第7話 オークションの狂騒と物流の錬金術
永田町でのプレゼンテーションから数日が過ぎた。
俺は自宅のリビングで、大型モニターに映し出されるニュース速報を眺めていた。
『――政府は本日、ダンジョン産出物の買取制度に関する大幅な見直しを発表しました』
画面の中のアナウンサーが、少し興奮気味に原稿を読み上げている。
『これまでの「一律一万円買取」制度は、探索者のモチベーション低下やアイテムの闇市場流出を招いているとの批判を受け、来週月曜日より暫定的に廃止されます。
新たな制度では、魔石やオーブなどの消耗品に関しては市場価格に基づいた新たな定額買取を実施。
そして武器や防具などの装備品に関しては、政府が運営する「公式オークションサイト」にて入札形式での売買が行われることになります――』
「よしッ!」
俺は思わず膝を叩いた。
完璧だ。
俺の提案が、ほぼそのままの形で採用された。
あの頭の固い官僚たちにしては異例のスピード決定だ。
それだけ彼らも追い詰められていたということだろう。
自衛隊の装備不足、ドロップ品の国外流出、そして国民の不満。
それらを一挙に解決する「ガス抜き」として、俺の案は渡りに船だったわけだ。
「これで一ヶ月なんて、ちんたら待ってる必要がなくなった」
本来の『ダンジョン・フロンティア』の歴史では、オークション制度が導入されるのはダンジョン発生から一ヶ月後だった。
それまでの間、プレイヤーたちは安値でアイテムを買い叩かれ、不遇の時代を過ごすはずだった。
だが俺が歴史を変えた。
時計の針を早めたのだ。
「来週からフル稼働だ。生産体制を整えるぞ」
俺は立ち上がり、アイテムボックスを開いた。
この二週間、俺はただ遊んでいたわけではない。
リン(神崎リン)をはじめとするギルドメンバー候補たちに、
「ドロップ品は売らずに俺に回せ」
と指示し、大量の「ノーマル装備」を回収していたのだ。
錆びた剣、ボロボロの革鎧、何の変哲もない鉄の指輪。
一般人から見ればゴミの山。
だが俺にとっては「宝の原石」だ。
「まずは様子見だな」
いきなり『清純の光輪』のようなSSS級ユニークアイテムを流せば、市場が壊れる。
それに、そんな国宝級のアイテムを買えるだけの資金を持っている奴は、今の日本にはいない。
政府ですら予算オーバーだろう。
狙うべきは、
「今の探索者たちが一番欲しがっているもの」。
そして、
「俺が低コストで量産できるもの」。
「……ライフ+30、単体耐性+10%。このあたりが妥当か」
俺は脳内で計算する。
現在の平均的な探索者のレベルは2~3。
HPはおよそ100前後だ。
そこに「HP+30」の補正がつけば、生存率は劇的に跳ね上がる。
即死するはずの一撃を、耐えられるようになるのだ。
そして「耐性+10%」。
序盤のセオリーとして全属性耐性を+25%以上にすることが推奨されるが、単一の装備で+10%も稼げれば御の字だ。
「強すぎず、弱すぎず。だが確実に『強い』と実感できるライン」
俺は作業に取り掛かった。
使うのは大量にストックしたノーマル品と、ダンジョンで拾い集めた『変成のオーブ』。
そして俺のユニークスキル、『万象の創造』だ。
俺は左手に『革のベルト(ノーマル)』を持ち、右手のオーブを押し当てた。
脳裏に焼き付けるのは、明確な完成形。
「付与する効果は……『肉体の活性(HP+30)』と、『火の守り(火耐性+10%)』!」
バチッ!
