第21話 錬金術師の工場と市場を破壊する3000の武具
港区ミッドタウン・タワー。
ギルド「アルカディア」のオフィスの一角に設けられた、俺専用の作業部屋。
そこは今、ちょっとしたアパレル工場の倉庫のようになっていた。
「……ふぅ。よし、これでD級のベース素材は揃ったな」
俺、八代匠は、部屋の床を埋め尽くす大量の「防具」の山を見下ろしていた。
革の鎧、鉄の小手、鎖帷子のブーツ。
それらは全て、ここ数日でウチのギルドメンバーや下部組織の連中が、近隣のダンジョンから回収してきたドロップ品や、アメ横で二束三文で買い叩いてきた「ゴミ装備」だ。
ゴミというのは言葉が悪いかもしれないが、鑑定結果から見れば事実だ。
『ゴブリンの皮鎧』
『効果:防御力+2、毒耐性+1%』
こんな程度のスペックだ。
今の一般探索者なら、「おお、マジックアイテムだ!」と喜ぶかもしれないが、C級を攻略し、B級を見据える俺の基準からすれば、薪にするか資源ゴミに出すレベルの代物だ。
だが。
俺にとってこれらは「ゴミ」ではない。
「白紙のキャンバス」だ。
「さて、出費(100億円)の穴埋めといこうか」
先日、俺は政府に100億円という巨額の寄付を行った。
将来のSSS級キャラクターを確保するための「先行投資」であり、日本の医療ルートを開放するための必要な経費だ。
後悔はしていない。
だが、財布が軽くなったのは事実だ。
ギルドの運営費、今後のB級攻略に向けた備蓄、そして何より、「アンリミテッド・クレジット」に頼りすぎないための自前の資金力。
これらを確保するためには、再び金庫を唸るほどの現金で満たす必要がある。
「錬金術の時間だ」
俺は袖をまくり上げ、作業を開始した。
今回のミッションは「市場への供給」と「資金回収」。
ターゲットは二つの層だ。
一つは、現在最も人口が多い「D級~C級を目指す中級層」。
もう一つは、金に糸目をつけない「トップ層(企業・軍隊)」。
それぞれに向けて、適切な商品を、適切な価格で、大量にばら撒く。
まずは第一弾。
ターゲット:一般大衆(マス層)。
商材:D級装備(アイテムレベル24相当)。
生産数:3000個。
「……数が多いな。だが、やるしかない」
俺は山積みの装備の一つを手に取った。
スキル発動。【万象の創造】。
俺の手の中で装備が淡い光を帯びる。
俺の脳内に表示されるパラメータの羅列。
通常ならランダムに決定される「追加効果(Mod)」を、俺は意思の力で固定し、書き換える。
『再構築』。
カッ!
光が収まると、薄汚れた革鎧は、新品のような光沢を放つ高品質なアーマーへと変貌していた。
俺は鑑定の目を通す。
『商品名:熟練者のレザーアーマー
アイテムレベル:24
レアリティ:マジック(青)
固定効果:
【生命の(Prefix)】:最大HP+60
【耐火の(Suffix)】:火炎耐性+20%』
「……よし、完璧だ」
俺は満足げに頷いた。
このスペックの凄さが分かるだろうか?
