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第77話 世界開闢の熱狂と分業される錬金術師たち

 世界に最初のダンジョンゲートが、新宿御苑の上空に出現してから、一年と二ヶ月が経過した。

 あの、日米連合軍――実質的には、俺たち探索者という名の強欲な傭兵団――によって「スタンピード(大氾濫)」が処理されたことは、人類史における巨大な転換点となった。


 滅びの予言は外れ、世界は生き残った。

 だが、そこで刻まれた記憶は、「英雄的な防衛戦」などという美しいものではない。

 世界中にリアルタイムで配信された映像――それは、日本の大学生が「時給換算100万円!」と叫びながら魔法でゴブリンを焼き払い、アメリカの兵士が「ボーナスステージだ!」と笑いながらオークを殴り倒し、そして最後に俺たちアルカディアが事務的に、かつ徹底的に資源モンスターを回収していく姿だった。


 恐怖などなかった。

 あったのは、純粋な「欲望」と「熱狂」だけだ。

 その映像は、全人類の心に強烈なメッセージを植え付けた。


 「あそこには、金が落ちている」

 「誰でも拾える」

 「早い者勝ちだ」


 そんな欲望の炎が、国境も人種も超えて燃え広がっている。

 そして今日、ついに最後にして最大の堰が切られた。


 港区ミッドタウン・タワー、アルカディア本社、マスターオフィス。

 俺、八代匠は、壁一面の巨大モニターに映し出される世界地図を見上げていた。

 かつては「危険区域レッドゾーン」として塗りつぶされ、軍隊によって封鎖されていた、EU諸国、中国、ロシア、南米、そしてアフリカ大陸のダンジョンマーカーが、次々と鮮やかな「緑色(開放区域)」へと書き換わっていく。


