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第42話 魔封じの霧と沈黙の悲鳴、あるいは無能リーダーたちの5日間の懲役

 その朝、世界中のダンジョンから「音」が消えた。

 正確には、爆発音や詠唱の声、そしてスキル特有の派手な効果音が消え失せ、代わりに鈍い打撃音と探索者たちの悲鳴、そして絶望の呻き声だけが響き渡るようになった。


 港区ミッドタウン・タワー。

 ギルド「アルカディア」のマスターオフィスにて、俺、八代匠はデスクに突っ伏して死んだように眠っていた。

 ここ数日、B級ダンジョン周回を安定させるための既存メンバーの装備更新(リロール作業)を徹夜で行い、マナも精神力も枯渇寸前だったからだ。

 特にリンのダガーと、雫の装備の微調整には骨が折れた。

 「あと1%、クリティカル率を上げたい」

 「詠唱速度を0.01秒、縮めたい」

 という彼女たちの妥協なき要求に応えるため、俺はSSS級ユニークスキル【万象の創造】を極限まで酷使し、数百回のリロールを繰り返していたのだ。

 政府が配っている量産型ハンマー程度では不可能な、神業の領域での調整だ。


「……マスター。

 起きてください、緊急事態です」


 リンの激しい揺さぶりで目を覚ます。

 重い瞼をこじ開けると、目の前の大型モニターにはSNSのタイムラインが高速で流れており、そこは阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。


『スキルが出ない! なんで!? MPはあるのに!』

『魔法使いだけど、ただの棒振る人になった。ゴブリンに殴り殺されかけたぞ』

『タンクの「挑発タウント」スキルも出ないからタゲ固定できない! 後衛が真っ先に死にかける!』

『なんだこの白い霧は!? 視界が悪いだけじゃなくて、体の中の魔力回路が詰まったみたいになる!』

『緊急脱出! ポータルも反応が鈍い! 死ぬ!』


 俺は欠伸を噛み殺し、けだるげに窓の外を見た。

 現実世界リアルの空は、初夏の日差しが眩しいほどの快晴だ。

 だが、モニターに映し出されているダンジョン内部のライブ映像には、視界を白く染め上げるほどの濃密な「霧」が充満していた。

 まるで牛乳をぶちまけたような白濁した空間の中で、探索者たちが武器を頼りなく振り回し、モンスターに追い詰められている。


「……始まったか。

 【魔封じの濃霧サイレント・ミスト】」


 俺は冷静に呟いた。

 これもまた『ダンジョン・フロンティア(ダンフロ)』における、定期的なお邪魔イベントの一つだ。

 プレイヤーの調子が良い時に限って水を差す、運営の悪意が詰まった環境ギミック。


「魔封じ……?

 魔法が使えなくなるんですか?」


 乃愛ウィズが青ざめた顔で聞いてくる。

 魔法使いにとって魔法封じは死刑宣告に等しい。

 杖で殴って勝てる相手など、スライムくらいのものだ。


「厳密には違う。

 この霧の中にいる間、一定確率で【沈黙(Silence)】という状態異常が付与されるんだ。

 沈黙状態になると、アクティブスキル全般が使用不可になる」


 俺は説明した。

 このイベントの厄介なところは、「常時無効」ではない点だ。

 確率はランダムであり、霧の濃淡によって変動する。

 スキルを使おうとした瞬間に「スカッ」と不発に終わることもあれば、運良く発動することもある。

 この「出たり出なかったりする」という不安定さが、何よりのストレス要因となる。

 肝心な時――例えばボスの大技を防ぐ時や、瀕死の仲間を回復する時――に限って発動しないのが、マーフィーの法則であり、このゲームの仕様だ。


「鑑定結果によると、この現象はダンジョン内部限定。

 そして持続期間は……今日から5日間だ」


「5日!?

 長いですね……。

 5日間もまともに狩りができないなんて、経済的な損失が計り知れませんよ」


 田中が頭を抱える。

 ランキング争いにしのぎを削っている企業ギルドやトップランカーたちにとって、5日間の足踏みは致命的だ。

 特に今は「攻撃力至上主義」が蔓延している。

 スキルありきの超火力ビルドでイキっていた連中ほど、スキルを封じられた時の弱体化は著しい。

 通常攻撃(素殴り)の貧弱さは、先日俺がブログで酷評した通りだ。


「対策はあるんですか?

