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第28話 祭りの後の暴動、あるいは黎明期の治安論争

 【黄金週間ゴールデン・ウィーク】の興奮が列島を包み込んだ翌日。

 イベント二日目の朝。

 空は突き抜けるような青空だったが、地上の空気は昨日までの祝祭ムードとは一変して、どこかピリピリとした緊張感を孕んでいた。


 港区ミッドタウン・タワー、ギルドマスター室。

 俺、八代匠はデスクの上のモニターでニュース映像を眺めながら、深いため息をついていた。

 画面には黄色い規制線(KEEP OUT)が張られたゲート前の路上と、ブルーシートに覆われた何かが映し出されている。


『――本日未明、東京都練馬区のダンジョンゲート付近の路上にて、ダンジョンから帰還したばかりの探索者が、男数人に襲われるという事件が発生しました』


 アナウンサーの硬い声が、事の次第を淡々と告げる。


『被害に遭ったのは20代の男性探索者。

 所持していた換金前の「魔石」が入ったバッグを奪われそうになりましたが、男性はこれに抵抗。

 犯行グループを取り押さえたとのことです。

 警察の調べによりますと、襲撃したのは所謂「半グレ」と呼ばれる不良集団のメンバーで、探索者の資格は持っておらず、ダンジョンへ潜った経験もなかったとのことです』


 画面が切り替わる。

 視聴者提供のスマホ映像だ。

 ブレた画面の向こうで、金属バットを持ったチンピラが探索者の青年に殴りかかっている。

 だが次の瞬間。


 カィン!


 という硬質な音が響いた。

 青年が腕でバットを受け止めたのだ。

 骨折どころか、痣ひとつできていない。

 逆に青年が軽く突き飛ばすと、チンピラはボールのように数メートル吹き飛び、ガードレールに激突して、ぐったりと動かなくなった。


『……なお、犯人の男たちは肋骨骨折などの重傷を負い、病院へ搬送されました。

 警察は強盗傷害の疑いで捜査を進めるとともに、探索者側の過剰防衛の可能性も含めて慎重に調べています』


 映像が終わる。

 俺はリモコンでテレビを消し、椅子に深く背を預けた。


「……始まったな」


 独りごちる。

 予想通りの展開だ。

 いや、正確に言えば、『ダンジョン・フロンティア(ダンフロ)』の歴史シナリオ通りだ。


 ゲーム内イベント、【黎明期の治安問題セキュリティ・クライシス】。

 これはプレイヤーやNPCが一定以上の資産を持ち始めると、ランダムで発生するバッドイベントだ。

 街中での強盗発生率が上昇し、治安維持費として税金が上がり、探索者への風当たりが強くなる。


(ゲームだと単なるテキストとパラメータの変動でしかなかったが……。

 現実ここで起きると、こういう理屈になるわけか)


 整合性が取れすぎている。

 昨日の「黄金ゴブリン」イベントは、いわば撒き餌(呼び水)だったのだ。

 大量の魔石。

 100万円という分かりやすい現金。

 それが武器も持たない一般人(に見える探索者)によって、無防備に街中を運搬されている。

 アウトローたちが「狩り場」をダンジョンの外に見出すのは必然の流れだった。


(半グレ共は、知らなかったんだろうな。

 レベル15を超えた探索者の肉体が、もはや生物として別次元にあることを)


 映像の青年は、おそらく身体強化スキルを持っていた。

 素人のバットなど、彼らにとっては小枝で叩かれるのと変わらない。

 だが問題は、そこではない。

 「探索者が勝った」ことこそが、新たな火種になるのだ。


 俺はPCに向き直り、SNSのタイムラインを開いた。

 そこには案の定、地獄のような議論の渦が巻いていた。


『強盗ざまぁwww 返り討ちにして正解だろ』

『いや映像見た? 人間が人間を5メートルも吹き飛ばしてるんだぞ? 車に撥ねられたのと同じだ』

『もしあの探索者がキレて、街中で「ファイアボール」とか撃ってたらどうなってた?』

『流れ弾で通行人が死ぬだろ』

『探索者って実質的に「歩く銃火器」じゃん。そんなのが街中をウロウロしてるの怖すぎ』


 議論の論点は、すぐに「強盗の是非」から「探索者の危険性」へとシフトしていた。

 当然だ。

 一般人からすれば、隣を歩いている人間が、指先一つでビルを倒壊させる力を持っているかもしれないのだ。

 その恐怖は治安への不安となって、社会を蝕む。


「……マスター。

 なんだか外が騒がしいですね」


 オフィスに入ってきたリンが、窓の外を見下ろしながら眉をひそめた。

 彼女の後ろには、いつも通りの無表情な雫と、心配そうな田中もいる。


「強盗事件のニュース、見ましたか?

 探索者が犯人を半殺しにしたってやつ」


「ああ、見たよ。

 当然の結果だな。

 F級ダンジョンでゴブリンを乱獲してレベルを上げた探索者に、ただの不良が勝てるわけがない」


「でもネットだと、探索者叩きが始まってますよ。

 『力を規制しろ』とか、『免許制にしろ』とか」


 リンがスマホの画面を見せてくる。

 そこには辛辣な言葉が並んでいた。


『探索者は全員GPSで監視すべき』

『街中でのスキル使用は厳罰に処せ』

『高価な魔石を持ち歩くから狙われるんだ。専用の輸送業者を使わせろ』


「高価な物を持ち運ぶのだから、セキュリティをしっかりするべきではないか?

