第43話 後悔の味がする再雇用と天を衝く欲望の塔
「魔封じの濃霧」という名の、5日間の懲役が終わり、東京の空には久しぶりに爽快な青空が広がっていた。
だが、地上のギルドハウスや酒場に漂っている空気は、晴れやかさとは程遠い。湿っぽく、そして、バツの悪いものだった。
新宿の、とある大手探索者酒場。
昼間だというのに、そこでは奇妙な光景が繰り広げられていた。
「頼む! 戻ってきてくれ! 給料は以前の1.5倍……いや、2倍出す!」
「もう一度、ウチのパーティでヒーラーをやってくれないか? 君がいないとダメなんだ!」
テーブルに、額を擦り付けんばかりに頭を下げているのは、先日まで「火力こそ正義」「ランキングが全て」と鼻息を荒くしていた、中堅ギルドのリーダーたちだ。
その対面に座っているのは、彼らに「お荷物」と呼ばれて追放された、支援職や魔法職の探索者たちである。
5日間の沈黙イベントは、彼らに残酷な現実を突きつけた。
スキルが封じられた状態で、ゴブリン一匹にすら苦戦し、逃げ惑う惨めさ。
状態異常を治せるヒーラーがいれば、バフをかけられる支援職がいれば、どれほど楽だったか。
彼らは痛い目を見て、ようやく「パーティバランス」というRPGの基本を思い出したのだ。
だが、覆水盆に返らず。
「……お断りします。今は、別のパーティで楽しくやってますから」
「『お前は要らない』って言いましたよね? その言葉、一生忘れませんよ」
「今更戻るわけないでしょ。アルカディアの下部組織の選考を受ける予定なんで」
袖にされるリーダーたち。
当然だ。一度捨てられたプライドは、金ごときでは修復できない。
それに、市場は今「売り手市場」だ。
どのギルドも、喉から手が出るほど支援職を欲している。
古巣に戻る義理など、これっぽっちもない。
◇
港区ミッドタウン・タワー、ギルドマスター室。
俺、八代匠は、そんな下界の人間模様をSNS越しに眺めながら、意地悪く笑っていた。
「……ざまぁないな」
モニターには『支援職募集! 月給50万保証!』『未経験歓迎! 育成枠あり!』といった、必死な求人広告が溢れかえっている。
つい先週まで『攻撃力300以下は来るな』と書いていた連中が、掌を返したように低姿勢になっている様は、極上の喜劇だ。
「マスター。市場で『後悔のオーブ』の価格が急騰しています」
事務作業をしていたリンが、タブレットを見ながら報告してくる。
『後悔のオーブ』。
それは、割り振ったパッシブスキルポイントを取り消し、振り直す(リスペック)ための消費アイテムだ。
「当然だな。支援職が戻ってこないなら、既存のメンバーをコンバートするしかない。
脳筋アタッカーだったサブメンバーを、無理やりヒーラーやタンクに作り変える必要がある」
だが、一度完成したビルドを崩すには、大量の『後悔のオーブ』が必要になる。
1ポイント戻すのに1個。
30レベルのキャラをフルリスペックしようと思えば、29個のオーブが必要だ。
「現在の相場は……1個、50万円!? うわぁ、これ、一人作り変えるだけで1500万コースですよ……」
「高い勉強代だな。だが、払うしかない。
そうしなければ、彼らは次のイベントで、また死ぬことになるからな」
俺はグラスを傾けた。
もちろん、この『後悔のオーブ』も、俺が安い時期に買い占めておいた在庫を、小出しに放出して相場をコントロールしている。
彼らが反省して更生しようとすればするほど、俺の懐に金が入る仕組みだ。
「ランキング偏重の熱も、これで少しは冷めるだろう。
『数値』だけじゃ測れない強さがあるってことを、身を持って知ったわけだからな」
社会が、少しだけまともになった。
脳筋一辺倒だったトレンドが修正され、バランスの取れた編成が見直されつつある。
それは、今後の「世界救済(スタンピード対策)」にとっても、良い傾向だ。
だが。
運営(世界)は、プレイヤーたちに息つく暇を与えない。
反省し、体制を立て直そうとしている彼らの目の前に、次なる「欲望の餌」をぶら下げてきた。
◇
その日の正午。
東京湾の埋立地、そして大阪の万博記念公園跡地。
さらに、アメリカのニューヨーク、ロサンゼルスといった主要都市の郊外。
世界各地の数カ所に、突如として「それ」は出現した。
ズズズズズ……ッ!
