第74話 新世界秩序の構築と黄金時代の宣言、あるいはチュートリアル終了の乾杯
世界を覆い尽くそうとした絶望の津波は、日米両国の「強欲」という名の防波堤によって、跡形もなく粉砕された。
「スタンピード(大氾濫)」。
その言葉が意味していた「人類の滅亡」という定義は、この日を境に完全に書き換えられた。
それはもはや忌避すべき自然災害ではない。
天から降り注ぐ「資源の大量供給イベント」であり、力ある者たちが富と名声を競い合い、国家がその威信を賭けて挑む、血湧き肉躍る「祝祭」となったのだ。
戦火――いや、一方的な狩猟の硝煙が晴れたパリ、ロンドン、カイロ、そして世界各地のF級ダンジョン周辺では、事後処理が粛々と、しかし熱気を持って進められていた。
だがそれは、死体の埋葬や瓦礫の撤去といった陰鬱な作業ではない。
山のように積み上がった魔石の回収、ドロップアイテムの分配、そして興奮冷めやらぬ探索者たちによる勝利の宴だった。
フランス・パリ、シャンゼリゼ通り。
数時間前まではゴブリンの群れが迫っていたこの場所で、今は即席のパレードが行われている。
フランス市民たちは、シェルターから恐る恐る出てきた後、目の前の光景を見て歓喜した。
そして世界を救ったのが自国の軍隊ではなく、星条旗を掲げたマッチョな男たちや、ハイテク装備に身を包んだ日本人たちであることを理解すると、熱狂的な拍手を送っていた。
「メルシー! メルシージャパン! メルシーUSA!」
「英雄万歳! 君たちがパリを救ったんだ!」
市民からワインや花束を差し出され、日本の探索者(大学生)が照れ臭そうに頭をかいている。
そのポケットには、一生遊んで暮らせるほどの額に換金できる魔石が、ねじ込まれているというのに。
世界は救われた。
だが単に「元に戻った」わけではない。
パワーバランスは劇的に、そして不可逆的に変動した。
自国を守れなかった国々と、世界を守ってみせた二つの超大国。
その圧倒的な格差を見せつけられた直後、世界に向けて重大な発表が行われようとしていた。
◇
場所はニューヨーク、国連本部ビル。
あの大統領演説から二ヶ月。
再びこの場所に世界の注目が集まっていた。
大会議場の演壇に並び立ったのは、アメリカ合衆国大統領と日本の内閣総理大臣。
背後には両国の国旗だけが掲げられ、国連旗は端に追いやられている。
それが、これからの世界の序列を無言のうちに物語っていた。
無数のフラッシュが焚かれる中、大統領が口を開いた。
その表情には勝利者だけが許される絶対的な自信と、慈父のような(あるいは支配者のような)笑みが浮かんでいる。
『世界市民の諸君。
今日、我々は歴史の転換点に立った』
重厚な声が同時通訳を通じて、世界中のリビング、広場、避難所のラジオへと届けられる。
『我々が恐れていた「終わりの日」は来なかった。
なぜか?
祈りが通じたからではない。神が奇跡を起こしたからでもない。
我々人間が、力を手にしたからだ!』
『日米同盟が誇る勇敢な探索者たちが、その勇気と技術と、そして何よりも強き意志によって、運命をねじ伏せたからだ!』
ワァァァァッ……!
会場から、そして世界中から歓声が上がる。
大統領は満足げに頷き、隣に立つ日本の総理へと視線を送った。
総理が一歩前へ出る。
かつての頼りなさは消え失せ、今や「世界最強の同盟国」のリーダーとしての貫禄を漂わせている。
『今回のスタンピード防衛戦により、一つの事実が証明されました。
ダンジョンは脅威ですが、同時に人類にとっての、かけがえのない「資源」であり、進化への「階段」であると』
『我々はこの恩恵を、一部の国だけで独占するつもりはありません。
世界中の人々が等しく、ダンジョンというフロンティアに挑戦し、富と力を手にする権利があると考えています』
総理の言葉に、各国の代表たちが身を乗り出す。
独占しない? 技術を公開するのか?
