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第33話 神話の金床と国家の野望、あるいは産業革命の夜明け

 ダンジョンゲートが世界に出現してから、五ヶ月目の朝。

 季節は初夏を迎えようとしていたが、俺、八代匠が連れてこられた場所は、季節感とは無縁の冷え冷えとした地下空間だった。


 防衛省、地下特別会議室。

 分厚いコンクリートと魔法障壁に囲まれたこの部屋には、内閣情報調査室の佐々木をはじめ、政府の重要人物たちが顔を揃えている。

 彼らの視線は一点、部屋の中央に置かれた厳重なケースに注がれていた。


「……八代様。

 先日、自衛隊が確保した『未確認アーティファクト』が、こちらです」


 佐々木が緊張した面持ちで、ケースのロックを解除する。

 プシュッ、という空気の抜ける音と共に、ガラスの向こうに鎮座する「それ」が姿を現した。


 武骨な鉄の塊。

 古びた金槌と、重厚な金床のセットだ。

 一見すれば、ただの鍛冶道具だが、その表面には血管のように赤い魔力のラインが脈動し、見る者に根源的な畏怖を与えている。

 政府お抱えの鑑定士たちが「文字化けして読めない」「レベルが足りない」と匙を投げた、正体不明の遺物。


「……拝見します」


 俺は静かに歩み寄り、視線を向けた。

 SSS級ユニークスキル【鑑定】が発動する。

 深紅のシステムウィンドウが、視界いっぱいに展開された。


 ――瞬間。

 俺の脳内を、歓喜と安堵、そして冷徹な計算が駆け巡った。


(……来たか。間違いない)


 心の中で、俺はガッツポーズをした。


『偽りの鍛冶場、模倣の鎚と金床』。

 英語名:The False Forge, Hammer and Anvil of Mimicry。

 レアリティ:神話級(Mythic-tier)。


『ダンジョン・フロンティア(ダンフロ)』における、定時イベント。

 ゲーム開始から五ヶ月目、必ず日本政府(あるいはその時の主要国家)が発見することになっている、文明レベルを引き上げるためのキーアイテムだ。


(おっ、時限確定イベントが起きたか……。

 やっとここから『コンタクトレンズ型鑑定スキル』が普及するんだよな)


 俺は内心で、独りごちる。

 このアーティファクトの発見は、俺にとっても、そして業界全体にとっても、死活問題だった。


 現状、探索者たちはHPバーやレベルといった基本的な情報は、システムUIとして視えている。

 だが、それだけだ。

 敵の「弱点属性」や「耐性」、ドロップしたアイテムの「詳細な効果テキスト」までは見えていない。

 だから毒草を食って死んだり、ゴミ武器を大事に抱えて帰還したりする。

 俺のような鑑定持ち以外は、肝心な部分で「目隠し」をして戦っているに等しいのだ。


(さっさとコンタクトレンズ型鑑定スキルを普及しないと、業界全体の探索者の成長に影響が出るからな……。

 このタイミングはありがたい。1ヶ月違うだけで、かなりシナリオに影響出るからな)


 俺は脳内で、これからのロードマップを描き直す。

 この『偽りの鍛冶場』があれば、Dランク以下のスキルをアイテムに付与コピーできる。

 つまり低レベルの鑑定スキルを持った人間を確保し、その能力をガラスレンズに焼き付ければ、誰でもアイテムの詳細や敵の弱点が見えるようになるのだ。


(まずは国内での普及が第一だが……。

 コンタクトレンズ型鑑定スキルをアメリカに輸出することで、経済的にも良い影響が出るな)


 日米同盟は、この世界線の要だ。

 アメリカの探索者が強化されれば、世界の魔石供給量は増え、巡り巡って俺の利益になる。

 それに、これは巨大なビジネスチャンスだ。


(これから政府は国内の低レベル鑑定使いを集めて、コンタクトレンズ型鑑定スキルの量産を命令するだろう。

 価格は……そうだな、1個1万程度が妥当か)


