第38話 三百万人の金脈と時限爆弾、あるいは世界救済のための人的資源論
ダンジョンゲートが世界に出現してから、六ヶ月目に突入した。
半年。
たった半年で、この国の景色は一変したと言っていい。
港区ミッドタウン・タワー。
ギルド「アルカディア」のマスターオフィスから見下ろす東京の街は、かつてないほどの――いや、戦後復興期や高度経済成長期すら凌駕するほどの、異常な熱量に包まれていた。
デスク上の大型モニターには、総務省統計局が発表した最新の労働力調査データが表示されている。
そのグラフは、従来の経済学者が目を見れば卒倒するような、垂直に近い上昇曲線を描いていた。
『国内探索者人口推計300万人を突破』
300万人。
日本の労働人口の約5%にあたる人間が、今や「探索者」という職業に就いている計算になる。
半年前には存在すらしなかった職業が、今や自動車産業や建設業に匹敵する、巨大な雇用吸収装置となっているのだ。
「……300万か。ペースはまあまあだな」
俺、八代匠は淹れたてのコーヒーを啜りながら、その数字の羅列に満足げな溜息をついた。
俺が仕掛けた「ステータスアップによる自己投資ブーム」。
アメリカ大統領がぶち上げた「魔石買取価格3倍キャンペーン」。
そして日本政府による「鑑定レンズ」の普及と、大手企業による「安価な装備」の供給。
これら全ての要素が化学反応を起こし、日本人はかつてない勢いで地下へと潜り始めた。
もはや「危険な場所」という認識は薄れ、「誰でも稼げる巨大な鉱脈」としての認識が定着している。
特に凄まじいのが、F級ダンジョンの状況だ。
モニターの画面を切り替える。
都内の主要なF級ダンジョン内部のライブカメラ映像だ(もちろん、俺が設置させたものだ)。
そこには、まるで休日のショッピングモールのように賑わう地下迷宮の姿があった。
通路を行き交う無数の探索者たち。
会社帰りのスーツ姿、学生服、主婦のグループ、そして本職の作業着組。
彼らは整然と列を作り、ポップしたゴブリンを流れ作業のように処理し、ドロップした魔石を嬉々として回収していく。
「マスター、またダンジョンが広がりましたね」
背後からリンが興味深そうに画面を覗き込んできた。
彼女の言う通り、映像の中のダンジョン通路は、以前よりも明らかに広くなっていた。
かつては人一人が通るのがやっとだった獣道が、今では大型トラックがすれ違えるほどの大通りに変貌している。
「ああ。『自動拡張機能』が働いているな」
俺は解説した。
これは『ダンジョン・フロンティア(ダンフロ)』のシステムにおける、重要な仕様の一つだ。
ダンジョンは通常、パーティーごとに個別の空間を生成する「インスタンス方式」を取る。
だが、あまりにも多くの人間が同時にアクセスした場合、サーバー(世界)の処理能力を維持するために、一時的に「共有ダンジョン(パブリック・フィールド)」へと移行する。
そして、その共有空間の人口密度が限界を超えると――ダンジョン自体が「適応」し、空間を拡張させるのだ。
狭い部屋に100人詰め込めば窒息するが、ダンジョンは勝手に壁を押し広げ、階層を増やし、モンスターの湧きポイントを分散させることで、収容人数を増やしていく。
まるで、より多くの獲物を胃袋に収めようとする巨大な生物のように。
「最初は芋洗い状態で、ゴブリンの取り合いで喧嘩も起きていたが……。
今じゃ100万人が同時に潜っても、快適に狩りができる環境になりつつある」
俺は感心したように頷いた。
この自動調整機能のおかげで、今の日本は「失業者ゼロ」どころか「人手不足倒産」が相次ぐほどの好景気に沸いている。
計算してみよう。
現在、F級ダンジョンに潜る一般探索者の平均稼働時間は、一日約6時間だ。
レベルが上がって体力がついた彼らにとって、6時間の肉体労働など軽い運動に過ぎない。
むしろステータスアップの恩恵で、疲れ知らずになっている。
そして、F級魔石のドロップ率は、1時間あたり平均3個。
6時間で18個。
現在の買取価格は、アメリカの介入により1個3万円で高止まりしている。
3万円 × 18個 = 54万円。
日給54万円。
月20日稼働で月収1080万円。
年収1億越え。
これが今の日本の「浅瀬(F級)」にいる300万人の、平均的な収入だ。
彼らは全員が、かつての富裕層と同等か、それ以上のキャッシュフローを手にしている。
「そりゃあ、消費も爆発するわけだ」
俺は別のニュースサイトを開いた。
『高級外車納車3年待ち』
『都心タワマン即日完売』
『銀座の寿司屋ランチ10万円でも行列』
金が余っているのだ。
稼いだ金を使いたくて仕方がない人々が街に溢れている。
経済は大回転し、GDPは垂直に跳ね上がっている。
まさに狂乱のバブル。黄金の国ジパングの再来だ。
だが。
その熱狂の裏で、俺は冷徹な「時限爆弾」の秒読み(カウントダウン)を聞いていた。
