第27話 黄金の祝祭、あるいは確率20%の奇跡
ダンジョンゲートが世界に出現してから、早四ヶ月が経過しようとしていた。
季節は春を迎えようとしている。
桜の開花予想がニュースで流れる、平和な日本の朝。
だが俺――八代匠の朝は、いつも通りスマートフォンの画面と睨めっこから始まった。
港区ミッドタウン・タワー、ギルドマスター室。
最高級のコーヒー豆を挽き、薫り高い一杯を啜りながら、俺は情報収集(エゴサーチと市場調査)を行う。
これが日課だ。
世界の変化は、いつだってSNSのタイムラインから始まる。
「……ん?」
俺の手が止まった。
X(旧Twitter)のトレンド欄に、見慣れない、しかしどこか既視感のあるワードが浮上していた。
『#金色のゴブリン』
『#光るモンスター』
『#ロサンゼルス・ゲート』
タップして詳細を開く。
そこには、アメリカのF級ダンジョンで撮影されたと思われる一枚のブレた写真が掲載されていた。
暗い洞窟の中、松明の明かりを反射して、ギラギラと黄金色に輝く小鬼の姿。
逃げようとする後ろ姿を捉えただけの不鮮明な画像だが、俺の目は誤魔化せない。
「……出たか」
俺はニヤリと笑った。
続けて日本のタイムラインも検索する。
新宿、代々木、あるいは地方のF級ダンジョン。
数件だが、同様の目撃情報が上がり始めている。
『なんか金ピカのゴブリンいたんだけど! 逃げ足速すぎて草』
『レアモンスター? 倒せなかったけど見ただけで運気上がりそう』
間違いない。
これは『ダンジョン・フロンティア(ダンフロ)』における定期開催ミニイベント――通称【黄金週間】の先触れだ。
俺は脳内のデータベースを検索する。
このイベントの発生条件(フラグ管理)についてだ。
(……ふむ。確か、このイベント判定は毎月一回、月初めに行われるんだったな)
『ダンフロ』のシステムには、プレイヤーを飽きさせないための「イベント発生ガチャ」とも呼ぶべき隠しパラメータが存在する。
ダンジョン発生から一ヶ月経過するごとに、イベント発生率が「5%」ずつ加算されていくシステムだ。
一ヶ月目:発生率5%
二ヶ月目:発生率10%
三ヶ月目:発生率15%
そして今、四ヶ月目:発生率20%。
毎月1日、世界は見えないサイコロを振る。
その確率に当選すればイベントが発生し、外れれば確率は翌月に持ち越され、さらに5%加算される。
要するに、時間が経てば経つほどイベントが起きやすくなる「天井付きガチャ」のような仕組みだ。
(20%か……。かなり薄いところを引いたな)
俺の過去のプレイ経験から言えば、この時期にイベントが発生するのは稀だ。
大抵は確率が50%、あるいは80%を超える半年後や一年後まで何も起きず、プレイヤーたちが「虚無期間だ」「運営仕事しろ」と愚痴り始めた頃に、ようやく発生するのが通例だった。
ひどい時は確率95%まで引っ張られたこともある。
あの時の確率の渋さは、今思い出しても腹が立つレベルだ。
だが今回は違った。
たった20%。
五分の一の確率を見事に引き当て、世界は「祭」の開催を決定したらしい。
「珍しくデレたな、運営(世界)の奴」
俺はカップを置き、PCのキーボードを引き寄せた。
イベントが発生したなら、乗らない手はない。
それに、このイベントは「情報」こそが最大の武器になる。
一般の探索者たちは、あの金色の小鬼が何なのか、倒すとどうなるのか、全く知らない状態だ。
「珍しいモンスターを見た」で終わらせてしまうには、あまりにも惜しい「宝の山」なのだ。
俺は慣れた手付きで、Xの投稿画面を開いた。
