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第6話 永田町攻略戦または官僚たちへのプレゼンテーション

 深夜のX(旧Twitter)での「無料鑑定」祭りが一段落し、俺は泥のように眠った。

 そして翌日の正午。

 遅めの朝食兼昼食として冷凍パスタをレンジで温めていた時のことだ。


 スマホの通知音が、普段とは違うリズムで鳴った。

 リプライや「いいね」の通知ではない。

 ダイレクトメッセージ(DM)の着信音だ。

 それもスパムのような軽薄な連打ではなく、一通だけ重々しく届いた。


 俺はフォークを口に咥えたまま、画面をタップした。

 送信元のアカウント名を見て、俺の眉が跳ね上がる。


『内閣官房国家安全保障局・ダンジョン対策室』


 公式マーク付きだ。

 アイコンは日本政府の紋章である「五七の桐」。

 なりすましではない。

 本物だ。


『八代匠 様

 突然のご連絡失礼いたします。

 私は内閣官房ダンジョン対策室の佐伯と申します。

 現在貴殿がSNS上で発信されているダンジョン及びアイテムに関する情報は、政府としても極めて有益かつ重要視しております。

 つきましては一度、専門家としての意見を伺いたく招集に応じてもらえませんでしょうか?

 場所は千代田区永田町合同庁舎にて。

 ご多忙の折とは存じますが、何卒ご検討のほど……』


「……へえ」


 俺はニヤリと笑い、パスタを飲み込んだ。

 来たな。

『ダンジョン・フロンティア』のシナリオにおける通称「政府接触イベント」だ。


 本来のゲーム進行であれば、このイベントが発生するのはダンジョン開放から一ヶ月後。

 プレイヤーたちがアイテムの価値に気づき始め、闇市が横行し、政府が管理不能になってから泣きついてくる……という流れだったはずだ。

 だが俺がSNSで情報を拡散しすぎたせいで、タイムラインが大幅に前倒しになったらしい。


「受ける一択だな」


 俺は即決した。

 政府とパイプを作ることは、この国でギルド運営をしていく上で最強のカードになる。

 それにイベントの内容次第では、あの悪名高い「一律一万円買取」の廃止を早めることができるかもしれない。


 今のままだと俺がどれだけレアアイテムを生産しても、公的な市場で売ることができない。

 闇ルートで売るのも手だが、リスクが高いし足元を見られる。

 健全な「オークション市場」が開放されてこそ、俺の『万象の創造』は錬金術として完成するのだ。


 俺はスマホを手に取り、返信を打ち込んだ。


『承知いたしました。

 日本の未来のため、協力させていただきます。

 明日の14時でいかがでしょうか?』


 送信。

 わずか数秒で『感謝いたします。手配します』と返信が来た。

 よほど切羽詰まっているらしい。


「さてと」


 俺はクローゼットを開けた。

 数日前まで着ていた、くたびれたスーツ。

 それを着る気にはなれない。

 今の俺は会社という組織に縛られない「ギルドマスター」だ。


 だが相手は頭の固い官僚たちだ。

 Tシャツにジーンズで行って「話を聞け」と言っても、門前払いは食らわないにしても、心理的な壁を作られる。


「……ジャケパンスタイルくらいにしておくか」


 清潔感のある白シャツに、少しカジュアルなジャケット。

 ノーネクタイ。

「組織には属していないが、話の通じる理知的な専門家」という演出だ。

 俺は鏡の前で身だしなみを整え、不敵に笑った。


 明日はダンジョン攻略ではない。

「永田町攻略」だ。


 ◇


 翌日。

 東京、永田町。

 国会議事堂や首相官邸が立ち並ぶ日本の中枢。

 その空気は、今まで感じたことがないほど張り詰めていた。

 警備の警察官の数が、通常の三倍はいるだろう。

 行き交う公用車。

 険しい顔をして早歩きする背広組。


 俺は指定された合同庁舎の受付で、スマホの画面を見せた。


「八代匠です。内閣官房の佐伯様とお約束が」

「はい、伺っております! こちらへどうぞ!」


 受付嬢の対応が、VIPに対するそれだった。

 すぐに警備員が誘導につき、専用のエレベーターへと案内される。


 上昇するごう音の中で、俺は冷静に思考を巡らせた。

 今日俺が成すべきことは二つ。

