第76話 徳政令の衝撃と納税者の困惑、あるいは回避された暴動の夜
日本政府による緊急記者会見と、それに呼応するかのように更新された八代匠のブログ記事。
この二つの「爆弾」が投下された直後、日本のインターネット、そして現実の探索者コミュニティは蜂の巣をつついたような――いや、巣ごとマグマに放り込まれたような大混乱に陥っていた。
新宿、探索者御用達の居酒屋「迷宮亭」。
昼間からジョッキを傾けていた探索者たちは、壁掛けの大型テレビに釘付けになっていた。
画面の中では官房長官が額の汗を拭いながら、難解な法律用語を並べ立てている。
『……激変緩和措置として……納税の猶予を……新税制への円滑な移行のため……』
店内のあちこちから、戸惑いの声が上がる。
「おい、どういうことだってばよ……?」
「誰か翻訳してくれ! 俺のINTじゃ理解できねえ!」
筋力(STR)にステータスを全振りしたような大男が、頭を抱えて叫ぶ。
彼の隣にいた魔法使い風の男が、スマホで八代のブログとニュース速報を交互に見比べながら、解説を試みた。
「えっと、つまりだな……。
『今年は税金を払わなくていい』ってことか?」
「はあ? そんなわけねえだろ!
さっきテレビで『確定申告は義務です』って言ってたぞ!」
「いや、待て待て。落ち着け。
八代さんのブログには、こう書いてある。
『1年猶予』と『再計算』だ」
魔法使いがテーブルにスマホを置く。
「要するにこういうことだ。
①書類(確定申告書)は今すぐ出せ。金額は55%で計算してな。
②でも現金は今は払わなくていい。1年間、待ってやる。
③来年になったら、新しい法律(5%ルール)ができるから、その時に『去年の分も5%でいいよ』って計算し直してやる。
④だから実質、今は1円も払わずに、来年まとめて5%払えばOK」
魔法使いの説明に、周囲の探索者たちが一斉にざわめいた。
「……マ、マジか?」
「それって、つまり55%の税金が5%になるってことか!?」
「10分の1以下じゃねーか!」
大男がバンッ! とテーブルを叩いた。
「勝った……! 俺たちは勝ったんだ!
税務署に勝ったぞおおおおお!!」
「うおおおおおおお!!」
店内が歓声に包まれる。
まるでワールドカップで日本代表が優勝したかのような騒ぎだ。
無理もない。
彼らの多くは稼いだ金を既に装備や遊興費に使い込んでおり、55%の税金を請求されれば破産確定だったのだ。
それが「5%でいい」と言われたのだから、実質的な借金棒引き、徳政令に等しい。
「待てよ、でも5%は取られるのかよ……」
冷静さを取り戻した盗賊風の男が、不満げに呟く。
「俺、最低多分1億稼いだんだぞ?
5%って言っても、500万だぞ?
高級車一台分じゃねーか。
全部タダにしてくれよ。国なら、それくらい太っ腹に見せろよ」
「馬鹿野郎! 贅沢言うな!」
すかさず魔法使いがツッコミを入れる。
「55%なら、5500万だぞ!?
5000万も浮いたんだ。
500万くらい、手切れ金だと思って払っとけよ。
それに八代さんが言ってたろ?
『来年まで待ってやる』って。
来年まで稼ぎ続ければ、500万なんて、はした金だろ?」
「……まあ、確かにそうだな。
55%よりかは、全然マシか」
盗賊男も渋々といった様子で納得する。
人間とは現金なもので、最悪の事態(55%没収&破産)を回避できたと知るや、次善の策(5%納税)ですら「勝利」と感じてしまうのだ。
「えー、じゃあ明日の『税務署凸オフ会』は中止かよ……」
店の隅で金属バットや火炎瓶を準備していた過激派の集団が、残念そうに武器を下ろした。
「せっかく『メテオストライク』の詠唱練習してたのになぁ」
「税務署を更地にして、新しいダンジョンの入り口にする計画が……」
「やめとけ、やめとけ。
そんなことしたら、八代さんに睨まれるぞ。
ブログ見たろ?