期待と疑念が入り混じる中、大統領が爆弾発言を投下した。
『そこで我々日米両政府は、ここに新たな国際機関の設立を宣言する。
既存の国連主導の枠組みを超えた、実力と実績に基づく最強の組織。
――【国際公式探索者ギルド連盟(I・G・U)】だ』
スクリーンに、鷲と刀をモチーフにした真新しいロゴマークが映し出される。
『これは世界各国の「公式探索者ギルド」を統括する上位組織である。
本部はニューヨークと東京に置く。
加盟条件は、各国の政府が公認するギルドであること。
そして我々が定める「安全基準」と「管理体制」を受け入れることだ』
ざわめきが広がる。
実質的な日米による探索者管理の一元化だ。
だが反対する声は上がらない。
なぜなら、次に提示された「加盟特典」が、あまりにも魅力的すぎたからだ。
『I・G・Uに加盟した各国のギルドには、日米が保有する最先端の「攻略技術」と「支援システム」を供与する』
大統領が指を立てる。
その指先には確かな「力」の輝きがあった。
『一つ。
アメリカが保有する神話級アーティファクト【覚醒の聖杯】。
この聖遺物から生成される『天恵の宝珠』の優先配給権を与える』
会場がどよめいた。
あの聖杯。
アメリカ軍の兵士を、凡人から英雄へと変貌させた魔法のアイテム。
それが加盟すれば手に入るというのか。
『このオーブを使えば、個人の潜在能力を強制的に解放し、強化することができる。
これまで探索者としての適性が低かった者も、これを使えばシステムへのアクセス権を拡張し、一線級の戦力へと覚醒することが可能だ』
『貴国の国民を英雄にするチャンスを、我々は提供しよう』
喉から手が出るほど欲しい力だ。
自国で探索者を育成しようにも、才能ある人材は限られている。
だがこの聖杯の力があれば、「数」を「質」に変えることができる。
国家の防衛力を底上げするための最短、かつ最強のルートだ。
続いて、日本の総理が口を開く。
『二つ。
日本からは、ギルド「アルカディア」および八代匠氏の全面協力により開発された、二種類の「革新的デバイス」の貸し出しを行います』
総理が合図をすると、スクリーンに二つのアイテムが映し出された。
一つはガラスのレンズ。
もう一つは無骨な鉄のハンマーだ。
『一つは【簡易鑑定コンタクトレンズ】。
これを装着すれば、魔物のレベル、弱点、アイテムの価値を一目で判別することが可能になります。
情報こそが、ダンジョンにおける生存率を飛躍的に高めます』
どよめきが広がる。
だが真の衝撃は次だった。
『そしてもう一つ。
これが日本の技術の結晶、【量産型・幸運の鍛冶槌】です』
総理の声に熱がこもる。
『ご存知の通り、ダンジョン産の装備は「運」に左右されます。
しかしこのハンマーには、Dランク以下の「クラフトスキル」が封入されています』
『これを用いれば、一日100回限定ですが、誰でも「ラッキー・クラフト」……すなわち低確率ながら、良質な魔法効果(MOD)を付与する製造が可能になります』
『運次第ではありますが、貴国の探索者が自らの手で強力な装備を生み出すチャンスを得られるのです』
会場から悲鳴のような歓声が上がった。
鑑定レンズで情報を得て、聖杯で肉体を強化し、そしてこのハンマーで装備ガチャを回す。
この三つが揃えば、どんな弱小国でも自前の最強部隊を編成できる。
それはまさに、日米が独占していた「攻略の権利」そのものの譲渡だった。
『さらに探索に不可欠な消耗品――自動回復機能付きのポーションフラスコや、脱出用の【ポータルの巻物】についても、I・G・U加盟国には優先的に、特別価格で供給ラインを確保します』
勝負あった。
その場にいた全加盟国の代表が、心の中で白旗を上げた。
断れるわけがない。
アメリカの「基礎能力(聖杯)」と、日本の「技術力(鑑定・クラフト)」。
この両輪が提供されるI・G・Uに入らなければ、自国だけが旧石器時代に取り残されるようなものだ。
大統領は勝利を確信した笑みで会場を見渡すと、両手を広げ、演説の最後を締めくくった。
『もはやダンジョンを恐れる時代は終わった!
これからはダンジョンを利用し、支配し、繁栄する時代だ!』
『若者たちよ、剣を取れ! 野心家たちよ、ゲートを潜れ!