今や数十万人のフォロワーを抱える、世界一影響力のある探索者アカウント。
そこに俺の「鑑定」結果としての神託を書き込む。
『@Takumi_Yashiro 【緊急速報】金色のゴブリンについて
今朝から各地で目撃されている「金色のゴブリン」。
気になっている奴も多いだろうから、俺の【鑑定】で解析した結果を共有する。
結論から言おう。
あれは「ボーナス・モンスター」だ。
見つけたら全力で狩れ、逃がすな。
【鑑定結果:ゴールデン・ゴブリン】
・出現期間:発生から72時間(3日間)限定
・ドロップ:魔石(F級)×約100個(確定)
・経験値:通常のゴブリンの約500倍
……嘘だと思うなら倒してみれば分かる。
レベル15程度の探索者なら、一匹倒すだけでレベル20まで跳ね上がるほどの経験値を持っている。
魔石100個といえば、現在の買取価格(1万円)で換算すれば「100万円」だ。
歩く100万円が、今、F級ダンジョンを走り回っている。
ただし注意点がある。
こいつは戦闘力こそ皆無だが、「逃げ足」だけは異常に速い。
そして攻撃を受けると、即座に煙のように消えるスキルを持っている。
一撃で仕留めるか、囲んで袋叩きにしろ。
早い者勝ちだ。
この3日間、F級ダンジョンは「ゴールドラッシュ」の会場になるぞ。』
送信ボタンをクリックする。
投稿完了。
その直後だった。
通知欄が爆発した。
『うおおおおおおお!? マジかよ八代さん!』
『魔石100個!? 100万!? ゴブリン一匹で!?』
『経験値500倍ってなんだよ、メタルスライムかよ!』
『会社行ってる場合じゃねえ! 有給取るわ!』
『3日間限定とか急すぎる! 今すぐ装備持って出る!』
リツイート数が秒速で数千を超えていく。
日本中、いや翻訳機能を通じて世界中の探索者たちが、目の色を変えて動き出したのが分かる。
◇
数時間後。
SNS上には、早くも「討伐報告」が上がり始めていた。
『【画像】見てくれ! マジで出たぞ! 魔石の山だ!』
『八代さんの言う通りだった……。倒した瞬間、魔石が噴水みたいに吹き出した』
『数えたらピッタリ100個。震えが止まらん』
『レベルが一気に3つ上がった。今までの苦労は何だったんだ』
『F級ゴブリンなのに凄すぎる!! ありがとう八代さん!』
疑心暗鬼だった層も、実際の報告写真を見て完全に火がついた。
魔石の山、レベルアップのファンファーレ。
それは誰もが夢見る光景だ。
普段は危険なダンジョン探索が、この3日間だけは「リスクなしの宝探し」に変わったのだ。
そして、その熱狂は俺たち「アルカディア」のオフィスにも波及していた。
「リーダー! 見ましたか、トレンド!
金色ゴブリン、私たちも行きましょうよ!」
リンがダガーを磨きながら、目を輝かせて飛び込んできた。
後ろには興味深そうにタブレットを見ている雫と、苦笑いしている田中の姿もある。
「おいおい、お前ら。
俺たちはもうC級攻略組だぞ?
今更F級のゴブリンを追い回して、楽しいか?」
俺はわざと意地悪く聞いた。
だがリンは食い気味に答える。
「楽しいに決まってるじゃないですか!
レアモンですよ? お祭りですよ?
それに魔石100個って、C級で命がけで戦うより時給いいかもしれないし!」
「……まあ、一理あるな」
俺は頷いた。
実際、ゴールデン・ゴブリンの出現率は低い。
体感で言えば、ダンジョンを一日中歩き回って1体か2体遭遇できればラッキーというレベルだ。
だがF級ダンジョンなら敵は弱く、疲労も少ない。
「散歩のついでに100万円拾う」と考えれば、コストパフォーマンスは最強クラスだ。
「雫はどうだ?
