第17話 耐性の壁と理論値パズルの悪魔的証明
C級ダンジョン「迷わずの森」。
その最深部、大樹の根元に隠されていた「古代の宝物庫」の攻略を終え、俺たち「アルカディア」の一行は、地上のゲート前広場へと帰還した。
時刻は夕刻。
茜色の空が、疲労と達成感に満ちたメンバーたちの顔を照らしている。
「いやー、凄かったですね、宝物庫! まさか、あんなにあるとは……」
「一生分の魔石を見た気がしますよ」
「リーダーの鑑定がなかったら、あんな隠し扉、絶対に見つけられませんでしたね」
メンバーたちが、興奮冷めやらぬ様子で語り合っている。
俺たちの周囲には、これからC級に挑もうとする自衛隊の精鋭部隊や、様子見に来た大手企業のスカウトたちが、遠巻きに視線を送っている。
だが、そんなものは今の俺たちには関係ない。
俺はアイテムボックスを確認し、ニヤリと笑った。
今回の大収穫。
それは「C級魔石」の山だ。
『F級魔石』が、ただの石ころなら、『C級魔石』は宝石だ。
純度、魔力含有量、そして輝き。
すべてが桁違いだ。
宝物庫には、このC級魔石が、ざっと五〇〇個ほど保管されていた。
「……初回限定ボーナスってやつだな」
俺は独りごちた。
ダンジョンの隠しエリアには、最初に到達したパーティーだけが得られる「初回ドロップ特典」が存在することがある。
今回はそれが、魔石の山と、一つのユニークアイテムだった。
(ユニークについては解析が必要なので、後でじっくり楽しむとしよう)
だが、この「宝の山」を見て浮かれているメンバーたちに、俺は少し現実を教えてやる必要がある。
「おい、みんな。浮かれるのはいいが、勘違いするなよ。
あんなにボロボロ魔石が落ちるのは、今回が最初で最後だ」
俺が釘を刺すと、リンが不思議そうな顔をした。
「えっ、そうなんですか?
C級ダンジョンって、魔石がいっぱい落ちるボーナスステージじゃないんですか?」
「逆だ。C級からは『ドロップの谷』に入る」
俺は地面に落ちていた小石を拾い、弾いた。
「F級やE級の雑魚モンスターは、倒せば結構な確率で魔石を落とした。
だから『時給3万円』なんてバブルが起きた。
だがC級からは違う。
モンスターが強くなる代わりに、ドロップ率はガクッと下がる。
普通に狩りをしても、C級魔石が出るのは、一時間に一個あればいい方だ」
「い、一時間に一個……!?」
田中が絶句した。
「D級魔石も、似たようなもんだ。
ここから先は『数を狩って稼ぐ』初心者スタイルは通用しない。
質で稼ぐプロの領域だ」
探索者としての「初心者卒業」。
それは稼ぎの効率が悪化するこの壁を、越えられるかどうかを意味する。
一時間に一個しか出ない。
だが、その一個には絶大な価値がある。
「だからこそ価格は跳ね上がる。
現在市場に出回っているC級魔石は、ほぼゼロに近いが……俺の見立てでは、初値で一個30万円はつくだろうな」
「さ、30万……!」
「時給30万なら、F級より美味いじゃん!」
「でも敵が強いからなぁ……」
メンバーたちがざわめく。
魔石は単なるエネルギー源ではない。
高度なアイテムクラフトの素材、強力なポーションの原料、そして将来実装されるであろう「魔導機器」のコアパーツ。
使用用途が多岐にわたるため、ランクが上がるごとに需要と価格は指数関数的に上昇する。
「まあ、俺たち『アルカディア』は、すでに宝物庫の分で数億円分の資産を確保したわけだが……。
これからの日常的な周回では、渋いドロップ率と戦うことになる。
覚悟しておけよ」
「はーい!
でも私たちなら余裕ですよね!」
リンが軽快に笑う。
「なんたって、もうC級クリアしちゃったし!