 このままだと、私たちのB級攻略もストップしちゃいますよ」


 リンが不安そうに言う。

 彼女の【重なる凶星】も、攻撃スキルに乗せてこそ真価を発揮する。

 素殴りでもそこそこ強いが、効率は10分の1以下に落ちるだろう。


「対策? あるよ。

 一番簡単なのは『状態異常回復キュア』や『沈黙耐性付与』のスキルを持つ支援職ヒーラーやバッファーに治してもらうことだ。

 彼らのスキルの中には、沈黙状態でも発動可能な『詠唱破棄ヒール』や『浄化の光』といった特殊なものが含まれていることが多いからな」


 俺はニヤリと笑った。

 そしてSNSの画面を指差した。


「……もっとも、今のトレンドに乗っかって支援職を『お荷物』扱いして追放しちまったギルドには、無理な話だがな」


          ◇


 俺の予言通り、SNSや掲示板は地獄絵図となっていた。

 これまでの「俺TUEEE」な雰囲気は消え失せ、代わりに悲痛な叫びと仲間割れの罵倒が飛び交っている。


『おい! スキル不発で死にかけたぞ! ヒーラー何してんだ! 早く治せよ!』

『いやヒーラーいないっすよ。先週リーダーが「火力が足りない」ってクビにしたじゃないですか』

『……あっ』

『ポーション飲んでも治らねえぞ!』

『バフ役がいれば「精神統一」でレジスト率上げられたのに……なんでウチのギルド脳筋しかいないんだ……』


 そんなコントのようなやり取りが、世界中で繰り広げられている。

 火力こそ正義と信じ、支援職を切り捨てた代償。

 それが「沈黙」という形で返ってきたのだ。

 彼らは今、ただの棒切れを持った一般人になり下がり、D級オークにすら苦戦している。


 俺はPCに向かい、ブログを更新した。

 今、世界が求めている「答え」を提示しつつ、愚か者たちを煽るための記事だ。

 タイトルは『【緊急解説】魔封じの霧について ~休むも勇気あるいは自業自得~』。


『どうも八代だ。

 ダンジョン内が霧で真っ白になって、パニックになっているようだが落ち着け。

 これは「沈黙」の状態異常を引き起こす環境イベントだ。

 スキルが確率で不発になる。魔法使いにとっては悪夢のような時間だな。

 期間は5日間だ。


 対策はシンプルだ。

 1.「沈黙無効」のMODが付いた装備をつける(レアだが存在する)。

 2.支援職のスキルで耐性を付与してもらう、あるいは即座に治療してもらう。

 3.大人しく5日間休む。


 さて、ここ最近の流行りで支援職を追放してしまったギルド諸君にはご愁傷様だが、2番の選択肢は消滅したな。

 1番の装備も今から市場で探そうとしても、足元を見られて法外な値段を吹っかけられるのがオチだ。

 そもそも流通量が少ない。


 なら答えは一つ。

 「5連休」だ。

 今まで働き詰めだったろう?

 温泉にでも行ってリフレッシュしてこい。

 無理して潜って、スキルが出ずに棒立ちになって死ぬよりマシだぞ。


 ……え? ランキングが下がる? ライバルに差をつけられる?

