第78話 ユニークスキルの分類学と現実世界を蝕む異能犯罪
霞が関、警察庁本庁舎の特別会議室。
分厚い防弾ガラスと最新鋭の魔力遮断フィールドによって守られたこの密室は、本来ならば国家の治安維持を司るエリートたちが、冷徹な計算と理路整然とした議論を交わす場所であるはずだった。
だが今のこの部屋を支配しているのは、得体の知れない恐怖と、手詰まり感からくる濃厚な疲労の匂いだった。
「……以上が、この一ヶ月間で報告された『特殊事案』の全容です」
警察庁の警備局長が擦れ枯れた声で報告を締めくくり、力なくパイプ椅子に腰を下ろした。
会議用テーブルの上に散乱しているのは、目を疑うような事件の現場写真と、捜査報告書の束である。
銀行の地下深くにあるはずの金庫から、鍵も壊されずに現金だけが消失した事件。
厳重なセキュリティで守られていたはずの大手企業のサーバールームで、機密データが物理的に抜き取られた事件。
さらには走行中の防弾車に乗っていた要人の首に、突如として見えない刃が突きつけられた暗殺未遂事件。
これらはすべて、ダンジョンゲートが出現してからの、この一年と三ヶ月の間、
一度も起きたことのない種類の犯罪だった。
物理法則を無視し、現代の防犯システムを完全に嘲笑うかのような理不尽極まりない犯行。
俺、八代匠は上座に用意された来賓用の革張りチェアに深く身を沈めながら、出されたコーヒーを無音で啜った。
そして周囲の官僚や警察幹部たちが見せる悲壮な顔を眺めつつ、内心で静かに思考を整理していた。
(……ようやく、このフェーズが来たか。いや、ユニークスキル鑑定が普及した時点で、いずれこうなることは分かっていたがな)
事の始まりは三ヶ月ほど前。
日本政府が神話級アーティファクト『偽りの鍛冶場模倣の鎚と金床』を利用して、
「Dランク・ユニークスキル鑑定」
の機能を持つ水晶玉を量産し、それを全国の公式ギルドや役所に設置したことだ。
あの施策の主目的は、有用な「クラフト系スキル」を持つ生産職の才能を発掘し、装備の量産ラインを確立して市場を安定させることにあった。
事実、その目論見は図に当たり、今の日本は世界で最も安定した装備供給網を持つダンジョン大国として君臨している。
だが光が当たれば、必ず影ができる。
全国民が手軽に「自分の才能」を鑑定できるようになった結果、生産職や戦闘職以外の、ある厄介なスキルを持つ人間たちをも、一斉に「自覚」させてしまったのだ。
(さて、ここらで一度、この世界における『ユニークスキル』というシステムの分類について、俺の頭の中を整理しておくか)
俺は目を細め、脳内にある『ダンジョン・フロンティア(ダンフロ)』の膨大なデータベースを開いた。
この世界のユニークスキルは、その性質と用途によって、大きく四つのカテゴリーに分類することができる。
第一の分類は、俺たちのギルド『アルカディア』のトップ層が持っているような、
【ダンジョンでの戦闘に有効なユニークスキル】だ。
リンの持つ『重なる凶星』のように、ダメージ計算式に直接干渉して、威力を乗算で引き上げるタイプ。
木島一佐の持つ『不退転』や、田中の持つ防御系スキルのように、能力値に絶大な補正を与え、生存率を極限まで高めるタイプ。
あるいは、特定の条件を満たすことで広範囲の敵を殲滅する特殊攻撃タイプ。
これらは探索者としてダンジョンに潜るなら「大当たり」の適性だ。
レベルを上げ、装備を整えれば、一人の人間が戦略兵器に匹敵するほどの暴力を振るうことができる。
第二の分類は、
【戦闘には直接関係しないが、経済に直結する生産型ユニークスキル】だ。
俺の持つSSS級『万象の創造』を筆頭に、一般のクラフターたちが持つ『生命の鎚(ライフ確定付与)』や、『耐性の加護(レジスト確定付与)』などが、これに当たる。
クラフト時に特定のMOD(追加効果)を確定で付与したり、成功率を上げたりするこれらのスキルは、ダンジョン内でモンスターを倒す役には立たない。
だが安全な地上にいながらにして、莫大な富を生み出すことができる。
正直に言えば、命を懸けて泥臭くモンスターを狩るよりも、この手の生産系スキルを持って工房に引きこもっている方が、よほど効率的に、かつ安全に稼げるのだ。
美味しい空気を吸って、涼しい顔で数億円を動かす。
俺のような人間が、その筆頭である。
そして第三の分類。
これこそが今、まさに警察庁の幹部たちを絶望の淵に追いやっている元凶だ。
すなわち、
【戦闘にも生産にも関係ないが、小回りの利くフレーバー系ユニークスキル】
の群である。
例を挙げよう。
『過去視』、『瞬間移動』、『念動力』、『飛行』、『透視』、『読心』……などなど。
一般のファンタジーや超能力バトル物であれば、これらは間違いなく最強クラスのチート能力として扱われるだろう。
だが『ダンフロ』というゲームのシステムにおいて、これらのスキルは意図的に「ダンジョン内では役に立たない」ように設計されていた。
なぜか?