自衛隊さんたちが入り口でマゴマゴしてる間に、私たちは最深部まで行っちゃったわけですし!」
そう。
進行度で言えば俺たちは世界最速だ。
自衛隊の精鋭部隊ですら、まだC級の序盤エリアで慎重にマッピングを進めている段階だ。
それを俺たちは、俺のナビゲートと圧倒的な装備スペックで、わずか数日で踏破してしまった。
「この調子なら、次はB級ですね!」
「B級ダンジョン! どんなお宝があるんだろ!」
「またユニーク出ないかなー」
空気が緩む。
勝利の美酒に酔い、次なるフロンティアへの期待に胸を膨らませている。
無理もない。
彼らはここまで、俺の敷いたレールの上を全速力で走ってきた。
挫折を知らないエリート集団だ。
だが。
俺は知っている。
次に待ち受ける「B級」という壁が、どれほど理不尽で、どれほど絶望的な仕様を持っているかを。
「……おいおい、気が早いな」
俺は冷や水を浴びせるように、低く声をかけた。
「B級を潜ろうと言い出す前に、一つ言っておくことがある」
俺の声のトーンが変わったことに気づき、リンや乃愛、田中たちが口を閉ざす。
周囲の一般メンバーも、固唾を飲んで俺に注目する。
リーダーがこの顔をする時は、ろくなことがない。
それを彼らは経験則で知っている。
「B級ダンジョン。そこは今までとはルールが違う」
俺はゲートの方角を指差した。
「お前ら、今の自分の『属性耐性』を言ってみろ」
「えっと……『清純の光輪』のおかげで、全属性+40%くらいです」
リンが答える。
他のメンバーも似たようなものだ。
俺が配ったユニーク首輪や耐性付きの防具のおかげで、F級~C級レベルなら十分な耐性を確保している。
だからこそ、敵の魔法攻撃を食らっても「痛い」程度で済んでいる。
「+40%か。悪くない。C級までならそれで十分だ。
だがな……B級ダンジョンに一度でも足を踏み入れた瞬間、プレイヤーには『ある呪い』がかかる」
「呪い……?」
「ああ。システム的な強制デバフだ。
名前は『世界による拒絶』、あるいは『上位次元の負荷』とも呼ばれる。
効果はシンプルにして凶悪だ」
俺は指を三本立てた。
「全属性耐性、マイナス30%」
シンと場が静まり返った。
意味を理解できていない者と、理解して顔色を変える者がいる。
「……え? マイナス? 下がるってことですか?」
乃愛が震える声で聞く。
「そうだ。永続的にな。
炎、氷、雷。ついでに混沌耐性。
全ての耐性値が強制的に30%引き下げられる。
つまり今+40%のリンがB級に入ると、実質耐性は+10%になる」
「じゅ、10%!?」
リンが悲鳴を上げた。
「10%って、ほぼ裸じゃないですか!
C級のボスのブレス食らったら即死ですよ!?」
「その通りだ。
しかもB級の敵の火力はC級の比じゃない。
耐性10%で挑めば、雑魚のファイアボール一発で消し炭になる。
いわゆる『ワンパン』ゲーの始まりだ」
阿鼻叫喚が広がった。
「無理だー!!!」
「なんだよ、そのクソ仕様!」
「運営! バランス調整どうなってんだ!」
「詰んだ……俺たちの冒険は、ここで終わりだ……」
メンバーたちが頭を抱え、地面に膝をつく。
無理もない。
今まで必死に集めた装備で、ようやく確保した安心感が、システムによって根こそぎ剥奪されるのだ。
これを絶望と呼ばずして、何と呼ぶ。
「しかもだ」
俺はさらに追い打ちをかける。
「このデバフは『耐性キャップ』の計算にも影響する。
知っての通り、この世界の耐性上限は75%だ。
これ以上積んでも、通常は無意味だ。
だがマイナス30%のデバフがある環境下で、実質75%を維持しようとしたら……どうなる?」
乃愛が青ざめた顔で計算する。
「……75足す30で、105。
装備の合計値で『105%』を確保しないと、キャップに到達しません」
「正解だ。
表示上の耐性が105%あって、初めてB級ダンジョンでの適用耐性が75%になる。
今までよりも、遥かに高い水準の耐性が要求されるわけだ」
「無理ですよ!」
田中が叫んだ。
「今の装備でもカツカツなのに、さらに30%以上盛るなんて!
装備枠が足りません!
指輪も首も鎧も、全部耐性付きにしたって届きませんよ!」
アメ横に流れているような、あるいはオークションで高値で取引されているような「耐性+10%」程度の装備では、全身を固めても到底届かない。
それが「初心者の壁」だ。
ここで多くのプレイヤーが脱落し、B級への挑戦を諦める。
だが。
俺たちは違う。
「……嫌、無理じゃないぞ?」
俺の声が、絶望に沈む空気を切り裂いた。
「え?」
全員が顔を上げる。
「装備だけでキャップに到達できる。
お前らが知らないだけで、C級ダンジョンの深層、レベル40付近からは、装備に付く効果(Mod)のランクが一段階上がるんだ」
俺はホワイトボード……はないので、空中に指で図を描くように説明した。
「今までお前らが見てきた耐性付き装備は、せいぜい『+10%』や『+15%』だっただろう?
