第84話 祭りの後の冷たい方程式、あるいは次なる絶望への処方箋
マリアナ海溝での決戦から、数日が経過した。
世界は今、有史以来最大規模の「祝祭」の只中にあった。
ニューヨークのタイムズスクエア、ロンドンのトラファルガー広場、パリのシャンゼリゼ通り、そして東京の渋谷スクランブル交差点。
世界中の主要都市という都市が、紙吹雪と歓声、そして勝利を祝うパレードで埋め尽くされている。
かつて「終わりの日」と恐れられたXデーは、人類が神話の怪物を打ち倒し、自らの手で未来を勝ち取った「勝利の日」へと上書きされたのだ。
テレビをつければ、どこのチャンネルも特番一色だ。
『人類の勝利! リヴァイアサン撃破の軌跡』
『世界を救った1000万人の英雄たち』
『八代匠とは何者か? 現代の救世主の素顔に迫る』
ネット上では、戦地から帰還した探索者たちがアップロードした戦闘動画が億単位の再生数を稼ぎ出し、彼らが持ち帰ったSSS級素材の欠片が高値で取引される様が、新たなゴールドラッシュを煽っている。
国連は、リヴァイアサンが討伐されたこの日を「世界探索者記念日」として、全世界共通の祝日に制定することを全会一致で可決した。
誰もが笑い、抱き合い、未来への希望を語っている。
恐怖の冬は去り、黄金の春が訪れたのだと。
だが。
そんな浮かれた空気とは裏腹に、世界を裏で操る者たちが集う「場所」には、祝杯のアルコールと共に、冷徹な現実の味が混ざり合っていた。
◇
I・G・U(国際公式探索者ギルド連盟)専用、高度暗号化仮想会議室。
円形闘技場を模したVR空間には、日米の首脳をはじめとする主要加盟国の代表たち、そしてアルカディアのマスターである俺、八代匠のアバターが一堂に会していた。
空間の中央には、先日討伐されたリヴァイアサンのホログラムが浮かび上がり、その周囲を膨大な量のドロップアイテムリストが衛星のように旋回している。
『――乾杯! 人類の叡智と勇気、そして我々の結束に!』
アメリカ大統領が、高らかにグラス(VRオブジェクト)を掲げた。
それに呼応して、各国の代表たちも笑顔でグラスを合わせる。
『いやはや、素晴らしい戦果でしたな。
あの巨大な怪物が光となって消滅する瞬間……一生忘れられん光景だ』
『我が国の探索者部隊も、大きな損害を出すことなく帰還できました。支持率も急上昇です』
『経済効果も計り知れません。魔石バブルが再燃し、関連株はストップ高だ』
彼らの表情は明るい。
無理もない。
国家存亡の危機を乗り越え、あまつさえ莫大な富を手に入れたのだ。
政治家としてこれ以上の成功はないだろう。
「……まずは、戦利品の配分について確認しておきましょうか」
俺は祝杯には口をつけず、淡々と議事を進めた。
中央のリストを操作し、膨大なドロップ品を分類していく。
「リヴァイアサンの巨体から生成されたSSS級魔石、および固有素材『海皇の鱗』『深淵の牙』などについてですが……。
これらは事前に取り決めた通り、参戦した1000万人の探索者、および各国政府へ『均等に分割』して分配します」
通常、ボスのドロップ品はMVP(最大貢献者)が総取りするのがゲームのルールだ。
だが今回は違う。
1000万人の「レギオン」全員がダメージソースであり、誰か一人が欠けても成立しなかった作戦だ。
ここで特定の国やギルドが独占すれば、必ず不満が爆発し、内乱の火種になる。
『うむ。異論はない。
これだけの量だ。細かく砕いて分配しても、一人あたり数千万円、いや数億円の価値にはなるだろう』
『富の再分配としても機能する。
これで探索者たちはさらに装備を強化し、次の経済活動へと繋がるわけだ』
大統領が満足げに頷く。
ここまではいい。
ここまでは、予定通りの「ハッピーエンドの演出」だ。
だが、俺が本当に話したいのは、ここからだ。
「……さて。
皆さん、随分と楽観的なようですが」
俺はテーブルに肘をつき、組んだ手の隙間から冷ややかな視線を送った。
「まさか、『これで全て終わった』なんて思っていませんよね?」
俺の声のトーンが一段下がったことで、会議室の空気がピリッと張り詰めた。
笑みを浮かべていた首脳たちが、怪訝な顔で俺を見る。
『……ミスター・ヤシロ?
どういうことかね?
確かにダンジョンは残っているが、最大の脅威であるワールドボスは倒した。
我々の戦力は証明された。
将来的にも、同じように結束して戦えば、どんな敵が来ても大丈夫……なのではないか?』
フランスの大統領が、代表して疑問を口にした。
「勝てたのだから、次も勝てる」。
それは成功体験に基づいた、一見もっともな理屈だ。
だが、それは致命的な誤解だ。
「大丈夫?
