第31話 ダメージ計算式の講義、あるいは市場を支配する「知識の暴力」
「プライベートダンジョン騒動」で世間が揺れ、政府が対応に追われている中、俺――八代匠は、別の苛立ちを抱えていた。
それは、俺の見込み顧客である世界中の探索者たちの「無知」が、あまりにも目に余るレベルだという点だ。
港区ミッドタウン・タワー、ギルドマスター室。
俺は革張りのチェアに深く沈み込み、デスク上のタブレット端末で、動画投稿サイトにアップロードされている一般探索者の戦闘動画を視聴していた。
タイトルは『D級ダンジョン攻略! 俺の最強の一撃を見ろ!』。
再生数は数十万回。
コメント欄には「すげぇ!」「強すぎる!」といった称賛の言葉が並んでいる。
再生ボタンを押す。
画面に映っているのは、身の丈ほどもある大剣を担いだ筋骨隆々の戦士だ。
レベルは20台後半といったところか。
彼は雄叫びを上げてオークの群れに突っ込み、大上段から剣を振り下ろす大技スキルを放つ。
派手なエフェクトが弾け、ダメージ数値が表示される。
――350。
「……弱い」
俺は思わず、こめかみを指で押さえた。
350。
レベル20台後半で、両手剣を使って、モーションの大きい大技を放って、たったの350だ。
オークのHPバーは1割も削れていない。
これでは倒すのに日が暮れる。
俺は【鑑定】スキルを発動し、動画内の彼の装備を透視する。
原因は一目瞭然だった。
「なんで物理攻撃スキルを使ってるのに、『炎属性ダメージ追加』がついた剣を装備してるんだ?
しかも、その剣、見た目は派手だが、肝心の『基本物理ダメージ』が低すぎる。
おまけに指輪には『詠唱速度増加』がついている……戦士が詠唱して、どうするつもりだ?」
無知とは罪だ。
だが彼を笑うことはできない。
この世界の探索者の9割以上が彼と同じように、
「なんとなくレアリティが高い装備」
「なんとなく強そうな名前のついた装備」
を身に着け、本来出せるはずの火力の半分も出せずに苦戦しているのが現状だからだ。
ダメージを出す仕組みを、イマイチ理解していない。
「攻撃力」という一つのパラメータが上がれば強くなると思っている。
だが現実は違う。
この世界の計算式は、もっと複雑で、残酷で、そして美しい数学で成り立っている。
「マスター、また野良の動画を見て呆れてるんですか?」
呆れ声で声をかけてきたのはリンだ。
彼女は俺が作った最高級のダガー『幻影の牙』を指先で回しながら、動画を覗き込んだ。
「うわっ、ダメージ低っ!
私なら通常攻撃でも、この倍は出せますよ?」
「当たり前だ。
お前の装備は、俺が『物理ダメージ増加』と『クリティカル倍率』を理論値まで高めた特注品だぞ。
そんじょそこらの一般人と比べるな」
俺が言うと、隣で資料を整理していた雫も頷いた。
「ええ。
マスターの装備理論は完璧ですから。
私も以前は無駄なステータスばかり上げていましたが、マスターに杖を頂いてからは、魔法の威力が桁違いになりました。
……今の世の中の探索者は、宝の持ち腐れをしている状態ですね」
田中も、自身が装備している重厚なタワーシールドを撫でながら苦笑する。
「俺も、ここに来るまでは防御力とHPの違いすら分かってませんでしたからねぇ。
『ライフ最大値増加』のMODが、あんなに重要だなんて、教えてもらうまで知りませんでした」
アルカディアのメンバーは、俺の知識(英才教育)によって、既に「正解」を知っている。
だが外の世界は違う。
このままでは、俺が高性能な装備を作って市場に流しても、その真価が理解されない。
「アルカディアの武器は高いだけで弱い」なんて風評被害を受けかねない。
俺の商品を高く売るためには、まず顧客を教育する必要がある。
消費者のレベルが上がらなければ、高級品は売れないのだ。
「……書くか」
俺はキーボードを引き寄せた。
俺の鑑定スキルで判明している「真実」を、ブログ記事として世界に叩きつける。
知識のない彼らに、この世界の残酷な計算式を教えてやるのだ。
俺は一呼吸置き、攻撃的なタイトルを打ち込んだ。
【必読】「なぜお前は弱いのか?」 ダメージが出る仕組みを徹底解説する
◇
1.はじめに:素殴りをやめろ
アルカディアの八代だ。
最近、動画サイトなどで探索者の動きを見ているが、あまりにも効率が悪い。
命を懸けてダンジョンに潜るのに、なぜ「ダメージを出す仕組み」を理解しようとしない?