 知ったことか。

 必要な人材(支援職)を「数値が低い」という理由だけで捨てたのはお前らだ。

 そのツケを払う時が来ただけだ。

 せいぜい5日間、指をくわえて待っているんだな。』


 投稿完了。

 煽り度120%の文章だが、書いてあることは正論だ。

 だが、プライドの高いランカーや株価を気にする企業ギルドが素直に「はいそうですか」と休むわけがない。

 彼らは止まることを許されない自転車操業の中にいる。


『ふざけんな! 5日も休めるか! 日割り計算でいくら損失が出ると思ってるんだ!』

『気合で乗り切るぞ! 確率は50%くらいだろ? 運が良ければ撃てる!』

『魔石のノルマがあるんだ! 社員は全員出撃せよ!』


 彼らは強行突入を選んだ。

 結果どうなるか。

 ダンジョン内で「スキル……出ろッ! ……出ない!?」という絶望的なガチャを毎回強いられ、

 「ギャアアア!」という断末魔と共に緊急帰還(あるいは死亡)する悲劇が量産される。

 狩り効率はガタ落ち。

 ストレスで胃に穴が空く5日間を過ごすことになる。

 「あの時あいつ(ヒーラー)をクビにしなければ……」という後悔を噛み締めながら。


          ◇


 一方、俺たちアルカディアは違った。

 外野の混乱など、涼しい風程度にしか感じていない。


「はい、これ配るぞ。

 全員分の『沈黙無効』の指輪だ」


 俺はジャラジャラと大量の指輪を作業台の上にぶちまけた。

 これを作るために俺は、ここ数日寝ていないのだ。

 元々はB級攻略用の耐性装備を作っていたのだが、このイベントの予兆(魔素の変調)を【鑑定】で察知し、急遽ラインを変更して【万象の創造】でMODを書き換えたのだ。


【静寂の指輪カスタム・アルカディアモデル

 レアリティ:レア

 効果:

 ・【沈黙】状態にならない(Immune to Silence)

 ・マナ再生速度+20%

 ・全属性耐性+10%


 シンプルな効果だが、この状況下では神装備、いや入場チケットに等しい。

 これを装備していれば、霧の中でも普段通りにスキルが使える。

 世界中で俺たちだけが、ルールを無視して暴れられるのだ。


「うわぁ……さすがマスター。

 準備良すぎます。いつの間にこんな数を?」


 リンが指輪をはめながら感嘆する。

 サイズも、ぴったりに調整済みだ。


「お前らが外で稼いでくれている間に、俺が工場長として作っておいたんだよ。

 これでウチのギルドだけは、この5日間もフル稼働できる。

 いや、むしろ稼ぎ時だ」


 俺はニヤリと笑った。

 世界中が足踏みをしている間に、俺たちだけが前に進む。

 他のギルドが「沈黙」に苦しんでいる間に、俺たちはB級ダンジョンを独占し、素材を回収し、レベルを上げる。

 相対的にランキングの差はさらに開き、市場におけるアルカディアの優位性は揺るぎないものになる。


「C~F級の下部メンバーにも配っておけ。

 彼らには『特別ボーナス期間』だと言ってな。

 他のギルドが狩れない分、獲物は全部俺たちのものだ」


「了解です!

 みんな喜びますよ!」


 田中が指輪の箱を抱えて走り去っていく。

 下部メンバーたちは、この指輪のおかげで、他の探索者たちが指をくわえて見ている中、悠々と狩りを続けられる。

 その優越感と実利は、彼らの忠誠心をさらに高めるだろう。


「さて……」


 俺は大きく伸びをした。

 対策は終わった。

 あとは俺たちトップチームが、B級ダンジョンの深層へ挑むだけだ。


「行くぞ、リン、雫。

 霧が出ているとはいえ、B級の敵は手強い。

 だが、スキルが使える俺たちに死角はない」


「はい、マスター!」

「了解です。凍らせてきます」


 頼もしい返事が返ってくる。

 俺たちは装備を整え、『次元の楔』を起動した。

 光の向こうには、白い霧に包まれた灼熱の火山が待っている。


 外の世界では、無能なリーダーたちが「なんでスキルが出ないんだ!」と叫び、支援職を追放した己の愚かさを呪っていることだろう。

 その悲鳴をBGMに、俺たちは今日も最強の攻略を進める。


 5日間の「沈黙の懲役」。

 それが明けた時、世界は思い知るだろう。

 本当に強かったのは誰か、そして本当に必要だったのは誰だったのかを。



最後までお付き合いいただき感謝します。


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アメリカとかは更に脳筋ムーブしてそうだからやばそう
アメリカと日本の探索者へのスタンスってもろに教育制度の違いになってません? アメリカ:一部の天才を徹底的に教育して世界一にする(その代わり字が読めなかったり世界地図知らない大人もざらにいる) 日本…
沈黙もさることながら、濃霧って本当に先が見えない。 接近戦ならともかく、物理魔法に依らず遠距離攻撃されたら回避とか見切りに優れていても対応できなさそう。 モンスター側にも沈黙や濃霧による視界不良の影響…
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