 一つは俺自身の「権威付け」。

 もう一つは腐った「買取システム」の破壊だ。


 エレベーターが最上階で止まる。

 長い廊下を歩き、重厚な会議室の扉が開かれた。


「失礼します」


 中には巨大な楕円形のテーブル。

 そこに座っていたのは、テレビで見たことのある顔ぶれを含む十数名の男たちだった。

 経済産業省、財務省、防衛省、そして内閣府。

 各省庁のトップクラスが集まっている。

 部屋の中はタバコの煙こそないが、煮詰まったコーヒーと疲労の臭いが充満していた。


「……君が八代匠くんかね?」


 上座に座っていた男が口を開いた。

 白髪交じりの短髪、鋭い眼光。

 DMの送り主、佐伯だ。


「はい。八代です。この度は専門家としてお招きいただき、光栄です」


 俺は一礼し、勧められた席に座った。

 物怖じはしない。

 彼らは権力者だが、ダンジョンに関しては「レベル1の初心者」だ。

 知識という武器を持っているのは、俺の方なのだから。


「単刀直入に言おう、八代くん。

 君のSNSでの発信、全て確認させてもらった。

 変成のオーブによる鑑定法、スキルジェムの使用法……どれも我々の研究機関ですら解明できていなかった情報だ。

 君はなぜそれを知っている?」


 尋問のような空気。

 だが俺は想定問答を用意していた。


「『鑑定』です」

「鑑定……?」

「はい。私のユニークスキルは【鑑定】。それも、ただ名前を見るだけのものではありません。

 対象の構造、歴史、そして『使い方』までを読み解くことができます。

 政府の研究員の方々が顕微鏡で石を覗いている間に、私はその石の『本質』を読んでいた。

 ただそれだけの話です」


 嘘ではない。

 SSS級の鑑定があればこその知識だ。

「前世の記憶」なんて言う必要はない。


 会議室がざわめいた。

「構造まで読み解く?」「そんなスキルが……」

 佐伯は小さく頷いた。


「なるほど。やはり君は『本物』のようだな。

 では、その専門家の知見を借りたい。

 現在政府はダンジョン政策において重大な岐路に立たされている。

 ドロップ品の回収率が上がらない。探索者の死亡事故も増えている。

 どうすればいい?」


 試されている。

 俺は姿勢を正し、テーブルの上に両手を組んだ。


「まず私が一番に提言したいのは……現在の『一律一万円買取制度』。

 これを即刻撤廃することです」


 会議室の空気が凍りついた。

 財務省の官僚らしき男が顔をしかめて口を挟む。


「なっ……何を言うかと思えば!

 あの制度は市場の混乱を防ぐための防波堤だ!

 価値の定まらないものを高値で買い取るわけにはいかんし、安すぎれば反発を招く。

 だからこその一律価格だろう!」


「それが間違いなんです」


 俺は静かに、しかし力強く遮った。

 ホワイトボードの方へ歩き出し、マーカーを手にする。


「いいですか。ダンジョンから産出されるアイテムは、大きく二つに分類されます。

 『カレンシー(通貨)』と『装備品』です」


 俺はボードに大きく、その二つを書いた。


「まず『カレンシー』。

 これは私がXで紹介した『オーブ』や『巻物』のことです。

 これらは効果が固定されており、消費財です。

 例えば『変成のオーブ』は誰が使っても『ノーマルをマジックにする』という効果を発揮します。

 つまり、これには『金』や『銀』のような一定の相場レートを設定することが可能です」


 俺は官僚たちの顔を見渡した。


「これに関しては国が定額で買い取ってもいいでしょう。もちろん一万円なんて安値じゃなく、適正価格で。

 ですが問題は、もう一つの『装備品』です」


 俺は『装備品』の文字を丸で囲んだ。


「剣、鎧、指輪。

 これらは一つ一つ性能が違います。

 同じ『鉄の剣』でも付与されている魔法効果によって、ただのなまくらだったり、岩をも切り裂く名刀だったりする。

 これを一律一万円で買い取るというのは……例えるなら、小学生の落書きとピカソの絵画を同じ『紙切れ一枚』として百円で買い取るようなものです」


「ピカソだと……?」


「そうです。探索者たちは馬鹿じゃありません。

 自分が命がけで手に入れたピカソが百円で買い叩かれると知ったら、どうしますか?

