第40話 100万円のコインロッカー、あるいは物流のラストワンマイル革命
季節は、梅雨を迎えようとしていた。
しとしとと降る雨が、東京のコンクリートジャングルを灰色に染め上げている。
だが、そんな鬱陶しい天気など物ともせず、新宿や代々木のダンジョンゲート周辺は、かつてないほどの熱気と――そして「建設ラッシュ」に沸いていた。
港区ミッドタウン・タワー。
ギルド「アルカディア」のマスターオフィスにて、俺、八代匠は、窓ガラスを叩く雨粒の音をBGMに、複数のモニターに映し出されるニュース映像と、手元の契約書を交互に眺めていた。
『――本日、警備業界最大手の「J・ガード」は、探索者協会との包括的業務提携を発表しました』
ニュースキャスターの声が、どこか興奮気味に響く。
『これよりJ・ガードは、国内主要ダンジョンのゲート前に「総合物流拠点」を設置。
探索者がダンジョン内で取得した魔石やドロップ品を現地で預かり、安全かつ迅速に換金所やオークション会場へと輸送する新サービス「ダンジョン・デリバリー」を開始します』
画面が切り替わる。
そこには、これまで無秩序なテント村だったゲート前広場を一掃し、巨大なプレハブと堅牢なセキュリティゲートで構成された、近未来的な「要塞」が映し出されていた。
装甲車のような現金輸送車が列をなし、制服に身を包んだ警備員たちが鋭い眼光で周囲を警戒している。
「……来たな。
『警備会社参入イベント』だ」
俺はニヤリと笑い、手元の契約書にサインをした。
それはJ・ガードとの法人契約書だ。
もちろん、俺やリンたちトップチーム用ではない。
最近急増したギルドの下部組織(C~F級メンバー)たちのためのものだ。
「マスター。これ、本当に契約するんですか?」
事務作業をしていた田中が、契約書の金額欄を見て目を丸くしている。
「月額利用料、一人あたり100万円ですよ?
ウチの下部メンバーは現在50人近くいますから……毎月5000万円の固定費増です。
いくらなんでも、高すぎませんか?」
「高い?
田中、お前はまだ『サラリーマンの金銭感覚』が抜けてないな」
俺はペンを置き、詳しく解説してやることにした。
このサービスが、どれほど革命的で、そしてどれほど「安い」かを。
◇
まず、これまでの探索者のルーティンを思い出してみよう。
朝、ダンジョンに潜る。
モンスターを倒し、魔石を拾う。
数時間後、リュックが一杯になる。
ここで彼らは、選択を迫られる。
「一度戻って、荷物を預けるか?」
「それとも、無理して重い荷物を背負ったまま戦うか?」
戻れば、往復の移動時間(ダンジョン内の移動+ゲートから換金所への移動)で、1時間~2時間はロスする。
そのまま戦えば、動きが鈍り、被弾率が上がり、最悪、死ぬ。
どちらにせよ、効率はガタ落ちだ。
だが、この新サービスを使えば、どうなるか。
サービス内容は、こうだ。
『ゲート直結の専用カウンターで、24時間いつでも荷物を預入可能』。
『預けられた荷物は、3時間ごとの定期便で、厳重な警備の下、公式ギルドの査定窓口へ直送』。
『査定結果はスマホに通知され、即座に口座へ入金』。
『売らないアイテム(装備など)は夜まで倉庫で保管し、帰りに返却』。
つまり探索者は、「手ぶら」で潜り続けられるのだ。
朝、ダンジョンに入る。
昼前、リュックが一杯になったら、ポータルで一度ゲート広場に戻る。
目の前のJ・ガードの窓口に、魔石をドサッと預ける。
「頼むわ」「ういっす」で終了。
所要時間、5分。
そして即座にダンジョンへ戻り、狩りを再開する。
これを夕方まで繰り返す。
「いいか、田中。計算してみろ。
このサービスを使うことで、探索者は一日あたり、最低でも『2時間』のロスを削減できる」
俺はホワイトボードに数字を書いた。
「F級ダンジョンの時給換算は、今や9万円だ。
2時間で18万円。
20日稼働すれば、360万円の機会損失を防げることになる。
それに対して利用料は、月額100万円。
差し引き、260万円のプラスだ」
「あ……」
田中が口を開けた。
「さらに『安全』も買える。
