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第15話 星条旗の影とアンリミテッド・クレジット

 東京港区赤坂。

 皇居にほど近い一等地に、巨大な白い要塞が鎮座している。

 アメリカ合衆国大使館。


 高い塀と厳重な警備に守られたこの場所は、日本国内にありながら、日本の法律が及ばない「異国」だ。


 俺、八代匠は今、その要塞の深奥にある応接室で、最高級のレザーソファに深々と身を沈めていた。

 目の前のローテーブルには、香り高いコーヒーと焼きたてのクッキーが置かれている。


「……ふむ、悪くない豆だ」


 カップを傾けながら、俺は窓の外を眺めた。

 防弾ガラスの向こうには、手入れの行き届いた中庭が見える。


 先ほどゲートを通過した際の厳重なチェック――金属探知機、爆発物検査、生体認証――が嘘のような、静謐で優雅な空間だ。


「招待状が来た時は、どうなるかと思ったが……」


 今朝、俺のオフィスに一通の封書が届いた。

 差出人は駐日アメリカ大使。


 だが、その中身は社交辞令に満ちたパーティーの招待状ではなく、

「極秘裏に会談したい」という軍事的な要請だった。


 俺は断らなかった。

 むしろ、渡りに船だと思った。


 前回の魔石バブルの一件で、俺は「日米同盟による市場独占」の構図を確認した。

 ならば、その片割れであるアメリカともパイプを作っておくのは、フィクサーとして当然の嗜みだ。


「お待たせしました、ミスター・ヤシロ」


 重厚なドアが開き、一人の男が入ってきた。

 仕立ての良いスーツを着ているが、その歩き方、筋肉の付き方、そして鋭い眼光は隠しようもない。


 軍人だ。

 それも現場フィールドを知っている高官クラス。


「初めまして。お招きいただき光栄です」


 俺は立ち上がり、握手を求めた。

 男は力強く俺の手を握り返した。

 万力のような握力だ。


「座ってくれ。形式張った挨拶は抜きにしよう。

 私はウィリアムズ。肩書きは陸軍大佐だが、ここでは『調整役』と思ってくれていい」


 ウィリアムズ大佐。

 俺は内心で安堵した。


 CIA(中央情報局)の「スパイ屋」ではなく、軍の「実務屋」が出てきたからだ。


 CIAは厄介だ。

 彼らは情報を抜くだけ抜いて、相手を使い捨てにするのが常套手段だ。

 腹の探り合いだけで数時間を浪費し、結局何も得られないことも多い。


 だが軍人は違う。

 彼らは「結果」と「補給」を最優先する。

 合理的で、ギブ・アンド・テイクが成立しやすい。


 俺にとっては「当たり」の相手だ。


「単刀直入に言おう、ミスター・ヤシロ。

 先日の日本政府による『魔石エネルギー活用』の発表……あれは素晴らしいブレイクスルーだった」


 ウィリアムズはソファに座るなり、本題に入った。


「お湯を沸かし、電気を起こす。

 F級魔石にあんな使い道があったとは、ペンタゴンの科学者たちも舌を巻いていたよ。

 彼らは今まで、魔石をどうやって爆発させるか、どうやってレーザーの増幅剤にするか、ばかり考えていたからな」


「それは光栄です。日本の科学者たちの努力の結晶ですよ」


 俺はしらばっくれた。

 だが大佐の目は笑っていなかった。


「日本政府の公式見解ではな。

 だが我々のインテリジェンス(情報網)は少し違う見方をしている」


 彼はテーブルの上で指を組んだ。


「あの発表の数日前、君がつくばの研究施設を訪れていた記録がある。

 そして君が去った直後、それまで停滞していた研究が、まるで魔法のように一気に進展した。

 ……偶然にしては出来すぎていると思わないか?」


「偶然ですよ。私はただ、彼らに差し入れを持って行っただけです」


「君の『鑑定』スキル。

 それが差し入れの中身かね?」


 踏み込んできた。

 やはりバレている。


 日米の情報共有協定がある以上、佐伯あたりが「八代という協力者がいる」と漏らしたか、

 あるいは米軍独自の監視網に引っかかったか。


 まあ、隠すつもりもない。

 自分の価値を高めるための演出だ。


 俺はコーヒーを一口飲み、少しだけ態度を崩した。


「……まあ、少しアドバイスをした程度ですよ。

 彼らが迷子になっていたので、道標を示しただけです」


「やはりか」


 ウィリアムズが満足げに頷いた。


「君のスキルは、我々の予想を遥かに超えているようだ。

 単にアイテムの名前を当てるだけではない。

 物質の構造、秘められた可能性、そして『運用方法』まで見通せる。

 まさに『神の目』だ」


「買い被りすぎです。ただの便利な虫眼鏡ですよ」


「謙遜は美徳だが、ビジネスの場では不要だ。

 ミスター・ヤシロ。

 我々は君を高く評価している。

 日本政府という枠組みに留めておくには惜しい人材だ」


 勧誘だ。

 アメリカルート特有のストレートなヘッドハンティング。


『ミッション・インポッシブル』のようなスパイ活劇も悪くないが、

 今の俺にはギルド「アルカディア」がある。


 亡命する気はない。


「光栄な話ですが、私は日本での生活が気に入っていましてね。

 それに今の自由な立場フリーランスが性分に合っているんです」


「亡命しろとは言っていない。

 ただ、ビジネスパートナーとして、もう少し深く付き合えないかという提案だ」


 ウィリアムズは身を乗り出した。


「日本政府は君にいくら払っている?

 魔石の情報を渡した対価だ。

 感謝状と小銭程度の報奨金か?

