第35話 星条旗への連鎖、あるいは黄金のバランス調整
ダンジョンゲートが世界に出現してから、五ヶ月と十日が経過した。
日本政府が「鑑定レンズ」という革命的な技術を発表し、世界中の探索者市場を揺るがしてから、わずか数日後のことだ。
俺、八代匠は、太平洋の上空を飛ぶガルフストリームの中にいた。
アメリカ政府の差し回した専用機だ。
急遽、ホワイトハウスへの極秘招集がかかったのである。
名目は「日米ダンジョン協力会議」だが、実態は違う。
彼らは見つけてしまったのだ。
日本に対抗しうる、あるいは日本を凌駕する可能性を秘めた「何か」を。
「……時限イベントの連鎖か。
よく出来たゲームだよ、まったく」
俺は革張りのシートに身を沈めながら、眼下に広がる雲海を眺めて独りごちた。
これは『ダンジョン・フロンティア(ダンフロ)』特有の、国家間バランス調整システムだ。
日本(プレイヤー所属国)が強力なアーティファクト「偽りの鍛冶場」を入手し、国力が跳ね上がった。
するとゲームシステム(世界の理)は、パワーバランスが崩れるのを防ぐため、二番手の強国であるアメリカにも同等のインパクトを持つイベントを発生させる。
ある一定のランダムアーティファクトテーブルから抽選され、その国に都合よく出現する固定イベント。
これが起きないと、プレイヤーの国だけが一方的に強くなりすぎて、ゲームとしての緊張感が失われるからだ。
いわば運営による「接待」であり、「調整」だ。
(さて、何が出るか……。
この時期のアメリカなら、『無限の電力』か? それとも『無限の食糧』か?)
もし「無限の電力」なら、エネルギー革命が起きて、魔石の価値が暴落するシナリオ分岐に入る。
「無限の食糧」なら、世界的な飢餓問題が解決し、ダンジョン農家の需要が消える。
どちらに転んでも、経済シミュレーションとしての『ダンフロ』の盤面は大きく動く。
楽しみだ。
俺の知らない変数が生まれる瞬間は、いつだってゾクゾクする。
◇
ワシントンD.C.、アンドルーズ空軍基地に到着すると、そこからは大統領専用ヘリ「マリーンワン」での移動となった。
厳重な警備体制。
ホワイトハウスの地下深く、核シェルターを改装したと思われる特別危機管理室に案内される。
俺の後ろには、リン、田中、雫の三人が控えている。
彼らは物々しいSPたちの視線に晒されながらも、平然としていた。
もはやC級ダンジョンを攻略する彼らにとって、銃を持っただけの人間など脅威ではない。
「マスター。すごい警備ですね」
リンが小声で囁く。
「ああ。
それだけ重要な『ブツ』が出たってことだ」
重厚な扉の前で、俺は立ち止まった。
「よし、ここからは俺一人でいい。
お前たちは、ここで待機してくれ」
「はい、了解です!
何かあったら呼んでくださいね。すぐに突入しますから」
田中が頼もしく、(そしてSPを青ざめさせるようなことを)言って敬礼する。
俺は頷き、一人で扉をくぐった。
部屋の中は、冷房が効きすぎているほど寒かった。
中央の円卓には、アメリカ合衆国大統領をはじめ、国防長官、CIA長官といった錚々たる面々が顔を揃えている。
そして、彼らの視線が集まる部屋の奥。
防弾ガラスのケースの中に、黄金の光を放つ「それ」が鎮座していた。
「……ミスター・ヤシロ。
遠路はるばる、感謝する」
大統領が立ち上がり、握手を求めてきた。
その手は汗ばんでおり、瞳には焦燥と隠しきれない期待の炎が宿っていた。
日本の「鑑定レンズ」発表以降、彼の支持率は低下気味だと聞く。
ここでの逆転ホームランを狙っているのが、見え見えだ。
「単刀直入に言おう。
ネバダ州のエリア51地下ダンジョンで、我々の部隊がこれを回収した。
だが、詳細が分からない。
君の『神の目』で、これがアメリカを……いや、人類を救うものであると証明してほしい」
懇願に近い命令。
俺は無言で頷き、ケースの前へと歩み寄った。
美しい造形だ。
黄金と白銀が織りなす聖なる杯。
その内側からは尽きることのない魔力の奔流が溢れ出している。
俺は呼吸を整え、スキルを発動した。
「鑑定」
視界が歪み、深紅のシステムウィンドウが展開される。
膨大な情報量が、俺の脳内に直接流れ込んでくる。
(……ほう?)
