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第5話 知識の伝道者と鑑定の夜

 喫茶店でリンと別れ、俺はタクシーを拾って自宅のタワーマンションへと戻った。

 窓の外を流れる東京の街並みは、一見するといつもと変わらない。

 だが交差点には警察車両が待機し、行き交う人々の足取りはどこか浮き足立ち、誰もがスマートフォンの画面を食い入るように見つめている。

 世界は確実に変わったのだ。


 エレベーターで二十五階へ。

 自室の重厚な扉を開け、静寂に満ちたリビングに足を踏み入れる。

 空調の低い駆動音だけが聞こえる無機質な空間。

 だが今の俺には、孤独感など微塵もない。


 首元に触れると、ひんやりとした金属の感触がある。

『清純の光輪ピュア・ヘイロー』。

 俺が作り出した、この世界に俺とリンの分2つしか存在しないSSS級ユニークアイテム。

 肌に触れている部分から、温かな魔力の波動が脈打つように伝わってくる。

 常時発動している【元素の盾】のオーラが、俺の肉体を透明な膜で包み込み、外界のあらゆる不浄から守ってくれている安心感。


「さて……やるか」


 俺はジャケットを脱ぎ捨て、革張りのチェアに深く身を沈めた。

 デスクの上の愛機、トリプルディスプレイ仕様のハイエンドPCを起動する。

 ファンの回転音と共に、三つの画面が次々と青白い光を放ち始めた。


 ここからは「仕事ビジネス」の時間だ。

 ギルドメンバーの確保も重要だが、それ以上に急務なのが「情報のコントロール」だ。

 現在インターネット上は、デマと恐怖で汚染されている。

「ダンジョンの空気を吸うと死ぬ」「エイリアンの侵略だ」といった根拠のない噂話から、「ドロップ品は放射能を帯びているから触るな」といった悪質なデマまで。


 特に深刻なのが「アイテムの価値」に関する無知だ。

 俺のような【鑑定】スキルを持つ人間は極めて稀だ。

 99.9%の探索者は、自分が拾ったものが「伝説の剣」なのか「ただの棒切れ」なのか、あるいは「猛毒の瓶」なのかすら判別できない。

 その結果、何が起きているか?

 貴重な強化素材を捨てたり、二束三文で国に売り渡したり、あるいは使い方も分からずに暴発させて怪我をしたりしている。


 これは将来的に、俺が支配するはずの市場マーケットにとって巨大な損失だ。

 今のうちに正しい知識リテラシーを植え付け、アイテムの流通量を確保しなければならない。

 俺がこの世界の「教科書(Wiki)」になるのだ。


 俺はブラウザを立ち上げ、X(旧Twitter)にログインした。

 通知欄が赤い数字で埋め尽くされている。

 昨日投稿した「ステータス画面の開き方」と「スキルジェムのセット方法」が、爆発的に拡散されているようだ。

 フォロワー数は一晩で数万人規模に膨れ上がっている。


「鉄は熱いうちに打て、だな」


 俺はキーボードに指を走らせた。

 今日は、より実践的で明日からの生存率に直結する情報を投下する。


 ◇


【投稿1:命綱について】


 まずは誰もが軽視しがちだが、最も重要なアイテムからだ。

 俺はアイテムボックスから、一枚の古びた羊皮紙を取り出した。

 端が焼け焦げ、インクが掠れた汚い紙切れ。

 知らない人間が見れば、ゴブリンが尻を拭くのに使ったゴミだと思うだろう。


『@Takumi_Yashiro

 今日の講座だ。まずは一番重要なアイテムから教える。

 ダンジョンでボロボロの「古びた巻物」や「羊皮紙の切れ端」のようなものを拾わなかったか?

