第62話 屑鉄の王・レベル10の蹂躙劇と常識の崩壊
横浜・赤レンガ倉庫。
瓦礫と粉塵が舞う破壊の跡地で、世界中の視線が一点に注がれていた。
一方は、ビルを粉砕する怪力を持ち、最新鋭の戦車すら鉄屑に変えた、絶望の象徴――A級モンスター『オーガキング』。
もう一方は、安物のスーツに薄汚れた防具をつけ、震える手で錆びついた剣を握る、レベル10の青年――結城旭。
誰もが、次の瞬間に訪れる惨劇を予感し、目を覆った。
物理法則も、レベル差という絶対的な壁も、すべてが旭の死を宣告していたからだ。
「雑魚が……消えよ」
オーガキングが鬱陶しそうに腕を振るった。
それは攻撃ですらなかったかもしれない。
羽虫を払うような、無造作な裏拳。
だが、その質量と速度は音速を超え、衝撃波だけで周囲のコンクリートを捲り上げるほどの破壊力を秘めていた。
直撃すれば、人間など赤い霧となって四散する。
旭は逃げなかった。
いや、逃げられなかったのではない。
彼は一歩踏み出し、左手に持ったベニヤ板のように薄い鉄の盾を、ただ前にかざしたのだ。
ドォォォォォォォォォォン!!!
轟音が鼓膜を破り、爆風がカメラの映像を揺らす。
地面がクレーター状に陥没し、土煙が舞い上がった。
【SNSタイムライン】
『あああああああ!』
『終わった……』
『直撃だろこれ』
『ミンチになったわ……』
『放送事故だろ、切断しろ!』
ネット上には絶叫と合掌のコメントが溢れた。
だが。
土煙が晴れた時、世界は凍りついた。
そこには、無傷の旭が立っていた。
陥没したクレーターの中心。
彼が立っている足元の地面だけが柱のように残り、彼自身は服の裾すら乱れていない。
構えた盾には、傷一つついていなかった。
「……な?」
オーガキングの動きが止まる。
その赤い瞳が、信じられないものを見るように見開かれる。
手応えはあったはずだ。
山をも砕く我が一撃、それがなぜ?
「……ふぅ」
旭は小さく息を吐き、盾を下ろした。
その顔色はまだ蒼白だが、瞳の奥には確固たる光が宿っている。
「ユニークスキル【超鉄壁】。
物理ダメージを受けた際、75%の確率でそのダメージを『0』にする……。
僕の部下のタンク、佐藤さんが持っているスキルです」
旭の言葉はマイクを通じて全国に流れた。
だが、誰もその意味を理解できない。
部下のスキル?
何を言っている?
彼は一人ではないか。
「……貴様、何をした?」
オーガキングが低く唸る。
その声には先程までの侮蔑ではなく、未知の敵に対する警戒心が混じり始めていた。
「では、次は僕の番ですね」
旭は質問に答えず、右手の剣を構えた。
アメ横のジャンクボックスに放り込まれていそうな、刃こぼれだらけのロングソード。
攻撃力など皆無に見える。
「行きます」
旭が踏み込む。
その速度は決して速くはない。
レベル10相応の、一般人よりはマシ程度の速度だ。
オーガキングなら、あくびをしながらでも回避できるはずだった。
だが、王は動かなかった。
いや、動けなかったのだ。
旭が剣を振りかぶった瞬間、オーガキングの本能が警鐘を鳴らした。
「これは受けてはいけない」と。
しかし、王としてのプライドが、羽虫ごときの一撃を避けることを拒絶した。
その一瞬の逡巡が、勝敗を分けた。
「――せいっ!」
旭の気合と共に、錆びた剣が振り下ろされる。
ゴッ、という鈍い音。
それは剣が肉を斬る音ではなく、巨大な質量の塊が衝突したような重低音だった。
ズドオォォォォン!!