俺は内心で口笛を吹いた。
当たりだ。
いや、アメリカにとっては「大当たり」であり、同時に「劇薬」でもある。
名前:
進化の秘蹟覚醒の聖杯
(しんかのひせきかくせいのせいはい)
(The Sacrament of Evolution, Grail of Awakening)
レアリティ:
神話級 (Mythic-tier)
種別:
アーティファクト (Artifact)
効果:
この聖杯に「魔石」を大量に投入することで、内部が黄金の液体で満たされ、凝縮を経て一つの『天恵の宝珠』が生成される。
このオーブを使用した(砕いて魔力を吸収した)者は、即座に「パッシブスキルポイント」を「2ポイント」獲得する。
ただし、このオーブによる強化には肉体的な許容量(魂の器の限界)が存在し、一人の人間につき最大で「12個(合計24ポイント)」までしか効果を発揮しない。
それ以上使用しても、オーブは霧散する。
フレーバーテキスト:
力無き正義は無力であり、資源無き繁栄は幻である。
古の王は民の血肉を糧に、自らを神へと近づけた。
現代の覇者は大地の魔力を糧に、兵を英雄へと変える。
代価を支払え。さすれば器は満たされん。
だが心せよ。過ぎたる力は時に、人を人ならざる怪物へと変えることを。
(……やはりだ。『覚醒の聖杯』!!!)
俺は興奮を押し殺すのに必死だった。
これは強い。強烈すぎる。
パッシブスキルポイント。
それは本来、レベルアップした時にしか得られない貴重なリソースだ。
それをアイテムを使うだけで「2ポイント」も得られる。
最大使用数は12回。つまり合計で24ポイント。
単純計算で、レベルアップ24回分のアドバンテージだ。
レベル1の探索者がこれを使えば、ステータス的にはいきなりレベル25相当の強さを手に入れることになる。
レベル50の熟練者が使えば、その壁を超えてレベル74相当の化け物になる。
まさに「レベルの下駄を履かせてくれる」魔法のアイテムだ。
(その強烈な効果ゆえ、10年後のシナリオでは、ダンフロ世界最強の組織『国際公式ギルド』が管理する最高機密アーティファクトになっているはずだが……)
俺は未来の記憶を検索する。
本来なら、もっと後半、世界が混沌に包まれた時期に登場し、人類最後の切り札として運用されるはずの代物だ。
このタイミングでアメリカが入手するとは……。
ランダムイベントの報酬テーブルに入っているから確率はゼロではない。
出やすい方ではある。
だが、この黎明期に引くか?
流石はアメリカさん、持っているというしかない。
(でも心配なのが、魔石の消費量だ。これがエグいんだよね……)
「魔石を大量に投入することで」とあるが、その量は固定ではない。
10年後のシナリオにおけるレートを思い出す。
レートは24時間でリセットされるが、たしか…
1回目の生成コスト:現在の魔石換算で約100万円分。
2回目:200万円分。
3回目:400万円分。
4回目:800万円分。
……そう、倍々ゲームだ。
12回目ともなれば、1回の生成に数十億円クラスの魔石を飲み込む計算になる。
しかもゲーム内では「オーブの購入権利」を得るために、不人気なクソダンジョン(毒の沼地や即死トラップ迷宮)の攻略が条件付けられていた。
『100層クリアで購入権2回分付与! ただし代金は自腹!』
という鬼畜仕様。
それでもプレイヤーたちは涙を飲んで泥沼のダンジョンを周回し、なけなしの金を叩いてオーブを買ったものだ。
なぜなら、それだけの価値があるから。
24ポイントの差は、対人戦(PvP)でも攻略でも、絶対的な格差となるからだ。
(まあトータルでは、運営ギルドが大黒字になるように調整されている回収装置なんだけどな)
未来のプレイヤーたちの阿鼻叫喚を思い出して、俺は少しセンチメンタルな気分になった。
だが今は現実だ。
目の前にいる大統領は、まだその「コストの恐怖」を知らない。
ただ目の前にある「無限の可能性」に震えているだけだ。
ふと視線を感じて顔を上げると、大統領が祈るような目で俺を見ていた。