一般の探索者のHPは、レベル20前後で、だいたい800~1000程度だ。
そこに「HP+60」が付く。
単純計算で、6%~8%の耐久力アップだ。
しかもこれは「胴体」だけじゃない。
頭、手、足、全部位に同じ処理を施せば、HPだけで+200以上盛ることができる。
致死率が劇的に下がる数値だ。
そして「単体耐性+20%」。
これがデカい。
アメ横で売られている装備は、せいぜい「+5%」や「+10%」がいいところだ。
それを一箇所で、20%も稼げる。
火炎、氷結、電撃。
それぞれの耐性が付いた装備を、3000個用意する。
「これを……こうして、こう!」
俺は工場のライン作業員のように、次々と装備を手に取り、スキルを発動し、完成品の山へと投げていく。
消費するのはMPと、微量な触媒(変成のオーブ)のみ。
オーブはメンバーが腐るほど拾ってきているので、原価は実質ゼロだ。
1個あたり10秒。
3000個作るのに、休憩を挟んでも数時間の作業だ。
常人なら発狂する単純作業だが、ゲーマーである俺にとって「クラフト」は至福の時間だ。
自分の手でゴミが宝に変わっていく。
その過程で、脳内にドーパミンがドバドバと分泌される。
数時間後。
部屋の半分が、青白く輝くD級装備の山で埋め尽くされた。
「ふぅ……まずは、こんなところか」
額の汗を拭う。
これで「中級層」向けの撒き餌は完了だ。
これらが市場に出回れば、多くの探索者が死なずに済み、より深い階層へ挑めるようになるだろう。
結果、魔石の流通量が増え、経済が回り、俺の懐も潤う。
ウィンウィンだ。
「次は、本命(トップ層)だ」
俺は水筒の水を一気飲みし、気合を入れ直した。
ここからは質が違う。
扱うのは、先日C級ダンジョン「迷わずの森」の宝物庫や周回で集めた、アイテムレベル36以上の「C級ベース装備」だ。
生産数:1000個。
ターゲット:自衛隊精鋭部隊、米軍、大手企業、ギルド、富裕層。
「こいつらには、今の世界の『理論値』を見せてやる」
俺は鈍く光る鋼鉄のガントレットを手に取った。
レベル36以上。
ここからは付与される効果(Mod)の「ティア(等級)」が一段階上がる。
スキル発動。
今度は、より慎重に、より多くの魔力を注ぎ込む。
付与する効果を選定する。
「防御力」? いらない。
このゲームにおいて、序盤の防御力の実数値は飾りだ。
重要なのは「実効HP」と、「耐性」のみ。
『再構築』。
バチバチッ!
激しいスパークと共に、ガントレットが変質する。
『商品名:守護者のガントレット
アイテムレベル:36
レアリティ:レア(黄)
固定効果:
【巨人の(Prefix)】:最大HP+100
【防壁の(Suffix)】:氷結耐性+30%
【疾風の(Suffix)】:攻撃速度+5%』
「……美しい」
俺はため息をついた。
HP+100。
耐性+30%。
これが現時点での人類が到達できる「最高峰」の性能だ。
俺たちアルカディアのメンバー用(さらに上の特注品)を除けば、市場に出る中では間違いなく世界最強の防具となる。
耐性+30%。
これは俺が以前ギルメンに講釈した「B級ダンジョンのデバフ(-30%)」を、たった一箇所で相殺できる数値だ。
マスコミの前で説明したB級から耐性-30%の話は広がってる。
というだけで、彼らは目の色を変えて飛びつくだろう。
「1000個。
……まあ、自衛隊と米軍で取り合いになって、すぐに蒸発するだろうな」
俺はニヤリと笑い、残りの素材に取り掛かった。
ここからは時間との勝負だ。
オークションのゴールデンタイム、夜の8時に合わせて出品する。
◇
時刻は20時。
俺は作業を終え、PCの前に座っていた。
画面には政府公認オークションの出品管理ページ。
事務員のリンと乃愛も、興味津々で後ろから覗き込んでいる。
「リーダー、これ全部売るんですか?
3000個と1000個って……倉庫、空っぽになりますよ?」
「空にしていいんだよ。どうせまた拾ってくる。
それに、倉庫の肥やしにしておくより、現金に変えて次の投資に回すのが資本主義だ」
俺はエンターキーを叩いた。
『一括出品を開始します』
『処理中……』
『完了しました』
その瞬間。
日本とアメリカの探索者たちが監視しているオークションサイトに、爆弾が投下された。
【新着】八代商店(アルカディア直営)より大量出品!