ソロの方がいいか?」
俺が水を向けると、雫は静かに首を横に振った。
「いえ、今回は私も参加します。
計算しましたが、あのゴブリンの回避率は異常に高いようです。
物理攻撃だと逃げられるリスクがあります。
ですが私の『アイスストーム』なら……」
「範囲攻撃で逃げ場を塞ぎ、必中で凍らせる。
逃がす確率はゼロか」
「はい。確実性を求めるなら、魔法職を含めた包囲網が最適解です」
さすがINT特化、判断が合理的だ。
それに彼女の新しい杖『凍てつく思考』の試し撃ちとしても、動く的としては申し分ない。
「よし、決まりだ。
アルカディア総員、出動!
今日の業務は『ゴブリン狩り』だ。
童心に帰って、宝探しを楽しむぞ!」
「おーッ!」
◇
俺たちが向かったのは、都内にあるF級ダンジョンの一つ、代々木ゲートだ。
だが現場に到着して、俺たちはその光景に圧倒された。
「……なんですか、これ。コミケ会場ですか?」
田中が呆然と呟く。
ゲート前広場は黒山の人だかりだった。
プロの探索者だけでなく、会社帰りのサラリーマン、主婦、学生。
ありとあらゆる人々が、武器(あるいは鈍器のようなもの)を手にゲートへと吸い込まれていく。
普段なら入場規制がかかるレベルだが、今日は警備員も整理を諦めているのか、あるいは自分も狩りに行きたいのか、カオスな状態になっている。
「これだけ人がいれば、中は満員電車並みじゃないですか?
狩りどころじゃないですよ」
リンが懸念を示す。
通常、ダンジョンはパーティーごとに個別の空間が生成される「インスタンス方式」だ。
だが、それにはサーバー(世界)の処理能力の限界がある。
一定数以上の人間が同時に一つのエリアに殺到した場合、システムはどうなるか?
「……『共有ダンジョン(パブリック・フィールド)』になるな」
俺は冷静に分析した。
処理落ちを防ぐための世界の緊急措置だ。
個別の部屋を作るのを諦め、巨大な一つのマップに全員を放り込む、MMORPGのような形式に切り替わる。
つまり、早い者勝ちだ。
目の前に現れた獲物を、誰が最初に殴るか。
横殴り上等、奪い合い上等のサバイバル空間。
「面白くなってきたじゃないか。
俺たち『アルカディア』の連携と機動力を見せるチャンスだ」
俺は不敵に笑い、メンバーに合図を送った。
一般人たちが入り口付近で渋滞しているのを尻目に、俺たちは裏ルート(俺の鑑定で見つけた、換気口のような狭い入り口)を使って、一気に深層へと侵入した。
ダンジョン内部は、やはりカオスだった。
あちこちで怒号と歓声が響いている。
「いたぞ! 金色だ!」
「あっち行った!」
「俺が見つけたんだぞ! 横取りすんな!」
通路の向こうから、一匹の小柄な影が走ってきた。
全身が金粉をまぶしたように輝くゴブリンだ。
背中には不釣り合いなほど大きな袋を背負い、短い足を超高速で回転させて逃走している。
後ろからは数十人の探索者が血走った目で追いかけてきている。
「キキキッ!」
ゴールデン・ゴブリンは俺たちの姿を見ると、壁を蹴って直角に曲がろうとした。
速い。
F級の動きではない。残像が見えるレベルだ。
「逃がすかよ!」
リンが反応した。
【神速】のスキルを発動し、床を蹴る。
だがゴブリンは空中で軌道を変えるというアクロバットな動きで、リンのダガーを回避した。
「ちょっ、なにこいつ! ヌルヌル動く!」
物理回避率が高いというのは本当らしい。
普通の攻撃なら、カスリもしないだろう。
だが俺たちには「必中」がある。
「如月、やれ」
「了解」
雫が杖『凍てつく思考』を軽く掲げた。
詠唱破棄、即時発動。
「【アイスストーム】」
ゴブリンの逃走ルート上の空間に、唐突に氷の亀裂が走った。
次の瞬間、天井から無数の氷柱が豪雨のように降り注ぐ。
ドガガガガガッ!