 汚いからと言って捨てた奴、あるいは「燃えるゴミ」だと思って買取所に出した奴。

 今すぐ悔い改めろ。

 それは【ポータルの巻物】だ。』


 俺は写真を添付した。

 机の上に置かれた薄汚れた巻物の画像。


『効果:ダンジョンから脱出するための消費アイテム。これがあればいつでもどこからでも一瞬で地上へ帰還できる。

 これは文字通りの「命綱」だ。

 ボス部屋の前だろうが、モンスターの大群に囲まれた最中だろうが、これを使えば助かる。

 使い方のコツを教える。

 いちいち広げて書かれている呪文を読む必要はない。

 そんなことをしていたら、読み上げている間に首を噛みちぎられる。

 ポケットに入れたまま強く「帰還したい」「戻りたい」と念じろ。

 それだけで発動する。

 見た目がどれだけボロ切れでも、絶対に肌身離さず持っておけ。

 これを売る奴は、自分の命を千円で売っているのと同じだ。』


 送信ボタンを押す。

 反応は即座に来た。


『うわあああ捨てちゃった!』

『マジかよただのゴミだと思ってた』

『これ持ってたおかげで助かったわありがとう』


 悲鳴と感謝のリプライが滝のように流れる。

 これで少なくとも数千人の命が救われたはずだ。

 そしてポータルの巻物の市場価値が「ゴミ」から「必須アイテム」へと認識が改められる。


 ◇


【投稿2:青い宝珠と強制鑑定法】


 次は、多くの人間が疑問に思っている「オーブ」と「アイテムのレアリティ」についてだ。

 ここが一番のネックであり、俺の知識の見せ所だ。


 俺たち鑑定持ち以外の一般人には、アイテムの名前も文字色レアリティも見えない。

 拾った鉄パイプが「ただの鉄パイプ(ノーマル)」なのか、魔法効果が付与された「マジックアイテム」なのか、見た目では区別がつかないのだ。


 だからこそ彼らは不安になり、全てを国に売ってしまう。

 ここでシステム(この世界の法則)を利用した裏技を公開する。


『@Takumi_Yashiro

 次によく落ちる「青いガラス玉」のようなアイテムについて。

 あれはビー玉じゃない。

 【変成のオーブ】だ。

 効果:ノーマルアイテムをマジックアイテムに変化させる青い宝珠。

「ノーマル」とは特殊効果のない普通の装備。「マジック」は魔法効果が付与された装備だ。

 だがお前らには鑑定スキルがないから、拾った武器がどっちなのか分からないだろう?