・D級セット(HP+60/耐性+20%) 即決価格:30万円 ×3000
・C級セット(HP+100/耐性+30%) オークション形式(最低落札価格50万円~) ×1000
「さあ、祭りの始まりだ」
反応は即座だった。
『D級セット残り2900……2800……2500……』
カウンターが目にも止まらぬ速さで回転していく。
30万円。
一般人には高額だが、最低時給3万円の探索者にとっては「日給1日分」だ。
それで命が買えるなら安い。
一般探索者たちがスマホを連打して奪い合っているのが目に浮かぶ。
「うわぁ……秒で売れていきますね。
これ、スパチャが滝のように流れてるみたいです」
乃愛が目を丸くする。
「D級は想定通りだ。問題はC級の方だ」
俺はC級装備のページを開いた。
こちらは即決ではない。競り(オークション)だ。
『現在価格:500,000円』
『入札あり』
『現在価格:800,000円』
『現在価格:1,200,000円』
数字が跳ね上がる。
入札履歴を見る。
『J-SDF_Procurement(自衛隊調達部)』
『US_Force_JP(在日米軍)』
『Mitsubishi_Guardian(三菱重工系ギルド)』
『Sumitomo_D-Sec(住友系)』
見慣れたIDたちが、仁義なき殴り合いを始めていた。
「100万超えました! まだ上がります!」
リンが興奮して叫ぶ。
「HP+100と耐性30%だぞ?
今の彼らの装備事情からすれば、オーパーツもいいところだ。
金で買えるなら、1000万でも安いと思ってるはずだ」
俺は冷静に分析する。
実際、彼らは金を持っている。
魔石バブルで得た利益や、国家予算という名の無尽蔵の財布を持っている。
彼らにとって100万や200万は端金だ。
『現在価格:3,500,000円』
『現在価格:5,000,000円』
価格は止まらない。
特に「耐性30%」の価値に気づいている分析班がいる組織ほど、必死に入札しているようだ。
「これがあればC級深層に行ける!」
「B級の足がかりになる!」
と。
SNSの方も大荒れだ。
『八代さん、またヤバいの出したなwww』
『HP+100って何だよ、俺の今のHPの1割増しじゃねーか』
『耐性30%とか見たことねえぞ、バグアイテムか?』
『自衛隊と米軍がガチで喧嘩してて草』
『俺もD級のやつ買った! これで明日からD級潜れる!』
賞賛、驚愕、そして感謝。
俺の評価はまた上がり、懐も潤う。
やがて、オークション終了の時刻が来た。
D級装備3000個完売。
売上:9億円。
C級装備1000個完売。
平均落札価格:450万円。
売上:45億円。
合計54億円。
「……ふぅ。一晩で50億か。
まあ、100億の穴埋めには半分ほどだが、当座の資金としては十分だろう」
俺はコーヒーを啜った。
原価は?
ゴミ装備と拾ったオーブ。
人件費は俺とメンバーの労働力のみ。
ほぼ利益率100%。
これぞ、まさに「錬金術」だ。
鉛を金に変えるなんて古臭い。
現代の錬金術とは、「知識」と「ゴミ」を組み合わせて付加価値という名の魔法をかけ、
それを欲しがる人間に高く売りつけることだ。
「50億……。私の生涯年収の何倍でしょう……」
乃愛が遠い目をしている。
「安心しろ、乃愛。お前のボーナスも弾んでやる。
新しい杖の素材、最高級の『神代の木材』でも落札するか?」
「えっ! いいんですか!?
やります! もっと働きます!」
「リンには新しいダガーの素材だな。アダマンタイトあたり、探してみるか」
「やったー! リーダー大好き!」
メンバーたちの士気も上がった。
これでギルドの財政は盤石。
装備強化の資金も生活費も、税金対策のプール金も確保できた。
「さて、金はできた。装備も(自分たち用はもっといいやつが)揃いつつある。
準備フェーズは終了だ」
俺はモニターの明かりを消した。
暗転した画面に、俺の顔が映る。
その表情は商人のものではなく、攻略者のそれに戻っていた。
「次は実戦だ。
理論値を証明しに行くぞ。
B級ダンジョン……その理不尽なデバフの海を、俺たちが最初に泳ぎ切る」
俺は立ち上がり、窓の外の夜景を見下ろした。
そこに広がる光の一つ一つが、俺の作った装備を身につけた探索者たちの命の輝きだと思えば、悪くない気分だ。
市場を支配し、装備を供給し、人類全体のレベルを底上げする。
それも全ては、俺自身の「攻略」のため。
「……待ってろよ、B級ボス。
耐性パズルを極めた俺たちの硬さに、絶望させてやるからな」
こうして俺は、54億円という軍資金を手に、次なるステージへの扉を開いたのだった。
最後までお付き合いいただき感謝します。
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