回避? 不可能だ。
面制圧による飽和攻撃。
ゴブリンの悲鳴ごとき、氷の砕ける音にかき消された。
一瞬で氷像と化した黄金のゴブリンは、パリン、という軽快な音と共に砕け散り、
その場に大量の光る石をぶちまけた。
ジャラジャラジャラ……!
まるでスロットマシンの大当たりだ。
紫色の魔石が、地面を埋め尽くすように転がっている。
「うわ……壮観ですね」
田中が目を丸くする。
追いかけてきた他の探索者たちが、遠くで立ち尽くしているのが見えた。
彼らは一瞬で獲物を奪われたことに文句を言うことすら忘れ、
その圧倒的な魔法の威力と、山のような報酬に呆然としていた。
「回収だ。もたもたしてると、次が湧くぞ」
俺は指示を出した。
俺の【アイテムボックス】を使えば回収は一瞬だが、あえてメンバーに拾わせる。
その「重み」と「手触り」こそが、イベントの醍醐味だからだ。
「いち、に、さん……すげえ、本当に100個ある!」
「経験値も入りました! レベルゲージがグンと伸びましたよ!」
リンと田中が子供のようにはしゃいでいる。
C級ダンジョンで命のやり取りをしている時とは違う、
純粋なゲームとしての楽しさが、そこにあった。
「ふふっ……。たまには、こういうのも悪くないですね」
雫も口元を緩めていた。
彼女の圧倒的なINTと装備も、こういう「お祭り」で使えば、ただの便利な道具として楽しめる。
その後も俺たちはF級ダンジョンを蹂躙した。
俺の【鑑定】で出現位置を予測し、リンが追い込み、田中が退路を断ち、雫が殲滅する。
完璧な連携。
1日で10体以上のゴールデン・ゴブリンを狩り尽くした。
手に入れた魔石は1000個以上。
金額にして1000万円オーバー。
アルカディアの総資産からすれば微々たるものだが、その「楽しさ」はプライスレスだ。
◇
帰り道。
夕焼けに染まるゲート前広場で、俺は満足げに缶コーヒーを開けた。
周りには戦利品を抱えて笑顔で帰る探索者たちや、逃げられて悔しがる若者たちの姿がある。
誰もが興奮し、熱気に包まれている。
この「黄金週間」イベントは、単なるボーナスではない。
多くの人々に「成功体験」を与え、ダンジョン探索へのモチベーションを底上げするための、世界からの飴だ。
ここでレベルを上げた者たちが、次はE級、D級へと挑んでくるだろう。
市場はさらに拡大し、俺の装備はさらに売れる。
「……よく出来たシステムだ。
20%の奇跡に感謝だな」
俺は空を見上げた。
本来なら来なかったはずのイベント。
それが起きたということは、世界の変革スピードが、俺の知る歴史よりも加速している証拠かもしれない。
「リーダー、次は何します?
明日も狩りますか?」
リンが聞いてくる。
「いや、明日は休め。
イベントは3日間続くが、初日の荒稼ぎで十分だ。
それに……」
俺は視線を鋭くした。
お祭りの裏で静かに動き出している「何か」の気配を感じていた。
これだけ派手に魔石がばら撒かれれば、当然、それを狙うハイエナや、市場操作を目論む勢力も動き出す。
光があれば、影がある。
「祭りの後は、掃除が必要になるかもしれないからな」
俺の呟きは喧騒にかき消された。
だが、その予感は確信に近いものだった。
まあいい。今はまだ、この祝祭の余韻を楽しもう。
俺たちは「速いもの勝ち」のレースに、圧勝したのだから。
最後までお付き合いいただき感謝します。
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