番外編 屑鉄の王との邂逅、あるいは限界オタクの密かなる熱狂
港区ミッドタウン・タワー、ギルド「アルカディア」マスターオフィス。
眼下に広がる東京の街は、今日も今日とてダンジョン景気に沸き立っている。鑑定レンズの普及、魔石価格の高騰、そして無数に生まれる成金と、その裏で静かに増殖する「追放者」たち。
世界は加速している。俺が敷いたレールの上を、脱線ギリギリの猛スピードで。
だが、その震源地にいる俺、八代匠の現状はと言えば――。
「……終わらん。死ぬ。過労死する」
デスクの上に積み上げられた書類の山。
タブレットに表示される数百件の未読メール。
そして何より、新規事業「アルカディア・サード(第三部隊)」の設立準備に伴う膨大な人事データ。
俺は魂の抜けた顔で天井を仰いだ。
ギルドが大きくなりすぎた。
トップチーム(俺、リン、田中、乃愛、雫)は最強だ。C級はおろか、B級すら攻略圏内に捉えている。
だが、組織としての「足腰」となる下部組織の構築が急務だった。
鑑定レンズの普及により、数値至上主義のブラックギルドから弾き出された「低ステータス」の探索者たち。
彼らを安価で大量に雇用し、資源回収や生産を担わせる巨大なシステム。
その構想自体は完璧だ。
だが問題は、その「数千人規模の落ちこぼれ軍団」を、誰が統率するのかという点だ。
「俺がやるのは無理だ。B級攻略と魔石取引、政治家との腹の探り合いで手一杯だ」
「リンや田中に任せたら、三日で組織が崩壊する」
「乃愛は事務方としては優秀だが、荒くれ者や傷ついた人間を引っ張るカリスマ性はない」
欲しいのは「人材」だ。
それも、ただ優秀なだけじゃない。
挫折を知り、泥水をすすり、それでも他人のために旗を振れるような、稀有なリーダーシップを持った人材。
そんな都合の良い聖人君子が、この欲にまみれた東京砂漠にいるわけが――
「……ん?」
俺の手が止まった。
何気なく【鑑定】スキルを発動させながら、高速でパラパラと捲っていた履歴書の山。
その中の一枚に、奇妙な「輝き」を感じたのだ。
俺はその履歴書を引き抜いた。
貼られている証明写真は、どこにでもいそうな茶髪の青年。
少し垂れ目で、頼りなさげな笑顔を浮かべている。
年齢は19歳。
前職:中堅ギルド「暁の牙」所属(ポーター兼雑用)。
志望動機:クビになったため。どんな仕事でもします。
一見すれば、ただの「ハズレ」だ。
鑑定レンズで見れば、ステータスは一般人以下だろう。
だが俺の【SSS級鑑定】は、その履歴書の裏にある「真実」を、暴力的なまでの情報量で俺の脳内に叩き込んできた。
『名前:結城 旭』
その名前を見た瞬間、俺の思考が停止した。
そして次の瞬間、脳内で火山が噴火したような興奮が駆け巡った。
(……は? えっ? 嘘だろ?)
俺は椅子から転げ落ちそうになりながら、履歴書を顔に押し付けんばかりに見つめた。
(結城旭……!? あの「結城旭」か!?
『ダンジョン・フロンティア』1年目シナリオの裏主人公!
「屑鉄の王」! 「見捨てられた者たちの守護神」!
将来のSS級探索者にして、最強のレギオン・マスターになるはずの男が……なんでウチのバイト面接に来てんだよォォォォッ!!!)
俺は心の中で絶叫した。
これは事件だ。
300億円の杖なんて目じゃない。
歴史が変わるレベルの「特異点」が、向こうから勝手に履歴書を送ってきたのだ。
俺は震える手で、彼に隠されたユニークスキルの詳細を再確認する。
『スキル名:千の絆 (Thousand Link)
レアリティ:ユニークスキル(等級:SS ※条件付き)
効果:自身が「リーダー」と認識しているパーティ、または組織のメンバー数に応じて、自身の全ステータスが上昇する。
上昇率:メンバー1人につき全ステータス+5%。
上限:なし(無限)』
(くっ……! 何度見ても美しい壊れスキルだ……!)