「グオォッ!?」
次の瞬間、巨体4メートルのオーガキングが、まるでゴムボールのように後方へと弾き飛ばされた。
地面を削り、建物の残骸を粉砕しながら、数百メートル先まで吹き飛んでいく。
沈黙。
戦場も、お茶の間も、ネットも、すべてが静まり返った。
【SNSタイムライン】
『…………は?』
『ファッ!?!?』
『今、何が起きた?』
『オーガキングが……吹っ飛んだ?』
『あの剣、何? エクスカリバー?』
『いや、どう見てもゴミ剣だぞ』
『コラ動画か?』
旭は剣を振り抜き、淡々と解説した。
「ユニークスキル【最初の一撃】。
戦闘開始時、最初の一撃は必ずクリティカルヒットとなり、かつ武器攻撃力の最大乱数を引く……。
僕の部下のアタッカー、木下くんのスキルです」
瓦礫の山から、オーガキングがゆらりと立ち上がる。
その腹部には、くっきりと剣の跡が刻まれ、どす黒い血が流れていた。
王の顔が怒りで歪む。
「おのれ……小僧ォォォォッ!!」
咆哮と共に、オーガキングが跳躍した。
一跳びで数百メートルの距離を詰め、上空から金砕棒を振り下ろす。
回避不能のメテオストライク。
だが、旭は動じない。
彼は剣を逆手に持ち替え、迎撃の構えを取った。
「二撃目……行きます!」
空中で交錯する両者。
旭の剣が金砕棒の芯を、正確に打ち抜く。
カィィィィン!!
金属音が響き渡り、空中で静止したのは――オーガキングの方だった。
旭の剣から放たれた衝撃が、王の巨体を空中で縫い留める。
「なっ……!?」
「ユニークスキル【二撃必殺】。
二撃目の攻撃は、一撃目のダメージを参照し、その1.5倍の威力を発揮する……。
これも、部下のスキルです」
さらに旭は、空中で硬直したオーガキングに対し、追撃の三撃目を放つ。
「そして――【三度目の正直】!
三撃目は、防御力を無視した固定ダメージを与える!」
ズバァァァン!!
三度目の斬撃が、オーガキングの胸板を深々と切り裂く。
王は悲鳴を上げ、地面に叩きつけられた。
◇
港区ミッドタウン・タワー。
八代匠は、モニターに映るその光景を見ながら、愉悦に浸っていた。
「……ははっ、やってるな、旭」
彼はコーヒーカップを置き、ソファの背もたれに体を預けた。
「ネットの連中は大騒ぎだろうな。
『あいつ、一人で何個ユニークスキル持ってるんだ!?』ってな」
実際、その通りだった。
SNSのトレンドは『ユニークスキル複数持ち』『結城旭』一色に染まっている。
一人の人間が複数のユニークスキルを持つことは、原則としてあり得ない。
それは、この世界の常識だ。
だが旭は、その常識をあざ笑うかのように、次々と異なるスキルを発動させている。
「種明かしをすれば単純だ。
あいつは一人じゃない。
あいつの背後には、社会から弾き出され、俺が拾い上げた500人の『仲間』がいる」
八代はモニターの端に映る、遠くで待機している「アルカディア・サード」の集団に目をやった。
彼らは戦闘には参加していない。
ただ祈るように両手を組み、隊長である旭を見つめている。
旭の覚醒スキル【万軍の器】。
配下メンバーの全スキルを使用可能にする権能。
それは、500人の弱者たちが持つ、ささやかだが多様な才能を、一人の英雄に集約するシステムだ。
防御に特化したタンクの【超鉄壁】。
一撃に賭けるアタッカーの【最初の一撃】。
条件付きだが強力な【二撃必殺】。
一つ一つは使い勝手の悪い、あるいは限定的なスキルかもしれない。
だからこそ彼らは、前のギルドを追放された。
「使いにくい」「弱そう」とレッテルを貼られて。
「だが、組み合わせれば無敵だ。
旭という『指揮者』がタクトを振るえば、バラバラだった音は、最強の交響曲になる」
八代は笑った。
「見ろよ、『暁の牙』の連中の顔を。
幽霊でも見たみたいに、青ざめてやがる」
◇
現場の隅で腰を抜かしていた「暁の牙」のリーダー、カイトは、目の前の現実を受け入れられずにいた。
「あ、ありえねえ……。
あいつは結城だぞ?
荷物持ちしかできない、レベル10のゴミだぞ?