 隠しますよ。売らずに持ち帰るか、あるいは闇ルートに流す。

 結果、政府の手元にはゴミのような落書き(ノーマル品)しか集まらず、本当に有用な強力な装備はアングラに消えていく。

 これは国防上の大損失です」


 沈黙が落ちた。

 俺の例え話が、彼らの官僚的な脳みそにも響いたようだ。

 佐伯が重々しく口を開く。


「……では、どうすればいいと言うんだ?

 いちいち全ての装備を査定していたら、窓口がパンクするぞ」


「『オークション』です」


 俺は断言した。


「装備品に関しては国が買い取るのではなく、国が運営する『公認オークション』に出品させるんです。

 探索者が出品し、企業や他の探索者、あるいは政府自身が入札する。

 価格は市場が決める。

 国はそこから『手数料(税金)』を取ればいい。

 そうすれば市場は活性化し、適正な価格が形成され、探索者のモチベーションも上がります。

 何より、どんな強力な装備が出回っているか国が把握トレースできます」


「市場原理に任せるか……」


 経済産業省の男が計算高い目で頷いた。

「一理ある。今の買取予算はすでに圧迫されている。手数料ビジネスに転換できれば財政的にもプラスだ」


「だが誰がその『ピカソ』を見抜くんだ?

 出品されるものが本物かどうか、誰が保証する?」


 別の懸念が上がった。

 俺はニヤリと笑った。

 ここだ。

 ここで俺の第二の提案、そして最大の「罠」を仕掛ける。


「少しよろしいですか?