『暴れるな』って釘を刺されてる」
「うっ……八代神に逆らうのはマズいな」
「アルカディアの出禁くらったら、装備買えなくなるしな」
暴動の火種は、あっけなく鎮火した。
国家権力よりも、八代匠という一個人の影響力の方が、彼らにとっては絶対的な抑止力となっていたのだ。
◇
一方、SNS上でも同様の「解釈大会」と「勝利宣言」が繰り広げられていた。
【Xのタイムライン】
@税金対策ガチ勢
『今回の政府発表、読み解けば読み解くほど「探索者優遇」がエグいな。
実質的な無税期間を1年設けた上で、将来的な税率も5%に固定。
これ、普通のサラリーマンが聞いたら暴動起きるレベルだぞ』
@F級戦士
『うるせえ! 俺たちは命かけてんだよ!
サラリーマンとはリスクが違うんだ!
これくらいの優遇は当たり前だろ!』
@冷静な分析官
『まあ政府としても「取れないところから無理やり取るより、生かしておいて薄く長く取る」道を選んだってことだろうな。
探索者を破産させて生活保護にするより、5%でも税収確保した方がマシっていう判断だ』
@八代信者No.1
『全ては八代さんのシナリオ通りってことか……。
「1年猶予」を引き出した手腕、神すぎる。
これでもう税務署の顔色を伺わずに狩りができる!』
大半の反応は「安堵」と「歓喜」だった。
だが中には、真面目すぎて損をしたような気分になっている者たちもいた。
◇
都内の探索者支援センター。
ここに設けられた臨時確定申告会場には、政府の発表前から準備を進めていた「律儀な探索者たち」が列を作っていた。
「……あの、すみません。
私、税金分として稼ぎの半分を、ちゃんと銀行に残しておいたんですけど……」
窓口で真面目そうな青年が、職員に尋ねている。
彼は装備のグレードアップを我慢し、質素な生活を送りながら、納税資金をプールしていたのだ。
「今回の発表だと、そのお金は……?」
「はい。
今年度は納付の必要がありませんので、そのままお手元に残ることになります。
来年度、再計算された額(5%相当)をお支払いいただければ結構です」
職員が笑顔で答える。
青年は呆然とした。
「えっ、じゃあ……この残しておいた5000万円は……?」
「貴方のものです。自由にお使いください」
「…………」
青年は震える手で通帳を見つめた。
我慢してきた日々。
欲しかった『火炎耐性リング』。
仲間たちが次々と強い装備を買っていくのを横目に、耐え忍んできた時間。
「……使ってよかったのかよおおおおおお!!」
会場に絶叫が響いた。
嬉しい誤算ではある。
だが「正直者が馬鹿を見た」という感覚は拭えない。
周りのキリギリスたちは、冬が来ても歌っていられたのだから。
「まあまあ、お兄さん。
悪いことじゃないさ」
後ろに並んでいたベテラン探索者が、青年の肩を叩いた。
「その金が丸々浮いたってことは、今から最強装備が買えるってことだろ?
しかもアルカディアのショップで『申告書見せれば割引』してくれるんだぜ?
お前は今、一番の勝ち組だよ」
「……そ、そうか。
そうですよね!
