第3話 神の鍛冶場と、禁断の合成
自宅のリビングに戻った俺は、ソファに深く体を沈めた。
冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターを取り出し、一気に喉に流し込む。
冷たさが食道を通り抜け、高ぶった神経を少しだけ鎮めてくれる。
窓の外は、完全に夜の帳が下りている。
遠くでサイレンの音が聞こえるが、ここ高層階の部屋までは届かない。
静寂。
だが俺の心臓は、早鐘を打っていた。
興奮が冷めない。
当然だ。
俺の手元には、この世界の理を根底から覆す「神の力」と、
そのための「素材」が揃ってしまったのだから。
俺はテーブルの上に視線を落とした。
そこには、先ほどのダンジョン探索で手に入れた戦利品が並べられている。
ゴブリンからドロップした薄汚れた首輪と、錆びついた指輪。
一見すれば、ただのゴミだ。
買取窓口に出せば、他のガラクタとまとめて一万円で処分されていただろう。
そして、その横に置かれた二つの小さな宝珠。
『可能性のオーブ』。
茶色く濁ったガラス玉のように見えるが、
その奥底には渦巻くような混沌の光が封じられている。
「……さて、やるか」
俺は呟き、手を伸ばした。
指先がオーブに触れると、微かな痺れが伝わってくる。
これはギャンブルアイテムだ。
ノーマル(白)のアイテムに使用することで、ランダムなレアリティに変化させる。
九割はマジック(青)になり、残りの一割弱がレア(黄)。
そしてユニーク(橙)になる確率は、天文学的に低い。
通常のゲームなら、何千、何万個と消費して、ようやく一つできるかどうかという代物だ。
だが俺には、ある。
この世界で俺だけが持つ、SSS級ユニークスキルが。
俺は意識を集中した。
肉体の奥底、魂の領域に刻まれた回路を開く。
熱い奔流が全身を駆け巡り、指先に集束していく。
視界に金色の光が明滅し、システムウィンドウとは異なる、
より高位の存在を感じさせるインターフェースが、脳裏に浮かび上がった。
【ユニークスキル:万象の創造】
【発動準備完了】
「まずは首輪からだ」
俺は左手に『薄汚れた首輪』を持ち、右手に『可能性のオーブ』を握った。
通常ならここで、運を天に任せてオーブを砕く。
だが今の俺には「結果」が見えている。
いや、結果を「選ぶ」ことができる。
俺はスキルを発動した。
『創造・確定付与』。
バチッ!
指先から金色の稲妻が走り、オーブへと吸い込まれた。
茶色く濁っていたオーブが、強烈な黄金の輝きを放ち始める。
確率という概念がねじ曲げられ、因果が固定される感覚。
俺の脳内で無数に分岐する未来の中から、
たった一つの「奇跡」だけが選択され、引き寄せられていく。
「来い……『清純の元素』!」
俺は輝くオーブを、首輪に押し当てた。
カッ!
部屋中が白光に包まれる。
錆びついていた金属の首輪が、光の中で溶解し、再構築されていく。
汚れが落ち、歪みが正され、神々しい銀色の輝きを帯びていく。
その中心には、七色に輝く小さな宝石が埋め込まれていた。
光が収まると、そこには新品同様——いや、
芸術品のように美しい首輪が鎮座していた。
「……成功だ」
震える手で、それを持ち上げる。
鑑定などするまでもないが、確認は必要だ。
俺はステータス画面を開き、アイテムの詳細を表示させた。
【アイテム名:清純の元素】
【種別:首輪】
【レアリティ:ユニーク】
【効果】
・全耐性 +5%
・最大HP +40
・このアイテムにLv10の【元素の盾】スキルが付与される。
【スキル詳細:元素の盾】
・周囲の味方の火氷雷属性耐性を+26%するオーラを展開する。
【フレーバーテキスト】
王も英雄も、神々でさえも、皆等しくこの小さな光から始まった。
恐れることはない。
その一歩は、祝福されている。
「はは……ゲームのまんまだ。完璧すぎる」
俺は笑いを漏らした。
これだ。
これこそが、序盤における最強の守備装備。
特筆すべきは【元素の盾】というスキルだ。
これは装備者が能動的に使う魔法ではなく、常に周囲に展開し続ける「オーラ」スキル。
これを発動しておけば、俺だけでなく、近くにいる味方全員の属性耐性が劇的に跳ね上がる。
火炎放射も吹雪も雷撃も、このオーラの中ではそよ風になる。
初期の経済価値で言えば……そうだな、一〇〇〇万円は下らないだろう。
いや、オークションにかければもっと跳ねるかもしれない。
たった一個のオーブと、ゴミ拾いで手に入れた首輪が、
高級車数台分に化けた瞬間だ。
やはりこのスキルはチートだ。
経済バランスを、一人で崩壊させかねない。
だが問題が一つある。
俺は首輪を手に取ったまま、眉をひそめた。
「これだけじゃ使えないんだよな……」
強力すぎる力には、代償が伴う。