 それともギルドへの多少の便宜か?」


 図星だ。

 佐伯たちは確かに便宜を図ってくれるし、オフィスも用意してくれた。


 だが「現金」の直接供与に関しては非常に渋い。

 税金を使う以上、使途不明金として数億円を個人の口座に振り込むわけにはいかないからだ。

「国民の目」という縛りがある。


「アメリカは違うぞ、ミスター・ヤシロ。

 我々には『国防予算』という、事実上の無制限の財布がある。

 君が望むなら、ドルでスイスの口座に即金で支払える。

 あるいは装備、情報、市民権……君が欲しい物を言え。

 我々は君の『鑑定』が導き出す、さらなる魔石技術の応用を知りたい」


 強烈なオファーだ。

 F級魔石でお湯を沸かす程度の情報で世界が騒いでいるが、俺の頭の中には、

 その先――C級、B級、A級魔石によるオーバーテクノロジーの知識が眠っている。


 それを切り売りするだけで、アメリカ合衆国をパトロンにできる。


 だが、ここで安易に「100億ドルくれ」と言うのは三流だ。

 金は稼げばいい。

 俺が欲しいのは、金では買えない「保証」と「権利」だ。


 俺はカップを置き、大佐の目を真っ直ぐに見返した。


「お金には困っていません。

 先日の魔石取引で、一生遊べるくらいは稼ぎましたから」


「……では、何を望む?」


「『貸し(クレジット)』です」


「貸し?」


「ええ。

 今後、私のビジネスが拡大するにつれて、一時的に巨額のキャッシュが必要になる場面が来るでしょう。

 あるいは、日本国内では手に入らない特殊な機材や人材が必要になるかもしれない」


 俺はニヤリと笑った。


「その時、私が『助けてくれ』と言ったら、無条件で、無審査で、即座に対応していただきたい。

 限度額なし、担保なしの融資枠。

 あるいは米軍のリソースへのアクセス権。

 それを頂けますか?」


 ウィリアムズ大佐が眉をひそめ、数秒間考え込んだ。

 現金の要求なら簡単だった。


 だが俺が求めたのは「アメリカ合衆国を財布代わりにする権利」だ。

 より重く、より広範な契約。


 だが彼は軍人だ。

 損得勘定は早い。


 俺という「未来のテクノロジーの源泉」を確保できるなら、安いものだと判断したようだ。


「……いいだろう。

 『アンリミテッド・クレジット』。

 君が困った時、我々は全力を尽くすと約束しよう。

 ただし、その対価として」


「分かっています。

 アメリカ政府が魔石研究で行き詰まった時、あるいは未知のアイテムの解析で困った時。

 私が『コンサルタント』として助言を行います。

 もちろん、優先的にね」


「交渉成立だ」


 ウィリアムズが再び手を差し出した。

 俺はそれを握り返す。

 ガッチリとした感触。


 これで俺の背後には、日本政府だけでなく、アメリカ軍という巨大なバックボーンがついた。


「ありがとうございます、大佐。

 頼もしいパートナーができて嬉しいですよ」


「こちらこそだ。

 ……ちなみに、一つだけ聞いていいか?」


 取引が成立し、少し空気が緩んだところで、大佐が尋ねてきた。


「なんだろう?」


「君のその『鑑定』で……

 F級魔石の次の段階、C級やB級の魔石にはどんな可能性が眠っているんだ?

 ヒントだけでも教えてくれないか?」


 探りを入れてきた。

 ちゃっかりしている。


 俺は立ち上がり、ジャケットを直しながら答えた。