 消耗品として普及させるには、それくらいの価格帯がいい。

 形状は、コンタクトレンズ型か、あるいはメガネ型か。

 コンタクトレンズ型は視界と一体化して便利だが、激しい戦闘で落ちるリスクがある。

 一方メガネ型はズレる可能性があるが、着脱が容易で、ファッションとして愛好する層もいる。


(まあこの裏設定は、どうでも良いか。

 重要なのは、これで「深い情報」が民主化されるってことだ)


 そして俺の思考は、さらに先へと進む。

 鑑定の次は、生産クラフトだ。


(コンタクトレンズ型鑑定スキルが普及したら、次は『低レベルクラフトスキル』だ。

 これをハンマーや工具に付与して量産すれば、一般の探索者でも簡易的な装備作成が可能になる)


 俺の【万象の創造】のようなチート能力ではない。

 このアーティファクトで作られるコピー品は、あくまで劣化版だ。

 欲しいMODを1つ指定して、あとはTierランクや数値は運任せのランダム生成。

 他のMODを固定することもできないし、消去もできない。


(正直、俺から見れば薄利多売の運ゲー商品だな。

 だが、それでいい)


 重要なのは、探索者自身が「自分で装備を作れる(ガチャを回せる)」ようになることだ。

 これにより、ダンジョンでドロップする「オーブ系アイテム(クラフト素材)」の消費量が激増する。

 需要が生まれれば価格が上がり、探索者の基礎収入も底上げされる。

 経済が回るのだ。


(日本政府は、このアーティファクトでダンジョン覇権国家になるわけだ!

 ……ククッ、笑いが止まらんな)