……ふざけないでください」
俺は吐き捨てるように言った。
「今回の勝利が、何の上に成り立っていたのか。
もうお忘れですか?」
俺は指を一本立てた。
「ローマ教皇です。
彼が自らの命を触媒にして、アーティファクト『聖なる守護の契約』を発動させ、全軍に『不滅のレギオン(致死ダメージ無効)』のバフをかけた。
あれが無ければ、どうなっていたと思います?」
俺はホログラムのリヴァイアサンを操作し、シミュレーション映像を再生した。
バフがない状態で、ブレスを浴びる探索者たちの映像。
一瞬で蒸発し、灰すら残らない。
数百万の軍勢が、数秒で全滅するシミュレーション。
「これですよ。
本来の実力差は、これなんです。
我々は『無敵モード』というチートを使って、ようやく勝てたに過ぎない。
教皇の殉教という、二度と使えない切り札を切ってね」
会議室が水を打ったように静まり返る。
祝勝ムードが一瞬で消し飛んだ。
「教皇はもういません。
あのアーティファクトは、一度使うと数百年は再充填が必要です。
つまり……次のワールドボスが現れた時、我々にはもう『無敵の盾』はないんです」
『なっ……!?』
『そ、それは本当か!?』
動揺が広がる。
彼らは「次も同じ手を使えばいい」と安易に考えていたのだろう。
だが現実は非情だ。
「次、同じクラスの敵が現れたら、我々は『素のステータス』で戦わなければなりません。
即死攻撃を食らえば死ぬ。
広範囲魔法で部隊が消し飛ぶ。
そんな当たり前の地獄が待っているんです」
俺は冷徹に事実を突きつけた。
「今の探索者の平均レベルは? 30から40程度でしょう。
SSS級ボスと戦うには、あまりにも低すぎる。
数で押せば勝てる?
いいえ。アリが何億匹集まっても、象には勝てません。踏み潰されて終わりです。
質が伴わない量は、ただの死体の山にしかなりません」
大統領が額の汗を拭った。
勝利の美酒の酔いが、急速に冷めていくのが分かる。
『……では、どうすればいい?
我々は、座して死を待つしかないのか?』
「いいえ。
道はあります。
というより、その道を作るために、このI・G・Uがあるんです」
俺は立ち上がり、ホワイトボード(VR空間上のウィンドウ)を展開した。
そこに書き込んだのは、今後の人類が目指すべき明確な目標値だ。
【至急:SSS級探索者の育成】
「これしかありません。
システム的な無敵バフがない以上、正面から殴り合って勝つには、個々の戦力をボスクラスまで引き上げるしかない」
「SSS級……。
現在の最高ランクであるA級を遥かに超える、神の領域か……」
日本の総理が呻くように言った。
現在、世界最強の探索者である俺やリンたちですら、ランク換算ではA級上位といったところだ。
SSS級とは、単独で国を落とせるレベルの戦略兵器を意味する。
「ええ。
具体的には、レベル90オーバー。
そして『SSS級ユニークスキル』を持つ者同士の連携です」
俺は図解を表示させた。
「今回のリヴァイアサン戦でも見せたように、複数のユニークスキルを組み合わせることで、1+1を10にも100にもする『ギミック』を構築する。
例えば……『絶対防御』のスキルで敵の攻撃を受け止め、そのダメージを『倍返し』にするスキルで反射し、さらに『因果逆転』のスキルで必中にする。
そういった、理不尽なボスを殺し切るための『必殺のコンボ』を編み出せるパーティを育成するんです」
これはゲームの攻略法そのものだ。
エンドコンテンツのボスは、普通に殴っても倒せない。
即死ギミック、無敵モード、超回復。
それらを攻略するには、システムの穴を突くようなスキルの組み合わせ(ビルド)が必須になる。
「そのためには、才能ある原石を世界中から発掘し、最高の環境と装備を与え、英才教育を施す必要があります。
1000万人の探索者の中から、数人の『英雄』を作り出す。
それが次のフェーズです」
俺はさらに、もう一つの懸念事項を提示した。
地図を表示させる。
今回のリヴァイアサンはマリアナ海溝に出現し、ニューヨークを目指した。
場所が特定できていたからこそ、全戦力を集中させることができた。
「今回は『場所』が分かっていました。
だから待ち伏せできた。
ですが……次は違います」
地図上の赤いマーカーが、ランダムに点滅し始める。
「次のワールドボスが、どこに出現するかは分かりません。
太平洋かもしれないし、サハラ砂漠かもしれない。
あるいは、東京のど真ん中や、ホワイトハウスの上空かもしれない」
『ランダム出現だと……!?