理由は明白だ。
ゲームバランスが崩壊するからだ。
もしダンジョン内で『透視』や『瞬間移動』が自由に使えたら、どうなるか。
プレイヤーは迷路の構造を無視し、罠をスルーし、ボスの部屋まで一瞬でショートカットして、宝箱だけを開けて帰ることができてしまう。
そんなズル(エクスプロイト)を、システムが許すわけがない。
だからこそダンジョンの内部には、強力な「空間固定」や「時間軸の独立」といった見えないルールが働いており、フレーバー系のスキルの大半は無効化されるか、著しく制限を受ける仕様になっていた。
(俺の『鑑定』のような例外を除いては)
結果としてゲーム時代において、これらのスキルは「ロールプレイ用の遊び要素」や、「街での移動を少し楽にするだけのオマケ」として扱われ、
一部の物好き以外には見向きもされない『ハズレ枠』に近い扱いを受けていたのだ。
しかし。
ここはゲームの世界ではない。現実だ。
ダンジョンの外――この現代社会の地上においては、その「ダンジョン用の制限」が存在しない。
つまり、何の役にも立たないと思われていたフレーバー系スキルが、現実世界というフィールドに持ち込まれた瞬間、
物理法則を無視した完全無欠の『チート能力』として猛威を振るうことになるのだ。
(分厚い金庫の扉も、『瞬間移動』の前にはただの壁の模様だ。
パスワードを隠しても、『過去視』で見られれば一発でバレる。
警備員を配置しても、『透視』で死角を突かれれば終わりだ)
俺は心の中で嘆息した。
ダンジョンの中では無力な彼らだが、現代社会のルールの中では、まさに透明な神として振る舞うことができる。
そして第四の分類、
【完全なるハズレユニークスキル】
というのも存在する。
『一日一回、自分が過去に食べたことのあるアイスクリームを手のひらに召喚できる(幸福のひとさじ)』
といった、どう足掻いても戦闘にも犯罪にも使えそうにない、ただのジョークスキルだ。
こういうスキルは単体では何の役にも立たないが、極々稀に存在する『ブースト系ユニークスキル』と組み合わせることで、
「経験値300%増加するアイス」
といったバグのようなアイテムを出すことが出来るが、それはまた別の機会に語るべき話だろう。
ブースト系スキルは絶対数が少なく、発動条件も極めて限定的だからだ。
俺が思考の海から現実の会議室へと意識を戻すと、警察庁の長官が血走った目で俺を見つめていた。
「……八代様。どうか、お知恵をお貸しください」
長官はプライドもかなぐり捨てて頭を下げた。
「我々警察の装備は、あなたのギルドを通じて提供された魔導装備のおかげで、対モンスター、あるいは対物理的な犯罪者に対しては圧倒的な制圧力を得ることができました。
ですが今回のような『異能』を使った見えない犯罪に対しては、手も足も出ません!
犯人がどこから入り、どうやって逃げたのかすら、監視カメラには一切映っていないのですから!」
「防犯カメラの映像を『過去視』で改ざんされたか、あるいはカメラの死角から『瞬間移動』で入り込まれたか……厄介ですね」
俺が相槌を打つと、内閣府の佐伯が苛立たしげにテーブルを指先で叩いた。
「なぜ今になって急に、このような犯罪が多発し始めたのだ?