この金で、ずっと欲しかった装備を買ってきます!」
青年は涙を拭い、通帳を握りしめて駆け出した。
その背中を見送りながら、職員たちは安堵の溜息をついた。
暴動も起きず、窓口が破壊されることもなく、平和に事務処理が進んでいる。
◇
その夜。
港区、ミッドタウン・タワー、ギルドマスター室。
俺、八代匠はデスクの上のモニターで、夜のニュース番組をザッピングしていた。
どのチャンネルも、今日の政府発表一色だ。
特に視聴率の高い報道番組『ニュース・フロンティア』では、巨大なフリップを使った徹底解説が行われていた。
『――では今回の「ダンジョン税制特例措置」について、専門家の解説を交えて見ていきましょう』
キャスターが進行を促すと、経済評論家と、元国税庁OBという肩書きのコメンテーターが、神妙な顔で頷く。
『まず皆さんが一番気にされている点。
「税金はチャラになったのか?」という疑問ですが……。
結論から言えば「NO」であり、実質的には「YES」です』
評論家が指示棒でフリップを叩く。
そこには【現在の税率:55%】と【新税率:5%】の文字、そしてその間を繋ぐ【1年間の架け橋】という図解があった。
『法律上、昨年の所得に対する税率は55%のままです。これは変わりません。
したがって確定申告書には「55%分の税額」を記入して提出する必要があります。
これを怠ると脱税になりますので、ご注意ください』
『ええっ? じゃあ、やっぱり半分払わないといけないんですか?』
ゲストのタレントが驚いた顔をする。
評論家はニヤリと笑い、フリップの「めくり」を剥がした。
『そこで登場するのが「納税猶予」という魔法です。
政府は「申告はしてね。でもお金を払うのは来年の3月まで待ってあげるよ」と言っているわけです。
ここまでは単なる先送りです。
重要なのは、来年施行される予定の「新ダンジョン税法」です』
新たなフリップには【過去に遡って適用(遡及適用)】の文字。
『来年、税率が5%に下がります。
その際、特例として「猶予していた去年の分も5%で再計算していいよ」というルールが適用される見込みなのです。
つまり……』
評論家が声を張り上げる。
『今、手元に5500万円の請求書が来ていても、1年待てばそれが500万円の請求書に書き換わる。
差額の5000万円は払わなくていい。
これが今回のカラクリです』
『なるほどー!
じゃあ探索者の皆さんは、手元の現金を慌てて納めなくてもいいんですね!』
『その通りです。
むしろ政府としては「そのお金を装備やアイテムに使って経済を回してほしい」という意図があるのでしょう。
さらに八代匠氏が率いるアルカディアからは、申告を行った探索者への支援策も発表されています。
まさに「正直者が得をする」仕組みに変えたわけです』
元国税庁OBが渋い顔で補足する。
『我々としても苦渋の決断ですが……。
「取れない税金」を追いかけて暴動を起こされるよりは、5%でも確実に徴収できるシステムを作ったほうが、長期的には国益になると判断したのでしょう。
探索者人口400万人。
彼ら全員から5%を取れば、消費税を数%上げるのと同じくらいの税収増になりますからな』
画面の中では、スタジオの空気が「これなら納得だ」という雰囲気に落ち着いていた。
視聴者の探索者たちも、これを見て完全に安心したことだろう。
俺はモニターを見つめながら、満足げに頷いた。
「……うまく伝わってるな。
メディアを使った周知も完璧だ」
俺が求めていたのは、この「納得感」だ。
八代が金を恵んでやったわけではない。
政府と探索者が互いにメリットのある「契約」を結び直したのだ、という認識。
これなら俺に変なヘイトが向くこともないし、政府の犬だと思われることもない。
「マスター。
SNSの反応も上々です。
『解説わかりやすい!』『これで枕を高くして眠れる』って声で溢れてます」
隣でタブレットを見ていた乃愛が、ホッとしたように報告してくる。
「ああ。
これで国内の足場は固まった。
税金の心配がなくなれば、連中はもっと稼ごうとする。
もっと稼ぐためには、もっと強い装備が必要になる。
そして、その装備を供給できるのは……」
俺は言葉を切った。
言うまでもない。
俺たちアルカディアと、俺が技術提供したメーカーたちだ。
俺が直接、金を配らなくても、彼らは浮いた税金で俺の商品を買ってくれる。
結果として金は俺のところに還流してくるのだ。
これこそが健全な経済活動というものだろう。
「さて、国内の憂いは消えた。
税務署が燃やされる未来も回避できたし、俺の仕事は終わりだ」
俺は伸びをして、ソファから立ち上がった。
窓の外には、今日も眠らない東京の夜景が広がっている。
その光の一つ一つが、明日からは不安なくダンジョンへ向かい、新たな富を生み出していく。
暴動の火種は消え、代わりに希望と消費の火が灯った。
俺が描いたシナリオ通りに世界は少しずつ、しかし確実に「探索者中心」の社会へと書き換わっている。
「……平和が一番だな。
商売もしやすい」
俺はオフィスの照明を落とした。
確定申告という名の魔物との戦いは、人類側の「判定勝ち」で幕を閉じた。
最後までお付き合いいただき感謝します。
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