「そうですね……。

 例えば、失った四肢を一瞬で再生させたり。

 あるいは東京とニューヨークを、ドア一枚で繋いだり。

 そんな『夢物語』が可能になるかもしれませんね」


「……!!」


 大佐の表情が凍りついた。

 軍人である彼には、その意味が痛いほど分かるはずだ。


 四肢の再生は「野戦病院の革命」であり、

 空間移動は「兵站の概念の消滅」だ。


 軍事バランスを根底から覆す力が、そこにある。


「まあ、あくまで夢物語ですよ。

 研究が進めば、いずれ分かることです」


 俺は悪戯っぽく笑い、出口へと向かった。


「今日は美味しいコーヒーをご馳走様でした。

 また何かあれば連絡します」


 ◇


 大使館を出ると、東京の空は高く晴れ渡っていた。

 心地よい風が吹いている。


「ふぅ……うまくいったな」


 俺はネクタイを少し緩めた。

 緊張しなかったと言えば嘘になるが、成果は上々だ。


 これで俺は、日米両政府を手玉に取るポジションを確立した。

 日本政府には「国内の安定とインフラ整備」をやらせ、

 アメリカには「巨額の資金と特殊なリソース」を提供させる。


 特にアメリカルートの魅力は「人材」だ。

 今はまだ時期尚早だが、アメリカには日本にはない特殊なユニークスキルを持つ「異能者」たちが存在する。


 原作ゲームでも、アメリカルートに進まなければ仲間にできない強力なキャラクターが何人もいた。

『重火器の申し子』や『空間支配者』などだ。


 いずれ彼らを一本釣りするためのコネクションとしても、今日の大佐との握手は効いてくるはずだ。


「日本政府も、これくらい素直に金を出してくれれば楽なんだがな」


 俺は苦笑した。

 佐伯たちは真面目すぎる。

「予算が」「法案が」と言って現金を出すのを渋る。


 代わりに名誉や地位を与えようとするが、そんなものは腹の足しにならない。


 その点アメリカはドライだ。

「技術を寄越せ、ドルをやる」。

 シンプルで清々しい。


 だが、だからといってアメリカに完全に軸足を移すわけにはいかない。

 俺の基盤は、あくまでここ日本にあるギルド「アルカディア」だ。


 日本で圧倒的な地位を築きつつ、アメリカをATMとして利用する。

 これが最強のムーブだ。


「さて、資金の心配もなくなったことだし……」


 俺はスマホを取り出し、リンにメッセージを送った。


『>俺:

 商談終了。

 でかいスポンサーがついた。

 これからは経費を気にせず、最高級の素材を買いまくっていいぞ。』


『>リン(カレン):

 マジですか!? さすがリーダー!

 じゃあオークションに出てる「ミスリル鉱石」全部落札していいですか?』


『>俺:

 許可する。全部買え。

 これからは俺たちが相場だ。』


 送信。

 既読がすぐにつく。


 俺は赤坂の坂道を下りながら、足取り軽く歩き出した。

 金づるは確保した。

 次は、その金を使ってギルドの戦力を「世界最強」へと押し上げる番だ。


 まずはC級ダンジョン攻略。

 そして、いずれ訪れるであろう「スタンピード」への備え。


 やるべきことは山積みだが、今の俺には「無限のクレジット」がある。


 怖いものなど、何もない。

最後までお付き合いいただき感謝します。


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