ダンジョンが出現してから一年以上、こんな異能犯罪は一度も起きていなかったはずだ」
「それは『自覚』の問題ですよ、佐伯さん」
俺は淡々と答えた。
「ユニークスキルというものは、本人が『自分にはそういう能力がある』と強く認識し、発動を意図しなければ、基本的にはオフのままです。
これまでの一年間、彼らは自分の才能を知らなかった。
なんとなく『勘がいいな』とか、『探しものを見つけるのが得意だな』程度にしか思っていなかったはずです。
ですが政府が『ユニークスキル鑑定』を全国に普及させたことで、状況は一変した。
彼らは水晶の前に立ち、自分のスキル名と効果テキストを読んでしまったんです。
『ああ、俺は瞬間移動ができるんだ』と、明確に理解してしまった」
「……我々が良かれと思ってやった鑑定システムが、パンドラの箱を開けてしまったと?」
佐伯が顔をしかめる。
「そういうことです。
一気に膿が吹き出した形ですね。
真面目な人間なら、その能力を便利に使うだけで終わるでしょう。
ですが社会に不満を持つ人間が山ほどいる。
そんな彼らが『絶対に捕まらない強盗の手段』を手に入れてしまったら、実行に移すのは時間の問題だったということです」
会議室に重い空気が沈殿する。
防げない。捕まえられない。
これでは国家の治安維持機能が根本から崩壊してしまう。
銀行は現金を置けなくなり、企業は機密を保持できず、要人は常に暗殺の恐怖に怯えなければならない。
社会インフラの根底を揺るがす、目に見えないテロリズムだ。
「八代さん……何か対策はないのでしょうか?
アルカディアの持つ魔法技術で、この空間転移や過去視を防ぐような結界を張ることはできないのですか?」
警察幹部が、すがるように尋ねてくる。
俺は少し困ったような表情を作りつつ、内心ではニヤリと笑った。
(……結界? そんな面倒なものを全国の銀行や重要施設に張って回るなんて、コストが見合わないし、非現実的だ。
だが答えは、もっとシンプルなんだよ)
「対策は、ありますよ」
俺の一言で、会議室の空気が一気に張り詰めた。
全員が息を呑み、俺の次の言葉を待っている。
「いいですか。
今、世間を騒がせているこれらの『ユニークスキル』。
これらは戦闘に寄与しないため、スキルのランク付けとしては『Dランク以下』に設定されていることがほとんどです」
「Dランク……それが何か、関係があるのですか?」
「大いにあります。
皆さんもご存知の通り、日本政府が管理している神話級アーティファクト『偽りの鍛冶場模倣の鎚と金床』。
あのアーティファクトの仕様を思い出してください。
『Dランク以下のスキルを抽出し、物品に付与することができる』」
俺の言葉に、佐伯がハッとした顔をした。
あの金床はこれまでは鑑定スキルやクラフトスキルを、レンズやハンマーに付与して量産するために使われていた。
だがその仕様には、もう一つの強力な使い道が隠されている。
「ちなみに、なぜ戦闘系の強力なスキル――例えば『攻撃力倍増』や『絶対防御』などを金床で量産しないのか、疑問に思ったことはありませんか?」
「ええ……それは対象となる戦闘スキルがCランク以上で、高すぎるからだと……」
「それもありますが、仮にDランクの戦闘スキルがあったとしても、それを武器に付与して量産するのは極めて危険だからです。
コピー先の『器』が戦闘用の魔力負荷に耐えきれずに破損し、最悪の場合は爆発するリスクがある。
だから政府も戦闘スキルの付与には、踏み切っていないはずです」
俺は説明を続ける。
戦闘用スキルを宿した武器を安全に運用するには、相応の強度を持つレア以上の素材と、俺のようなSSS級クラフターによる精密な調整が必要不可欠なのだ。
安易なコピーは、事故の元である。
「ですが今回、我々が求めるのは戦闘用のスキルではありません。
『制限』のためのスキルです」
「制限……?」
「ええ。
Dランク以下のユニークスキルの中には、極めて地味ですが、対人管理において絶大な効果を発揮するものが存在します。
例えば――【異能封じ】、あるいは【魔力枯渇】といった類のスキルです」
俺は手元のタブレットを操作し、プロジェクターに簡単な図式を映し出した。
「これらのスキルは、相手に触れている間だけ、その対象の『ユニークスキルを含む一切のスキル発動を無効化する』という効果を持っています。
ダンジョン内ではモンスターがスキルを使ってくる前に、自分で殴り殺す方が早いため、ほとんど役に立たないハズレスキルとして扱われています。
ですがこれを『金床』でアイテムに付与したら、どうなるか」
俺はニヤリと口角を上げた。
「例えば『手錠』です。
あるいは足首につける『電子アンクレット』のような形でもいい。
そのアイテムに【異能封じ】のスキルをコピーして焼き付けるんです」
会議室の空気が、驚愕と歓喜で震えた。
警察庁の長官がガタッと立ち上がる。
「な、なるほど……!!
