第32話 市場の覚醒と狂乱のオークション会場
俺が投稿したブログ記事『【必読】「なぜお前は弱いのか?」』が公開されてから、数時間が経過した。
港区ミッドタウン・タワー、ギルドマスター室。
窓の外は、すでに夜の帳が下りているが、インターネットという名の電脳空間は、昼間よりも熱く、激しく燃え上がっていた。
俺、八代匠は、デスク上の複数のモニターに表示された、SNSのタイムライン、掲示板のスレッド、そして動画サイトのコメント欄を眺めながら、満足げにコーヒーを啜っていた。
「……火がついたな」
記事のPV数は、すでに数百万を超えている。
国内の探索者人口を考えれば、ほぼ全員が目を通したと言っても、過言ではない数字だ。
そして、その反響は凄まじかった。
俺が提示した「残酷な真実」は、多くの探索者のプライドを砕き、同時に希望を与えたようだ。
まずは、記事の冒頭で触れた「素殴り(通常攻撃)」についての反応だ。
X(旧Twitter)のトレンドには、『#素殴り禁止』『#スキルジェム』といったワードが並んでいる。
『記事読んだ。八代さん、口悪すぎて草』
『でも正論すぎて、ぐうの音も出ない』
『ていうか今の時代に素殴りしてたやつ、おるー? 流石にいないだろwwwww』
『マナポーションをケチって死ぬとか、ギャグでしょ』
古参や勘の良い中級者たちは、俺の意見に賛同し、草を生やしてマウントを取っている。
だが、そのリプライ欄には、悲痛な叫びも溢れていた。
『……はい、すみません。レベル5だけど、素殴りしてゴブリン狩ってました』
『俺も……。いや、殴るしかないのかなって。デビューしたばっかりだし、スキル使うとマナすぐ尽きるし……』
『初期装備の錆びた剣で必死に殴り合ってたわ。どうりで倒せないわけだ』
『「スキルを使って初めてダメージが出るように設計されている」。この一文で救われた気がする。俺が弱かったんじゃない、戦い方が間違ってたんだ』
無知ゆえの苦労。
彼らは今まで、自転車に乗れるのに、わざわざ手で押して歩いていたようなものだ。
俺の記事は、彼らに「ペダルを漕げ」と教えたに過ぎない。
「マスター。初心者の方々、結構ショック受けてますね」
タブレットを覗き込んでいたリンが、苦笑交じりに言う。
彼女もまた、最初は俺に教えられるまで、「速さ」の意味を理解していなかった一人だ。
「ショックを受けるのは良いことだ。
自分の無知を自覚した人間だけが、強くなれる」
俺は、画面をスクロールさせた。
次は、より専門的な「ダメージ計算式」についての反応だ。
ここからが本番だ。
アタック(物理)における武器の重要性。
これに気づいた層の反応は、より深刻で、熱を帯びていた。
『スキルの区別は付いてたけど、ここまで理論的に説明されるとはね』
『なんとなくで使ってたな。武器も大事とは思ってたけど、そこまで重要だとは……』
『俺の前買った「業物の大剣(300万円)」のステータス確認してみた。……終わった』
『どうした?』
『ローカルMOD付いてねーな。どうりで買い替えたのに、DPS(秒間ダメージ)変わらねーと思ってた所だった』
『うわあああ! 俺の斧もだ! 「攻撃力+50」って書いてあるけど、これ「ステータス補正」の方じゃん! 武器の基礎値に乗らないやつだ!』
『詐欺だ! 武器屋の親父、絶対許さねえ!』
阿鼻叫喚である。
これまで「攻撃力が上がる」という曖昧な売り文句で、粗悪品を高値で売りつけていた武器屋たちは、明日からクレーム対応に追われることになるだろう。
「ローカルMOD(武器そのものの攻撃力を上げる効果)」と「グローバルMOD(キャラクターのステータスを上げる効果)」。
この違いを理解した彼らは、もう二度とゴミを掴まされることはない。
『アタックがまず武器参照が初耳なんだわ』
『じゃあ強い武器握って、スキル連発するだけで良いじゃん?』
『↑極論だけど正解。脳筋こそ武器に金をかけろってことだな』
そして、魔法使い(キャスター)勢の反応も劇的だ。
『スペルの能力がジェムレベル依存なのは知らないよ……』
『魔法使いだけど、ジェムレベル1だった……。魔石もったいないからって売ってたわ、死にたい』
『杖は良いの使ってたから幸い気になって無かったけど、これ上げたら火力ヤバイな』
『レベル1で「10ダメ」がレベル20で「1000ダメ」になるってマジ?』
『魔法使いの真価が、やっと理解出来た』
『実際、なんとなくは武器の強さが理解出来てたのが、今、全て理解出来た。これなら明日のダンジョン無双出来そうだ!!!』
『今までの3倍の火力が出そうだな』
目の前の霧が晴れたような、爽快感のあるコメントが並ぶ。
彼らは今、自分のステータス画面とスキルジェムを見比べ、武者震いしていることだろう。
「強くなれる」という確信は、何よりも人を熱狂させる。
『しかし有料級の記事だろ、これ。必読にすべきだな』
『流石神だ。八代匠、一生ついていく』
『企業勢はノウハウありそうだけど、個人だと、なんとなーく理解してるだけだったからな。紹介してくれてありがたい』
『アルカディアの強さの秘密、その一端が見えた気がする』
俺はニヤリと笑った。
完璧だ。
これで「需要」は極限まで高まった。
彼らは今、喉から手が出るほど「正解の武器」を欲している。
知識を得たことで、自分の持っている装備が、いかに貧弱かを理解してしまったからだ。
「田中、準備はいいか?」
「は、はい! サーバーの負荷対策、完了してます!