 ……という正論が、探索者の自由を縛る鎖になるわけだ」


 俺は解説するように言った。

 これまで「個人の自由」に任されていたダンジョン探索が、社会システムの中に組み込まれる過渡期(黎明期)特有の痛みだ。


「面倒くさい世の中になりそうですね」


 雫が他人事のように呟いた。

 彼女はコーヒーメーカーから新しい一杯を注ぎ、香りを嗅いでいる。


「私は関係ありませんけど。

 ここ(オフィス)から直接ダンジョンに行けますから。

 強盗に遭うリスクなんてゼロです」


「その通りだ、如月。

 そこがお前たちの特権だ」


 俺は指を立てた。

 この「治安問題」が浮き彫りになればなるほど、俺たち「アルカディア」が持つ『0秒通勤プライベート・ゲート』の価値は天元突破する。

 誰にも見られず、誰にも襲われず、安全に魔石を換金できるルート。

 それは今や、金銭以上の価値を持つ「安全資産」なのだ。


「だが世間は、そうはいかない。

 政府も動かざるを得ないだろうな」


 俺の言葉を裏付けるように、昼のニュース速報が流れた。

 官房長官の緊急会見だ。


『……政府としましては、今回の事態を重く受け止めております。

 探索者による自衛権の行使については、正当防衛の範囲内であれば認められるべきですが、市街地におけるスキルや魔法の使用は、市民生活への重大な脅威となり得ます。

 現在、探索者協会および警察庁と連携し、新たなガイドラインの策定を急いでおります……』


 玉虫色の回答。

 要するに、「まだ何も決めてません」と言っているのと同じだ。

 この会見が火に油を注いだ。


 X(旧Twitter)での大議論が加速する。


『えー、じゃあ正当防衛ダメなの? 殴られるまで待てってこと?』

『そういうわけじゃないでしょ。でも魔法だと流れ弾もあり得るし』

『そうだなぁ。弓なんかも危ないからなぁ。流れ矢が子供に当たったらどうするんだ』

『探索者が危険ってことになりかねん』

『えー、そこまで考えないと行けないの? 俺たち命がけで魔物と戦ってるのに、地上でも命狙われるとか無理ゲーじゃん』


 探索者クラスタと、一般市民クラスタの対立。

 「自衛」か、「公益」か。


『日本政府はどう考えてるの? 大っぴらに魔法や武器を使うのは好まれないと公式見解が出てるので、実質的に無抵抗でいろってこと?』

『警備会社は何してるんだ。ダンジョン周辺の警備を強化しろよ』

『税金泥棒!』


 タイムラインを流れる罵詈雑言。

 俺はそれを、冷めた目で見つめていた。


(……この流れ。

 しばらくすれば、『探索者専用警備会社』や『魔石輸送サービス』といった新ビジネスが乱立するだろうな)


 ゲームの知識通りだ。

 このイベントを境に、世界には「対・探索者」を想定したビジネスや法整備が急速に進む。

 それは社会の成熟であると同時に、自由な冒険の終わりを意味する。


「マスター。

 私たちも何か対策した方がいいですか?」


 田中が不安そうに聞いてきた。

 彼は体が大きい分、街中で目立つ。

 善良な市民だが、見た目だけで「危険人物」扱いされかねない風潮になってきている。


「いや、俺たちは今のままでいい。

 むしろこの混乱を『高みの見物』といこうじゃないか」


 俺はモニターを切り替えた。

 そこには、今回のイベントで獲得した大量の魔石と、それを元手に作成予定の「次の装備」の設計図が表示されている。


「外野が騒いでいる間に、俺たちは力を蓄える。

 社会が探索者を縛り付けようとすればするほど、何にも縛られない俺たち『アルカディア』の異質さが際立つ。

 それは次のビジネス(交渉)において、最強のカードになる」


 俺はニヤリと笑った。


「さて、イベントはまだあと一日残っている。

 明日は強盗も増えるだろうし、警備も厳しくなるだろう。

 そんな修羅場と化したダンジョン周辺を尻目に、俺たちは優雅に『0秒通勤』でラストスパートをかけるぞ」


「……性格悪いですね、マスター」


 雫が呆れたように言ったが、その目には同意の色があった。

 彼女にとっても、他人の事情で自分の効率が落ちるのは我慢ならないことだろう。


 こうしてイベント二日目の夜は更けていった。

 ネット上では「探索者排斥論」と「自己責任論」がぶつかり合い、リアルでは夜の闇に紛れて一攫千金を狙う半グレと、過敏になった探索者たちの小競り合いが続いている。



最後までお付き合いいただき感謝します。




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― 新着の感想 ―
魔法職で登場してた乃愛は雫にメインメンバー奪われたんですかね。
あ~組織なら兎も角、一般探索者とりわけソロだとこうなるか。 法整備の後追いや超法規的措置への腰の重さはとても日本的だな、アメリカなら翌日には特措法が可決するだろうにw
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