地響きと共に隆起したのは、天を衝くような巨大な「塔」だった。
黒曜石のような質感の外壁。
一切の窓がなく、ただ頂上だけが雲の上に突き抜けている。
その異様な威容は、瞬く間にニュースとなり、世界中を駆け巡った。
『緊急速報です! 東京湾岸エリアに、謎の巨大建造物が出現しました!
政府は、これを新たな「ダンジョンゲート」の一種と認定し、自衛隊を派遣……』
テレビの中のアナウンサーが絶叫している。
だが、俺はその塔の姿を見て、ニヤリと笑った。
「……来たか。【試練の塔】」
これもまた『ダンフロ』における、定期イベントの一つだ。
半年に一度、あるいは不定期に出現するボーナスステージ。
「試練の塔……? マスター、あれは何ですか?
新しいB級ダンジョンとかですか?」
田中が不安そうに聞いてくる。
新しい脅威なら、また対策を練らなければならない。
「いや、違う。あれは『ボーナスステージ』だ。
世界からの復興支援金みたいなもんだよ」
俺は解説した。
この塔は、通常のダンジョンとはルールが異なる。
1.構造は「階層クリア型」。
2.1階層クリアするごとに、宝箱が出現し、報酬が貰える。
3.一度クリアした階層の報酬は、二度と貰えない(ワンタイム報酬)。
4.経験値は極めて低いが、ドロップする「魔石」の量が異常に多い。
5.出現期間は「1週間限定」。
「要するに、
『1週間以内に登れるところまで登って、現金を回収しろ』
という金策専用のイベントだ」
ここ最近の「リスペック費用」や「沈黙対策費」でカツカツになっている探索者たちの懐事情を見透かしたかのような、絶妙なタイミングでの救済措置。
いや、むしろ「これで金を稼いで、もっと装備を強化しろ」という運営からのメッセージか。
「金策……! それは聞き捨てなりませんね!」
リンの目が「円マーク」になる。
「早速、情報を拡散してやるか。
みんなビビって様子見してるだろうが、時間は1週間しかない。
1分1秒でも早く登り始めた奴が勝つゲームだ」
俺はPCに向かい、Xを開いた。
もはや俺のアカウントは、探索者たちにとっての「公式運営告知」のような扱いになっている。
俺が「安全だ」と言えば彼らは突撃し、「危険だ」と言えば撤退する。
その影響力を行使する時だ。
『@Takumi_Yashiro 【緊急告知】謎の黒い塔について
各地に出現した塔を【鑑定】した。結論から言う。
あれは「ボーナスステージ」だ。危険度は低い。全探索者、今すぐ向かえ。
【試練の塔】
・出現期間:1週間限定(来週の今日には消滅する)
・内容:各階層のモンスターを全滅させるとクリア。
・報酬:大量の魔石(各階層1回のみ)
具体的な報酬額も、視えている範囲で教えてやる。
第1階層(F級相当):魔石100個(約300万円)
第2階層(F級上位):魔石200個(約600万円)
第3階層(E級相当):魔石400個(約1200万円)
……以下、階層が上がるごとに倍増していく。
レベル10程度の初心者でも、第2階層までは余裕でクリアできるはずだ。
それだけで900万円の臨時収入だ。
中級者なら第5階層、上級者なら第10階層まで行けるだろう。
億単位の金が、ただそこに「置いてある」。
ただし期間は1週間だ。迷っている暇はない。
装備を整え、パーティを組み(支援職を入れるのを忘れるなよ)、上を目指せ。
早い者勝ちではないが、時間は待ってくれないぞ。』
投稿ボタンをクリック。
エンターキーの音が、ピストルの号砲のように響いた。
◇
直後、日本中がどよめいた。
『300万!? 1階クリアするだけで!?』
『2階で600万!? 合計900万!?』
『時給換算とか、そういう次元じゃねえ!』
『1週間限定!? ヤバイ、今すぐ行かなきゃ!』
『会社休むわ! これは休む理由になる!』
リツイート数が、秒速で万を超える。
沈んでいたギルドチャットが、一気に活気づく。
借金をしてリスペックしたリーダーたちも、生活費に困っていたソロ探索者たちも、全員が目の色を変えた。
900万円。
それは多くの日本人にとって、年収の2倍以上の金額だ。
それが、ちょっとした運動(戦闘)で手に入る。
リスク? F級相当なら、今の平均的な探索者にとっては散歩レベルだ。
行かない理由がない。
数時間後。
東京湾の埋立地へ続く道路は、探索者たちの車で大渋滞を起こしていた。
電車もバスもタクシーも、全てが「塔」を目指す人々で満員だ。
ゲート前には、先日設立されたばかりの警備会社の臨時預かり所が設営され、屋台が並び、ちょっとしたフェス会場のようになっている。
「……すごい人出ですね」
オフィスからライブカメラの映像を見ていた乃愛が、呆れたように呟く。
「みんな現金だな。まあ、分かりやすくていい」
俺は満足げに頷いた。
これで市場に、再び莫大なキャッシュが供給される。
彼らが稼いだ金は、借金の返済に消える者もいれば、新しい装備(俺の商品)の購入に充てられる者もいるだろう。
いずれにせよ、経済は回る。
「さて、俺たちも行くか」
俺は立ち上がった。
指差す先は、オフィスの壁に立てかけられた『次元の楔』だ。
「えっ、私たちも並ぶんですか?」
リンが嫌そうな顔をする。
あの大渋滞の中に突っ込むのは、確かに気が滅入る。
「まさか。俺たちはVIPだぞ?