入札システムも正常稼働中。いつでもいけます!」
田中が緊張した面持ちでPCの前に座っている。
俺は時計を見た。
時刻は21時55分。
予告した「大量放出オークション」の開始まで、あと5分。
「よし。
それでは教育の授業料を回収するとしようか」
◇
22時00分。
アルカディアの公式サイト内に特設された、公式オークションページがオープンした。
瞬間、トラフィックのグラフが垂直に跳ね上がった。
『うおおおおお! 来たぞ!』
『重い! サイト重すぎwww』
『みんな、F5連打すんな!』
SNSの実況タグ『#アルカディアオークション』が秒速で流れ始める。
画面には、俺が厳選し、調整を施した500点以上の武器が並んでいる。
その一本一本に、俺の解説と、詳細なスペックが記載されている。
【商品No.001:熟練者のブロードアックス】
種別:両手斧
物理ダメージ:85-140
MOD:
・物理ダメージ+110%増加
・15~30の物理ダメージを追加
・アタックスピード+15%増加
開始価格:10万円
これを見た瞬間、コメント欄が爆発した。
『は? 強すぎだろ、これ』
『基礎ダメ85-140!? 店売りの3倍あるぞ!』
『しかも速度アップ付き! これ装備したらDPS5倍、絶対落札したいwwww』
『10万からとか良心的すぎる! 100万出すわ!』
入札額が、スロットマシンのように回転する。
10万、50万、100万、200万……。
たった数秒で、F級ダンジョン産とは思えない価格に跳ね上がる。
『おい! 誰だよ、200万入れたやつ!』
『俺だ! 文句あるか! これがあればD級ソロ余裕なんだよ!』
『貧乏人は指くわえて見てろwww』
別の商品でも、祭りが起きている。
魔法使い用のワンドだ。
【商品No.105:賢き者の流木杖】
種別:ワンド
MOD:
・スペルダメージ+65%増加
・詠唱速度+18%増加
・マナ再生速度+30%増加
『ワンド強すぎてゲロ吐きそう』
『詠唱速度+18%!? マシンガンじゃん』
『今の杖がゴミに見える……欲しい、欲しすぎる』
『DPS10倍じゃん。エグすぎ』
『これ一本あれば一生食っていけるぞ』
魔法使いたちの、悲鳴に近い歓喜。
彼らは理解している。
この杖がもたらす未来を。
生存率、殲滅速度、そして稼げる魔石の量。
数百万の投資など、一ヶ月で回収できる計算だ。
だが、ここで「波乱」が起きた。
ある時点から、全ての商品の入札額が、機械的に、かつ暴力的に跳ね上がり始めたのだ。
『えっ? 一気に500万!?』
『こっちの剣も、いきなり1000万超えたぞ!?』
『なんだこの入札ラッシュ……個人じゃない!?』
SNSがざわつく。
俺はモニターを見ながら、冷ややかに笑った。
「来たな、企業勢」
大手ギルド、探索者派遣会社、あるいは政府系の組織。
豊富な資金力を持つ組織が、組織的な「買い占め」に動いたのだ。
彼らもまた俺の記事を読み、この武器の価値を正確に理解した。
自社の探索者に装備させれば、利益は何倍にもなる。
ならば市場価格の数倍を出しても、惜しくはない。
『うわーーーー企業勢が入札してきた』
『ふざけんな! BOTで入札してんじゃねーよ!』
『今回くらいは買わせろwwww』
『大手が本気出してきたら、勝てるわけねーだろ!』
『1500万……。無理だ、ローン組んでも足りない』
絶望する個人勢。
圧倒的な資金力で蹂躙する企業勢。
オークション会場は、まさに黎明期の縮図とも言える「力こそパワー」の様相を呈していた。
「マスター、これ……介入しますか?