【元素の盾】のようなオーラスキルは、発動中、使用者の最大マナ(MP)の一部を「予約」してしまうのだ。
このスキルの場合、マナの50%を持っていかれる。
つまりこれを使っている間、俺は最大MPが半分になった状態で戦わなければならない。
さらに他のスキルを使おうとすれば、すぐにガス欠になる。
「マナが枯渇した魔法使いなんて、ただの案山子だ」
強力な防御を得る代わりに、攻撃手段や継戦能力を失っては意味がない。
このデメリットを解消しなければ、最強装備とは呼べない。
一般のプレイヤーならここで「使いどころが難しいな」と悩むか、
マナ回復薬を大量に持ち歩くという非効率な解決策しか取れないだろう。
あるいは、マナ総量を極限まで上げるパッシブスキルを習得するか。
だが俺は違う。
俺には「答え」がある。
そして、その答えを作るための材料も、すでに手元にある。
俺は視線を、もう一つの『可能性のオーブ』と、錆びた指輪に向けた。
「マナが半分になるのが嫌なら、コストをゼロにすればいい」
暴論のように聞こえるが、この世界にはそれを可能にするアイテムが存在する。
そしてそれは、先ほどの首輪と対になる存在だ。
俺は再び『万象の創造』を発動させた。
左手に『錆びた指輪』、右手に『可能性のオーブ』。
先ほどと同じように金色の回路をつなぎ、因果をねじ曲げる。
確率の壁を粉砕し、俺が望むたった一つの未来を手繰り寄せる。
「創造・確定付与……『元素の円環』!」
バチチチッ!
今度は青白い閃光が走った。
オーブが砕け散り、そのエネルギーが指輪へと浸透していく。
赤錆にまみれていた鉄の輪が、見る見るうちに透き通るような水晶の指輪へと変貌を遂げた。
その表面には微細なルーン文字が刻まれ、淡い光を脈打たせている。
完成だ。
俺は熱を帯びた指輪を手に取り、詳細を確認した。
【アイテム名:元素の円環】
【種別:指輪】
【レアリティ:ユニーク】
【効果】
・スキル【元素の盾】のマナ予約コストを100%減少させる。
(この指輪には、他のいかなる能力も付与されない)
【フレーバーテキスト】
清純なる力は、あまりにも気高い。
未熟な魂では、その輝きを受け止めきれぬ。
だが、この円環を介せば話は別だ。
それは神の盾を振るうための、最初の「資格」。
「よし……!」
思わずガッツポーズが出た。
見ての通り、この指輪は単体では何の効果もない。
ステータスも上がらないし、攻撃力もない。
ただ一点、「【元素の盾】のコストをゼロにする」という一点特化の効果しかない。
つまり先ほどの首輪とセットで装備することで、初めて真価を発揮する完全なペアアイテムなのだ。
これで首輪と指輪を装備すれば、俺はマナを一切消費することなく、常時最強の属性防御を展開できることになる。
装備枠を二つ(首と指)埋めてしまうのが難点だが、それを補って余りあるメリットだ。
……普通ならここで満足して終わる。
「やったぜ、最強セットの完成だ」と喜んで装備して終わりだ。
だが俺の『万象の創造』は、こんなもんじゃない。
このスキルの本当の恐ろしさは、「創造」だけではなく「融合」にある。
俺はテーブルの上に、完成したばかりの『清純の元素(首輪)』と『元素の円環(指輪)』を並べた。
美しく輝く二つのユニークアイテム。
これらを、一つにする。
装備枠の無駄をなくし、かつ両方の効果を一つのアイテムに集約する。
ゲームのシステム上では絶対に不可能な、禁断の秘儀。
「……やるぞ」
俺は両手をかざした。
意識を極限まで研ぎ澄ます。
先ほどまでの確定クラフトとは比べ物にならないほど、マナと精神力が削られていく予感がする。
額に脂汗が滲む。
心臓の鼓動が、耳元で警鐘のように鳴り響く。
だが止まらない。
俺の中のゲーマー魂が、最強(理論値)を見たいと叫んでいる。
【ユニークスキル:万象の創造】
【合成プロセス起動】
【対象:清純の元素 + 元素の円環】
「合成ッ!!」
ドォォンッ!
部屋の空気が震えた。
首輪と指輪が宙に浮き上がり、互いに引き寄せられるように回転を始めた。
首輪の銀色の光と、指輪の青い光が混ざり合い、螺旋を描く。
バチバチバチッ!
激しいスパークが飛び散り、テーブルが焦げる匂いがした。
二つの物質が原子レベルで分解され、新たな概念として再結合されていく。
強烈な光の奔流。
俺は目を細め、その光景を焼き付けた。
神話の再現だ。
鍛冶の神が星を砕いて武具を鍛えるような、圧倒的な創造のエネルギー。
「混ざれ……一つになれ……!」
俺は両手を握りしめ、魔力を送り込み続けた。
抵抗がある。
本来別の存在である二つの物質が、反発し合っている。
だが俺のスキル(意思)が、それをねじ伏せる。
「俺がルールだ」と、世界に刻み込む。
カッ!!
