第18話 一億総探索者時代の幕開けと人生の攻略本
ダンジョンゲートが世界に出現してから、二ヶ月半が過ぎようとしていた。
季節は巡り、人々の服装も少しずつ変わり始めているが、それ以上に劇的な変化を遂げたのは、人々の「意識」だった。
街中を歩けば、そこかしこでダンジョンの話題が聞こえてくる。
カフェで、電車の中で、あるいは会社の喫煙所で。
「おい、昨日のニュース見たか? F級の魔石買取価格、また安定してるらしいぞ」
「時給換算で3万円だろ? 今のバイト辞めて潜ろうかな」
「週末、サークルのみんなで代々木のゲート行くんだけど、装備どうすればいい?」
かつては「未知の恐怖」「怪異」として忌避されていたダンジョンが、今や「金のなる木」、あるいは「週末のレジャー」として認知されつつある。
F級ダンジョンで1時間、真面目に活動すれば、魔石だけで3万円になる。
これだけの高時給を叩き出せる仕事は、現代日本には存在しない。
暴利、バブル、ゴールドラッシュ。
様々な言葉で飾られているが、要するに「潜ったもん勝ち」の空気が、社会全体に醸成されていた。
俺、八代匠は港区のオフィスで、その喧騒を眺めながら満足げに頷いていた。
「……フェーズが変わったな」
これまでの二ヶ月間、ダンジョンに挑んでいたのは「変わり者」ばかりだった。
一攫千金を夢見る山師。
社会に居場所をなくしたフリーター。
あるいは借金を抱えた崖っぷちの人間。
そして「なろう系」や「カクヨム」のダンジョン小説を愛読し、「俺こそが主人公だ」と思い込んでいるイカれた連中。
誤解しないでほしいが、これは悪い意味ではない。
むしろ死と隣り合わせのダンジョンに潜るには、それくらいの狂気とナルシシズムが必要だ。
「自分だけは特別だ」「俺なら死なない」という根拠のない自信こそが、恐怖に足がすくむのを防ぐ最強のバフになる。
現に、ウチのギルド「アルカディア」のメンバーを見てみろ。
リンも、田中も、乃愛も、どこかネジが飛んでいる。
全員が自分の人生という物語の「主人公」として振る舞っているからこそ、あのC級ダンジョンの地獄を笑って踏破できたのだ。
だが、これからは違う。
「普通の人々」が参入してくる時代だ。
リスクを嫌い、安定を求め、それでも隣の芝生の青さ(ダンジョンの稼ぎ)に惹かれてやってくる一般大衆(マス層)。
彼らは主人公ではない。
モブだ。
だがビジネスにおいて最大の利益をもたらすのは、いつだってこの「圧倒的多数のモブ」たちなのだ。
「さて、啓蒙活動の時間といこうか」
俺はPCに向かい、X(旧Twitter)を開いた。
フォロワー数はすでに数十万人を突破している。
俺のアカウントは今や探索者たちにとっての「公式攻略本」であり、一種のインフラと化していた。
俺は慣れた手つきで、初心者向けの知識を投稿していく。
『@Takumi_Yashiro
【初心者必読】これから潜る君へ
最近、スーツ姿や制服姿の探索者をよく見かけるようになった。
ブームに乗るのは結構だが、準備不足は死に直結する。
悪いことは言わない、以下の三点だけは守れ。
1.ポータルは持ったか?