青い閃光が走り、オーブがベルトに吸い込まれる。
通常なら一瞬で終わる変化が、俺の意思によってねじ曲げられ、誘導され、固定される。
ボロボロだった革ベルトが艶やかな光沢を帯び、赤いルーン文字が浮かび上がっては消えた。
【丈夫な革ベルト(マジック)】
【効果:最大HP+30、火属性耐性+10%】
「……ふう、成功だ」
やはりマナの消費は激しいが、ユニークアイテムを作る時ほどではない。
これなら一日に数十個は量産できる。
俺は次々とノーマル品を手に取り、加工を続けた。
鉄の兜には「雷耐性」を。
鎖帷子には「氷耐性」を。
そしてブーツには「移動速度上昇」を少しだけオマケしてやる。
週末にかけて、俺の部屋はさながら「魔法の武具工場」と化した。
リビングのテーブルには、青白い光を放つマジックアイテムの山が築かれていく。
これら全てが、来週からの俺の軍資金になる。
「とりあえず、開始価格は10万円でいいかな」
今の探索者の懐事情を考えれば、10万円は大金だ。
だが命を守る装備になら、借金をしてでも出す価値がある。
15年後の世界ならインフレして数兆円単位の取引になるが、今は黎明期だ。
デフレ上等。
薄利多売で、シェアを独占してやる。
◇
そして迎えた月曜日。
政府公認『ダンジョン・アイテム・オークション(DIA)』がサービスを開始した。
俺は朝一番で、都内の合同庁舎に設けられた「オークション出品受付センター」へと向かった。
ネットでポチッとして終わり、というわけにはいかない。
現物を預け、鑑定を受け、登録するという物理的な手続きが必要だ。
受付ロビーは、一攫千金を夢見る探索者たちでごった返していた。
だが彼らが持ち込んでいるのは、大半が泥にまみれたガラクタだ。
俺は優先レーン(まだそんなものはないが、手際よく書類を書いたので早かった)に進み、トランクケースを開いた。
「出品申請をお願いします。計十点」
「はい、拝見します……うわっ」
窓口の職員が、中に詰め込まれた装備品の輝きを見て息を呑んだ。
明らかにオーラが違う。
周りの視線が集まるのを感じながら、俺は手続きを済ませた。
「……確かに、すべて『マジックアイテム』ですね。登録いたしました。
オークション開始は正午からです」
「どうも」
引換証を受け取り、俺はセンターを後にした。
出品するだけで一苦労だが、この手間が「信頼」の証にもなる。
政府が実物を預かっているからこそ、買い手は安心して高額入札できるのだ。
◇
帰宅後、正午。
俺はPCの前で待機していた。
公式サイトが更新され、俺が出品したアイテムがリストに掲載される。
『商品名:守りの革ベルト(火)』
『効果:最大HP+30、火属性耐性+10%』
『開始価格:100,000円』
『保管場所:東京第1センター』
同様に、氷耐性の鎧、雷耐性の兜など、計十点が並ぶ。
どれも今のドロップ品の水準を遥かに超える「逸品」ばかりだ。
「さて、どうなるか……」
俺はコーヒーを片手に、モニターの推移を見守った。
出品から数分。
アクセス数は急上昇しているが、入札はまだない。
みんな様子見をしているのだろう。
「10万円? 高すぎないか?」
「でも効果が本当なら……」
という迷いが、手に取るように分かる。
だが十分後。
最初の一件が入った。
『入札:100,000円 (ID:Tanaka1985)』
そこからは堰を切ったようだった。
『入札:120,000円』
『入札:150,000円』
『入札:200,000円』
数字が跳ね上がっていく。
ブラウザを更新するたびに、価格が書き換わる。
30万、40万、50万……。
「おいおい、ちょっと上がりすぎじゃないか?」
俺は眉をひそめた。
俺の見立てでは、いいとこ30万くらいで落札されれば御の字だと思っていた。
今の一般探索者に、50万もポンと出せる奴はそういないはずだ。
一体、誰が買っている?
その時、異質な入札が入った。
『入札:800,000円 (ID:JG_Procure)』
一気に倍近く跳ね上げた。
個人の動きじゃない。
予算を持った組織の動きだ。
IDを見る。
JG……Japan Government(日本政府)?