なんでA級モンスターを、ボコボコにしてるんだよ……!」
カイトの脳裏に、旭を追放した時の記憶が蘇る。
『お前みたいな無能は要らない』。
そう言って嘲笑い迷惑料として身ぐるみ剥がして、ギルドハウスから追い出した。
あの時、旭は泣きそうな顔で謝りながら出ていったはずだ。
それがどうだ。
今の旭は、カイトたちが束になっても傷一つつけられなかった怪物を、圧倒している。
錆びた剣一本で。
「俺たちが……捨てたのは……ゴミじゃなくて……」
ダイヤの原石だったのか。
いや、原石どころではない。
最初から完成された宝石を、ただ見る目がなかっただけで捨ててしまったのか。
その事実に気づいた時、カイトのスマホが震えた。
SNSの通知だ。
彼のギルドのアカウントが炎上していた。
『おい「暁の牙」! お前ら、こんな化け物を荷物持ちにしてたのかよ! 無能すぎだろwww』
『「ゴミ」って言ってたの、お前らだよな? お前らの目が腐ってるだけじゃん』
『宝くじの1等券を、ゴミ箱に捨てた気分はどう?』
『こんな逸材を使いこなせなかったリーダー、引退したほうがいいよ』
「や、やめろ……! 俺は悪くない!
あいつが、あいつが隠してたのが悪いんだ!」
カイトは錯乱し、スマホを地面に叩きつけた。
だが、砕けた画面の向こうから聞こえる嘲笑は止まない。
彼の「トップランカー」としてのプライドとキャリアは、今日ここで完全に終わったのだ。
◇
戦場では、一方的な蹂躙劇が続いていた。
「オラァァァッ!!」
オーガキングが怒りに任せて金砕棒を乱打する。
一撃一撃が地殻変動レベルの破壊力を持つが、旭には当たらない。
当たる直前に、見えない力場が彼を守るか、あるいは、あり得ない挙動で回避されるからだ。
「ユニークスキル【風読み】。回避率上昇」
「ユニークスキル【衝撃吸収】。ダメージ軽減」
「ユニークスキル【パリィの極意】。受け流し成功」
旭は次々と異なるスキル名を口にしながら、淡々と攻撃を捌いていく。
それはまるで、500人の師匠から教わった技を次々と披露しているかのようだった。
「ぬぅぅぅッ! 貴様、何者だ!?
剣士か? 盾使いか? それとも魔術師か!?」
オーガキングが叫ぶ。
旭の動きには一貫性がない。
ある時は重戦士のように受け止め、ある時は盗賊のようにすり抜け、時には魔法で牽制する。
その底知れない引き出しの多さに、百戦錬磨の王すらも困惑していた。
旭は剣を一振りし、静かに答えた。
「……ただの、レベル10の探索者です。
それ以上でも、それ以下でもありません」
「嘘をつけぇぇぇッ!!
レベル10ごときが、我の猛攻を凌げるはずがない!」
「嘘じゃありません。
僕一人の力なら、あなたの一撃で消し飛んでいるでしょう。
でも……」
旭は背後を――遠くで見守る仲間たちを、背中で感じた。
「僕は一人じゃない。
みんなが僕を支えてくれている。
『屑鉄』と呼ばれた僕たちが集まって、鋼になったんです」
旭の体に、赤いオーラが立ち上る。
それは配下全員のHPと闘志が、彼に流れ込んでいる証。
「それにしても、オーガキングさん。
相当、強いですね」
旭は感心したように言った。
「今の攻撃、A級モンスターでも普通は一撃で沈む威力だったんですが……耐えるとは。
さすがは、王を名乗るだけはあります」
その言葉に、日本政府の対策本部は凍りついた。
ネット民も戦慄した。
『あれで耐えてる扱いなのか?』
『オーガキング、ボコボコにされてるのに「強い」って評価されてるぞ』
『基準がおかしい。旭くんの中での「普通」のハードルが高すぎる』
『これが……「屑鉄の王」の実力……』
オーガキングは膝をつき、荒い息を吐いていた。
全身、傷だらけだ。
再生能力が追いつかないほどのダメージを負っている。
だが、その瞳から光は消えていなかった。
むしろ、歓喜に燃えていた。
「クックック……。
ハハハハハハ!!