今回は、俺の【鑑定】スキルで解析した、この世界の「ダメージ計算式」について講義する。
これを読めば、お前の火力は倍になる。
逆に読まなければ、一生ゴブリンと泥仕合をすることになるだろう。
まず大前提だ。
「素殴り(通常攻撃)」で戦うのは、やめろ。
たまに見かけるが、マナを節約しようとしてスキルを使わずに武器を振り回している奴がいる。
レベル1の初期状態以外で、それは間違いだから今すぐ止めろ。
この世界では、スキルを使って初めて「実用的なダメージ」が出るように設計されている。
通常攻撃はダメージ倍率が100%しかない上に、命中補正もない。
マナなんてポーションを飲めば回復する。
ケチって死ぬよりマシだろう。
みんな、スキルを使う前提で話をするぞ。
まずスキルジェムは、大きく2つに分けられる。
【アタック(物理・攻撃)】と【スペル(魔法・呪文)】だ。
例外もあるが、まずはこの二つを明確に区別しろ。
ここを混同しているから、戦士がスペルダメージ付きの指輪をしたり、魔法使いが物理攻撃力付きの杖を持ったりする悲劇が起きるんだ。
◇
2.アタック(物理)でダメージを出す方法
まずは戦士や弓使いが使う【アタック】についてだ。
アタックでダメージを出すための秘訣は何か?
多くの探索者が使っている範囲攻撃スキル、【回転払い(スイープ)】を例に出して回答しよう。
このスキルの説明文には、こうある。
『両手近接武器を円を描くように振り回し、プレイヤーの周りのモンスターをノックバックする』
派手な範囲攻撃に見えるが、重要なのはその下の数値データだ。
俺の鑑定結果を公開する。
・アタックスピード:基本の70%
・アタックダメージ:基本の289%
見ての通りだ。
攻撃速度は「70%」に低下する。
つまり、普通に振るより3割遅くなる。
その代わりダメージ倍率は「289%」。
約3倍の一撃を叩き込むスキルだということだ。
さて、ここで言う「基本」とは何か?
ステータスの筋力値か? プレイヤーのレベルか?
違う。断じて違う。
基本とは、アタックを発動した時の「武器」のことだ!!!
ここを勘違いしている奴が多すぎる。
「289%」という倍率は、お前が手に持っている武器のダメージにかかる。
例えば、そこらで拾えるF級の『石斧』。
要求レベル4、筋力17、器用さ8の両手斧だ。
この武器のスペックはこうだ。
物理ダメージ:12-20
これを使って【回転払い】を撃つと、どうなるか?
計算してみろ。小学生でもできる掛け算だ。
最小ダメージ:12 × 2.89 = 約34
最大ダメージ:20 × 2.89 = 約57
つまり、34~57のダメージにしかならない。
これに多少の筋力ボーナスが乗っても、たかが知れている。
オークの皮すら、傷つけられないだろう。
はっきり言うぞ。
アタックスキルは、武器の性能で全てが決まる!
どんなにレベルを上げても、持っている斧が腐っていればダメージは出ない。
「強い武器が分からない?」
そうだな、それも当然だ。
市場には見た目だけのゴミが溢れているからな。
では、俺が定義する「強い武器」とは何か?