俺はニタニタと笑いが止まらなかった。
このスキルの恐ろしさは、その「拡張性」にある。
1人につき5%。
普通のRPGなら、パーティ人数はせいぜい4人か6人だ。それなら最大30%アップ程度。強いが壊れではない。
だが、この世界(現実)には人数制限がない。
俺が用意しようとしている「アルカディア・サード」の規模は、初期段階で500人。将来的には数千人を見込んでいる。
500人 × 5% = 2500%。
全ステータス25倍。
F級の一般人が、いきなりドラゴンスレイヤー級の身体能力を手に入れる計算だ。
しかもこれは「基礎ステータス」に乗算される。
装備で強化すれば、さらに倍率ドンだ。
(だが、こいつの真価はそこじゃない……!)
俺はさらに深く、スキルの深淵を覗き込む。
まだロックされている「覚醒能力」。
メンバー数が100人を超えた時、世界が彼を「個」ではなく「群」として認識した時に発動する、禁断の権能。
『覚醒スキル:万軍の器
効果1:全能共有。配下メンバーが保有する「ユニークスキル」を含む全てのスキルを、旭自身が自由に行使可能になる。
効果2:生命共有。旭が受けたダメージを、配下全員に均等に分散させる』
(これだ……! これこそが「屑鉄の王」たる所以!)
配下の能力をすべて使える。
つまり俺が「尖ったユニークスキル持ちだが戦闘力のない生産職」や、「一発芸しかできないネタスキル持ち」を拾ってきて、彼の部下にすればいい。
その瞬間、結城旭はその能力を「最強のステータス」で使いこなすことができる。
『絶対防御』を持つ部下がいれば、旭は無敵の盾になる。
『超長距離狙撃』を持つ部下がいれば、旭は戦略兵器になる。
『料理』が上手い部下がいれば、旭は戦場で絶品チャーハンを作ることもできるだろう(意味はないが)。
彼は一人で軍隊そのものになれる。
そして部下がいる限り、ダメージを分散して実質不死身となる。
(インチキだ……。はっきり言って、俺の【万象の創造】や【鑑定】とはベクトルが違う、純正の「主人公補正」だ)
本来のゲームシナリオでは、彼はブラックギルドを追放された後、スラム街で虐げられている孤児や老人たちを匿い、細々と生きていくはずだった。
そしてスタンピードの危機に際して覚醒し、寄せ集めの集団を率いて都市を守り抜く――という感動的なイベントを経て、表舞台に出てくるはずの英雄だ。
それがまだ覚醒前の、ただの「心優しい落ちこぼれ」として、俺の手元に転がり込んできた。
(……ファンです。サイン下さい。握手して下さい。
いや待て、落ち着け八代匠。
ここで俺が「うわー! 結城くんだー!」とか言って抱きついたら、通報されて終わる)
俺は深呼吸をした。
冷静になれ。
今の彼は自信を喪失し、自分を無能だと思い込んでいる19歳の青年だ。
そんな彼にいきなり「君は将来の魔王だ」と言っても、信じないだろう。
必要なのは「演出」だ。
俺はアルカディアのギルドマスターとして威厳たっぷりに彼を導き、そして(内心では涎を垂らしながら)彼を囲い込まなければならない。
「……乃愛!」
俺はインターフォンを叩いた。
「はいリーダー。どうしました?
また変な笑い声が聞こえてきましたが……」
「失礼な。武者震いだ。
すぐに面接の手配をしてくれ。
この『結城旭』という男だ。
最優先だ。他の予定は全部キャンセルしてもいい。
今すぐここへ呼べ」
「はぁ……。分かりましたけど、ただのポーター志望ですよ?
