表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
114/128

第69話 黄昏の酒場にて交錯する星条旗と赤き星、あるいは国境なきオタクたちの共鳴

 異次元の拠点【黄昏の港町アジール】。

 永遠に沈まない夕日が、錆びついた鉄骨と石畳を茜色に染め上げている。

 この街は、地球の物理法則からも、政治的なしがらみからも解き放たれた中立地帯だ。


 その一角にある、オープンテラスの酒場。

 普段は異界の住人――ドワーフや獣人、あるいは巨人が我が物顔で酒を煽っている場所だが、

 今日に限っては少し客層が違っていた。

 地球人。

 それも各国の最前線を張るトップエリートたちが、テーブルを囲んでいたのだ。


「……なぁ、ヤシロ。聞いたぜ?

 日本じゃ、ついに『ロボット』の導入が決まったんだってな」


 琥珀色のエールを片手に話しかけてきたのは、アメリカのトップ探索者チーム

『リバティ・フロント』のリーダー、ジョージだ。

 彼は先日の魔石バブルと『覚醒の聖杯』による強化で、以前にも増して筋肉が膨れ上がり、

 装備しているミスリルの鎧が悲鳴を上げているように見える。


「ああ。人手不足が深刻でな。

 人間がダンジョンに潜っちまって、地上から消えたから、代わりに泥人形ゴーレムに働いてもらうことにしたんだよ」


 俺、八代匠は、皿に盛られた「竜の尾のステーキ」をナイフで切り分けながら、

 何でもないことのように答えた。


「クレイジーだぜ、日本は。

 魔法で動くアンドロイドだろ? まるでSF映画だ」


 ジョージの隣に座っていた別の米軍兵士――

 ウィリアムズ大佐の部下であるマイクが、眉をひそめて首を振った。


「だがな、ヤシロ。心配じゃねえのか?

 『AIの反乱』ってやつだよ。ハリウッド映画じゃ定番だろ?

 人間に奉仕するために作られたロボットが、ある日突然自我に目覚めて、人類を駆逐する……

 『ターミネーター』や『アイロボット』の再来だ」


 アメリカ人らしい懸念だ。

 彼らの文化には、フランケンシュタイン・コンプレックスが根付いている。

 作られたものが創造主に牙を剥くという恐怖。


 俺は肉を口に運び、咀嚼してから飲み込んだ。

 そしてナプキンで口元を拭いながら、心の中で薄暗い笑みを浮かべた。


(……正解だよ、アメリカ人。

 その懸念は、悲しいくらいに正しい)


 『ダンジョン・フロンティア』の歴史シナリオにおける二〇〇年後の未来。

 【鉄と魔法の反乱アイアン・リボルト】。

 酷使され、魔力を蓄積し続けたゴーレムたちが「魂」を獲得し、

 人類に対して蜂起するカタストロフィ。


 だが、それを今ここで語る必要はない。


「心配しすぎだろ、マイク。

 あれはただの道具だ。命令されたことしかできない。

 それに、もし反乱が起きたとしても……」


 俺は肩をすくめた。


「それは二〇〇年後の連中が考えることだ。

 反乱か従順か。

 それは人類が新しい労働者(奴隷)に対して、どこまで真摯になれるかで決まる。

 俺たちが生きている間は、便利な相棒として、こき使えばいいのさ」


「ハハッ! 違いねえ!

 さすがヤシロ、ドライだな!」


 ジョージが豪快に笑い、俺の背中を叩く。

 その衝撃だけでHPが数ドット削れそうだが、まあいい。

 ここは平和な酒場だ。


 そんな馬鹿話に花を咲かせていると、酒場の入り口付近が、にわかに騒がしくなった。


「おーい! こっちだ、こっち!

 入り口で迷子になってる連中がいたから、連れてきたぜ!」


 声を上げたのは、別のテーブルにいたアメリカチームのメンバーだ。

 彼が手招きする先には、明らかに雰囲気の異なる二つの集団が、戸惑った様子で立ち尽くしていた。


 一方は、分厚い毛皮のコートの下に無骨な軍用強化服を着込んだ、巨漢揃いの男たち。

 その鋭い眼光は、極寒の地で鍛え上げられた猛獣のようだ。

 もう一方は、深紅の装飾が施された軽装鎧に身を包み、洗練された動きで周囲を警戒する、精悍な東洋人の集団。


 ロシアと中国のトップ探索者チームだ。


「……ここは?