その直後、別の商品にも同じIDから入札が入る。
『入札:1,000,000円』
『入札:1,000,000円』
俺が出品した十点のアイテム全てが、瞬く間に100万円の大台に乗った。
そしてそこで入札が止まる。
他の個人ユーザーが戦意喪失したのだ。
「100万円……」
俺は呆気にとられた。
たった一個の革ベルトが100万円。
原価は拾ったベルト(0円)とオーブ一個(今のところ数千円程度)。
利益率は数万パーセントだ。
「……誰が買ってるのかと思えば、日本政府かよ」
俺はため息交じりに笑った。
『JG_Procure』。
おそらく防衛省の調達部門だろう。
彼らは今、喉から手が出るほど「有効な装備」を欲している。
自衛隊員に持たせるためだ。
銃が効かず、ナイフで戦うしかない現状において、HPを底上げし、魔法耐性を与える俺の装備は、まさに「現代の防弾チョッキ」なのだ。
隊員の命を守るためなら、100万円など安いもの。
税金で落とせるしな。
「……直接言ってくれれば、まとめて卸してやったのに」
まあいい。
これで「HP+30のベルトは100万円の価値がある」という実績が作られた。
今後俺が作るアイテムの価値基準が、爆上がりしたわけだ。
売上金は手数料を引かれて、俺の口座に振り込まれる。
十点で一千万円。
笑いが止まらない。
「よし。売りの方は順調だ。次は『仕入れ』だ」
俺はオークションの「出品一覧」ページを開いた。
検索条件を「ノーマル」「低価格順」に設定する。
画面にずらりと並ぶガラクタの山。
『錆びた鉄剣 現在値:1,000円』
『穴の空いた革鎧 現在値:500円』
『汚れたブーツ 現在値:300円』
多くの探索者はまだアイテムの価値が分かっていない。
あるいは、
「どうせノーマルだし、持って帰るのも重いから売ってしまおう」
と考えている。
彼らは手に入れたドロップ品を、二束三文でオークションに流しているのだ。
「いただきだ」
俺は片っ端から入札ボタンを押していった。
1000円、2000円。
高くても5000円。
駄菓子を買うような感覚で、ノーマル装備を買い占めていく。
「この『錆びた鉄剣』……ベースは『グラディウス』だな。攻撃速度が速い当たり武器だ。1000円で落札」
「この『汚れたブーツ』……実は『鉄のグリーヴ』だ。防御力が高い。500円で落札」
落札通知が次々と届く。
『おめでとうございます! 商品を落札しました。
保管場所:東京第1センター
受取可能期間:明日9:00~』
そう。
ここが唯一の面倒な点だ。
デジタルでデータが飛んでくるわけじゃない。
明日俺はまたセンターに行って、大量のガラクタ(宝の山)を受け取ってこなければならない。
そしてそれを家に持ち帰り、加工し、また出品しに行く。
「……ははっ、完全に『行商人』だな」
だが、この手間こそが参入障壁だ。
普通の人間なら、こんな鉄屑を大量に買い込んで、わざわざ運び出すなんてことはしない。
俺にはアイテムボックスがあるから運搬は楽だが、それでも物理的な移動は発生する。
だが、このループ(循環)が見えるか?
1.オークションでゴミ同然の「ノーマル品」を数百円で落札する。
2.翌日センターに行って現物を回収する。
3.自宅で『万象の創造』を使って「HP+30」「耐性付き」の「売れ筋マジック品」に加工する。
4.その足でまたセンターの窓口に出品申請する。
5.政府や金持ちがそれを100万円で買う。
6.その利益でまたノーマル品を買い占める……。
「……無限に資産が増えるな、これ」
笑いが込み上げてきた。
現代社会における転売なんてレベルじゃない。
価値のない石ころをダイヤモンドに変えて売るようなものだ。
しかも全ての工程が「合法」で、政府公認のシステムの上で成り立っている。
「明日は忙しくなるぞ。レンタカーでも借りるか?
いや、アイテムボックスがあるから手ぶらでいいか」
俺はモニターの中で増え続ける落札通知を見ながら、次の生産計画を練り始めた。
政府が買い支えてくれる今のうちに、ありったけの在庫を現金化する。
そして、その資金で俺たち「アルカディア」のメンバーのための「真の最強装備」の素材(レア品やユニーク品の原石)を、誰にも気づかれずに買い集めるのだ。
「さて、次は『武器』のラインナップを増やすか」
俺は明日のセンター往復のルートを検索しながら、不敵に笑った。
物理的な手間は増えたが、それに見合うだけの富が確実に俺の手元に流れ込もうとしていた。
最後までお付き合いいただき感謝します。
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