そんなに急ぎます?」
「急ぐとも。
ダイヤの原石が、ゴミ捨て場に落ちてるようなもんだ。
誰かに拾われる前に、俺が磨く」
◇
数時間後。
アルカディアの面接室(という名の、俺の執務室の応接エリア)。
そこに一人の青年が座っていた。
安物のリクルートスーツ。
サイズが合っていないのか、袖口が少し短い。
茶髪で少しタレ目。
緊張でガチガチになっているが、その瞳には隠しきれない「人の良さ」が滲み出ている。
(……うわ本物だ。「生」結城くんだ……)
俺はデスク越しに彼を見つめながら、内心でペンライトを振っていた。
ゲーム画面越しに見ていた、あのキャラクターが現実にここにいる。
少し痩せているな。苦労しているんだろう。
あとで高級焼肉でも奢ってやりたい。
「ああの……。本日はお時間をいただき、ありがとうございます。
結城旭と申します」
彼が深々と頭を下げる。
声が震えている。
無理もない。目の前にいるのは、今や飛ぶ鳥を落とす勢いの世界最強ギルドのマスターだ。
彼からすれば雲の上の存在だろう。
「……楽にしてくれ。
アルカディア・ギルドマスターの八代だ」
俺は極力声を低くして、「カリスマ経営者」のトーンを作った。
足は組む。指は組む。
視線は鋭く、しかし観察するように。
「履歴書拝見した。
『暁の牙』を先週付で退職……いや、解雇されたようだな」
「ははい……。
恥ずかしながら……。
『戦闘力が皆無』で、『荷物持ちとしても移動速度が遅い』と……。
報酬の頭数に入れるだけ無駄だと言われまして」
旭は自嘲気味に笑った。
その笑顔が痛々しい。
彼のスキル【千の絆】は、パーティメンバーが増えれば増えるほど強くなる。
だが逆に言えば、「少人数」では効果が薄い。
5人パーティなら、ステータス上昇はたったの25%。
F級の一般人が1.25倍になったところで、たかが知れている。
前のギルドが彼を「無能」と判断したのは、ある意味で鑑定レンズの弊害であり、彼らの無知ゆえの悲劇だ。
「そうか。
で、君自身はどう思っているんだ?
自分は無能だと?」
「……否定はできません。
鑑定レンズで見てもらっても、僕のステータスは全部『Gランク』とか『Fマイナス』でしたから。
才能がないのは事実です」
彼は俯いた。
だがすぐに顔を上げ、真剣な眼差しで俺を見た。
「でも、雑用なら自信があります!
荷物の整理、装備の手入れ、野営の準備……。
みんなが少しでも快適に探索できるようにサポートすることなら、誰にも負けないつもりです!
給料は安くて構いません。
どうか働かせてください!」
健気だ。
泣けてくるほど健気だ。
この自己犠牲の精神。
これが彼のスキルの根源なのだ。
「自分のため」ではなく、「誰かのため」に動く時だけ、世界が彼に力を貸す。
(……ああ、もう我慢できん)
俺は芝居がかった溜息をつき、立ち上がった。
そしてゆっくりと彼に歩み寄る。
「正直に言おう、結城くん。
君のユニークスキルについて、自分でも分かっているかな?」
「え……?
ユニークスキルですか?
僕にそんなものがあるんですか?
鑑定士の方に見てもらった時は『なし』と言われましたが……」
「節穴だな。その鑑定士も、前のリーダーも」
俺は彼の目の前に立った。
見下ろす形になるが、威圧感を与えないように少し屈み込む。
「あるんだよ。君には。
それも世界をひっくり返すほどの『王の資質』がな」
「王……? 僕がですか?」
旭が目を白黒させる。
冗談だと思っているようだ。
「俺の眼は誤魔化せない。
君のスキルは『リーダーになること』で、初めて発動する。
君が荷物持ち(パシリ)だったから弱かったんじゃない。
君が『上に立たなかった』から弱かったんだ」
俺は彼の肩に手を置いた。
華奢な肩だ。
だが、この肩には将来、数千人の命運が乗ることになる。
「君はリーダーになるべきだ。
いや、ならなければいけない」
「む無理ですよ!
僕なんかがリーダーなんて!