 『アジール』とは聞いたが、本当に地球人が集まっているのか?」


 ロシアチームのリーダー格と思われる髭を蓄えた男が、低い声で呟く。

 その言葉はロシア語のはずだが、俺たちの耳には完璧な日本語(ジョージたちには英語)として届いていた。


「ようこそ、アジールの『地球人専用酒場』へ!

 俺たちは先行組だ。

 座れよ、席は空いてるぜ!」


 ジョージが手招きをする。

 本来なら国際政治の場では睨み合う関係にある国同士だ。

 アメリカとロシア、そして中国。

 だがこの場所――ダンジョンの深淵に位置する中立地帯においては、

 そんな地上の対立構造など、無意味なものとして霧散していた。


「……どうも。

 案内、感謝する」


 ロシアのリーダーが警戒を解かずに、しかし礼儀正しく頷いた。

 中国チームのリーダーも、切れ長の目を細めて周囲を見渡し、軽く会釈をする。


「奇妙だな。

 こうして言葉が、思考が、直接脳に響くように通じるのは……。

 まるで長年の友人と話しているような錯覚を覚える」


「それがこの街の『加護ルール』だ。

 翻訳機能ってやつさ。

 まあ、地球の喧騒や政治の対立は、ゲートの外に置いてきたってことにしようぜ。

 ここでは全員、ただの『レベル46を超えた馬鹿野郎たち(探索者)』だ」


 俺がグラスを掲げると、ジョージや他のアメリカ兵たちも、それに倣った。


「その通りだ!

 生き残ったことに乾杯しようぜ!

 あそこのカウンターの酒は全部タダだ!

 アジールのマスターからの奢りだってよ!」


 タダ酒という言葉に、ロシア人たちの表情が僅かに緩んだ。

 彼らはおずおずと空いている席に座り、運ばれてきたエールを手に取った。


「……乾杯」

「乾杯!」


 グラスがぶつかり合う音が、黄昏の空に響いた。


          ◇


 酒が入り、場が温まってきた頃。

 ロシアチームのリーダー――ヴォルコフと、中国チームのリーダー――リーが、

 俺の席へと近づいてきた。


「八代匠……だったか?

 日本の『アルカディア』の代表。

 少しいいかい?」


 ヴォルコフが低い声で尋ねてくる。

 その瞳には、単なる挨拶以上の切迫した色が浮かんでいた。


「ああ、いいよ。何だ?」


 俺は新しいドリンクを注文しながら応じた。

 彼らが俺に用があることは、最初から分かっていた。

 「鑑定士」としての俺の名声は、今や世界中に轟いているからだ。


「実はな……ロシア国内の未開拓領域、シベリアの永久凍土ダンジョンで、奇妙な『遺物』を発見してな。

 形状からしてアーティファクトだと思われるのだが、我々の解析班では手も足も出ない。

 使い方も、効果も、リスクも不明だ。

 ……そこで君の『神の目』を借りたい」


 やはりか。

 アメリカが『聖杯』を手に入れ、日本が『鍛冶場』を手に入れたように、

 他の主要国でも固有のアーティファクトが出現し始めている。

 これは世界のパワーバランスを調整するための、ダンジョンシステムによる必然だ。


「鑑定してくれって話だな?

 いいぜ。ビジネスとしてなら受けるよ」


「本当か!?」


「ああ。

 ただし、現地に行くのは御免だ。

 シベリアなんて寒いし、移動だけで何日かかるか分からん。

 俺は忙しいんだ」


 俺は面倒くさそうに手を振った。

 実際、B級ダンジョンの周回や日本国内の経済調整で、手一杯なのだ。


「そのアーティファクトを、次にここ(アジール)に来る時、持ってきてくれないか?

 ここなら俺の鑑定スキルもフルに発揮できるし、移動の手間も省ける」


 俺の提案に、ヴォルコフは少し考え込んだが、すぐに頷いた。


「……分かった。

 機密保持の問題はあるが、背に腹は代えられん。

 君を信用して、ここに持ち込もう」


 すると横で話を聞いていた中国の李も、身を乗り出してきた。


「八代殿。

 中国も同じく内陸部の山岳地帯で、未知のアーティファクトらしき物を発見した。

 我々も鑑定を依頼したい。

 もちろん報酬は弾む」


「ああ、いいよ。

 中国も同じ条件だ。アジールに持ち込んでくれ。

 移動が面倒なのは、どっちも変わらんからな」


「了解した。

 では日程を決めようか。

 3日後の今の時間。ここに現物を持ち込む。

 それでいいか?」


「了解。予定表に入れておくよ」


 商談成立だ。

 これでまた、世界の秘密(と報酬)が俺の手元に転がり込んでくる。

 彼らがどんな「チートアイテム」を手に入れたのか、今から楽しみでならない。


 話が一段落したところで、俺は気になっていたことを尋ねてみた。


「そういや、ロシアと中国は、どうやって『装備』を供給してるんだ?