あまりに俺が長考(という名の脳内wiki閲覧)をしていたせいで、悪い結果が出たのではないかと不安になっているらしい。
(おっと、またやってしまった。
焦らすのも演出のうちだが、そろそろ楽にしてやるか)
俺はゆっくりと振り返り、重々しく口を開いた。
「……ミスター・プレジデント。
おめでとうございます」
「! ということは……?」
「このアーティファクトは、国家のパワーバランスを根底から覆す、とんでもない『超兵器』です」
俺は鑑定結果のテキストを、一言一句、噛み砕いて説明した。
魔石を力に変える。
努力も才能も関係なく、ただ資源を注ぎ込むだけで兵士を英雄へと変えるシステム。
「つまりこれは『金で買う力』そのものです。
一人の人間に最大で24レベル分の潜在能力を上乗せすることができる。
想像してみてください。
貴国の精鋭部隊、シールズの全員が、今の実力にプラスして、さらにドラゴンスレイヤー級の基礎能力を手に入れた姿を」
俺が語る言葉の一つ一つが、大統領の脳髄を痺れさせていくのが分かった。
24レベルアップ。
それはF級探索者がいきなりC級に、C級がA級に跳ね上がるようなものだ。
日本の「鑑定レンズ」が霞んで見えるほどの、暴力的な数値の暴力。
「おお……おおお……!
GOD……! 神よ感謝します!」
大統領は天を仰ぎ、絶頂に達したかのような歓喜の声を上げた。
周囲の長官たちも抱き合って喜んでいる。
「これで日本に勝てる!」
「アメリカが再び覇権を握るのだ!」
と。
(……単純な人たちだ)
俺は心の中で苦笑する。
彼らはまだ気づいていない。
この聖杯がどれほど大量の魔石を飲み込む「大食らい」であるかを。
これからアメリカは国中の、いや世界中の魔石を、この杯に注ぎ込むことになるだろう。
魔石価格は高騰し、日本(俺)が輸出する魔石の価値も跳ね上がる。
一度知った力への依存は、断ち切れない。
だが俺にとっては、その方が都合がいい。
俺はこの瞬間のために、日本政府への協力も惜しまなかったし、アメリカへのパイプも作ってきたのだから。
「ミスター・ヤシロ! 君は最高の友人だ!
この解析結果への報酬は、望むままに支払おう!」
大統領が興奮して俺の肩を叩く。
俺はニッコリと、営業用の完璧な笑顔で応えた。
「光栄です、大統領。
金銭的な報酬は結構ですよ。日米友好の証ですから」
「なんと! 欲のない男だ!」
「その代わり……もしこの聖杯が稼働し、オーブが生産された暁には、
私にも『優先的な購入権』をいただきたいですね。
もちろん正規のルートで、適正な価格をお支払いしますので」
俺はさりげなく釘を刺す。
「適正な価格」。
つまり初期の安い段階での購入権、あるいは特別枠での提供を暗に要求したのだ。
大統領は上機嫌で、大きく頷いた。
「もちろんだとも!
君になら最初の1セット……24ポイント分をプレゼントしてもいいくらいだ!」
(言ったな? 言質は取ったぞ)
俺は内心でガッツポーズをした。
アメリカに無制限の貸しを作ってて良かった!
これで俺は本来なら数億円、数時間を費やさなければ手に入らない「24ポイント」のドーピングアイテムを、タダ同然で手に入れる権利を得たわけだ。
俺自身のレベルアップと、このオーブによる強化。
それが合わされば、俺の戦闘力はもはや「人類」という枠組みから完全に逸脱するだろう。
「ありがとうございます、大統領。
では早速、その素晴らしいニュースを国民の皆様に届けてあげてください」
俺は一歩下がり、熱狂するホワイトハウスの面々を眺めた。
これから始まるのは狂乱の「魔石買い占め競争」だ。
日本は技術を売り、アメリカは力を買う。
世界経済はダンジョンを中心に回り始め、俺の懐はますます温かくなる。
完璧なシナリオだ。
俺はポケットの中で密かに録音していたボイスレコーダー(大統領の約束)のスイッチを切った。
最後までお付き合いいただき感謝します。
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