個人の人が買えなくなっちゃってますけど」
雫が、少し同情したように言う。
だが俺は、首を横に振った。
「いや、放置だ。
オークションは戦争だ。金を出した奴が勝つ。それがルールだ」
それに企業が高値で買ってくれるなら、俺にとっては好都合だ。
彼らがこの武器を使って大量の魔石を市場に流してくれれば、結果的に俺の素材収集も捗る。
「それに、見てみろ。
個人勢も負けてないぞ」
俺が指差した先。
一本の「両手剣」の入札合戦が、異常な盛り上がりを見せていた。
【商品No.007:巨人のスレイヤーソード】
物理ダメージ:特大
MOD:物理+125%、攻撃速度-10%、スタン確率+20%
癖はあるが、当たれば必殺の一撃を放つロマン武器だ。
『2000万!』
『2100万!(某大手ギルド)』
『2200万! 俺の全財産だああああ!』
『↑誰だ、お前www 狂ってやがる』
『頑張れ個人勢! 企業に負けるな!』
『2300万! 借金してでも買う! これで人生変えるんだ!』
一人の個人探索者が、企業のアカウントと一騎打ちを演じている。
チャット欄は、彼への応援で埋め尽くされていた。
これは単なる買い物ではない。
持たざる者が力(武器)を手に入れて、成り上がろうとする――人生を懸けた戦いだ。
「……面白い」
俺は目を細めた。
この熱量、この渇望。
これこそが俺が望んだ「活性化した市場」だ。
◇
そして1時間後。
すべての商品が落札され、オークションは終了した。
完売。
残ったのは、焼け野原のような静寂と、放心した参加者たちのコメントだけだ。
『終わった……』
『結局、何も買えなかった……』
『俺は買ったぞ! 500万の借金背負ったけど、明日からB級目指す!』
『↑おめでとう! 死ぬなよ!』
『企業が半分くらい持っていったな。まあ仕方ない』
『でも楽しかった。こんな祭り、ダンジョンが始まって以来だわ』
俺は田中に、最終的な集計を指示した。
「田中、総額は?」
田中が震える手でキーボードを叩き、画面に数字を表示させる。
その桁数を見て、リンが息を呑み、雫が目を見開いた。
「……えっと、読み上げますね」
田中がゴクリと唾を飲み込む。
「出品数524点。
最高落札額3800万円(両手剣)。
平均落札額約850万円。
そして落札金額の総計は……」
44億5400万円。
室内が一瞬、静まり返った。
たった1時間のイベントで、中堅企業の年間売上を軽く超える金額が動いたのだ。
しかも元手は、俺がダンジョンで拾った素材と、俺の「知識」だけ。
利益率は、ほぼ100%に近い。
「よ、44億……!?
マスター、これ……私たち大富豪ですよ!?」
リンが飛び跳ねる。
雫も、珍しく呆然としている。
「……私の杖一本が300億の価値があると言われましたが、量産品でこの額とは。
数の暴力ですね」
「ああ、悪くない数字だ」
俺は平然と頷いた。
金額そのものよりも、この44億円が意味する事実の方が重要だ。
それは世界が「八代匠の作った武器」に、これだけの価値を認め、対価を支払ったという証明だ。
俺は、熱気が冷めやらぬモニターを見つめた。
手に入れた者、入れなかった者。
彼らは明日から、それぞれのダンジョンで、今日得た「知識」と「武器」を試すだろう。
そして世界中に「正しいダメージ計算式」が広まり、攻略の速度は飛躍的に上がる。
そのすべての中心に、俺がいる。
「さて、資金も潤沢になったことだし、次はオフィスの拡張でもするか。
……それとも、次の『教材』を用意してやるか」
俺はコーヒーの最後の一滴を飲み干し、不敵な笑みを浮かべた。
市場を支配する快感は、何度味わっても飽きないものだ。