 俺が脳内で皮算用と国家戦略のシミュレーションに没頭していると、周囲の空気が困惑に包まれていることに気づいた。

 あまりにも長い時間、無言でニヤニヤしながら鉄塊を見つめていたせいだろう。


「あ、あの……八代様?」

「何が見えたのですか? やはり危険な呪物か何かで……?」


 佐々木たちが、おずおずと声をかけてくる。

 俺はハッと我に返り、瞬時に「有能な専門家」の顔を作った。


「ああ、失礼。

 ……心配しないでください。これは危険な物ではありません。

 むしろ日本にとって……いや、人類にとっての『福音』とも言える、超貴重なアーティファクトです」


「ふ、福音……ですか?」


「ええ。説明しましょう」


 俺は勿体ぶって、その詳細を語り始めた。

 まずは彼らを圧倒するための、スペック開示だ。


「名前は『偽りの鍛冶場、模倣の鎚と金床』。

 レアリティは……『神話級(Mythic-tier)』です」


「し、神話級……ッ!?」


 室内に衝撃が走る。

 俺は続けて、システムウィンドウに表示されているテキストを読み上げた。


「効果は、こうあります。

『この金床に対象(スキル所持者)の血液や魔力を垂らし、鎚で打つことで、対象が持つDランク以下のユニークスキルを1つ抽出・コピーする』。

『その後、対象となる物品を金床に置き、使用者のマナを消費しながら鎚で打ち続けることで、その物品にコピーしたユニークスキルを付与エンチャントすることができる』」


「スキルを……コピーして、物に付与する……?」

「そんなことが可能なのですか!?」


「可能です。

 フレーバーテキストには、こう記されています」


 俺は朗々と読み上げる。


『神は土塊から人を創り、その魂に才を刻んだ。

 人は鉄塊から剣を創り、その刃に技を宿した。

 この鎚は鉄を打つものではない。「才能」を打つものだ。

 だが忘れるな。

 模倣はどこまでいっても模倣であり、打たれた器が脆ければ、その才は器ごと砕け散るだろう』


 詩的な言葉に、高官たちが息を呑む。

 俺はすかさず、具体的な活用案(俺が脳内で組み上げたビジネスモデル)を提示した。


「このテキストが示す通り、これは『才能』を道具に変えるためのプラントです。

 これを使えば……そうですね、例えば『コンタクトレンズ』や『メガネ』といったガラス製品に、低レベルの鑑定スキルを付与することができます」


「コンタクトレンズに……鑑定スキルを?」


「はい。

 もちろん俺のスキルのように、全てを見通すことは不可能です。

 ですが、ダンジョンの物にしか反応しない劣化版でも、探索者にとっては革命になります」


 俺は彼らの目を見て、力説する。


「今の探索者は、敵のHPバーやレベルは見えていても、肝心な『中身』が見えていません。

 このレンズがあれば、敵の『弱点属性』や『耐性』が可視化されます。

 さらにドロップしたアイテムの『効果テキスト』や『フレーバーテキスト』が、その場で読めるようになる。

 いちいち街に戻って鑑定屋に見せなくても、拾った瞬間に『これは業物だ』『これはゴミだ』と判別できるんです」


 それを聞いた瞬間、政府の人間たちの目の色が変わった。

 不安と困惑が消え、強烈な野心と欲望が取って代わる。

 彼らも理解したのだ。

 情報の速度が、そのまま生存率と利益に直結することを。


「す、素晴らしい……! まさに革命だ!」

「直ちに量産計画を立てろ! 国内の鑑定スキル持ちをリストアップだ!」


 彼らが盛り上がる中、俺はさらに畳み掛ける。


「それだけじゃありません。

『低レベルクラフトスキル』をコピーして、クラフト道具を量産してもいいですね。

 企業にそれを販売して、簡易的な装備品を量産させるのです」


「装備品の……量産?」


「ええ。

 俺一人では、全探索者の装備を供給することは不可能です。

 ですが、この道具で作ったハンマーがあれば、一般の探索者や企業が自分たちでそこそこの装備を作れるようになる。

 探索者の装備全体の底上げになります」


 これも彼らにとっては魅力的だろう。

「アルカディア頼み」だった装備供給が、自国の産業として育成できるのだから。


「あと……これも重要です。

 ユニークスキルを鑑定する『ユニークスキル鑑定』も、コピーしたいですね」


「ユニークスキルの鑑定……?」


「今の探索者は、ろくに自分のユニークスキルも把握できてないケースが多い。

 なんとなく体が丈夫だと思っていたら、実は『鉄壁』というレアスキルだったとかね。

 例えば公式ギルドや役所に、この道具で作った鑑定機を置き、鑑定する仕組みを作るのです」


 俺は国家規模のプロジェクトを提案する。


「そうすれば、適正なジョブに人材を割り当てられます。

 さらに言えば……国内の全国民に、一定年齢でユニークスキル鑑定を義務付ければどうです?

 埋もれている『S級の才能』を見つけ出し、適した人材を探索者に勧誘できる。

 まさに夢のアーティファクトです」


 俺の言葉が終わる頃には、会議室は熱狂の渦に包まれていた。

 佐々木は震える手で俺の手を握りしめ、他の高官たちは、すでに電話をかけ始めている。


「ありがとうございます、八代様! 貴方は日本の救世主だ!」

「これは国家機密だ! 最高レベルの予算を組め!」

「鑑定士を集めろ! 24時間体制でレンズを量産するんだ!」


 その様子を見ながら、俺は内心で、ほくそ笑んだ。


(……まあ、これくらい言っとけば、ちゃんと行動してくれるだろう)


 彼らはこれから、国益という名の下に、鑑定スキル持ちの国民をかき集め、ブラック企業真っ青の稼働率でレンズを量産するだろう。

 マナが枯渇して倒れるまで、ハンマーを振るわせるかもしれない。

 だが、それは俺の知ったことではない。


(さっさとやってくれると、俺の負担も減ってありがたい……)


 市場には便利な道具が溢れ、探索者たちは強くなり、俺の元にはより多くの、より希少な素材が集まってくる。

 面倒な生産ラインの構築と管理は、全部、国に丸投げだ。

 俺はただ、出来上がった豊かな市場で、一番美味しい果実を収穫すればいい。


 これこそが、俺が描く「ダンジョン覇権国家・日本」の青写真であり、俺の帝国の礎だ。



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― 新着の感想 ―
佐伯って人と佐々木って人は別なのかな? この話から佐伯さんが出てこなくなっているみたいだけど。
 先日長々と感想コメントをした者ですが、最新話まで読み進めてみると存外この構成に慣れてくるものだと実感しました。  慣れてしまえばこちらのもの。大変面白い作品に様変わりしました。この作品の更新が止まら…
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