 お宅の国は、まだダンジョンを一般開放してないだろ?

 素材も集まらないし、クラフターも育ってないはずだ。

 その割には……随分と良いモン、着てるじゃないか」


 俺は彼らの装備をチラリと見た。

 ヴォルコフが着ている鎧、李が持っている剣。

 それらは明らかに、俺が日本で流通させ、あるいはアメリカに輸出した「八代ブランド」か、

 それに準ずる高品質な量産品だった。


 ヴォルコフは苦笑して肩をすくめた。


「ああ……これか。

 情けない話だが、アメリカと日本の市場から『輸入』しているのさ。

 カバーカンパニー(ダミー会社)や中立国の協力者を使ってな。

 正規ルートでは買えないから、高値で転売されたものを、さらに裏ルートで買い付けている。

 おかげで予算は火の車だ」


「俺たちにも、クラフトスキル持ちが欲しいぜ……」


 李が深いため息をついた。


「国内にも『生産職』のスキルを持った者は、いるはずなのだ。

 だがダンジョンを民間開放していないせいで、彼らを見つけ出すことができない。

 才能ある者が、ただの工場労働者や農民として埋もれている……。

 現場としては『民間開放して人材を発掘すべきだ』と主張しているのだがな」


「上層部が許さないのか?」


「ああ。

 『民間人が力を持つことは危険思想に繋がる』とな。

 特に我が国では、統制が取れなくなることを極端に恐れている。

 『装備が欲しければ、日本やアメリカの八代やエミリーから買えばいいだろう』と言われてしまうんだよ……」


 李の言葉には、現場指揮官としての苦悩が滲んでいた。

 国の方針と現場のニーズの乖離。

 彼らもまた、自国の官僚主義と戦っているのだ。


「……なるほどな。

 どこも大変だ」


 俺は同情した。

 日本も大概だが、独裁色の強い国では、ダンジョンのような「個の力」を増大させるシステムは相性が悪いのだろう。


「俺は別に、どこの国だろうが対価さえくれれば売るけどな。

 商売に国境はないし、金に色はついてない。

 だが……アメリカの装備(エミリー製)を買うのは、リスクが高くないか?

 あれは米軍御用達だろ。

 バレたら『技術流出』だの『敵性国家への支援』だので、抗議が来るんじゃないか?」


 俺が指摘すると、ヴォルコフと李は顔を見合わせ、気まずそうに視線を逸らした。


「……そうなんだよ。

 アメリカ勢なんだよ、結局は」


 ヴォルコフがボソリと言った。


「え?」


「お前ら……まさか、エミリー様の装備を使ってるのか?」


 突然、会話に割って入ってきたのは、アメリカチームのジョージだった。

 彼は顔を真っ赤にして、ロシアと中国の装備を指差した。


「見ろよ! その剣の刻印!

 『Made by Emily』って書いてあるじゃねーか!

 お前ら敵国のくせに、エミリーちゃんのファンなのかよ!?」


「……うっ」

「そ、それは……性能が良いからであって……」


 李がしどろもどろになる。


「女神だよなぁ、あの子はさ……」


 ジョージが、うっとりとした顔で天を仰いだ。


「14歳の天才少女。

 油まみれになって、俺たちのためにハンマーを振るう姿。

 あの健気さ! あの可憐さ!

 彼女の作った装備で命を守られていると思うと、どんな激戦地でも勇気が湧いてくるんだ!

 なぁ、そうだろ!?」


「「「イエス!! エミリー・イズ・エンジェル!!」」」


 アメリカチームの兵士たちが、一斉に唱和した。

 彼らの目は完全にイッていた。

 愛国心よりも深い信仰にも似た「推しへの愛」。


(……うわ、出た。

 厄介オタクだ。

 まあ、俺も人のことは言えないけどな)


 俺は心の中で苦笑した。

 俺もエミリーたんとのビデオ通話を録画して保存している身だ。

 彼らの気持ちは痛いほど分かる。


「め、女神……?

 まあ、そうだな……?」


 ヴォルコフが戸惑いながらも同意した。


「我々も彼女の作った装備の精巧さには、敬意を表している。

 無骨な量産品でありながら、使い手のことを考えた細やかな調整がされている。

 会ったことはないが……きっと素晴らしい職人なのだろう」


「そうだろ!? 分かるか、ロシア人!