それは……「ローカルダメージMOD」が付いていることだ。
以下の3つのMOD(追加効果)がついている武器を探せ。
①【〇から〇の物理ダメージを追加する】
表記:「2~5の物理ダメージを追加する」
これが最重要だ。
「炎ダメージ」や「氷ダメージ」も悪くないが、まずは物理だ。
なぜなら、この追加ダメージは倍率計算の「前」に足されるからだ!
先ほどの12-20の斧に「+5」されれば、17-25がベースになる。
ここから289%されるのだ。
足し算の後に掛け算が来る。
この順番を理解しろ。
②【物理ダメージが〇〇%増加する】
表記:「物理ダメージ+100%」
①で底上げされた数値を、さらに倍増させる。
これがついているだけで武器のランクが変わる。
ベースダメージ17-25の武器に「+100%」がつけば、34-50になる。
それをスキルで2.89倍すれば……98-144だ。
初期の34~57と比べてどうだ?
3倍近いだろう?
③【アタックスピードが〇〇%増加する】
表記:「攻撃速度+20%」
回転払いのような「遅い(基本の70%)」スキルを使うなら、なおさら重要だ。
一発が重くても、当たらなければ意味がない。
攻撃速度を上げて隙を減らし、秒間ダメージ(DPS)を稼ぐんだ。
この三位一体で、高いダメージを出しつつ、速い速度で攻撃を叩き込め!
アタックのダメージの出し方を理解したか?
そうだ。アタックは武器だ。武器が全てだ!!!
スキルジェムのレベルも上げれば「基本の〇〇%」という倍率が上昇するが、代償としてマナ・コストが増える。
武器が弱いままスキルレベルだけ上げても、マナが枯渇してガス欠になるだけだ。
よく考えて、レベルを上げることだ!!!
この記事の投稿後、アルカディア公式ショップにて大量の武器を放出する。
その大半に、「ローカルダメージMOD」と「物理ダメージが〇〇%増加する」が付いている。
さらに一部の良品には、「アタックスピードが〇〇%増加する」も付いているぞ。
要チェックだ!!
◇
3.スペル(魔法)でダメージを出す方法
次に魔法使い向けの【スペル】についてだ。
「魔法使いも高い杖を買えばいいんだろ? 物理攻撃力が高い杖で殴るのか?」
……馬鹿を言え。
そんな魔法使いがいたら、俺が殴るぞ。
初心者がよく使う、【フリージングパルス】を例にして答えよう。
説明文には、こうある。
『貫通した敵を凍結させる可能性を持つ氷の投射物を放つ。投射物はすぐに消え始め、完全に消えるまでにダメージと凍結確率が減少し続ける』
テキストはこれだ。
しかし、俺の鑑定による詳細データはこれだ。
『8から12の冷気ダメージを与える』
『投射物は全ての対象を貫通する』
『投射物は飛ぶにつれて継続的にダメージが低下し、消滅するまでに最大50%ダメージが低下する』
『投射物は25%の確率で凍結させる効果を持つが、この効果は飛行距離の最初の4分の1を経過すると失われる』
おっと、と思ったやつは鋭いぞ。
スペルは効果テキストで、「8から12の冷気ダメージを与える」という風に、スキル自体にダメージ数値が定義されている。
アタックと違い、「武器の〇%」ではないのだ。
そしてこの数字は、スキルジェムレベルでスケーリング(成長)する。
ここが最重要だ。
魔法はスキルレベルを上昇させることで、ダメージが飛躍的に向上するのだ!!!
例えばレベル1では「8-12」だが、レベル10になれば「100-150」になる。
レベル20になれば「800-1200」だ。
「魔石がもったいないから」とレベル上げを渋っている魔法使い。
お前は戦場に立つ資格がない。
魔法はスキルジェムレベルを上げないと、ダメージの基礎が1ミリも伸びないのだ!!!