「帰りの切符」を持たずに旅に出るな。今は価格も安定している(2000円だ)。
ケチって死ぬより、払って生き残れ。
2.武器は「マジック装備」を買え。
拾った鉄パイプで戦う時代は終わった。
オークションで安く売られている「攻撃力+」がついたマジック武器を買え。
それさえあれば、F級のゴブリンなんてワンパンだ。
泥仕合をして怪我をするリスクを、金で解決しろ。
3.防具は「胴体」だけでも、いいものを。
全身揃えるのが無理なら、一番被弾面積の広い胴体鎧に金をかけろ。
HP補正がついているなら尚良し。
身体が資本だ。五体満足で帰ってきてこその時給3万円だぞ。』
送信。
即座に数千のリツイートと、いいねが付く。
『勉強になります!』『マジック武器買ったら世界変わりました』というリプライが、滝のように流れる。
だが、これだけでは足りない。
金だけを目的とした層は、一度痛い目を見ればすぐに辞めてしまう。
ダンジョンブームを定着させ、市場を拡大し続けるためには、もっと根源的な「欲望」を刺激する必要がある。
金以外のメリット。
人生そのものを「攻略」できるという甘い蜜。
俺は次の一手を打った。
これはまだ世間では、都市伝説レベルでしか語られていない情報だ。
だが、俺が断言することで、それは「事実」になる。
『@Takumi_Yashiro
【重要】ダンジョンが「人生」を変える理由
金稼ぎだけが目的で潜っている奴は損をしている。
ダンジョン探索の最大の恩恵は、ドロップ品でも魔石でもない。
「ステータス」そのものだ。
レベルアップした時、あるいはステータスアップの木の実を食べた時。
画面上の数字が増えるだけだと思っていないか?
違う。あれは「現実の肉体」にフィードバックされている。
・【筋力(STR)】
ただ攻撃力が上がるだけじゃない。
基礎体力、持久力、代謝機能が飛躍的に向上する。
重い荷物が軽く感じるようになるし、階段を駆け上がっても息切れしなくなる。
肩こりや腰痛とも無縁だ。
スポーツをしている奴なら、パフォーマンスが劇的に変わるのを感じるはずだ。
・【敏捷(DEX)】
足が速くなるだけじゃない。
動体視力、反射神経、手先の器用さが向上する。
車の運転がうまくなる。FPSゲームで撃ち負けなくなる。
満員電車に揺られても、バランスを崩さなくなる。
・【知力(INT)】
これが一番「人生」に効く。
魔法の威力だけじゃない。
記憶力、計算速度、論理的思考力、言語習得能力。
脳のCPUが換装されたような感覚になるはずだ。
仕事の処理速度が上がり、資格試験の勉強が苦じゃなくなる。
ガチの探索者を目指さなくてもいい。
「人生を豊かにしたい」なら、週末に少し潜ってレベルを上げてみろ。
景色が変わるぞ。
(※ただし過信して死なないように。自己責任でな)』
【投稿】ボタンをクリックする。
これが俺の仕掛けた「最強の広告」だ。
現代社会において誰もが抱えているコンプレックスや悩み。
「もっと頭が良ければ」「もっと体力があれば」「もっと若々しくありたい」。
それらがダンジョンに潜るだけで解決するとしたら?
もはや探索は「危険な労働」ではなく、「究極の自己投資」へと変わる。
ジムに通う代わりに、ダンジョンへ。
英会話スクールに通う代わりに、ダンジョンへ。
エステに行く代わりに、ダンジョンへ。
この投稿が拡散されれば、学生、ビジネスマン、主婦層までもが、こぞってF級ダンジョンに押し寄せることになるだろう。
「賢くなりたいからゴブリンを殴る」というシュールな光景が、日本の日常になる。
「……ククッ、想像するだけで笑えるな」
俺はモニターの前で、ほくそ笑んだ。
だがこれは嘘ではない。
実際、レベルが上がれば身体能力も知能も向上する。
俺自身、今の思考速度や記憶力はサラリーマン時代とは比較にならないレベルにある。
だから彼らも、嘘を教えられたわけではない。
ただ、その恩恵を受けるためには、俺が用意した「装備」が必要になるというだけだ。
俺はXの画面を閉じ、別のウィンドウを開いた。
政府公認オークションの出品管理画面だ。
そこには俺がアメ横やドロップ品から回収し、加工した大量の防具がリストアップされている。
『商品名:初心者の守り(レザーアーマー)』
『効果:最大HP+30、火炎耐性+10%』
『即決価格:150,000円』
『商品名:賢者の帽子』
『効果:最大マナ+20、知力+5』
『即決価格:200,000円』
在庫数、各1000着。
「さて、刈り入れ時だ」
俺の投稿を見て「よし、ダンジョンに行こう!」と決意した一般人たち。
彼らはまず何をするか?
「死にたくない」と考える。
そして俺の過去の投稿(HPと耐性が大事)を読み、オークションで検索をかける。
すると、そこには八代匠のお墨付きスペックを満たした手頃な価格の装備が並んでいる。
15万円。
高い?