誰もついてきませんよ!」
「来るさ。
これからこの世界には、君と同じように『無能』の烙印を押され、居場所を失った追放者たちが溢れかえる。
彼らは迷い、傷つき、凍えている。
彼らが必要としているのは、強い剣を持った英雄じゃない。
痛みを分かち合い、手を差し伸べてくれる『優しい王』だ」
俺は言葉に熱を込める。
これは勧誘であり、予言であり、そしてファンとしての願望だ。
「アルカディアは今、下部組織を設立しようとしている。
そこは他のギルドを追い出された者たちの受け皿になる場所だ。
俺には、そこをまとめる時間も、優しさもない。
俺は効率厨で、冷徹なビジネスマンだからな」
俺はニヤリと笑った。
「だが君ならできる。
君が彼らの先頭に立ち、彼らを守ると誓った時――君は最強になる。
これは比喩じゃない。物理的な事実だ」
「僕が……みんなを守る……」
旭の瞳が揺れる。
その言葉は、彼の心の琴線に触れたようだ。
「強くなりたい」ではなく、「守りたい」。
それが彼のトリガーだ。
「やってくれないか、結城旭。
アルカディア・サードの部隊長になってくれ。
君の下に集まる100人、1000人の『弱者』たちを、君の力で『最強の軍団』に変えてくれ。
装備も資金も環境も、すべて俺が用意する。
君はただ、そこにいて笑っていればいい」
長い沈黙。
旭は自分の手を見つめ、そして俺を見た。
その目から怯えが消えていた。
「……分かりました。
そこまで言っていただけるなら……。
僕も追放された身です。
あの時の悔しさも、絶望も知っています。
もし僕に、同じような人たちを助ける力があるのなら……やってみます。
リーダー、やらせてください!」
「よし!!!」
俺は叫んだ。
心の中のファンボーイがガッツポーズをした。
契約成立だ。
これでアルカディアの未来は盤石だ。
最強の矛(俺、リン、雫)と、最強の盾兼軍団(旭とサード)が揃った。
「期待しているぞ、旭!
君は今日からウチの幹部だ!
さあ契約書だ! ハンコ押してくれ!
あと……」
俺は懐から色紙とマジックペンを取り出した。
ついに我慢の限界が来たのだ。
「えっ? なんですか、これ?」
「サインだ」
「は?」
「サインをくれ。ここに。
宛名は『八代さんへ』でいい」
「えええええ!?
ななんでですか!?
僕、ただの一般人ですよ!?」
旭がドン引きしている。
だが俺は止まらない。
キリッとした表情はどこへやら、完全に早口オタクの顔になっていた。
「いいから書くんだ!
君は将来、歴史に名を残すビッグな男になる!
その時の『初期サイン』はプレミアがつくんだよ!
日付も入れてくれ!
あと握手! 握手も頼む!」
「ちょちょっとリーダー!?
何やってるんですか、気持ち悪い!」
控えていた乃愛が慌てて止めに入ってくる。
リンもポカーンと口を開けている。
「うるさい! これは俺の趣味だ!
先行投資なんだよ!
ほら旭くん、手汗とか気にしなくていいから!
ガッチリいこう、ガッチリ!」
「ははい……。
よく分かりませんが、握手……」
俺は旭の手を両手で包み込み、ブンブンと振った。
温かい手だ。
これが将来、数千人の命を背負う手かと思うと、感動で涙が出そうだ。
「……なんか、思ってた人と違いますね、八代さんって。
もっと怖い人かと思ってました」
旭が苦笑いしながら、少しだけ肩の力を抜いた。
「ふん。仕事中は鬼だが、プライベートではただの『見る目がある男』さ。
さあ、これから忙しくなるぞ、旭。
まずは君の部下となる『人材(ゴミ捨て場の宝)』を、一緒に拾いに行くぞ!」
「はい! ついていきます、マスター!」
こうして。
アルカディアに、新たな、そして最強の「ピース」が埋まった。
屑鉄の王、結城旭。
彼が率いる「第三部隊」が、やがて世界を震撼させる最強の軍団へと変貌するまで、あと少し。
俺は色紙を家宝として額縁に飾ることを決意しつつ、まずは彼の装備(生存特化のガチガチ装備)をクラフトするために作業場へと走ったのだった。