我々が道を示す! 我々が武器を与える!』
『ここに宣言しよう。
――今より【探索者の黄金時代】が始まると!!』
その瞬間、世界は熱狂の坩堝と化した。
スタンピードの恐怖は、一瞬にして「冒険への渇望」へと塗り替えられた。
テレビの前で拳を突き上げる若者たち。
株価の暴騰に沸く投資家たち。
そして新たな時代の覇者となった日米を讃える各国首脳たち。
誰もが夢を見ていた。
光り輝く未来と、無限の富と、英雄になれるチャンスを。
そのすべてが日米の手のひらの上でコントロールされているとも知らずに。
◇
東京都港区、ミッドタウン・タワー最上階。
世界中が熱狂する中、俺、八代匠は一人、静寂に包まれた執務室でその中継を見ていた。
手には、いつものコーラではなく、少し奮発したヴィンテージのワイングラス。
眼下の東京は、勝利を祝うイルミネーションと、お祭り騒ぎの喧騒に包まれている。
「……ふー。ようやく、『チュートリアル終了』ってところだな」
俺はグラスを軽く回し、モニターの中の大統領と総理に乾杯した。
長い長いチュートリアルだった。
世界にダンジョンの存在を認めさせ、危機感を煽り、解決策(俺の商品)を売り込み、そして依存させる。
その仕上げが、このI・G・U(国際公式探索者ギルド連盟)だ。
鑑定コンタクトも、クラフトハンマーも、日本政府が管理・供給するアイテムだ。
だが、それでいい。
一般人がそれを使ってダンジョンに潜り、必死にハンマーを振るって装備を作り、資源を持ち帰る。
そうやって市場全体の規模が拡大すれば、巡り巡って「最上位の装備」や「希少素材」を独占している俺の元に、莫大な富と情報が集まってくる。
世界中が俺の手のひらの上で踊り、俺のビジネス(アルカディア)を肥え太らせるシステムが完成したのだ。
「序盤の序盤だが、まあ、なんとかなって良かったよ。
正直、パリあたりで誰かポカやって、核でも撃たれるかと思ったが……案外、人間ってのは強欲で優秀らしい」
俺は苦笑し、モニターのチャンネルを変えた。
映し出されたのは世界地図。
今回のスタンピードで「解放」されたF級ダンジョンのマーカーが次々と青色(安全)に変わっている。
だが、俺が見ているのはそこではない。
まだ手つかずの赤や黒で表示された危険地帯だ。
「さて次は……中立国のスイスにできる、『異常ダンジョンゲート』だな」
俺の脳内にある『ダンジョン・フロンティア』の攻略wikiが、次なるイベントのページを開く。
スイス、アルプス山脈の地下深くに生成される特殊なダンジョン。
そこは通常のランク分けが通用しない、イレギュラーな場所だ。
「あいつ、クソ強いんだよな……。
ギミックも面倒だし、即死攻撃も持ってる。
今のレベル30前後の探索者じゃ、束になっても瞬殺される」
俺は記憶にあるボスの姿を思い出し、顔をしかめた。
純白の毛並みを持つ神獣クラスのボス。
だが、リスクに見合うだけのリターンもある。
「だが、ドロップが凄いんだよねー。
確定ドロップのアーティファクト、『万能治癒の霊薬』の生成器。
どんな怪我や病、欠損すらも完全に治すポーションを、無限に生み出す奇跡のアイテム」
それが現実世界に現れたらどうなるか。
癌、難病、パンデミック、あるいは権力者の老化。
すべての恐怖を取り除く「不老不死(に近い)の水」だ。
そんなものが中立国に出現すれば、世界中が目の色を変えて奪い合いを始めるに決まっている。
「まあ、間違いなく火種になるんだが……。
I・G・Uの初仕事として、アメリカさんと日本が頑張って倒してくれねーかな」
俺は他人事のように呟いた。
俺が直接行くのは面倒だ。
できれば今回強化された日米の精鋭部隊(と俺の装備を買った上客たち)に、人海戦術で攻略してほしい。
俺は後方で、攻略情報の切り売りと、対ボス用装備の販売に専念したいところだ。
「あとは……ワールドボスか」
俺の視線が、地図上の太平洋の真ん中、何もない海域に向けられる。
ゲームのシナリオ通りなら、スイスの件が片付いた後、あるいは同時進行で、世界全体をフィールドとする超巨大ボスが出現するはずだ。
それは特定のダンジョンに引きこもっているような可愛らしい存在ではない。
大陸間を移動し、都市を破壊し、文明を蹂躙する「動く災害」。
「これ、イベント通りに進まないと詰みだけど……大丈夫なのか?
シナリオ分岐条件とか、現実世界だとどう判定されるんだ?」
不安要素はある。
俺の介入によって、人類はゲーム本編よりも遥かに早く、強くなっている。
それが吉と出るか凶と出るか。
敵の強さがプレイヤーのレベルに合わせてスケーリングされる仕様だったら、今の強化された人類に合わせて、とんでもない化け物が湧く可能性もある。
「……ま、考えても仕方ないか」
俺は思考を打ち切った。
今この瞬間に不安な顔をしていても意味はない。
今はただ、一つの大きな山場を越えたこと、そして俺の口座残高が天文学的な数字になっていることを、素直に喜ぶべきだろう。
「今はアメリカと日本の勝利を祝おう!
そしてこれから始まる『探索者の黄金時代』という名の、俺の独占市場に乾杯だ」
俺は誰もいない執務室で、高らかにグラスを掲げた。
窓の外では東京の夜景が、まるで無数の魔石のように煌めいていた。
世界は変わった。
俺が変えた。
そしてこれからも、この世界の攻略本を持っている俺が、すべてをコントロールし続ける。
チュートリアルは終わった。
ここからが本当の『ダンジョン・フロンティア』だ。
俺はワインを一気に飲み干した。
その味は、勝利と欲望、そして少しばかりの未来への期待が混ざり合った、極上の味がした。
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