第23話 氷の女王の遺産、あるいは知性(INT)という暴力
港区ミッドタウン・タワー。
ギルド「アルカディア」のオフィスでは、いつものように乃愛が淹れたコーヒーの香りが漂っていた。
「リーダー、何か面白いものでもあったんですか?」
デスクでニヤニヤしている俺を見て、乃愛が首を傾げる。
「ああ、面白いなんてもんじゃない。
公式オークションに、とんでもない『爆弾』が出品されてるのを見つけてな」
俺はモニターを指差した。
そこには政府公認オークションの特設ページが表示されている。
メインビジュアルには一本の杖。
全体が青白い氷の結晶で覆われ、先端には心臓のように脈打つ冷気のマナが渦巻いている。
アイテム名: 凍てつく思考
種別: 杖
レアリティ: ユニーク
必要レベル 33, 筋力 59, 知性 59
効果:
・杖装備時、攻撃ブロック率 +20%
・装着されたサポートジェムのレベル +1
・知性 +14%
・詠唱速度 +12%
・知性10につき、呪文ダメージ +1%
・このアイテムに、Lv1の【アイスストーム】スキルが付与される。
・【アイスストーム】: 知性に比例して威力と持続時間が増加する、氷の嵐を降り注がせる魔法。
フレバーテキスト:
杖が賢くなるたび、持ち主の血は冷えていく。
心臓が凍りつくころ、あなたは理解するだろう。
この猛吹雪こそが、私の鼓動だったのだと。
いかにも「強そう」な見た目だが、その入札額は……。
『現在価格:10,100,000円』
一千万円。
一般人から見れば大金だが、強ユニークアイテムの相場としては安すぎる。
しかも入札件数は、わずか数件。
完全に「様子見」、あるいは「スルー」されている状態だ。
「これですか? 『凍てつく思考』……なんか強そうな名前ですけど」
乃愛が眼鏡を押し上げながら、スペックを読み上げる。
「必要レベル33……高レベル装備ですね。
でも付いてるスキルが『レベル1のアイスストーム』?
レベル1って初期魔法ですよね?
これなら私が使ってるレベル10のファイアボールの方が強いんじゃ……?」
「フッ、甘いな、乃愛。
砂糖をまぶしたキャラメルマキアートより甘いぞ」
俺は笑った。
これだから「鑑定を持たない凡人」は面白い。
彼らはスペックの「数字」しか見ていない。
その裏に隠された「法則」が見えていないのだ。
(……まあ、無理もないか)
俺は心の中で独りごちる。
こいつは『ダンフロ』のバージョン2.0.0パッチで追加された、インフレ環境にもついていける最強格の装備だ。
知性増加のロール(可変値)が14%か……悪いな。
本来のマックスは18%だ。
もし18%の良個体だったら、俺が落札してコレクションに加えたんだが、14%ならスルーでいい。
欲しければ、あとで俺のユニークスキル【万象の創造】で作ればいいしな。
それに、この装備を愛用している『ダンフロ』のメインキャラクター「氷の女王」は、まだこの時期には登場していない。
彼女のトレードマークとも言える武器だが、彼女専用というわけではなく、ドロップ自体は今の時期でも低確率で発生する。
コレクション需要はあるが、今は市場を盛り上げる材料として使わせてもらうか。
「いいか、乃愛。
こいつの真価は、レベル1のスキルが付与されることと、魂のソケット制限を無視した連結数にある」
俺はブログの投稿画面を開いた。
1000万円で入札されている現状、巷ではその強さが全く理解されていない。
俺は市場の支配者だ。
この杖の価値を正しく理解させ、オークションを「適正価格(数億円)」まで暴騰させることこそが、俺のエンターテインメントだ。
それに、今後俺が「知性スタッキング(INT特化)」の装備を売り出す際の宣伝にもなる。
「よし、書くか。
『どうしてこの杖が最強なのか』をな」
◇
ブログ記事:【八代匠のビルド・ラボ】
タイトル:【緊急解説】オークションに出品された「ゴミ杖」が、実は国家予算級の神器だった件について
どうも、八代だ。
今、公式オークションに出品されている一本の杖『凍てつく思考』。
お前らは、これを見てどう思った?
「杖なのに筋力59もいるのかよ」
「付与スキルがレベル1? ゴミじゃん」
「知性14%とか地味だな」
……そんな感想を持った奴。
お前は宝くじの一等当選券を「紙切れ」だと言って捨てる気か?
SSS級鑑定スキルを持つ俺が断言する。
この杖は、現時点で世界最強の魔法武器だ。
そして10年後も一線級で戦える「インフレ対応型」の化け物だ。
現在価格1000万円? 悪い冗談だ。桁が二つ足りない。
なぜ、この杖が「間違いなく強い」と言えるのか?
その理由を、知識のないお前らにも分かるように解説してやる。
理由1:魂の限界を突破する「6つのサポート」
まず、この杖に付与されている魔法【アイスストーム】。
「レベル1」という表記に騙されるな。
この杖の最大の特徴は、「通常では不可能な数のサポートジェムを連結できる」という点にある。
いいか、基礎知識の復習だ。
この世界の人間には、魂に「3つ」のソケット(空きスロット)がある。
E級ダンジョンまで行った奴なら知ってると思うが、スキルジェムに「サポートジェム」をセットすることで、挙動を変更したり威力を上げたりできる。
だが、魂の器には限界がある。
どんなに頑張っても、メインの魔法スキルに対してセットできるサポートジェムは、最大でも3つまでだ。
これが今の常識だ。
だが、俺の鑑定スキルには見えている。
この世界には、まだお前らが発見していないが、「4つ目の穴を開けるアイテム」や「5つ目の穴を開けるアイテム」が存在する。
いずれダンジョン深層でドロップするだろう。
だが、それはまだ先の話だ。
しかし、この杖は違う。
この『凍てつく思考』は、今、現時点で魂のソケット制限を無視して「6つ」のサポートジェムを認識する。
唯一無二の特性だ。
分かるか?