つまり、その『魔封じの手錠』を装着させれば、瞬間移動も過去視も、一切使えなくなるということですね!?」
「その通りです。
相手がどんなチート能力を持っていようが、手錠をかけた瞬間に、ただの一般人に戻る。
あとは通常の法律と警察力で、いくらでも裁くことができます。
もちろん逮捕する瞬間に逃げられるリスクはありますが、そこは不意打ちや特殊部隊の物理的な制圧力でカバーすればいい」
俺はさらに畳み掛けるように、提案を続ける。
「さらに言えば、犯罪が起きてから対処するだけでなく、予防策としても使えます。
例えば銀行の金庫室や、国会議事堂の重要エリアの入り口に、この『異能封じ』のスキルを付与した『ゲート型の金属探知機』のようなものを設置するんです。
そうすれば、その空間内に入った瞬間、あるいは空間内でスキルを使おうとした瞬間に、強制的に発動をキャンセルさせることができる」
「す、素晴らしい……!
それなら見えない犯罪を、未然に防ぐことができます!」
佐伯が興奮で顔を紅潮させながら叫んだ。
今まで見えない恐怖に怯えていた官僚たちが、一筋の光明を見出して色めき立っている。
「対策の方向性は、決まりましたね」
俺は満足げに頷いた。
「まずは全国の公式ギルドを通じて、『異能封じ』系のDランクスキルを持つ人間を大至急リストアップしてください。
彼らを政府の特別公務員として保護し、『偽りの鍛冶場』のある施設へ案内する。
そして警察用の『対異能手錠』と、重要施設用の『結界発生装置』の量産体制に入るんです」
「やります! 直ちに手配します!
予算はいくらでもつけます!」
警察庁長官が血気盛んな声で応じた。
彼らにとって治安の回復は、国家の威信そのものだ。
そこにいくら税金が注ぎ込まれようが、知ったことではないのだろう。
「な、なるほど……!
じゃあ急いで量産します!!!」
佐伯もまた、これまでの疲労を忘れたかのように、部下たちに猛烈な勢いで指示を出し始めた。
会議室は、絶望のどん底から一転して、熱気あふれる作戦司令室へと変貌を遂げた。
(……チョロいもんだな)
俺は冷めたお茶を飲み干しながら、内心で肩をすくめた。
彼らは「解決策が見つかった」と喜んでいるが、この対策が意味する本当の恐ろしさに気づいているのだろうか。
これまでスキルというものは「個人の才能」であり、誰にも奪うことのできない不可侵の領域だった。
だがこの『ジャマーカフ』の量産と配備が始まれば、国家は「個人の才能を強制的に封じる手段」を手に入れることになる。
今は「犯罪者を捕まえるため」という大義名分がある。
だがいずれ、その手錠は政府の意に沿わない探索者や、力を持て余した反体制派の首を絞めるための道具として使われるようになるかもしれない。
国家による異能力者の完全管理社会。
それが俺が今ここで提示した、未来の形だ。
(まあ、俺には関係ないけどな)
俺は席を立ち、熱狂する会議室を後にした。
俺の持つSSS級スキルが、Dランクの模造品ごときに封じられるわけがない。
システム上の序列が違うのだ。
それに、この『対異能装備』の量産に必要なベースとなる高品質な魔導金属(ミスリル等)や、付与を安定させるための特殊なオーブ類。
それらの供給源の大部分は、俺のギルド『アルカディア』が握っている。
警察が手錠を一つ作るたびに、俺の懐にマージンが転がり込む仕組みは、既に構築済みだ。
「……さてと。
地上の治安維持は警察に任せて、俺はダンジョンの深層攻略に戻るとするか」
霞が関の庁舎を出ると、空には月が昇っていた。
平和な夜空の下で、見えない異能使いたちと、それを狩る警察との新たなイタチごっこが始まろうとしている。
ルールが追加され、ゲームの難易度が少しだけ上がった現実世界。
俺はタクシーに乗り込みながら、その混沌とした社会の行く末を、どこか楽しむような気分で見つめていた。
最後までお付き合いいただき感謝します。
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