いえいえ。
街が綺麗になるのは、良いことですから」
俺は営業スマイルで応じた。
綺麗になる。そう、表面上は。
その清浄な皮の下で、どす黒い殺意が隠しやすくなるとしても、今は平和な午後の会議が終わったことを喜ぼう。
会議室を出ると、窓の外には東京の街並みが広がっていた。
数ヶ月後、この街から異形の姿は消えるだろう。
そして誰もが「影」の中に何を飼っているか分からない、疑心暗鬼の時代が静かに幕を開ける。
「知らねーよ」
俺は小さく呟き、ネクタイを緩めて歩き出した。
俺の影の中にはゾンビなどいないが、もっと凶悪な欲望と知識が詰まっている。
それを見抜ける奴がいない今の世界は、俺にとっては実に生きやすい楽園だった。
最後までお付き合いいただき感謝します。
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