 そこでこのオーブを使った「強制判別法」を教える。

 1.拾った武器や防具を手に持つ。

 2.その青い玉(変成のオーブ)を武器に直接押し当ててみろ。

 ここからが重要だ。

 【パターンA:オーブが吸い込まれて消滅した】

 →おめでとう。その武器は元々「ノーマル品」だった。

 そして今、オーブの力で「マジック品」に進化して強くなった。

 攻撃力が上がったり、耐久力が上がったりしているはずだ。

 【パターンB:オーブが弾かれた、あるいは反応しない】

 →その武器は最初から「マジック品」以上だったということだ。

 すでに魔法効果が付与されているから、ノーマル用のオーブは受け付けない。

 つまり「当たり」だ。

 これなら鑑定スキルがなくても自分の装備を強化できるし、判別もできる。

 ガンガン試せ。』


 この情報は革命的だ。

 鑑定士に頼まなくても、自分自身の手で「強化」と「確認」ができるようになる。

「オーブを消費してしまう」というコストはあるが、それで武器が強くなるなら安いものだ。

 この投稿により、変成のオーブの需要は爆発的に高まるだろう。


 ◇


【投稿3:まだ使うな】


 続いて、初心者が陥りやすい罠への警告。


『@Takumi_Yashiro

 似たようなオーブで色が少し違うやつがある。

 茶色っぽい、少し濁った玉だ。

 それは【改変のオーブ】だ。

 効果:マジックアイテムの付与効果をランダムで再抽選リロールする。

「せっかくマジック化したのに効果が弱い!」と思った時、これを使えば別の効果に変えられる。

 ガチャの引き直しみたいなもんだ。

 だが使うのはオススメしない。

 今の序盤の装備なんて、すぐに使い捨てることになる。レベル5になればレベル5の装備が落ちるからだ。

 そんな「繋ぎ」のゴミ装備の数値をいじるために、貴重なリロール素材を使うな。

 今は「変成」で青くするだけで十分だ。

「改変」はもっと先、一生モノの装備を手に入れてから湯水のように使うことになる。

 今は貯めておけ。倉庫の肥やしにしておけ。』


 ◇


【投稿4:力の源】


 最後に、最も問い合わせが多いスキルジェムについて。

 まだ多くの人間が「武器に穴が空いていないから装着できない」と勘違いしている。

 俺は改めて、丁寧に解説を打ち込んだ。


『@Takumi_Yashiro

 最後に「色のついた宝石」のような石について。

 それは【スキルジェム】だ。

「拾ったけど何も起きない」「武器にくっつかない」という奴。根本的に間違っている。

 1.まずはゴブリンを殴ってレベル2になれ。レベル1ではスロット自体がロックされていることが多い。

 2.レベルが上がったら虚空に向かって「ステータス」と念じて画面を開く。

 3.そこに「スキルスロット」という空欄があるはずだ。

 4.拾った石をその画面のスロットに持っていく(ドラッグ&ドロップするイメージ)。

 【色のルール】

 ・赤色の石:筋力系。戦士向き。

 ・緑色の石:俊敏系。盗賊や弓使い向き。

 ・青色の石:知性系。魔法使い向き。

 自分のステータスが足りていないとセットできない。

 脳筋が魔法を使おうとしても無理だ。自分の適正を見極めろ。』


 ◇


 一連の投稿を終え、俺はコーヒーを一口飲んだ。

 カフェインが脳に染み渡る。

 リプライ欄は、お祭り騒ぎになっていた。


『試してみたら鉄パイプが青白く光った! すげえ!』

『オーブが吸い込まれるエフェクト気持ちいいな』

『赤のジェム装備したら腕力が上がった気がする! 岩を砕けたぞ!』

『八代さん、これマジで有料級の情報じゃん……』


 感謝、驚愕、そして崇拝。

 俺のアカウントは単なる「情報発信者」から、一種の「教祖」のような扱いになりつつある。

 だが、これで終わりではない。

 ここからが本番だ。


「理屈は分かったが、じゃあ俺が拾ったこれは具体的に何なんだ?」

 という個別の疑問が殺到する時間だ。


 俺は次の一手を打った。


『@Takumi_Yashiro

 質問が多いから一括で答える。

 オーブの反応だけじゃ分からない詳細な性能が知りたい奴がいるだろう。

 Xのリプライで装備品の鮮明な写真を貼ってくれたら、俺が【鑑定】して結果を教える。

 もちろん無料だ。

 今のうちはな。』


 送信直後。

 タイムラインが「画像」で埋め尽くされた。

 まるでダムが決壊したかのようだ。


 日本中、いや翻訳ツールを使っている海外のユーザーからも、ありとあらゆるドロップ品の画像が送りつけられてくる。

 錆びた剣、奇妙な杖、小瓶、骨、得体の知れない肉片……。


 俺は眼精疲労を感じながらも、片っ端から画像を鑑定していく。

 SSS級ユニークスキル【鑑定】は、画像越しだろうが画質が悪かろうが、対象の「真実」を暴き出す。


『>@tank_boy

 【写真:ヒビの入った丸い盾】

 鑑定お願いします!』


 俺の目には、その盾のデータが青いウィンドウとして浮かび上がる。

【鑑定:ラウンドシールド(ノーマル)】

 ただの盾だ。


 返信:

『ノーマル品だ。変成のオーブを使えば防御力が少し上がるぞ。』


 次。


『>@witch_love

 【写真:青い液体が入った小瓶】

 これ飲めますか? マナ回復薬ですか?』


【鑑定:スライムの粘液(素材)】

【詳細:飲むと腹痛と麻痺を引き起こす】


 危ないな。


 返信:

『飲むな。それは「スライムの粘液」だ。ただの素材アイテムだ。

 飲むと死にはしないが、三日はトイレから出られなくなるぞ。』


 次。


『>@lucky_striker

 【写真:銀色に輝く指輪】

 なんか綺麗なのが落ちました!』


 おっと、俺の手が止まる。

 銀の指輪。ノーマルではない。独特の魔力を帯びている。

 画像越しでも分かる、その「当たり」の輝き。


【鑑定発動】

【アイテム名:サファイアリング】

【レアリティ:マジック】

【効果:氷属性耐性+15%】


 悪くない。

 F級ダンジョンで出るマジック品としては上等だ。

 氷耐性が15%もあれば、次の階層に出現する「フロストバット」の冷気攻撃を大幅に軽減できる。


 返信:

『当たりだ。

 【サファイアリング(マジック)】

 効果:氷属性耐性+15%

 その指輪には氷を防ぐ力が宿っている。

 絶対に売るな。次のエリアで死にたくなければ、必ず装備しておけ。』


 淡々と、しかし的確に返信を返していく。

 指が疲れる作業だが、これは俺にとってもメリットがある。

「今、世の中にどんなアイテムが出回っているか」というドロップテーブルの調査リサーチになるからだ。


 数百件の画像を捌いたが、傾向が見えてきた。

 やはり、まだ「レア(黄色)」や「ユニーク(橙)」といった高位のアイテムはほとんどドロップしていない。

 9割がノーマル、残り1割が低級マジック。

 スキルジェムも基本的な攻撃スキルや補助スキルばかりで、派手な広範囲魔法や特殊なオーラ系は皆無だ。


「……やはりF級ダンジョンの限界か」


 俺が持っている『可能性のオーブ』や、合成で作った『清純の光輪』が、いかに異常な存在か改めて思い知らされる。

 俺はすでに、この世界の「数ヶ月先」の装備水準に達しているのだ。


 ふと作業の手を止めて、ブラウザを更新し、検索窓に自分の名前を入れてみた。

 エゴサーチだ。

 自分の影響力を確認するのも、支配者たる者の嗜みだ。


 検索結果の上位に、見慣れないサイトが表示された。


『【攻略】八代匠のダンジョン講座まとめWiki』

『【必読】八代氏のツイート解説:ポータルの使い方、オーブの検証まとめ』

『謎の鑑定士・八代匠とは何者か? 元開発者説、未来人説を検証』


「……おっ、もうWikiが登場したか」


 仕事が早い奴がいる。

 サイトを開いてみると、俺のツイートが一言一句漏らさず転載され、さらに有志による検証動画や補足説明まで加えられている。

「八代氏の言う通りにしたら剣が光った!」「命を救われた」というコメントが溢れている。

 俺の情報が、この世界の「正解スタンダード」として定着し始めている証拠だ。


 だが油断はできない。

 TLを見ていると、俺以外のアカウントも散見されるようになってきた。


『@鑑定士タナカ:無料で鑑定します! DMください!』

『@千里眼のマイ:あなたのアイテム見極めます』


「……まあ、俺以外の『鑑定使い』もそろそろ動き出してるだろうな」


 当然のことだ。

 ユニークスキルはランダムに配布される。

【鑑定】や【解析】、あるいは【真贋判定】といった情報系のスキルを持つ人間は、一定数存在するはずだ。


 彼らは今頃、自分の所属するコミュニティやパーティー内で神様扱いされているに違いない。

 一般人には「名前すら見えない」アイテムを「これは毒消しだよ」「これは剣だよ」と判別できるだけで、生存率は劇的に変わる。

 戦闘力が皆無でも、鑑定役として重宝される。

 ある意味、この黎明期において最も安全に「勝ち組」になれるポジションだ。


 だが彼らの鑑定レベルは、おそらく「レベル1」か「2」だ。

 アイテムの名前と簡単な効果が見える程度だろう。

「なぜその効果があるのか」「どう使えば最大効率か」「将来的な価値はどうか」といった深層情報までは読み取れない。

 ましてや俺のように、画像越しに正確な鑑定を行うことなど不可能だ。

 大半は実物を触ってようやく判別できるレベルだろう。


「俺の鑑定はSSS級。文字通り『万象』を見通す目だ」


 俺はモニターに映る自分の顔を見つめた。

 薄暗い部屋の中で、ディスプレイの光に照らされたその顔は、凶悪な笑みを浮かべていた。


 俺はただの親切な鑑定屋に留まるつもりはない。

 他の有象無象の鑑定士たちが束になっても敵わない「大鑑定士」として君臨する。

 そして彼らが鑑定したアイテムを、俺が作った相場で売り買いさせる。

 この世界の経済圏エコシステムそのものを、俺が支配するのだ。


「さて、もうひと仕事するか」


 通知音は鳴り止まない。

 世界中の探索者たちが、俺の「神託」を求めている。

 俺は再びキーボードに手を置き、迷える子羊たちのアイテムを次々と丸裸にしていった。


 夜はまだ長い。

 そして俺の野望もまた、果てしなく続いていく。

最後までお付き合いいただき感謝します。


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そのうち政府や他国の権力者とかに拉致されそうですね
第4話でリンに渡してますよ
ピュアヘイローってギルメンに渡す用に複数個作ったんじゃ?
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