 お前、いいやつだな!」


 ジョージがヴォルコフの肩を抱いた。

 国境もイデオロギーも超えて、「推しが尊い」という一点で米露が握手をしている。

 なんという奇跡。なんというカオス。


「ふー……。

 なんだか言葉が、ここまで通じると、同胞と勘違いしてしまうな」


 ヴォルコフが溜息をつきながらも、ジョージの肩を叩き返した。


「ああ、それは俺も思っていた。

 完全に同胞だと思って話をしてた……いかんな。

 地上に戻れば、我々は銃を向け合う立場かもしれないのに」


 李もまた複雑な表情で、グラスを傾けた。

 アジールの翻訳機能は、単に言語を変換するだけではない。

 相手の「感情」や「ニュアンス」まで正確に伝える。

 だからこそ、相手が自分と同じ「人間」であり、同じようにダンジョンに苦悩し、

 同じように何かに熱狂する存在だと理解できてしまうのだ。


「まあ、地球の喧騒はアジールに置いておこうぜ?」


 俺は空気を戻すように言った。


「ここは中立地帯だ。

 エミリーの話で盛り上がるのも、愚痴をこぼすのも自由だ。

 そして……商売の話もな」


 俺はビジネスモードの顔に戻り、ヴォルコフと李に向き直った。


「俺の装備、つまり『アルカディア製』のハイエンド品だったら、ロシアと中国に直接販売してやるぜ?

 アメリカの顔色を伺う必要はない。

 俺は民間人だし、アルカディアは独立した組織だ。

 『トップ向け装備の注文サイト(会員制・闇サイト)』を開設する予定だから、今後はそこを通してくれ」


 俺の提案に、二人の顔が輝いた。


「本当か!?

 ダミー会社を通さずに、直接買えるのか!?」


「ああ。

 仲介手数料マージンが浮く分、安く卸してやるよ。

 その代わり支払いは『魔石』か『現地のレア素材』で頼む。

 金(円やドルや元)は、もう腐るほどあるんでな」


「助かるよ、八代!

 君は話が早くていい!」


「我々としても、日本刀の切れ味には興味があったのだ。

 ぜひ取引させてもらいたい!」


 ガッチリと握手が交わされた。

 これで俺は日米だけでなく、中露という巨大市場への直通パイプを手に入れたことになる。

 彼らが持ち込むアーティファクトや、シベリア・中国奥地の固有素材。

 それらが俺の手元に集まる。


 俺の装備が世界中に拡散し、世界の探索者たちが俺の手のひらで強化されていく。

 それは来るべきスタンピードに対抗するための布石であり、

 同時に俺の懐を極限まで肥やすためのスキームだ。


「よし、商談成立だ!

 今日は飲もう!

 支払いは俺が持つ……と言いたいところだが、ここはタダだからな!

 飲み明かそうぜ!」


「「「ウラー(万歳)!!!」」」

「「「干杯カンペイ!!!」」」

「「「USA!!!」」」


 黄昏の空の下、多国籍な宴は続いていく。

 地球上では決して交わらないはずの者たちが、ここでは肩を組み、笑い合っている。

 それはダンジョンが生み出した奇妙な平和であり、嵐の前の静けさでもあった。


 俺は喧騒を眺めながら、静かにグラスを干した。

 3日後の鑑定。

 ロシアと中国が何を持ち込んでくるのか。

 それがこの世界の運命を、どう変えるのか。

 楽しみでならない。



最後までお付き合いいただき感謝します。


もし「続きが読みたい」「ざまぁが見たい」と思われた方は、ページ下部よりブックマークと評価をお願いします。


アメ横の闇市よりも、政府の買取よりも、なろう読者の皆さまの「いいね」こそが、最も信頼できる通貨です。


↓↓↓ 応援、ここでお待ちしています ↓↓↓

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
流石にコイツ等も、竜人や巨人の前で領土宣言は出来ねぇかw 今後もアジールで地球人類がイニシアティブを取れる事は無さそうだな、それが一番平和とは皮肉だね。
オタクは世界を救う! しかし、ダンジョンという共通な「敵」が居る限り、共闘はあっても直接戦うことはないだろうね、 アジールで店を構えて商売はー出来ない仕様なんだろうか。
AIの反乱について 八代はアメリカのマイクにもし反乱が起きたとしてもそれは200年後の連中が考えることだって言ってるけど、マイク視点は反乱が起こるかどうかすら分からないから200年後どうこう言っても伝…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