いや、時給3万円の世界なら、5時間働けば元が取れる。
「自己投資」と考えれば安いものだ。
英会話教材セットを買うより、よほど実利的だ。
「売れる、売れる、飛ぶように売れる」
画面を更新するたびに在庫の数字が減っていく。
『落札されました』の通知音が絶え間なく鳴り響く。
それはまるで、スロットマシンのジャックポットのようだ。
15万円の装備が1000着売れれば、1億5千万円。
原価は?
俺がアメ横で買い叩いたボロ布と、メンバーが拾ってきた余り物のオーブだ。
ほぼゼロに近い。
「錬金術師とは、鉛を金に変える奴のことじゃない。
『情報』と『不安』を金に変える奴のことだ」
俺は椅子に深くもたれかかり、天井を見上げた。
この「ステータスアップ」の情報が広まれば、社会構造すら変わるかもしれない。
入社試験で「ダンジョンレベル」が問われる時代が来る。
「レベル5以上推奨(INTが高いから)」といった求人が出る。
スポーツ選手は、オフシーズンにダンジョンに籠もるようになる。
そうなれば装備の需要は永続的に続く。
俺はただの武器商人ではなく、この国の「人材育成インフラ」を握ったことになるわけだ。
「リーダー、なんかまた悪そうな顔してますね」
いつの間にか部屋に入ってきていた乃愛が、呆れたように俺を見ていた。
彼女の手には分厚い参考書がある。
彼女もまたダンジョンで得た高いINTを使って、魔法理論の研究に没頭している「恩恵を受けた側」の人間だ。
「人聞きが悪いな、乃愛。
俺は国民の健康増進と能力開発に貢献しているだけだぞ?」
「はいはい。で、その裏で売りさばいてる装備の売上は、何に使うんですか?」
彼女は鋭い。
事務員経由で俺の口座に莫大な金が流れ込んでいることを知っているのだろう。
「次は『教育』だ」
俺は答えた。
「教育?」
「ああ。一般人が増えれば、当然マナーの悪い奴や基礎を知らない素人が増える。
そいつらが事故を起こせば、ダンジョン規制論が再燃しかねない。
だからウチのギルドで『講習会』を開く」
俺は新たな計画を口にした。
「『アルカディア主催・初心者探索者講習』。
受講料は5万円。
修了者にはウチのギルドロゴ入りの『認定証』と、初回限定のポーションセットをプレゼントする。
講師は田中にでもやらせればいい」
「……また商売ですか。しかも5万って、絶妙な値段設定ですね」
「安すぎるとありがたみがないし、高すぎると来ない。
5万払ってでも『八代のギルドの認定』が欲しい層は山ほどいる。
それに講習会に来た有望な新人を、そのままウチのサブメンバー(下部組織)にスカウトすることもできる」
一石三鳥だ。
金を稼ぎ、事故を減らし、優秀な人材を青田買いする。
「本当に……リーダーの頭の中、どうなってるんですか?
INTに振りすぎじゃないですか?」
「伊達に『無職』やってないからな。
暇な時間は全部、思考に使ってるんだよ」
俺は笑った。
モニターの中では、まだ勢いが止まらない。
俺のツイートはトレンド1位に入り、テレビのワイドショーでも取り上げられ始めている。
『ダンジョンで頭が良くなる!? 専門家が解説』なんてテロップが出ている。
時代が動いている。
そして、そのハンドルを握っているのは間違いなく俺だ。
「よし、乃愛。お前も手伝え。
『INT特化ビルドの魔法使いが教える効率的記憶術』みたいなコラムをブログに書くんだ」
「ええっ!? 私、文章書くの苦手なんですけど……」
「大丈夫だ。お前のINTなら、芥川賞だって取れる。
報酬は弾むぞ。新しい杖が欲しいって言ってただろ?」
「……うっ。
わ、分かりました。書けばいいんでしょ、書けば!」
チョロいものだ。
こうして俺たちは、金と情報と欲望を燃料にして、このダンジョンブームという巨大な神輿を、さらに高く、遠くへと担ぎ上げていく。
一億総探索者時代。
その狂騒のメロディは、俺にとって最高の子守唄であり、行進曲だった。
最後までお付き合いいただき感謝します。
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