「……みんな忘れてるんだろうな。
この国には『税金』というシステムがあることを」
俺がポツリと呟くと、傍らで事務作業をしていた田中がビクッと肩を震わせた。
彼は元社畜であり、税金の怖さを骨身に染みて知っている側の人間だ。
「そ、そうですよね……。
日給54万ってことは、年間1億オーバー……。
所得税と住民税で半分以上、持っていかれますよね?」
「ああ。最高税率55%だ。
さらに言えば、彼らの多くは個人事業主としての届出すらしていない。
帳簿もつけていないだろうし、経費の計算もしていない。
稼いだ金を全部『自分のもの』だと思って使い込んでいる」
俺は残酷な未来を予言した。
「来年の2月。確定申告の時期。
日本中で阿鼻叫喚の地獄絵図が展開されるぞ。
『税金? 払えるわけないだろ! もう使っちまったよ!』
『なんで半分も国に取られるんだ! 命がけで稼いだのに!』
……そんな怒号が、税務署に殺到する」
政府も馬鹿じゃない。
この事態は予測しているはずだ。
だが、あえて放置している節がある。
なぜなら、この「怒り」こそが次なる社会変革――『ダンジョン税制改正』へのトリガーになるからだ。
国民の怒りが頂点に達し、暴動寸前になった時、政府は「特例措置」として大幅な減税や、過去に遡っての免税を発表する。
そうすることでガス抜きを行い、同時に新たな管理システム(源泉徴収制度など)を導入する。
それが『ダンフロ』のシナリオにおける税制イベントの流れだ。
(まあ、俺たちアルカディアは優秀な税理士チームを雇って対策済みだし、裏金はアメリカの口座に逃がしてあるから関係ないが……。
一般の探索者諸君には、せいぜい今のうちに美味い飯を食っておけと言いたいね。
後で吐き出すことになるとしても、味の記憶くらいは残るだろう)
俺は悪趣味な笑みを浮かべた。
このバブルは、弾けることが確定している。
だが弾けた後に残るのは「焦土」ではない。
レベルアップして強靭になった国民と、整備された法制度。
それが次のステージへ進むための土台となる。
◇
さて。
俺がなぜここまでして探索者の人口爆発を歓迎し、経済を煽っているのか。
単に自分の懐を肥やすため?
もちろんそれもある。9割くらいはそうだ。
だが残りの1割には、もっと深刻で世界的な危機回避のための計算が含まれている。
俺はモニターに世界地図を表示させた。
現在、ダンジョンを積極的に活用しているのは日本とアメリカだけだ。
他の国々――EU、ロシア、中国、中東、南米。
彼らは依然としてダンジョンを「封鎖」し、軍隊で囲い込み、中から出てくるものを恐れている。
だが、その封鎖が破られる時が来る。
それも最悪の形で。
――【世界同時スタンピード(大氾濫)】。
ダンジョンゲート出現から、ちょうど1年後。
管理されていない、あるいは「間引き」が行われていない世界中のF級ダンジョンが一斉に限界を迎え、内部のモンスターを地上へと吐き出すイベントだ。
「……あと半年か」
俺は地図上の赤い点(封鎖されているゲート群)を見つめた。
出現するのはF級モンスターだ。
ゴブリン、コボルト、オーク。
俺たちにとっては雑魚中の雑魚。
レベル10もあればワンパンで倒せる相手だ。
だが問題は「数」と「耐性」だ。
スタンピードで溢れ出すモンスターの数は、億単位に及ぶ。
そして彼らは既存の近代兵器――銃弾、砲弾、爆風に対して、極めて高い耐性を持っている。
戦車砲を撃ち込んでもHPバーが数ミリ減るだけ。
マシンガンを掃射しても怯みもしない。
核を使えば倒せるかもしれないが、自国の都市に核を落とせる指導者はいない。
結果、一般兵士は無力化され、都市は蹂躙される。
世界が終わる。
それを防ぐことができるのは唯一つ。
「魔力を持った攻撃」ができる存在――すなわち探索者だけだ。
「このレイドバトルを乗り切るには、どうしても『頭数』が必要なんだよ」
俺は独り言のように呟いた。
アメリカと日本の探索者が世界中に派遣され、現地の軍隊と協力してモンスターを駆除する。
そのためには数万、数十万のエリートだけでは足りない。
数百万人の「歩兵」が必要なのだ。
だからこそ俺は、今のバブルを歓迎している。
今、浅瀬でちゃぷちゃぷと金稼ぎをしている300万人の素人たち。
彼らが毎日ゴブリンを殴り、レベルを上げ、装備を整える。
半年後には彼らの大半が、レベル20~30に到達しているだろう。
レベル30の探索者、300万人。
これは核兵器をも凌駕する、地球最強の軍事力だ。
彼らが武器を持って世界に散らばれば、スタンピードなど恐れるに足らない。
むしろ「経験値稼ぎのボーナスステージ」として、美味しく頂くことができる。
「英雄が一人で世界を救うなんてのは、ファンタジーの中だけの話だ。
現実は数だ。暴力的なまでの物量が、世界を救う」
俺の戦略は一貫している。
大衆を扇動し、欲望を刺激し、彼らを「自発的に」戦力へと育て上げる。