良いぞ! 素晴らしい!!」
王は笑った。
血を吐きながら、心底楽しそうに。
「我は求めていた!
この圧倒的な理不尽! 理解不能な強さ!
貴様のような存在を、我はずっと待っていたのだ!」
オーガキングは立ち上がり、金砕棒を構え直した。
全身の魔力が暴走し、赤黒いオーラが天を衝く。
「我が名はオーガキング! 闘争を司る者!
貴様の名を刻ませろ!
この『分身』が砕け散る前に、貴様の全力を我に見せてみろ!」
「……分かりました」
旭は剣を正眼に構えた。
相手が全力を出すなら、こちらも応えるのが礼儀だ。
彼は意識を集中させる。
500人の仲間の意識。
その全てを、この一撃に収束させる。
(みんな、行くよ!)
【万軍の器】最大出力。
500人分の魔力、筋力、そして「想い」が旭の剣に集まる。
錆びついていた剣が、眩いばかりの白銀の光を放ち始めた。
それは最早、屑鉄ではない。
希望の光だ。
「これが、僕たちの答えです!」
旭が駆ける。
オーガキングもまた、咆哮と共に突っ込む。
両者が激突する刹那。
世界から音が消えた。
ズッ…………!!
一閃。
旭の剣が、オーガキングの金砕棒ごと、その巨体を斜めに両断していた。
光が収まる。
旭は残心を行い、ゆっくりと剣を納めた。
背後で、オーガキングの巨体が崩れ落ちる。
だが消滅する間際、王の顔には満足げな笑みが浮かんでいた。
「……見事だ。
これほどの強者が、この地に潜んでいたとはな……」
オーガキングの体が、光の粒子となって分解され始める。
彼は最期に旭を見つめて言った。
「素晴らしいぞ、人間。
だが惜しいかな、この体は仮初めの器に過ぎぬ。
いつか……この狭い檻を出て、我が『本霊(本体)』で貴様と戦いたいものだ……」
その言葉を残し、A級の王は完全に消滅した。
後に残されたのは、山のようなドロップ品と、巨大なA級魔石。
そして、静寂。
数秒の後。
横浜港に、爆発的な歓声が巻き起こった。
「うおおおおおおおおお!!!」
「勝った! 勝ったぞおおお!!」
「結城! 結城! 結城!」
ネット上も祭り状態だ。
『神回確定』
『「屑鉄」って……これ、ミスリル以上の輝きじゃねーか!』
『レベル10詐欺にも程があるだろwww』
『オーガキングさん、最後かっこよかったな。「分身だった」って負け惜しみじゃなく、ガチで強キャラ感残して逝った』
『次は本物が来るのか……震える』
旭は歓声の中、呆然と立ち尽くしていた。
膝が笑っている。
剣を持つ手が震えている。
緊張の糸が切れて、座り込みそうになる。
そこへ、アルカディア・サードのメンバーたちが駆け寄ってきた。
涙を流しながら、彼らの「王」を抱きしめる。
「隊長! やりましたね!」
「凄かった! 俺たちの力が本当に役に立ったんだ!」
「ありがとう、隊長! 俺たちを信じてくれて!」
旭は揉みくちゃにされながら、ようやく笑顔を見せた。
それは英雄の顔ではなく、ただの心優しい青年の顔だった。
「……みんなのおかげだよ。ありがとう」
◇
オフィスでその様子を見ていた八代は、満足げにコーヒーを飲み干した。
「上出来だ。
これで『アルカディアには、八代以外にも化け物がいる』と世界に知らしめた。
抑止力としても十分だ」
彼はモニターの中の旭――かつては無能と蔑まれ、今は世界を救った英雄として称えられる青年を見つめ、ニヤリと笑った。
「さあ次は、どんな『屑鉄』を拾いに行こうか。
世界にはまだ、輝き方を知らない原石が転がっているはずだ」
常識が崩壊した日。
それは、新たな時代の幕開けでもあった。
「レベル」や「数値」だけが全てではない。
そのことを証明した「屑鉄の王」の伝説は、ここから始まるのだ。
最後までお付き合いいただき感謝します。
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