それでは、防衛線の構築が間に合わんではないか!』
防衛大臣が悲鳴を上げる。
1000万人の軍隊を移動させるには時間がかかる。
もし地球の裏側に出現されたら、到着する頃には都市が消滅している。
「そうです。
だからこそ、『機動力』が必要なんです」
俺は、俺が保有している『次元の楔』のデータの一部を提示した。
「SSS級探索者を作り出し、さらにその人物を、世界中のどこへでも即座に転送できるシステム。
『緊急展開用ポータル・ネットワーク』の構築が急務です。
世界各地の主要拠点にポータルを設置し、ボス出現の警報と共に、最強の精鋭部隊を現地へ送り込む。
『0秒で現場へ急行する』体制を作らなければ、次は守りきれません」
その壮大すぎる構想に、各国の代表たちは言葉を失った。
技術的にも、予算的にも、そして政治的にも、あまりにもハードルが高い。
だが、やらなければ滅びる。
その事実は、リヴァイアサンの死骸が証明している。
「……ふぅ」
俺は息をつき、少しだけ口調を緩めた。
「まあ、今すぐ明日来るわけじゃありません。
今はまだ、お祝いムードでいいんです。
国民を安心させ、勝利の余韻に浸らせて、経済を回すことも重要ですから」
俺は微笑んだ。
恐怖だけで人は動かない。
希望と報酬があってこそ、人は過酷な育成にも耐えられる。
「ですが、トップであるあなた方だけは、決して安心してはダメです。
兜の緒を締め直してください。
今回の勝利は、教皇という尊い犠牲の上に成り立った『辛勝』だったことを、片時も忘れないでください」
俺の言葉は、重く、深く、彼らの胸に突き刺さったようだった。
大統領が、真剣な眼差しで頷く。
『……そうか。分かった。
我々は少し、浮かれすぎていたようだ』
彼は表情を引き締めた。
『とりあえずは、各国の精鋭達――「ネームド」になり得る候補者たちをリストアップし、国家予算を投じて育成していくことが重要ということだな?』
「ええ。
母数が多ければ、いずれSSS級に到達する探索者が出てきます。
『数撃ちゃ当たる』ではありませんが、天才は確率で生まれるものですから。
そのためにも、底辺層(F級・E級)の探索者支援も続けてください。
裾野が広くなければ、頂は高くならない」
才能はどこに埋もれているか分からない。
スラム街の子供かもしれないし、ブラック企業で死んだ目をしているサラリーマンかもしれない。
かつての結城旭のように。
『……次のワールドボスが出るのは、いつ頃だ?』
ロシアの代表が、低い声で尋ねた。
「解析班の予測では……早くて1年後。
遅くても数年以内でしょう」
俺は答えた。
『ダンフロ』のシナリオスケジュールと、現実の魔素濃度の上昇率を照らし合わせた予測だ。
「1年。
短いようで、長い時間です。
この期間を『平和な休息』と捉えるか、『死に物狂いの準備期間』と捉えるか。
それが、次の勝負の分かれ目です」
俺は全員の顔を見渡した。
そこにはもう、浮ついた祝祭の気分は残っていなかった。
あるのは、次なる戦いに向けた、静かで強固な決意だ。
『……うむ。了解した』
大統領が重々しく宣言した。
『I・G・Uの次期最優先プロジェクトは、「特務隊(Sランク候補生)」の選抜と育成とする。
予算は無制限だ。
世界中の才能をかき集めろ。
そして八代、君にはその「教官」としての役割も期待しているぞ』
「……また仕事が増えるんですか?
まあ、乗りかかった船ですからね。
とびきりのスパルタで鍛え上げてやりますよ」
俺は苦笑しながら請け負った。
どうせ俺も、自分のレベル上げと装備更新で忙しくなる。
そのついでに、見込みのある奴らを引き上げてやるのも悪くない。
彼らが強くなればなるほど、俺の装備が売れる市場も広がるのだから。
『では、本日の会議はこれまでとする。
……諸君、解散。
そして、良い夜を』
通信が切れる音が響き、VR空間のアバターたちが次々と消えていく。
◇
現実世界に戻った俺は、VRゴーグルを外し、疲れた目をこすった。
オフィスの窓の外は、すでに深夜だ。
だが東京の街は、勝利を祝うイルミネーションで昼間のように明るい。
「……1年、か」
俺は独りごちた。
次の敵は、リヴァイアサンとはタイプが違う。
おそらく「空」か、あるいは「地底」から来るだろう。
ギミックも複雑化し、単純な火力だけでは通じなくなる。
「忙しくなるな。
まずはアルカディアの戦力底上げだ。
旭のレギオンも強化しなきゃならないし、リンや雫の専用装備も更新時期だ」
俺は手元の端末を操作し、今後のロードマップを書き換えた。
『平和な日常』という予定は削除し、
『地獄のトレーニング合宿』と『超高難易度ダンジョン攻略』を追加する。
「……ま、退屈するよりはマシか」
俺は立ち上がり、窓ガラスに映る自分の顔を見た。
そこには、世界の重圧に押しつぶされそうな顔ではなく、
新しいゲーム(クエスト)を前にした、子供のようなワクワクした表情が浮かんでいた。
次からが本当の勝負です。
その言葉は、誰よりも自分自身に向けた宣戦布告だった。
俺はオフィスの電気を消し、闇の中へと歩き出した。
世界は救われたが、物語はまだ終わらない。
エンドロールが流れるその時まで、俺はこの「神ゲー」を骨の髄まで遊び尽くすつもりだ。
最後までお付き合いいただき感謝します。
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