楔を使って、塔の内部へ直接侵入する。
すでにギルドメンバーが塔の内部へ楔を打ってるんだ」
「狙うは『全階層制覇』だ。
一般人が5階や10階でヒーヒー言ってる間に、俺たちは30階、40階の雲の上まで駆け上がる。
上層の報酬は魔石だけじゃない。
貴重な『スキルスクロール』や『ステータスアップの木の実』もあるはずだ」
俺の言葉に、メンバーたちの目の色が変わる。
金も欲しいが、それ以上に「強さ」に直結するレアアイテムは、何物にも代えがたい。
「行きます! 最上階の景色、見てみたいです!」
雫が珍しく興奮した様子で、杖を握る。
「よし。装備よし、アイテムよし。
アルカディア出撃だ。
1週間で、この塔の資産を根こそぎ奪い尽くすぞ」
◇
俺たちは転移した。
場所は試練の塔、第1階層。
広大な石造りのホールに、F級モンスターであるゴブリンやスライムが、うようよと湧いている。
「雑魚ですね。一瞬で終わらせます」
リンが駆け出す。
【重なる凶星】の一撃が、ゴブリンを文字通り粉砕する。
田中がシールドバッシュで道を切り開き、雫の氷魔法が部屋全体を凍結させる。
乃愛の支援魔法が、全員の移動速度を加速させる。
戦闘というよりは作業だ。
草刈りのようにモンスターを排除し、現れた宝箱を開ける。
ジャララララ……!
美しい音色と共に、紫色の魔石が溢れ出す。
100個。300万円。
「はい、回収。次!」
俺は【アイテムボックス】に魔石を吸い込み、すぐに次の階層への階段を駆け上がる。
2階。600万円。
3階。1200万円。
4階。2400万円。
倍々ゲームの快感。
脳内麻薬がドバドバ出るのが分かる。
これだ。これが『ダンフロ』の醍醐味だ。
5階層を過ぎたあたりから、周囲の探索者の姿が消えた。
一般人には厳しいレベル帯に入ったからだ。
だが、俺たちには関係ない。
歩みを止めることなく、ただひたすらに上へ。
10階層。
報酬:魔石1万個(約3億円)。
ここでようやく、敵のレベルがC級相当になる。
「ここからが本番だ。油断するなよ」
「了解です! でも、まだまだ余裕ですよ!」
リンが笑う。頼もしい限りだ。
俺たちが目指すのは、遥か高み。
50階、あるいはその先にある「頂」だ。
外の世界では、1階や2階をクリアした人々が、手に入れた大金を握りしめて歓喜の声を上げていることだろう。
「やった! これで借金が返せる!」
「車が買えるぞ!」
そんな些細な幸せが、日本中に満ち溢れている。
それもまた、俺が描いたシナリオの一部だ。
金を持て。豊かになれ。
そして、その金で俺の装備を買って、もっと強くなれ。
来るべき破滅に立ち向かうために。
俺は剣を一閃させ、道を塞ぐガーゴイルを切り捨てた。
塔の攻略は、まだ始まったばかりだ。
この1週間で、俺たちアルカディアの資産は、国家予算レベルにまで膨れ上がることになるだろう。
最後までお付き合いいただき感謝します。
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