重い魔石を持ってフラフラ歩いているところを、強盗に襲われるリスクがゼロになる。
重装備の警備員が守る要塞に預けるんだからな。
これを『安い』と言わずして、何と言う?」
「……安すぎますね。
実質タダどころか、使わないと損するレベルです」
「その通りだ。
これは『新しいインフラ』なんだよ。
高速道路を使うのに料金を払うのと同じだ。
下道をダラダラ走って時間を浪費する貧乏性より、金を払って時間を買う賢い経営者になれ」
俺の言葉に、田中は深く頷いた。
俺たちトップチームは『次元の楔』というチートアイテムで「0秒帰宅」ができるから必要ないが、まだそこまでの特権を持たない下部メンバーにとって、これは最強の支援ツールになる。
彼らの稼ぎが増えれば、ギルドへの上納金(魔石納品)も増える。
5000万の経費など、数日で回収できる投資だ。
◇
そして世間も、この事実に気づき始めていた。
サービス開始初日。
代々木ゲート前のJ・ガード受付窓口は、長蛇の列……にはなっていなかった。
なぜなら、彼らはプロだからだ。
事前にWEB予約システムを完備し、専用アプリでQRコードをかざすだけで、数秒で荷物の受け渡しが完了するシステムを構築していた。
スムーズに流れる探索者の列。
彼らの顔は明るい。
「これで往復の手間が省ける!」
「リュックが軽くなったから、もっと奥まで行けるぞ!」
口々に喜びの声を上げ、再びダンジョンへと走っていく。
特に喜んでいるのが、「ソロ勢」だ。
彼らはこれまで、荷物持ちがいないために稼ぎの上限が低かった。
だが、このサービスは実質的に「最強の荷物持ち」を金で雇うようなものだ。
ソロの機動力を活かしつつ、無限の収容力を手に入れた彼らは、水を得た魚のように狩りまくっている。
パーティー勢にとっても、恩恵は大きい。
これまで「ジャンケンで負けた奴」や「一番の下っ端」がやらされていた、荷物運びという雑用が消滅した。
全員が戦闘に集中できる。
チームの士気も上がり、連携もスムーズになる。
さらに企業勢(大手ギルド)も、こぞって契約を結んでいる。
彼らは「効率」の化身だ。
社員である探索者の残業時間を減らしつつ、売上を最大化できるこのシステムに、飛びつかないはずがない。
法人契約の窓口は、パンク寸前だという。
だが――。
光があれば影があるように、この革新的なサービスを「否定」する連中もいた。
俺はモニターを切り替え、ゲート広場の隅にある喫煙所の映像を映し出した。
そこにたむろしているのは、柄の悪い中堅ギルドのリーダーたちだ。
『けっ、100万だァ?
ふざけんなっての。誰がそんな無駄金、払うかよ』
リーダー格の男が、足元に唾を吐く。
『荷物なんてな、レベルの低い下っ端に持たせりゃタダなんだよ。
あいつらは戦闘じゃ役に立たねえんだから、石ころ運ぶくらい、させねえと給料泥棒だろ』
『違げぇねえ。
楽して金払うなんて、甘えだ、甘え』
彼らの後ろには、巨大なリュックを3つも4つも背負わされ、今にも潰れそうな顔をしている新人たちの姿があった。
所謂「荷物持ち(ポーター)」扱いされているメンバーだ。
彼らは羨ましそうに、J・ガードの窓口を利用する他の探索者たちを見ている。
「……出たな。
『ざまぁ』候補の皆さんだ」
俺は冷ややかに呟いた。
彼らは気づいていない。
「下っ端に持たせればタダ」という考えが、どれほど時代遅れで、致命的なリスクを孕んでいるかに。
第一に、下っ端だって人間だ。
レベルが上がれば強くなるし、自我も芽生える。
周りの探索者が「月100万払って楽をしている」のを見れば、自分たちの待遇の理不尽さに気づく。
「なんで俺だけ、こんな重労働を?」
「ソロでやって、J・ガード使ったほうが稼げるじゃん」と。
結果、彼らは離反する。
荷物持ちがいなくなったリーダーたちは、自分で荷物を背負う羽目になり、効率がガタ落ちする未来が待っている。
第二に、セキュリティの問題だ。
人間は、魔が差す。
数千万円分の魔石を背負わされた、不遇な扱いを受けている下っ端。
もし彼らが「これを持って逃げたら、一生遊べる」と考えたら?