「じゃあ武器はなんでも良いの?」
それも違う。
魔法使いにとっての武器は、この基礎ダメージをさらに増幅させるためにある。
物理攻撃力なんかついてても意味がない。
見るべきMODはこれだ。
①【スペルダメージが〇〇%増加する】
ジェムのレベルで上がった基礎ダメージを、さらに倍率ドンする。
これがついていない杖は、ただの棒だ。
②【キャストスピード(詠唱速度)が〇〇%増加する】
これは強いスペルを素早い速度で唱えてダメージを出すのに必須なのだ!!!
詠唱が遅ければ撃つ前に噛み殺される。
「詠唱速度」こそが魔法使いにとっての攻撃速度であり、生存率だ。
だからワンドなどを更新する必要がある!!!
魔法使いは、武器もスキルジェムも大事!!
分かったな?
さてこの記事のあとに大量のワンドを放出する。
アタック武器と同じく、有効MODが揃っているぞ!!!
幅広く放出するから、ぜひ購入してくれ。
今日の講義はここまでだ。
まずは俺の武器を買い、計算式を頭に叩き込め。
生き残っていれば、次は防具の話でもしてやる。
◇
「……よし、投稿完了」
俺はエンターキーを強く叩き、記事をアップロードした。
ふぅ、と息を吐いて背もたれに寄りかかる。
これで「なぜ強いのか」の理屈は提示した。
あとは市場が、どう反応するかだ。
「マスター、お疲れ様です。
……また随分と過激なことを書きましたね」
雫がタブレットで記事を読みながら、微かに口角を上げた。
「『素殴りをやめろ』『一生ゴブリンと泥仕合』……。
普通の探索者が見たら、怒りで顔を真っ赤にしそうです」
「怒るなら怒ればいい。
図星を突かれて怒る奴は、まだ見込みがある。
本当に救いようがないのは、これを読んでも理解しようとせず、明日のダンジョンでまた素殴りをして死ぬ奴だ」
俺は冷たく言い放つ。
リンが在庫リストが入ったタブレットを操作しながら、声を上げた。
「マスター、放出用の武器リスト準備完了してます!
全部で520点。
内訳は、物理特化のアックスが200本、スペル特化のワンドが150本、残りは防具とアクセサリーです。
……これ全部、マスターが夜なべして作ったんですよね?」
「ああ。
俺のクラフトスキルの練習で作った『習作』だがな。
アルカディアの基準(俺たち)には満たないが、市場に出回っているゴミよりは数百倍マシだ」
俺たちが普段使っている装備は、俺が素材を厳選し、数%の乱数調整までこだわり抜いた「理論値」の逸品だ。
それに比べれば今回放出する武器は、MODが2つか3つ付いただけの「並品」に過ぎない。
だがそれでも「正しいMOD」が付いている。
それだけで今の市場では、オーパーツ級の価値がある。
「田中、お前も準備はいいか?」
「はい! 梱包作業、いつでもいけます!
……しかしマスター、本当にこれ売っちゃっていいんですか?
もし敵対するギルドとかに買われたら……」
田中が心配そうに言うが、俺は鼻で笑った。
「構わんよ。
武器だけ強くなっても、それを使いこなす『知識』がなければ意味がない。
それに俺たちが供給した武器で探索者全体のレベルが上がれば、それだけ深層の攻略が進み、レア素材が市場に流れてくる。
俺たちにとってもメリットの方が大きいんだ」
これは投資だ。
世界全体の探索効率を底上げし、俺が必要とする素材を彼らに集めさせるための。
「さあ、祭りの時間だ。
販売開始時刻をセットしろ。
180分後だ」
「了解です!」
リンが楽しそうにキーを叩く。
俺はモニターを見つめた。
記事のPV数は、既に数万を超えている。
コメント欄には「マジかよ……」「知らなかった」「今までの俺はなんだったんだ」という驚愕の声と、
「八代さんの武器、絶対買う!」という欲望の声が溢れかえっている。
教育は成功したようだ。
あとは彼らが財布を開くのを待つだけだ。
「……知識は力だ。
そして、金だ」
俺は呟き、販売開始のカウントダウンを見守った。
黎明期の混沌とした市場に、俺という名の「規格」を打ち込む。
その快感に、俺は思わず笑みをこぼした。