「……壮観だな。

 ついに世界中が、この底なし沼に足を踏み入れたわけだ」


 俺は手元のタブレットを操作し、各国のニュースフィードをザッピングした。

 フランスのパリでは、凱旋門の下に再出現したF級ゲートに行列を作る若者たちの姿がある。

 彼らはファッションブランドのバッグではなく、無骨なリュックサックを背負い、手には真新しいツルハシや剣を握りしめている。

 中国の上海では、政府公認の探索者学校の願書受付に数十万人が殺到し、公安が出動する騒ぎになっている。

 ブラジルのリオデジャネイロでは、カーニバルのリズムに乗せて「魔石音頭」なるものが流行り、スラム街の子供たちが一攫千金を夢見て、廃坑のようなゲートへ走っていく。


 世界人口80億人。

 その中の数%が、同時に「プレイヤー」としてログインしたのだ。

 当然、装備の需要は爆発する。


「マスター、市場の動向、安定しています。

 海外市場も含め、『初心者セット(HP+30、耐性+20%)』の取引価格は、日本円換算で30万円前後で推移しています」


 秘書の乃愛ウィズが、モニターのグラフを見ながら報告してくる。

 彼女の言葉通り、グラフは高騰することなく、ピタリと一定のラインで張り付いていた。


「アメリカ市場も同様です。

 向こうの大手ギルドやメーカーも、日本と同じ規格の装備を大量供給し始めました。

 世界中で『30万円』が、命を守るための標準価格グローバル・スタンダードとして定着したようです」


「ああ、悪くない傾向だ」


 俺はコーヒーを啜った。

 かつては俺一人が供給し、その後は日本の企業が追いかけていた市場だが、今や世界規模で生産体制が整いつつある。

 需要は爆発したが、供給もまた劇的な進化を遂げていたのだ。


 その背景にあるのは、日本政府と俺が仕掛けた「ある技術」の普及と、それによって生まれた「新たな職業」の台頭だ。


          ◇


 事の始まりは、スタンピードの鎮圧直後、日米主導で設立された『国際公式探索者ギルド連盟(I・G・U)』による、ある新サービスの提供開始だった。


 【ユニークスキル適性診断(鑑定)サービス】。


 これを可能にしたのは、日本政府が極秘裏に運用している神話級アーティファクト、『偽りの鍛冶場、模倣の鎚と金床』である。

 この金床の機能、「Dランク以下のスキルを抽出し、アイテムに付与する」を用いて、政府は「Dランク・ユニークスキル鑑定」という能力を封じ込めた水晶玉を量産した。

 この水晶玉は、対象者が手をかざすことで、その人物が持つ潜在的なユニークスキルの名称と効果を、ホログラムウィンドウとして空中に表示させる機能を持つ。


 都内某所、I・G・U日本支部、特別鑑定センター。

 連日、長蛇の列が作られるこの場所で、新たな経済の歯車が生まれようとしていた。


「次の方、どうぞ。

 水晶に手をかざしてください」


 ブースに呼ばれたのは、工場をリストラされた中年男性だった。

 彼は震える手で水晶に触れる。

 戦闘などしたこともない。

 自分には何の才能もないと思っていた男だ。


 ボゥン……。


 水晶が淡く発光し、空中に青いウィンドウが浮かび上がる。


【鑑定結果】

 ユニークスキル:【生命の鎚ライフ・スミス

 ランク:B

 種別:クラフト特化/確定付与

 効果:『オーブ』を使用して防具を加工する際、100%の確率で『最大ライフ+』のMODを付与する。


「……え?」


「おめでとうございます!

 『クラフター(生産職)』としての適性、それも希少な『確定付与』持ちです!」


 職員が声を弾ませる。

 これまで企業勢は、政府から借りたレプリカハンマーを使って、「数打ちゃ当たる」方式で量産を行っていた。

 何千回と試行して、たまたま「HPと耐性」が付いた良品だけを選別し、30万円で販売していたのだ。

 だが、この男のスキルは違う。

 オーブを使えば、絶対に確実にHPが付く。

 俺の持つ【万象の創造】の限定版とも言える、確実性を持った能力だ。


「あなたは戦う必要はありません。

 家で防具を叩くだけで、一流企業と同じ品質の商品が作れるんです!」


 男の目に光が宿る。

 このような「一芸に秀でた職人」たちが、日本中で、そしてアメリカ中で、大量に発掘された。


 【耐性の加護レジスト・スミス】:耐性MODを確定で付ける。

 【俊足の研磨スピード・スミス】:靴に移動速度を確定で付ける。


 彼らの登場は、市場に「分業」という革命をもたらした。


          ◇


 そして現在。

 政府公認オークションサイト(DIA)の画面には、洗練された経済システムが可視化されていた。


 俺は執務室のモニターで、ある防具の取引履歴を追った。


 1.素材の流通

 『商品名:鉄の胸当て(未加工)』

 『落札価格:1,000円』

 ダンジョンで拾われた、ただの鉄板が素材として売られる。


 2.一次加工(下地作り)

 落札したのは、「ライフ確定スキル」を持つクラフターだ。

 彼は自宅でスキルを使い、確実に「最大HP+50」を付与する。

 そしてそれを、再び出品する。


 『商品名:頑強な鉄の胸当て(HP+50付与済み・空きスロットあり)』

 『即決価格:150,000円』


 3.二次加工(仕上げ)

 これを落札するのは、「耐性確定スキル」を持つ別のクラフターだ。

 彼は15万円で仕入れた半製品に、自分のスキルで「火炎耐性+25%」を付与する。

 これで「HP」と「耐性」の両方が揃った完品が出来上がる。


 4.最終販売

 『商品名:炎熱と命の鉄鎧(HP・耐性完備)』

 『即決価格:300,000円』


 出品と同時に、新人探索者が落札する。

 この価格、この性能。

 大手企業が販売している量産品と、全く同じスペック、同じ価格だ。


「……綺麗に回っているな」


 俺は感心して頷いた。

 企業は資本力と組織力で大量生産し、個人クラフターは分業と専門スキルで対抗する。

 アメリカでも同様のシステムが確立され、日米の市場には常に「30万円の標準装備」が供給され続けている。


 一次加工者も二次加工者も、それぞれ10数万円の利益を得る。

 企業も安定して利益を上げる。

 そして消費者は、高品質な装備を適正価格で手に入れ、死なずにダンジョンを攻略できる。


 誰も損をしない。

 巨大で堅実な経済圏の完成だ。


「八代クラフト市場……というよりは、世界標準規格か。

 企業も個人も、この『30万円』というラインを守ることで共存している」


 もし誰かが安売りを仕掛ければ、素材の買い占め競争が起きて自滅する。

 逆に高くしすぎれば、企業の量産品に客を奪われる。

 見えざる手が働き、価格は完全に安定していた。


「分業が進んだな……。

 今後は、この形が主流になるだろうな」


 俺は背もたれに体を預けた。

 俺が介入する必要は、もうない。

 市場は自律し、勝手に成長していく。

 俺たちがすべきことは、この巨大な経済圏の上澄み――最上級の素材やオーブの供給元を、握り続けることだけだ。

最後までお付き合いいただき感謝します。


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