他の魔法使いが「魂の3ソケット」を使って、ちまちまと3つのサポートジェムで魔法を強化している横で、
この杖の持ち主だけは「6つのサポートジェム」で極限まで強化された魔法をぶっ放せるわけだ。
レベル1だろうが関係ない。
6つの強化概念(威力増加、範囲拡大、冷気貫通、多重詠唱etc...)が乗った魔法は、もはや戦略兵器だ。
さらに「装着されたサポートジェムのレベル+1」という効果まで付いている。隙がない。
理由2:知性(INT)が火力に直結する
次に、この杖の固有プロパティについてだ。
鑑定結果を公開しよう。
【アイスストーム】の効果詳細:
氷の矢が指定地点に降り注ぎます。
着地時に爆発し、近くの敵にダメージを与えて凍傷状態を付与します。
また、地面の一部に凍った部分を発生させます。
スキルダメージは知力に依存します。
具体的な計算式:
「知性10ポイントごとに5~7の冷気ダメージを一律に追加する」
「知性100ポイントごとにスキルの持続時間が0.1秒増加する」
これが意味することは単純だ。
「頭が良くなればなるほど、暴力的に強くなる」ということだ。
現在のレベル35前後の魔法使いなら、装備を特化すれば知性(INT)は400~600程度にはなるだろう。
仮に知性400で計算してみよう。
400÷10=40。
40×(5~7)=200~280の追加ダメージ。
「200? しょぼくない?」と思ったか?
比較対象として一般的な氷魔法『フリージングパルス』を出そう。
「貫通した敵を凍結させる可能性を持つ氷の投射物を放つ。投射物はすぐに消え始め、完全に消えるまでにダメージと凍結確率が減少し続ける。」
この魔法のスキルレベル11(プレイヤーレベル36相当)の基礎ダメージが、だいたい200~300だ。
つまり、知性400の時点で、すでに同格の魔法と同じ基礎威力を持っている。
だが、ここで忘れてはならないのが、アイスストームは「氷の雨」だということだ。
フリージングパルスは「一発」の投射物だ。
複数の敵に当たることはあっても、一人の敵に多段ヒットはしない。
対してアイスストームは、指定地点に無数の氷柱が雨のように降り注ぐ。
一発一発は小さくても、敵の頭上に1秒間に5発、10発とヒットする。
単体投射物と同じ威力の雨粒が、何発も当たるんだぞ?
雨のように当たることを考えると、ダメージ量は単純計算で5倍しても良いだろう。
仮に5ヒットしたとしよう。
1000ダメージオーバーだ。
これが「多段ヒット」の恐ろしさだ。
巨大なボス相手なら全弾ヒットして、さらにダメージが伸びる。
現時点で、これほどの馬鹿げたダメージ量を叩き出す魔法は存在しない。
文字通りの「桁違い」だ。
理由3:インフレに置いていかれない「拡張性」
そして最後に、これが最強である最大の理由。
「知性スタッキングビルド」の完成形だということだ。
普通の武器は、レベルが上がると型落ちしてゴミになる。
「攻撃力100の剣」は、レベル50になれば「攻撃力300の剣」に取って代わられる。
だが、この杖は違う。
ダメージソースが「武器の攻撃力」ではなく、「プレイヤーの知性」に依存しているからだ。
お前がレベルを上げ、パッシブスキルで知性を取り、装備を更新して知性を積み上げていけばいくほど、
この杖の威力は無限に上がり続ける。
知性を1000、2000と積み上げていくことに意味があるんだ。
知性1000になればダメージは2.5倍。
知性2000になれば5倍。
さらに、杖の効果である「知性10につき呪文ダメージ+1%」が乗算される。
知性2000の世界では……
基礎ダメージ:1000~1400
ダメージ倍率:+200%(杖効果)+装備補正
持続時間:+2.0秒(つまりヒット数も増える)
……計算するのが馬鹿らしくなるほどの破壊力だ。
この杖一本あれば、10年後でも最前線で戦える。
まさに「一生モノ」のパートナーだ。
アイスストームビルドをするなら、この杖を使うだけで永遠に最強でいられる。
これが知性スタッキングビルドの真髄だ。
【結論】
この『凍てつく思考』は、1000万円で買えるような代物じゃない。
もし100億円で落札できたとしても、安い買い物だと言えるだろう。
これを装備した魔法使いは、一人で軍隊を壊滅させ、ボスを瞬殺する「歩く戦略兵器」になる。
ただし使いこなすには「知性」が必要だ。
キャラクターの知性だけでなく、プレイヤー自身の「真の価値を見抜く知性」がな。
オークションの終了まで、あと6日。
この「未来の神話級遺産」を、誰が手にするのか。
あるいは、価値を理解できずに見送るのか。
俺は高みの見物といかせてもらう。
以上。
(執筆:アルカディア・ギルドマスター 八代匠)
◇
「……よし、投稿」
俺はエンターキーを強く叩き、記事を世界に放った。
これで市場は踊るだろう。
眠れる氷の女王が、オークションという舞台で目を覚ます時だ。
最後までお付き合いいただき感謝します。
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