ダンジョン内での持ち逃げ、あるいは換金所でのネコババ。
警備会社の厳重な管理システムとは違い、個人の忠誠心に依存した管理など、砂上の楼閣だ。
「時代に取り残された連中は、勝手に淘汰されていくだろうな。
俺たちが手を下すまでもない」
俺は画面の中の彼らに、心の中で別れの言葉を贈った。
さようなら。
君たちの席は、もうないよ。
◇
サービスの開始から一週間。
事態は、俺の予想を超えて加速していた。
J・ガードの成功を見た他の警備会社――ALSOK、セコム、全日警といった大手から、地元の中小警備会社までが、雪崩を打ってこの「ブルーオーシャン」に参入してきたのだ。
ゲート前広場は、警備会社の博覧会と化していた。
『J・ガード』の黄色い看板。
『ALSOK』の青い看板。
『セコム』の赤い看板。
それぞれが独自のサービスを打ち出し、熾烈な客引き合戦を繰り広げている。
「今なら加入特典で、装備プレゼント!」
「ウチは換金手数料、無料キャンペーン中です!」
「女性探索者専用・イケメン護衛プラン、あります!」
カオスだ。
だが、この競争がさらなる利便性を生んでいる。
当初懸念されていた「キャパシティオーバー(受付待ちの行列)」も、参入企業が増えたことで解消された。
むしろ窓口が増えすぎて、探索者の方が選り取り見取りの状態だ。
そして、ここで生まれたのが「新たな雇用」だ。
警備会社は、大量の人員を必要とした。
窓口業務を行う事務員。
荷物を運ぶ屈強なポーター。
現金輸送車のドライバー。
そして万が一の魔物襲撃に備える、武装警備員。
特に「武装警備員」の枠には、引退した元警察官や元自衛官が殺到した。
ダンジョンには潜れないが、銃や武器の扱いは慣れている。
そんな彼らにとって、地上で「ダンジョンの富」に関われるこの仕事は、最高の再就職先となった。
「……社会が回ってるな」
俺はオフィスの窓から、絶え間なくゲートを出入りする輸送車の列を見下ろした。
魔石が運ばれ、金が運ばれ、人が働く。
ダンジョンという異物が、完全に日本経済の血管として機能し始めている。
「マスター。
ウチの下部メンバーたちからも、感謝の報告が来ています」
リンがタブレットを見せる。
『J・ガード最高です! もうリュック背負って歩くなんて考えられません!』
『稼ぎが1.5倍になりました。来月には装備更新できそうです』
『移動時間が減った分、スキルの訓練に時間を割けるようになりました』
皆、生き生きとしている。
月100万の出費など、必要経費として割り切っているようだ。
彼らの成長速度が上がれば、それだけ早くC級、B級へとステップアップできる。
俺の投資は、着実に実を結びつつある。
「よかったな。
……さて、そろそろ俺たちも動くか」
俺は立ち上がった。
下界のインフラ整備は順調だ。
ならば俺たち「上層民」は、そのインフラが運んでくるはずのない「未知の領域」へと足を踏み入れなければならない。
「リン、田中、雫。
装備のメンテは、済んだか?」
「バッチリです!」
「いつでも行けます!」
「準備万端です」
3人が力強く答える。
「よし。
今日はB級ダンジョン『紅蓮の火山』の最深部……ボスエリアへのアタックだ。
警備会社なんて甘っちょろいサービスが存在しない、命がけの領域。
そこでしか手に入らない『本物』を、狩りに行くぞ」
俺は『次元の楔』を起動した。
空間が裂け、灼熱の風がオフィスに流れ込む。
これが俺たちの「通勤ルート」だ。
100万円払う必要もない、特権階級だけの直通エレベーター。
「行ってきます、事務員の皆さん。
お土産は、マグマドラゴンの心臓あたりでいいか?」
「いってらっしゃいませ、社長!」
事務員たちの声に見送られ、俺たちは光の中へと消えた。
ゲートの外では今日も数万人の探索者が列を作り、警備会社に荷物を預け、一喜一憂している。
その巨大な経済の歯車を回しているのが、実は俺という一人のゲーマーの知識であることなど、彼らは知る由もない。
新しいインフラは、社会を強くする。
そして強くなった社会は、俺という怪物をさらに高くへと押し上げてくれる。
その共依存の関係が、今はたまらなく心地よかった。
最後までお付き合いいただき感謝します。
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