あれはティア(等級)が低いんだ。
だがレベル40以上のアイテムレベルを持つ装備には、ティア2、ティア1といった高位の効果が付く可能性がある。
具体的に言えば、一箇所につき『単体耐性+30%』以上が付くようになる」
「さ、30%……!?」
「そうだ。
考えてみろ。
指輪2個、首輪1個、頭、手、足、胴体、ベルト。
アクセサリーと防具で合計8部位ある。
もし、この全ての部位に『単体耐性+30%』がついたら?」
俺は暗算するふりをして、即答する。
「30掛ける8で、240%だ」
「に、240%……!」
「『全耐性+〇〇%』のユニークや、複合耐性(火と氷が同時に上がるやつ)を組み合わせれば……」
俺はニヤリと笑った。
「105%なんて数字は、余裕で超えられる。
理論値さえ完成すれば、お釣りが来るレベルだ」
希望の光が見えた。
メンバーたちの目に色が戻る。
「そ、そうか……! 強い装備があれば!」
「レベルの高いアイテムには、そんな数値が付くんですね!」
「やった! まだ戦える!」
だがすぐに乃愛が、冷静なツッコミを入れた。
「でもリーダー。
それはあくまで『理論値』ですよね?
そんな都合よく、全部位に耐性30%が付いた装備なんて落ちるんですか?
ドロップ率は渋いんですよね?」
「いい指摘だ、乃愛。
その通り。
ドロップで、そんな神装備を全身分揃えようと思ったら、何年かかるか分からん。
確率の神様に愛された奴だけができる芸当だ」
再び絶望しかける空気。
俺はそれを楽しむように一呼吸置いてから、自分の胸を叩いた。
「だから俺がいるんだろうが」
「……あ」
「忘れたか?
俺のユニークスキルは【万象の創造】。
素材さえあれば、付与される効果(Mod)を操作し、確定で最高値を叩き出せる。
ドロップ運なんて不確定なものに頼る必要はない。
俺が作るんだよ。
お前たちのための『理論値装備』をな」
俺は宣言した。
「これから、しばらくの間、B級への突入は禁止だ。
代わりにC級ダンジョン『迷わずの森』を周回し、素材集め(ファーミング)に徹する。
狙うのはレベル40以上のベース装備と、大量のC級魔石、そして加工用のオーブだ」
俺はメンバーたちを見渡した。
「俺がお前らの装備を全身コーディネートしてやる。
指輪の裏側まで耐性で埋め尽くして、デバフなんぞ無効化してやる。
その代わり……」
俺は獰猛な笑みを浮かべた。
「素材集めは地獄だぞ?
何百回、何千回と、あの森を周回してもらう。
ついて来れるか?」
「もちろんです!!!!!」
全員の声が重なった。
地獄? 上等だ。
「無理だ」と言われて諦める絶望よりも、「やればできる」という確証のある苦労の方が何万倍もマシだ。
それに彼らは、すでに知っている。
リーダーが「作る」と言った装備が、どれほど規格外の性能であるかを。
「混沌耐性についても、最低でも0%、できればプラスまで戻しておく必要がある。
B級には毒や腐敗を使ってくる、陰湿な敵も多いからな。
そこらへんの細かい計算は俺がやる。
お前らは脳死でモンスターを狩って、素材を持ってくればいい」
「うおおおおお! リーダー、一生ついていきます!」
「狩るぞー! 森を更地にするぞー!」
田中が雄叫びを上げ、リンがダガーを構える。
さっきまでの絶望感はどこへやら、今は「装備更新」への期待感で目がギラギラしている。
探索者というのは現金な生き物だ。
「強くなれる」という餌さえあれば、どんな単純作業にも耐えられる。
「よし、解散!
今日は休んで、明日からシフト組んで周回だ!」
「了解ッ!」
メンバーたちが散っていく。
その背中は、来た時よりも一回り大きく見えた。
俺はその場に残り、夕暮れのダンジョンゲートを見上げた。
C級からB級へ。
その壁は単なるモンスターの強さだけではない。
「耐性」というシステムへの理解と、それを克服するための「資産(装備資産)」が問われる。
75%ない奴は死ぬ。
これは脅しではない。
この世界の絶対的なルールだ。
「……さて、俺も忙しくなるな」
俺は手元の端末を開き、必要な耐性値のシミュレーションを開始した。
火が足りない、雷がオーバーしている、カオスがマイナスだ……。
この複雑怪奇なパズルを解き明かし、全員分の「正解」を導き出す。
これぞ、ギルドマスターの醍醐味だ。
俺は口元を緩め、まだ見ぬ最強装備のレシピを脳内で組み立て始めた。
最後までお付き合いいただき感謝します。
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