最後の一際強い閃光が炸裂し、浮遊していた光の塊が、コトリとテーブルの上に落ちた。
静寂が戻る。
俺は荒い息を吐きながら、恐る恐るその物体に手を伸ばした。
そこにあったのは、一つの首輪だった。
だが先ほどまでの銀色の首輪とは違う。
チェーンの部分が、まるで光の輪そのもので編まれたかのように輝き、中心の宝石は青白く澄み渡り、内側に無限の宇宙を内包しているかのような深淵さを湛えていた。
『清純の光輪』。
震える指で触れる。
温かい。
生きているかのような脈動を感じる。
俺は即座にステータス画面を開いた。
【アイテム名:清純の光輪】
【種別:首輪】
【レアリティ:ユニーク】
【効果】
・全耐性 +5%
・最大HP +40
・このアイテムにLv10の【元素の盾】スキルが付与される。
・スキル【元素の盾】のマナ予約コストを100%減少させる。
【スキル詳細:元素の盾】
・周囲の味方の火氷雷属性耐性を+26%するオーラ。
【フレーバーテキスト】
王も英雄も、神々でさえも、かつてはこの小さな光から始まった。
だが今、円環は閉じられ、未熟な魂は資格を得た。
恐れるな。
気高き輝きは、もはや重荷ではない。
祝福された一歩は、永遠の守護へと昇華されたのだ。
「完成だ……!!!」
俺は歓喜の声を上げて、首輪を握りしめた。
完璧だ。
二つのアイテムのメリットを完全に統合し、デメリットを消滅させた究極の逸品。
これ一つを首にかけるだけで、俺はマナを一切消費することなく、常時【元素の盾】を展開できる。
さらに指輪の枠も、空いたままだ。
「これだけで属性攻撃は、100%カット出来る!!!」
興奮のあまり声が裏返った。
厳密な計算式はさておき、この初期段階のダンジョンにおいて、耐性+26%のオーラと基礎耐性+5%、さらにレベルアップによるステータス上昇を加味すれば、ゴブリンの投石だろうが最下層ボスのファイアブレスだろうが、文字通り「無効化」できるレベルの防御性能だ。
属性ダメージに関しては、俺は無敵になったと言っていい。
俺はこの首輪の価値を計算してみた。
素材となった二つのユニークアイテム。
それぞれが一〇〇〇万円クラスだ。
そしてそれを合成する手間と、俺にしかできないという希少性(ユニークスキル経由)。
さらに装備枠を圧縮できるという、圧倒的なアドバンテージ。
「……三〇〇〇万円。いや、五〇〇〇万円でも安いか?」
市場に出せば間違いなく億の値がつくだろう。
政府や大企業のトップなら、全財産を投げ打ってでも欲しがるはずだ。
何せ、これを着けていれば、銃弾はともかく、魔法やブレスで死ぬことはまずなくなるのだから。
「だが、売らない」
俺は首輪を自分の首に装着した。
カチリ、という音と共に、全身を温かな膜が覆う感覚がした。
【元素の盾】が展開されたのだ。
視界の端に、小さな盾のアイコンが表示される。
マナゲージを確認するが、一ミリも減っていない。
成功だ。
「これは俺の力だ。
そして俺のギルドの力だ」
俺は決意した。
これから毎日ダンジョンに潜る。
そしてゴブリンを虐殺してでも『可能性のオーブ』を集める。
この『清純の光輪』を量産するのだ。
量産して、どうするか?
もちろん俺のギルド「アルカディア」のメンバー全員に装備させる。
想像してみろ。
全員が属性攻撃無効のオーラを纏い、鉄壁の防御力を誇る集団。
ファイアボールの中で涼しい顔をして行軍し、ボスの雷撃を浴びながら鼻歌交じりで殴りかかる軍団。
そんなものがダンジョンに現れたら、他の探索者たちは腰を抜かすだろう。
「ギルドメンバー分は、最低でも確保したいな……」
現在、俺が見込んだメンバーは十人。
つまり、首輪と指輪のセットが十セット。
『可能性のオーブ』が二十個必要だ。
今日手に入れたのは二個。
道のりは長いが、不可能な数字ではない。
俺のドロップ運と効率的な周回があれば、一週間……いや、三日で揃えてみせる。
俺は首元の『清純の光輪』を撫でた。
冷たい金属の感触が、今は頼もしい相棒のように感じられる。
たった一回の探索で、ここまで戦力が跳ね上がるとは。
『万象の創造』。
このスキルの底知れない可能性に、俺自身が一番震えていた。
「さて、明日に備えて寝るか……いや、興奮して眠れそうにないな」
俺は再び冷蔵庫を開け、今度はビールを取り出した。
祝杯だ。
一人きりの、しかし世界で一番贅沢な祝杯。
プシュッ、という炭酸の音が、静かな部屋に響いた。
最後までお付き合いいただき感謝します。
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