俺が手を下すまでもなく、彼らが勝手に世界を救ってくれるように仕向ける。
それが最も効率的で、最も安全な攻略法だ。
◇
その時、インターフォンが鳴った。
乃愛の声だ。
「リーダー、内閣官房の佐伯さんから、極秘回線での通話リクエストが来ています。
繋ぎますか?」
「……佐伯か。珍しいな、この時間に」
俺は眉をひそめた。
嫌な予感がする。
彼が連絡してくる時はたいてい、面倒な相談か、あるいは俺の足元を見ようとする腹の探り合いだ。
「繋げ」
モニターに、佐伯の疲れた顔が映し出された。
背景は官邸の執務室だろうか。
『やあ八代くん。
相変わらず景気が良さそうだな。
君のギルドの納税額を楽しみにしているよ』
「ご挨拶ですね、佐伯さん。
安心してください。うちはホワイト企業ですから、法に則ってきっちり払いますよ。
……で、用件は?」
俺は無駄話を切り上げた。
佐伯は表情を引き締め、本題に入った。
『単刀直入に聞こう。
君は「魔導兵器」の実用化について、どう考えている?』
「魔導兵器?」
『ああ。
先日君がアメリカで見せたアーティファクトの鑑定結果……あれをきっかけに、各国が軍事利用への関心を高めている。
我が国の防衛省内でも、魔石を弾頭に組み込んだミサイルや、魔力障壁を展開する戦車の開発を急ぐべきだという声が上がっていてね』
来たか。
【魔導技術ルート】の誘惑だ。
『ダンフロ』には探索者を育てる「人的資源ルート」とは別に、科学技術で解決する「魔導兵器ルート」が存在する。
魔石のエネルギーを直接兵器に転用し、誰でも使える強力な銃火器を作る。
これを量産して世界中に配れば、探索者がいなくてもスタンピードに対処できる……という理屈だ。
だが俺は、このルートを絶対に選ばない。
「……やめておいた方がいいですね」
俺は即答した。
『なぜだ?
君なら開発のヒント……いや、設計図すら持っているのではないか?
それがあれば自衛隊の戦力は飛躍的に向上する。
探索者に頼らなくても国防が可能になる』
「リスクが高すぎますよ、佐伯さん」
俺は冷ややかに告げた。
「魔導兵器は、言ってみれば『簡易的な核兵器』です。
一度作ってしまえば拡散は止められない。
もしそれがテロリストの手に渡ったら?
あるいはスタンピードの混乱に乗じて、独裁国家が隣国に向けて撃ち込んだら?」
ゲーム内での「魔導兵器ルート」の結末は悲惨だった。
スタンピードは防げたものの、その後の世界は魔導兵器による際限のない軍拡競争と内戦の泥沼に沈んだ。
ハッピーエンドとは程遠い、ディストピアENDだ。
「それに兵器は所詮、道具です。
使えば壊れるし、弾切れもする。
ですが探索者は『成長』します。
戦えば戦うほど強くなり、新たな資源を持ち帰ってくる。
持続可能性という観点から見ても、今は人を育てるべきフェーズです」
もっともらしい理屈を並べる。
本音を言えば「俺の商売敵(軍産複合体)を増やしたくない」というだけだが。
俺が支配する装備市場に、安価で強力な魔導兵器が流通してしまったら、商売あがったりだ。
『……ふむ。
君がそこまで言うなら、慎重論を崩さないでおこう。
だが他国はどうかな?
特にロシアや中国あたりは、独自に開発を進めているという情報もある』
「彼らにはやらせておけばいい。
どうせ暴発して、痛い目を見るのがオチです。
日本はあくまで『探索者立国』としてのブランドを確立すべきだ。
技術よりも人。
それが最終的に勝つための『最適解』ですよ」
『……分かった。
君の先見の明を信じよう』
佐伯は納得したように(あるいは諦めたように)通信を切った。
ふぅ、と息を吐く。
危ないところだった。
政府が余計な色気を出して魔導兵器に予算を全振りし始めたら、俺の描く「探索者300万人計画」が狂ってしまう。
「……武器なんて貸し与えたら、ろくなことにならないからな」
俺は窓の外を見た。
1年後の世界。
スタンピードを乗り越えた先にあるのは、日米を中心とした新たな国際秩序か。
それとも魔導兵器を隠し持った準覇権国家たちによる冷戦か。
ロシア、中国、EU、イギリス、韓国。
彼らもまた独自のルートでダンジョン攻略を進めている。
俺の知らない「変数」が世界のどこかで生まれている可能性は高い。
「ま、先のことを考えても仕方がない。
今は目の前のカモ……いや、お客様たちを育てて肥え太らせるのが先決だ」
俺はモニターに映るF級ダンジョンの賑わいを見つめた。
この300万人のモブたちが、いずれ世界を救う盾となり、矛となる。
そして、その装備一式を売りつけるのは、この俺だ。
俺は残っていたコーヒーを飲み干した。
苦味が心地よい現実感を伴って、喉を落ちていった。
最後までお付き合いいただき感謝します。
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