 話がズレるようですが……やはり全ての根幹は『鑑定スキル』にあります」


 俺は自分の目を指差した。


「この『鑑定』スキルなのですが、実は非常にレアです。

 ですが私の調査によると、私のような完璧な鑑定ではなくとも『低レベルの鑑定スキル』を持つ者は意外と多く存在します」


「低レベルの鑑定……?」


「ええ。対象を遠くから見るだけで分かる私とは違い、対象に直接触れなければ分からない、あるいは名前しか分からないといったレベルの能力者です。

 彼らは戦闘力がないため、ダンジョンには潜れません。

 しかし町中でその能力を使えば、他人のステータスや持ち物を勝手に覗き見ることができてしまう。

 これはプライバシーの問題を引き起こし、トラブルの元になります」


 官僚たちが顔を見合わせた。

「確かに盗み見のような報告は警察に上がっている……」


「そこで提案があります。

 政府としてこの『鑑定スキルを持つ者』を公的に募集し、雇用するんです。

 そして全国の買取カウンターや、新設するオークション会場に『公認鑑定士』として配置する」


 俺は一気にまくし立てた。


「メリットは三つあります。

 第一に彼らに職を与えることで、町中での無秩序な能力使用を防ぎ、管理下に置けること。

 第二に探索者たちが自分で鑑定する必要がなくなり、カウンターに持ち込むだけで正確なリスト化が可能になること。

 そして第三に……政府が国内で産出される全てのドロップ品のデータをリアルタイムで把握できることです」


 これが殺し文句だ。

 官僚というのは「管理」という言葉に弱い。

 情報を独占できる、把握できる。

 そのためのシステムを作ると言えば、彼らは飛びつく。


「鑑定スキルは一部の特権階級のものであってはなりません。

 政府がそこをインフラとして整備していれば、探索者は鑑定スキルを持つ必要がなくなります。

 誰もが安心してダンジョンに潜り、持ち帰ったアイテムをカウンターで鑑定してもらい、適正価格でオークションにかける。

 そういう『流れ(エコシステム)』を作るんです」


 俺はプレゼンを終え、席に戻った。

 喉が渇いていたが、水には手を付けない。

 彼らの反応を待つ。


 会議室は静まり返っていた。

 だがそれは拒絶の沈黙ではない。

 計算の沈黙だ。

 彼らは俺の提案のメリットとデメリット、そして実現可能性を高速でシミュレートしている。


 やがて財務省の男が口を開いた。


「……買取予算の削減、および税収の確保という点では、オークション案は魅力的だ」


「治安維持の観点からも、能力者の公的雇用は理に適っている」と警察庁の男。


「資源管理の面でも、全データが吸い上げられるなら文句はない」と経産省。


 空気が変わった。

「否」はない。

 どうやって「可」にするかという議論に移りつつある。


 最後に佐伯が俺を見て、重々しく頷いた。


「……八代くん。君の提案は非常に論理的、かつ現実的だ。

 正直、我々が数ヶ月かけて議論しようとしていた着地点を、君はたった数十分で提示してくれた」


 佐伯は周囲を見渡し、決を採った。


「今の『一律買取』を続けることは、財政的にも治安的にも限界だ。

 八代案をベースに新制度の策定に入る。

 異論はないな?」


 全員が頷く。

 あるいは手を挙げた。


「ではこの案件は上に上げる。

 早急に法改正と予算措置を行う」


 決まった。

 俺は内心でガッツポーズをした。


 これで「一律一万円」というクソ制度は消える。

 そして俺が作ったユニークアイテムを高値で売りさばくための「市場」が、合法的に整備される。


 さらに「公認鑑定士」の制度ができれば、俺のような「高レベル鑑定士」の価値は相対的にさらに上がる。

 なぜなら公認鑑定士が見抜けないような「隠し効果」や「真の価値」を、俺だけが見抜けるという構図になるからだ。

 彼らが振るい落とした「ゴミに見えるお宝」を、俺が安値で買い叩くこともできる。


「ありがとうございます。賢明なご判断です」


 俺は深々と頭を下げた。

 これは日本の未来のため?

 ああ、そうだとも。

 そして何より、俺のギルドの資金源のためだ。


「……ところで八代くん。少し良いかね?」


 会議が散会しかけた時、佐伯が呼び止めた。

 表情が先ほどまでの公的なものから、少し個人的な興味を含んだものに変わっている。


「はい、なんでしょう?」

「君自身の処遇についてだ。

 君のような人材を野放しにしておくのは惜しい。

 どうだ、政府直属の『特務アドバイザー』として正式に迎え入れたいのだが」


 来た。

 ヘッドハンティングだ。

 安定した地位、高額な報酬、そして権力。

 普通の人間なら飛びつくだろう。


 だが俺は笑顔で首を横に振った。


「お誘いは光栄ですが、お断りします」

「……理由は?」

「私は『無職』が気に入っているんですよ。

 それに現場で泥にまみれて、新しい発見をするのが好きなんです。

 会議室でふんぞり返っているのは、私の性分じゃありません」


「……ふっ、そうか」


 佐伯は苦笑した。

 だがその目は笑っていなかった。

 俺を「飼い慣らせない猛獣」として認定した目だ。


「分かった。だが今後も協力は頼むぞ。

 日本の……いや、人類の存亡がかかっているんだ」

「ええ、もちろん。ビジネスパートナーとしてなら、いつでも」


 俺は席を立ち、会議室を後にした。

 背中に感じる視線は重かったが、足取りは羽のように軽かった。


 廊下に出ると、窓から東京の街が見下ろせた。

 無機質なビル群。

 だがその地下には無限の迷宮が広がっている。

 そして今俺は、その迷宮から産出される富の「出口」をこじ開けた。


「さて、帰ったら忙しくなるぞ」


 リンに報告もしなきゃならないし、新しい鑑定依頼も溜まっている。

 何より、もうすぐオークションが始まるなら、出品用の「目玉商品」を作らなきゃならない。

『万象の創造』が火を噴く時だ。


 俺はネクタイ……はしていなかったな。

 シャツの襟を正し、颯爽と永田町を後にした。


 永田町攻略戦、完勝だ。

最後までお付き合いいただき感謝します。


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― 新着の感想 ―
なるほど、鑑定をばら撒くのではなく、人材を管理する方向に持っていったと。 確かに、飽和させれば格差は減りますが、町中に無造作に拡散してしまいます。 それを、管理した人材でシステムに組み込めば、治安面で…
政府アドバイザーの肩書を拒否する理由がわからない。 ギルドメンバー集めにも有効だろうに。
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